272 / 399
第9部
第二章 白金の風②
しおりを挟む
シン、とした空気。
場所は王城の一角。鎧機兵の訓練所。
学校のグラウンドを思わせる場所で今、四機の鎧機兵が対峙していた。
一機は《悪竜》を模した赤と黒で彩られた鎧機兵。
黒い処刑刀を携えた《ディノス》だ。
そして残る三機は、《ディノス》を囲うように陣取っていた。
一機は《クルスス》。
機体の色は鮮やかな山吹色。鳥の頭を模しているヘルムに、装甲部には翼をイメージした紋様が所々に描かれている。手に持つのは先端部に小さなトゲ付き鉄球が付いた鞭のような武器――『フレイル』だ。
搭乗するのは、アティス王国騎士学校の制服を着た少女。淡い栗色の長い前髪を持つショートヘアに、時折見せる澄んだ水色の瞳が印象的な少女だ。
――ルカ=アティス。
この国の第一王女さまである。
『本当に、三機がかりでいいんだな?』
そう尋ねるのは、青い機体だった。
武器は巨大な斧槍。重武装の機体だ。恒力値は四千ジン。斧槍を肩に、長い竜尾を揺らして前掲に身構えている。
機体名は《シアン》。
この国で出会った少年。ロック=ハルトの愛機だ。
当然、先程の声の主も彼である。
そして最後の一機。
それは、軽装型の緑色の鎧機兵だった。
同工房の製品なのか、《シアン》とデザインが似ている。武器は槍を持っていた。
恒力値は三千九百ジン。出力・装備共にかなりスタンダードな鎧機兵である。
機体名は《アルゴス》というらしい。
ロックの友人であるエドワード=オニキスの愛機だった。
『おい、ロック。気遣っていられる相手かよ?』
と、エドワードが言う。
「エドの言う通りだ!」
その時、少年の声が響いた。
コウタが視線を向けると、訓練所の端に大柄な少年――ジェイクの姿があった。
「とにかくガンガン攻め込め! コウタに間合いを取らせんな!」
と、エドワード達にアドバイスを送る。なお、彼の隣には着装型鎧機兵を纏うメルティアと、いつものメイド服を着たアイリの姿もあった。
コウタは、苦笑を零した。
そして、
(さて。上手くいくかな?)
すうっと双眸を細めて、彼女に告げる。
「リーゼ」
「は、はい」
緊張した様子でリーゼは答える。
彼女は今、赤い顔でコウタの背中にしがみついていた。
《ディノス》に相乗りしているのだ。
そして彼女の額には、金色のティアラが付けられていた。
「では、コウタさま」
リーゼは意識を集中させる。
「――行きますわ」
そう告げる。
途端、《ディノス》の全身が炎に包まれた。
――《悪竜》モードだ。
しかし、普段の真紅の炎ではない。
溢れるように噴き出した炎の色は、白金の色だった。
加え、動きも普段の猛々しさとは違う。
まるで、巻き上がる風を思わせるような動きをしていた。
幾つもの翼を広げているような姿である。
「上手くいきましたわ!」
リーゼが、嬉しそうに叫ぶ。
「うん。そうだね」
コウタも、破顔した。
これは《ディノ=バロウス》の新しい機能だった。
『……むむむ』
メルティアの不満そうな声を《ディノス》が拾った。
今回、壮絶な交渉の末、メルティアは遂に相乗りの権限を解放したのだ。
コウタが承認した者のみ《悪竜》モードを使用できるように調整したのである。
そして今、リーゼが発動に成功させた訳だ。
「やりましたわ! やりました!」
よほど嬉しいのか、リーゼが、いつになくはしゃいでいる。
当然というか、抱き着く力も強くなっていた。
「い、いや、リーゼ。少し落ち着いて」
コウタの顔は、かなり赤かった。
(う、うわ、リーゼもやっぱり柔らかい)
メルティアには大きく劣るものの、背中から感じる確かな柔らかさに、彼女も女の子なのだと思い知らされる。まあ、彼女に至っては、背中どころか、真正面から抱いて《ディノス》に乗せたことがあるのだが。
「まあ、とりあえず成功したから、模擬戦をしようか」
「はい。お任せください。コウタさま」
リーゼが力強く頷く。
コウタも頷くと、ルカ達の三機に目をやった。
『じゃあ、始めよう』
『おう。行くぞ!』
そう言って、先陣を切ったのはロックの《シアン》だった。
斧槍を肩に《雷歩》で跳躍。《ディノ=バロウス》に斬り込んでくる。
(うん。真っ直ぐな太刀筋だ)
コウタは、双眸を細めた。
実にロックの性格らしい実直な攻撃だ。
だが、このぐらいの攻撃では、《ディノ=バロウス》には通じない。
白金の炎――いや、風を纏う《ディノ=バロウス》は処刑刀で《シアン》の攻撃を払いのけた。膂力の差で《シアン》は大きく弾き飛ばされた。
(……あれ?)
コウタは少し困惑する。
今の愛機の攻撃。いつもに比べると出力がかなり落ちている気がした。
(まだ、調子が悪いのかな?)
『――おら! 行くぜ!』
そう考えていると、《アルゴス》が間合いを詰めてきた。
槍で無数の刺突を繰り出してくる。
《ディノ=バロウス》は悉く攻撃を撃ち落とす。と、
――不意に。
《アルゴス》が身を屈めたのだ。
直後に鉄球が飛んでくる。ルカの《クルスス》の攻撃だ。
しかも、横からは《シアン》が斧槍を繰り出してきている。
身を屈めた《アルゴス》もまた、薙ぎ払いで膝を狙ってきていた。
流石は同じ騎士学校の騎士候補生達か。見事な連携だった。
(ここは一旦距離を取るか)
そう考えて、《ディノ=バロウス》を跳躍させる。
――と、
(えっ! 軽い!)
思わず、コウタは目を剥いた。
白金の風を纏う《ディノ=バロウス》は、恐ろしく軽やかだったのだ。
その速度は、普段の比ではない。
(なるほど。これがメルの言っていた『特性』なのか)
一瞬で間合いを取り、攻撃を回避したコウタは理解する。
要は、これが『リーゼの特性』ということらしい。
同時攻撃をかわされたエドワード達は、少し動揺していた。
『おいおい。今の全部かわせんのかよ?』
『コ、コウ君。やっぱり速い、です』
『気後れするな。相手は格上なんだ。ここは攻撃を続けるぞ』
そんな声が聞こえてくる。
コウタは、ふっと目尻を下げた。
「リーゼ」
「はい。コウタさま、何ですか?」
リーゼが、コウタの声に応える。
「うん。面白いよ。やってみたいことがあるんだけどいいかな?」
コウタがそう尋ねると、リーゼは、クスリと笑った。
「あなたの望むままになさって下さいまし」
「ありがとう。じゃあ」
そう言って、コウタは操縦棍を強く握りしめた。
そして――。
「行くよ。風の《ディノ=バロウス》」
白金の風が、吹き荒れた。
場所は王城の一角。鎧機兵の訓練所。
学校のグラウンドを思わせる場所で今、四機の鎧機兵が対峙していた。
一機は《悪竜》を模した赤と黒で彩られた鎧機兵。
黒い処刑刀を携えた《ディノス》だ。
そして残る三機は、《ディノス》を囲うように陣取っていた。
一機は《クルスス》。
機体の色は鮮やかな山吹色。鳥の頭を模しているヘルムに、装甲部には翼をイメージした紋様が所々に描かれている。手に持つのは先端部に小さなトゲ付き鉄球が付いた鞭のような武器――『フレイル』だ。
搭乗するのは、アティス王国騎士学校の制服を着た少女。淡い栗色の長い前髪を持つショートヘアに、時折見せる澄んだ水色の瞳が印象的な少女だ。
――ルカ=アティス。
この国の第一王女さまである。
『本当に、三機がかりでいいんだな?』
そう尋ねるのは、青い機体だった。
武器は巨大な斧槍。重武装の機体だ。恒力値は四千ジン。斧槍を肩に、長い竜尾を揺らして前掲に身構えている。
機体名は《シアン》。
この国で出会った少年。ロック=ハルトの愛機だ。
当然、先程の声の主も彼である。
そして最後の一機。
それは、軽装型の緑色の鎧機兵だった。
同工房の製品なのか、《シアン》とデザインが似ている。武器は槍を持っていた。
恒力値は三千九百ジン。出力・装備共にかなりスタンダードな鎧機兵である。
機体名は《アルゴス》というらしい。
ロックの友人であるエドワード=オニキスの愛機だった。
『おい、ロック。気遣っていられる相手かよ?』
と、エドワードが言う。
「エドの言う通りだ!」
その時、少年の声が響いた。
コウタが視線を向けると、訓練所の端に大柄な少年――ジェイクの姿があった。
「とにかくガンガン攻め込め! コウタに間合いを取らせんな!」
と、エドワード達にアドバイスを送る。なお、彼の隣には着装型鎧機兵を纏うメルティアと、いつものメイド服を着たアイリの姿もあった。
コウタは、苦笑を零した。
そして、
(さて。上手くいくかな?)
すうっと双眸を細めて、彼女に告げる。
「リーゼ」
「は、はい」
緊張した様子でリーゼは答える。
彼女は今、赤い顔でコウタの背中にしがみついていた。
《ディノス》に相乗りしているのだ。
そして彼女の額には、金色のティアラが付けられていた。
「では、コウタさま」
リーゼは意識を集中させる。
「――行きますわ」
そう告げる。
途端、《ディノス》の全身が炎に包まれた。
――《悪竜》モードだ。
しかし、普段の真紅の炎ではない。
溢れるように噴き出した炎の色は、白金の色だった。
加え、動きも普段の猛々しさとは違う。
まるで、巻き上がる風を思わせるような動きをしていた。
幾つもの翼を広げているような姿である。
「上手くいきましたわ!」
リーゼが、嬉しそうに叫ぶ。
「うん。そうだね」
コウタも、破顔した。
これは《ディノ=バロウス》の新しい機能だった。
『……むむむ』
メルティアの不満そうな声を《ディノス》が拾った。
今回、壮絶な交渉の末、メルティアは遂に相乗りの権限を解放したのだ。
コウタが承認した者のみ《悪竜》モードを使用できるように調整したのである。
そして今、リーゼが発動に成功させた訳だ。
「やりましたわ! やりました!」
よほど嬉しいのか、リーゼが、いつになくはしゃいでいる。
当然というか、抱き着く力も強くなっていた。
「い、いや、リーゼ。少し落ち着いて」
コウタの顔は、かなり赤かった。
(う、うわ、リーゼもやっぱり柔らかい)
メルティアには大きく劣るものの、背中から感じる確かな柔らかさに、彼女も女の子なのだと思い知らされる。まあ、彼女に至っては、背中どころか、真正面から抱いて《ディノス》に乗せたことがあるのだが。
「まあ、とりあえず成功したから、模擬戦をしようか」
「はい。お任せください。コウタさま」
リーゼが力強く頷く。
コウタも頷くと、ルカ達の三機に目をやった。
『じゃあ、始めよう』
『おう。行くぞ!』
そう言って、先陣を切ったのはロックの《シアン》だった。
斧槍を肩に《雷歩》で跳躍。《ディノ=バロウス》に斬り込んでくる。
(うん。真っ直ぐな太刀筋だ)
コウタは、双眸を細めた。
実にロックの性格らしい実直な攻撃だ。
だが、このぐらいの攻撃では、《ディノ=バロウス》には通じない。
白金の炎――いや、風を纏う《ディノ=バロウス》は処刑刀で《シアン》の攻撃を払いのけた。膂力の差で《シアン》は大きく弾き飛ばされた。
(……あれ?)
コウタは少し困惑する。
今の愛機の攻撃。いつもに比べると出力がかなり落ちている気がした。
(まだ、調子が悪いのかな?)
『――おら! 行くぜ!』
そう考えていると、《アルゴス》が間合いを詰めてきた。
槍で無数の刺突を繰り出してくる。
《ディノ=バロウス》は悉く攻撃を撃ち落とす。と、
――不意に。
《アルゴス》が身を屈めたのだ。
直後に鉄球が飛んでくる。ルカの《クルスス》の攻撃だ。
しかも、横からは《シアン》が斧槍を繰り出してきている。
身を屈めた《アルゴス》もまた、薙ぎ払いで膝を狙ってきていた。
流石は同じ騎士学校の騎士候補生達か。見事な連携だった。
(ここは一旦距離を取るか)
そう考えて、《ディノ=バロウス》を跳躍させる。
――と、
(えっ! 軽い!)
思わず、コウタは目を剥いた。
白金の風を纏う《ディノ=バロウス》は、恐ろしく軽やかだったのだ。
その速度は、普段の比ではない。
(なるほど。これがメルの言っていた『特性』なのか)
一瞬で間合いを取り、攻撃を回避したコウタは理解する。
要は、これが『リーゼの特性』ということらしい。
同時攻撃をかわされたエドワード達は、少し動揺していた。
『おいおい。今の全部かわせんのかよ?』
『コ、コウ君。やっぱり速い、です』
『気後れするな。相手は格上なんだ。ここは攻撃を続けるぞ』
そんな声が聞こえてくる。
コウタは、ふっと目尻を下げた。
「リーゼ」
「はい。コウタさま、何ですか?」
リーゼが、コウタの声に応える。
「うん。面白いよ。やってみたいことがあるんだけどいいかな?」
コウタがそう尋ねると、リーゼは、クスリと笑った。
「あなたの望むままになさって下さいまし」
「ありがとう。じゃあ」
そう言って、コウタは操縦棍を強く握りしめた。
そして――。
「行くよ。風の《ディノ=バロウス》」
白金の風が、吹き荒れた。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる