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第8部
エピローグ
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夜。
王城のバルコニーにて。
「……ふう」
コウタは一人、息をついていた。
「……今日も疲れたなあ」
兄との再会を果たし、すでに三日が経っていた。
だが、そのたった三日間で、コウタの人間関係は随分と変わった。
ロックやエドワードは少し驚いたようだが、態度はほとんど変わらなかった。兄と面識があるというエイシス団長は「うむ。そうか……」と少し神妙な顔をしていたが。
大きく変化したのは女性陣だ。
まずサーシャとアリシア。
彼女達は、実に分かりやすい変化を見せた。
ミランシャ、ルカと同様に『姉』を強調するようになったのだ。
『コウタ君。困ったことがあったら、サーシャお姉ちゃんに言ってね?』
と、サーシャが優しく微笑み、
『コウタ君。行きたい所ってある? アリシアお姉ちゃんが連れてってあげるわ』
と、アリシアが慎ましい胸を強く叩く。
彼女達も、兄に想いを寄せていることは知っている。
きっと、ミランシャやルカに遅れをとったと感じているのだろう。
また、オトハも自分のことは姉のように思っていいと告げてきたのだが、彼女だけは焦りがない。どこか余裕を持っていた。
しかし、これで『姉』と呼んで欲しいと強調する女性がどれだけ多くなったか。
ミランシャ、ルカ、サーシャ、アリシア、オトハ。
さらに、積極的な彼女達に触発されたのか、今まではどこか控え目だったシャルロットまで言い出すぐらいだ。
「……ボクにはどれだけ『姉さん』がいるんだ?」
バルコニーの柵に両腕を置き、顔を埋めてコウタは深々と溜息をついた。
それだけ兄がモテるということだろう。
それも、美少女や美女ばかりに。
(相変わらず、兄さんは凄いなあ)
自分のことは棚に上げて、コウタは苦笑した。
ただ、そんな彼女達の中で一人だけ。
ユーリィだけは、少し違っていた。
彼女だけは『姉』を主張しない。その代わりに、コウタがクライン工房に行くと、すぐさま兄も元に駆け寄り、抱っこを強要する。
何だかんだで彼女を溺愛する兄は、ユーリィを抱っこするのだが、コウタが滞在中である限り、彼女は絶対に兄から離れようとしない。
これには兄も、オトハを初めとする兄の傍の女性達も、困惑しているようだ。
どうも、徹底的にコウタは警戒されているらしい。
(……はぁ)
義理とはいえ、姪っ子にそこまで嫌われては少しヘコんでくる。
メルティアやリーゼ、サーシャ達も仲を取り持ってくれようとしてくれているのだが、ユーリィは一向に警戒を解いてくれない。
(本当に困ったな)
これでは兄と会話する機会もない。
まだ自分は、兄に伝えなければならないことがあるというのに。
(……サクヤ姉さん)
兄の婚約者である彼女のことを。
恐らく兄は、義姉の生存を知らない。
ミランシャからはそう聞いていた。
だからこそ、義姉のことは自分が伝えるべきだと思った。
早く伝えるべきだとは思っている。
しかし、常にユーリィに警戒されて、切り出す機会もないのが現状だった。
(……どうすればいいのかな)
コウタは顔を両腕に埋めたまま、再び溜息をついた。
その時だった。
――コツ、コツ、と。
背後から、足音が聞こえた。
(ああ、メルか)
コウタは、反射的にそう思った。
このホッとするような優しい気配は、きっと幼馴染のものだ。
多分、コウタを心配して来てくれたに違いない。
コツコツ、と足音は続く。
――と、
タァン、と強く蹴り付ける音が聞こえた。
(え? いま跳んだ?)
あのメルティアが?
運動能力は高いけど、運動嫌いな彼女が?
(もしかしてリーゼなのかな?)
メルティアと思ったのは勘違いで、リーゼだったのかもしない。
そもそも、着装型鎧機兵の気配はなかった気がする。
まあ、いずれにせよ、振り向けば分かるか。
コウタは顔を上げようとした、その時だった。
「どうかしたのかの? 随分とヘコんでおるようじゃが」
とても懐かしくて。
どこか、ホッとする声が耳朶を打った。
コウタは、ハッとして顔を上げた。そして声がした方に顔を向ける。
月光が降り注ぐバルコニー。
そこには今、一人の少女がいた。
手を後ろで組み、柵の上に優雅に立つ彼女が。
淡い菫色の長い髪を、夜風になびかせる彼女が、そこにいた。
「リ、リノ……?」
コウタは、呆然と彼女の名を呼んだ。
すると、彼女――リノは、
「うむ! 久しいの! コウタよ!」
満面の笑みを見せる。
が、わずかに視線を逸らすと、少しモジモジとして、
「ええい、もうダメじゃ! もう限界じゃ!」
そう叫ぶと、「えい」と軽く跳躍して、コウタへと身を投げ出した。
着地など何も考えていない。そのまま落ちればフロアに腰を強打する。
そんなダイビングだ。
「リ、リノ!」
コウタは咄嗟に身構えた。
――たとえ、どれほど闇が深くても。
コウタが、彼女を拒絶することはない。
そして、彼女が傷つくことを見過ごしたりはしない。
――ドン、と。
全身で、彼女を受け止める。
いつかのように。
彼女の小さな身体を、両腕でしっかりと支える。
「リ、リノ?」
コウタは、腕の中の少女を見つめた。
長いまつげに、桜色の唇。
一度見れば、決して忘れられないほどの美貌。
間違いない。リノ当人だった。
「ど、どうして、君がここに?」
「うむ! 色々あっての! それよりもじゃ!」
リノは両腕をコウタの首に回した。
ぎゅうっと愛しい少年を抱きしめる。
胸板に伝わるメルティアも劣らない豊かで柔らかな双丘。さらに、鼻孔を刺激する甘い香りに、コウタの顔が赤くなった。
「リ、リノ!?」
コウタは動揺した。
しかし、抱き上げた彼女を降ろそうとはしない。
確かに唐突すぎる再会だった。
しかも、ここはアティスの王城。どうしてこんな場所で出会うのか。
疑問は幾つも出てくる。
けれど、
(……リノ。良かった。元気そうで)
彼女の身を案じ続けて、ようやく再会できたのだ。
自覚こそないが、彼女をもう離したくないと心のどこかで思っていた。
気付かない内に、リノを抱きしめる腕にも力が籠もる。
だが、そんな本人でも掴みかねている心情など、リノが知る由もない。
「ああ、本物のコウタなのじゃな!」
今はただ、存分に甘えていた。
すりすりと、子猫のようにコウタに頬ずりする。
しかも、その際、何度もコウタの頬に口付けまでしてくる。
「リ、リノ!? ちょっと!?」
まるで自分の匂いをつけるための、マーキングのようだ。
ここまで過激なスキンシップは、メルティアやリーゼ相手でもされたことはない。
コウタの顔が、さらに赤くなった。
「ふふ、ようやくじゃ!」
そうして少しは満足したのか、リノは、コウタからわずかに身体を離した。
ただ、その代わりに、
「ずっと、ずっと逢いたかったぞ! わらわのご主人さまよ!」
――ありったけの愛を込めて。
彼女は、そう告げるのであった。
第8部〈了〉
王城のバルコニーにて。
「……ふう」
コウタは一人、息をついていた。
「……今日も疲れたなあ」
兄との再会を果たし、すでに三日が経っていた。
だが、そのたった三日間で、コウタの人間関係は随分と変わった。
ロックやエドワードは少し驚いたようだが、態度はほとんど変わらなかった。兄と面識があるというエイシス団長は「うむ。そうか……」と少し神妙な顔をしていたが。
大きく変化したのは女性陣だ。
まずサーシャとアリシア。
彼女達は、実に分かりやすい変化を見せた。
ミランシャ、ルカと同様に『姉』を強調するようになったのだ。
『コウタ君。困ったことがあったら、サーシャお姉ちゃんに言ってね?』
と、サーシャが優しく微笑み、
『コウタ君。行きたい所ってある? アリシアお姉ちゃんが連れてってあげるわ』
と、アリシアが慎ましい胸を強く叩く。
彼女達も、兄に想いを寄せていることは知っている。
きっと、ミランシャやルカに遅れをとったと感じているのだろう。
また、オトハも自分のことは姉のように思っていいと告げてきたのだが、彼女だけは焦りがない。どこか余裕を持っていた。
しかし、これで『姉』と呼んで欲しいと強調する女性がどれだけ多くなったか。
ミランシャ、ルカ、サーシャ、アリシア、オトハ。
さらに、積極的な彼女達に触発されたのか、今まではどこか控え目だったシャルロットまで言い出すぐらいだ。
「……ボクにはどれだけ『姉さん』がいるんだ?」
バルコニーの柵に両腕を置き、顔を埋めてコウタは深々と溜息をついた。
それだけ兄がモテるということだろう。
それも、美少女や美女ばかりに。
(相変わらず、兄さんは凄いなあ)
自分のことは棚に上げて、コウタは苦笑した。
ただ、そんな彼女達の中で一人だけ。
ユーリィだけは、少し違っていた。
彼女だけは『姉』を主張しない。その代わりに、コウタがクライン工房に行くと、すぐさま兄も元に駆け寄り、抱っこを強要する。
何だかんだで彼女を溺愛する兄は、ユーリィを抱っこするのだが、コウタが滞在中である限り、彼女は絶対に兄から離れようとしない。
これには兄も、オトハを初めとする兄の傍の女性達も、困惑しているようだ。
どうも、徹底的にコウタは警戒されているらしい。
(……はぁ)
義理とはいえ、姪っ子にそこまで嫌われては少しヘコんでくる。
メルティアやリーゼ、サーシャ達も仲を取り持ってくれようとしてくれているのだが、ユーリィは一向に警戒を解いてくれない。
(本当に困ったな)
これでは兄と会話する機会もない。
まだ自分は、兄に伝えなければならないことがあるというのに。
(……サクヤ姉さん)
兄の婚約者である彼女のことを。
恐らく兄は、義姉の生存を知らない。
ミランシャからはそう聞いていた。
だからこそ、義姉のことは自分が伝えるべきだと思った。
早く伝えるべきだとは思っている。
しかし、常にユーリィに警戒されて、切り出す機会もないのが現状だった。
(……どうすればいいのかな)
コウタは顔を両腕に埋めたまま、再び溜息をついた。
その時だった。
――コツ、コツ、と。
背後から、足音が聞こえた。
(ああ、メルか)
コウタは、反射的にそう思った。
このホッとするような優しい気配は、きっと幼馴染のものだ。
多分、コウタを心配して来てくれたに違いない。
コツコツ、と足音は続く。
――と、
タァン、と強く蹴り付ける音が聞こえた。
(え? いま跳んだ?)
あのメルティアが?
運動能力は高いけど、運動嫌いな彼女が?
(もしかしてリーゼなのかな?)
メルティアと思ったのは勘違いで、リーゼだったのかもしない。
そもそも、着装型鎧機兵の気配はなかった気がする。
まあ、いずれにせよ、振り向けば分かるか。
コウタは顔を上げようとした、その時だった。
「どうかしたのかの? 随分とヘコんでおるようじゃが」
とても懐かしくて。
どこか、ホッとする声が耳朶を打った。
コウタは、ハッとして顔を上げた。そして声がした方に顔を向ける。
月光が降り注ぐバルコニー。
そこには今、一人の少女がいた。
手を後ろで組み、柵の上に優雅に立つ彼女が。
淡い菫色の長い髪を、夜風になびかせる彼女が、そこにいた。
「リ、リノ……?」
コウタは、呆然と彼女の名を呼んだ。
すると、彼女――リノは、
「うむ! 久しいの! コウタよ!」
満面の笑みを見せる。
が、わずかに視線を逸らすと、少しモジモジとして、
「ええい、もうダメじゃ! もう限界じゃ!」
そう叫ぶと、「えい」と軽く跳躍して、コウタへと身を投げ出した。
着地など何も考えていない。そのまま落ちればフロアに腰を強打する。
そんなダイビングだ。
「リ、リノ!」
コウタは咄嗟に身構えた。
――たとえ、どれほど闇が深くても。
コウタが、彼女を拒絶することはない。
そして、彼女が傷つくことを見過ごしたりはしない。
――ドン、と。
全身で、彼女を受け止める。
いつかのように。
彼女の小さな身体を、両腕でしっかりと支える。
「リ、リノ?」
コウタは、腕の中の少女を見つめた。
長いまつげに、桜色の唇。
一度見れば、決して忘れられないほどの美貌。
間違いない。リノ当人だった。
「ど、どうして、君がここに?」
「うむ! 色々あっての! それよりもじゃ!」
リノは両腕をコウタの首に回した。
ぎゅうっと愛しい少年を抱きしめる。
胸板に伝わるメルティアも劣らない豊かで柔らかな双丘。さらに、鼻孔を刺激する甘い香りに、コウタの顔が赤くなった。
「リ、リノ!?」
コウタは動揺した。
しかし、抱き上げた彼女を降ろそうとはしない。
確かに唐突すぎる再会だった。
しかも、ここはアティスの王城。どうしてこんな場所で出会うのか。
疑問は幾つも出てくる。
けれど、
(……リノ。良かった。元気そうで)
彼女の身を案じ続けて、ようやく再会できたのだ。
自覚こそないが、彼女をもう離したくないと心のどこかで思っていた。
気付かない内に、リノを抱きしめる腕にも力が籠もる。
だが、そんな本人でも掴みかねている心情など、リノが知る由もない。
「ああ、本物のコウタなのじゃな!」
今はただ、存分に甘えていた。
すりすりと、子猫のようにコウタに頬ずりする。
しかも、その際、何度もコウタの頬に口付けまでしてくる。
「リ、リノ!? ちょっと!?」
まるで自分の匂いをつけるための、マーキングのようだ。
ここまで過激なスキンシップは、メルティアやリーゼ相手でもされたことはない。
コウタの顔が、さらに赤くなった。
「ふふ、ようやくじゃ!」
そうして少しは満足したのか、リノは、コウタからわずかに身体を離した。
ただ、その代わりに、
「ずっと、ずっと逢いたかったぞ! わらわのご主人さまよ!」
――ありったけの愛を込めて。
彼女は、そう告げるのであった。
第8部〈了〉
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