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第9部

第三章 義姉と義妹①

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(ああ、くそったれ)


 自分はきっと、このまま胃に穴が開いて死ぬんだ。
《黒陽社》の社員の一人。
 ゲイルは胃を押さえて、そんなことを考えていた。
 そこは市街区にある宿の一室。
 上司にここに待機するように命じられたのだ。


(あの我儘お嬢さまめ)


 ――ぎゅるるるッ!
 胃が渦巻くように鳴った。
 ゲイルの顔が、どんどん青ざめていく。
 今朝から、ずっとトイレに籠りっきりの状態だった。
 今も、この小さな世界から出れなかった。


「ぐあああ……」


 思わず呻いていると、


「……ダイジョウブカ?」


 ドアの外から、そんな声が聞こえてくる。
 ゲイルは、眉間にしわを寄せた。


(なんで、俺は鎧機兵に心配されてんだ?)


 この声の主は人間ではない。
 ゲイルの上司が、同僚に頼んで奪取させてきた自律型鎧機兵だ。


「……シッカリ、シロ。ゲイル」

(……ぐぐぐ)


 ゲイルは、グッと唇を噛んだ。
 そして少しは落ち着いてきて、ふらつきつつもドアを開けた。
 そこには、蒼い鎧の小さな騎士がいた。
 側面から二本の角が生えた、勇ましい竜のお面を被った機体だ。
 腰には、スパナを改造して作った玩具の処刑刀も帯刀している。


「……ダイジョウブカ? ゲイル」

「……うっせえよ」


 思わず、悪態をつく。


「それより」


 ゲイルは蒼い顔で鎧機兵――上司が『サザンX』と名付けた機体に尋ねる。


「まだ、お嬢さまは帰ってきていないのか?」

「……ウム」


 サザンXが頷く。


「……ヒメハ、マダ、コウタノトコロダ」

「……くそ」


 ゲイルはふらふら歩きながら、ドスンとベッドの縁に座った。


(あのお嬢さまは……)


 ガシガシ、と頭をかく。


「なんでだよ!」


 ゲイルは、ベッドの上でのたうち回る。


「なんで、よりにもよって《双金葬守》の弟に惚れるんだよ!」


 ゲイルの上司は《九妖星》の一人だ。
 しかも、偉大なる《黒陽》の血を引く唯一の令嬢でもある。
 まさに《黒陽社》のサラブレッドである。
 そんな血ゆえの業なのか、上司の破天荒さには、部下であるゲイルは、もう散々なまでに振り回されてきたものだ。
 しかし、今回は本当に度を越していた。


『うむ! では、コウタに会ってくる! 今宵はたっぷり甘えてくるからの! しばらく帰らぬからそう思え!』


 そう言って、上司は出て行った。
 サザンXは手を振り、ゲイルはただただ唖然としていた。


「思いっ切り敵じゃねえか!? 最悪の敵の弟なんだぞ!? 何考えてんだよ! あのお嬢さまはッ!」


 ゲイルは絶叫を上げた。
 途端、胃が、ギリギリと痛み出す。
 胃液を沸騰させて、ぐるぐるとかき混ぜられるような痛みだ。


「ぎゃああああッ!?」


 ゲイルは、目を見開いて叫んだ。
 そして、今にも倒れそうな勢いでトイレに駆け込んだ。
 バタンッとドアが閉まり、悲痛な声がトイレ内から聞こえてくる。


「た、助けて、誰か、助けてくれェ……」


 ゲイルは、決して無能な人間ではなかった。
 むしろ、支部長の補佐を担うのだから優秀なのだろう。
 ただ、不運においては並ぶ者がいない。
 それが、ゲイルという男なのだ。


「……部署を、部署を変えてくれえェ……」


 切なる願いが、トイレから響く。
 しかし、それを聞き届けてくる者は、トイレにはいなかった。


「……ムウ」


 機械であるサザンXが、憐れむような声で呟いた。


「……シヌナ。ゲイル」


 それから、部屋のドアに向かう。


「……シカタガナイ。ヒメヲ、ムカエニイクカ」


 意外と同僚思いのサザンXだった。
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