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第8部
第八章 炎より続く明日②
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『一分だ』
兄は、告げた。
『これから一分間。俺は全力で戦う』
――一分。
コウタは、冷たい汗を流した。
それが、どれほど長い時間なのか。
真紅の鬼が放つ威圧感が教えてくれる。
『お前の今の全力は知った』
兄の言葉は続く。
『だから見せてみろ。その先を。お前の底に眠る力の一端を』
そして、
――ゴオンッ!
真紅の鬼が両の拳を叩きつけた。
最終戦を知らせる鐘。
コウタは瞬時にそう悟ると叫んだ。
「――メル! 《悪竜》モードを!」
これから、かつてない猛攻が襲い来る!
ノーマルモードでは話にもならない!
その危機感は、メルティアも当然抱いていた。
「――はい!」と答えると同時に、《ディノ=バロウス》が炎に包まれた。
だが、
『――え』
次の瞬間、コウタは唖然とした。
何故なら一度も目を離してもいないのに、《朱天》が目の前に移動していたからだ。
しかも真紅の拳は、零距離で《ディノ=バロウス》の胸部装甲に触れている。
急所を射抜く構えだ。
(い、いつ移動を!? いや、それよりも!)
――まずい!
コウタは《ディノ=バロウス》を後方に跳躍させた。
その直後のことだった。
――ズドンッ!
地面が、円状に大きく陥没する。《朱天》の震脚だ。
そして突き出される拳。それは後方に跳躍する《ディノ=バロウス》に微かに触れた。
――ビシリッ!
胸部装甲に亀裂が奔る。次いで襲い来る衝撃。
「――きゃあッ!」
メルティアが強くコウタにしがみついた。
しかし、コウタは幼馴染に声をかける余裕もない。
(――なんて威力だ!)
吹き飛ばされる愛機の中で、ただただ驚愕していた。
闘技ではない。ただ拳を突き出しただけ。それでこの威力だ。
思わず喉を鳴らすが、
(けど、まだ《ディノス》は動く!)
『――クッ!』
コウタは呻き、着地を試みて《ディノ=バロウス》に竜尾を揺らさせた時だった。
『――なッ!』
愕然と目を見開く。
太陽を背に、大きく跳躍した《朱天》の姿があったからだ。
(また一瞬で移動を!?)
吹き飛ばした相手に追いつく。それが一体どれほどの速度を要するかなど、想像もつかなかった。しかも現在、《ディノ=バロウス》は吹き飛ばされたまま。姿勢調整もままならない無防備な状態だ。
まずいと感じる間もなく、真紅の鬼は右腕を突き出した。途端、《ディノ=バロウス》は地面に叩きつけられた。いや、地面ごと粉砕され、地中に埋まる。
(《穿風》!? こんな威力の!?)
まるであの男が放った闘技――《堕天》だ。
いや、瞬間の威力においては、それさえも遙かに凌ぐか。
コウタの視点からは確認しようもないが、地面には巨大の掌の痕が刻まれていた。
そして地響きを立てて《朱天》が着地する。
『ぐぐぐ……』
コウタは呻いた。
たった数瞬で《ディノ=バロウス》は相当な損傷を受けてしまった。
戦闘の素人でさえ理解できるほどの戦力差に、メルティアは言葉もない。
(これが《七星》最強……)
恐らく、すべての鎧機兵の頂点に君臨する存在。
かつて、あの男はこんなことを言っていた。
かの第三座とは、魔獣を超える膂力と、戦士の絶技を併せ持つ真の怪物だと。
まさしく、その通りの存在だ。
だが、これで終わるつもりなどない。
(まだだ! 《ディノス》!)
悪竜の騎士の眼光が赤く輝く。
《ディノ=バロウス》は陥没した地面が岩をはねのけて飛び出した。
『――まだまだ!』
コウタは、気迫を込めて声を張り上げた。
戦力差は歴然。だが、それでも《ディノ=バロウス》はまだ動く。
愛機は、まだ想いに応えてくれている。
だからこそ、今ここで攻勢に出なければならない。
「――行くよ! 《ディノス》! メル!」
「――はい! コウタ!」
メルティアがコウタの腰を掴み、《ディノ=バロウス》は眼光を輝かせた。
物質レベルまで粘性を上げた炎で、折れた刀身を補強する。炎の大剣を携え、《雷歩》で飛翔。大きく振りかぶった。
――しかし。
『遅せえよ』
兄と、兄の愛機は、やはり怪物だった。
損傷していても《ディノ=バロウス》の速度は並みではない。
だというのに、それに合わせて拳を打ち出したのだ。
しかも一撃ではない。無数の拳がまるで砲撃の一斉掃射のように《ディノ=バロウス》の全身を殴打したのだ。
「――うわッ!?」「――きゃあ!?」
機体が際限なく揺らされ、炎と装甲が砕け散っていく。
もはや一太刀振り下ろすことも叶わなかった。
「ディ、《ディノス》!」
コウタは必死に姿勢を立て直そうとするが、容赦ない集中砲火の前に、愛機はグラリと傾いた、その時だった。
――ドンッ!
再び大地を陥没させる震脚。
無数の砲弾の中でも桁違いの一撃が、胸部装甲の中核を射抜いた。
(――ッ!?)
目を見開くコウタ。
為す術もなく《ディノ=バロウス》は大きく吹き飛ばされてしまった。
『ぐうッ!』『――きゃあ!』
文字通り手も足も出ない。
大破寸前の《ディノ=バロウス》は地面に叩きつけられた。大きくバウンド。それでも威力は収まらず、装甲が地面に深い溝を削って、ようやく動きを止めた。
――バチンッ!
うつ伏せに横たわる機体からは、無数の火花を散った。
衝撃にメルティアが意識を失い、《ディノ=バロウス》の炎が消える。
(こ、ここまで差があるのか……)
今日まで戦ってきた強敵達。
容易い敵は、一人とていなかった。
けれど、この敵はまるで違う。
――怪物。
まさに、怪物の中の怪物だ。
『そこまでか?』
怪物は、問う。
赤い光で大気と大地を灼きつけて。
『もう立ち上がれねえか?』
真紅の鬼が、問う。
その台詞は、コウタの心に火を付けた。
『そんな……ことは、ない!』
コウタが呻き、《ディノ=バロウス》が立ち上がった。
肩からは火花が絶えず飛び散り、折れた処刑刀を握る手にも力はない。
だが、それでも――。
『ボクは……』
コウタは、想いを込めて語る。
『もう誰にも負けない。何も失わない。そのために最強になるんだ!』
そのために、ずっと修練を積んできた。
幾日も、幾月も、幾年も。
――二度と奪われないように。
――今度は守られるのではなく、守れるように。
その想いが、熱が伝わるように、《ディノ=バロウス》の右腕が赤く輝き始める。
《三竜頭》モードだ。
そして、第一の竜頭から恒力が溢れ出る。
「……ぐ、コウタ」
目を覚ましたメルティアが炎を操る。再び処刑刀が炎剣に変わった。
愛機と、愛する少女の力。だが、これでもまだ足りない。
(まだだ! まだ足りないんだ!)
コウタは操縦棍を強く握りしめた。
途端、鼓動を打つように《ディノ=バロウス》が振動する。
「ッ! コウタ!」
操縦席のモニターから見える光景に、メルティアが驚いた声を上げる。
《ディノ=バロウス》の第二の竜頭。左腕も赤く輝いていたのだ。
制御不能の領域。コウタは今、自分の限界を超えようとしている。
(でしたら、私も)
愛する人に尽力するのが、彼女の道だ。
我が子である《ディノ=バロウス》にイメージを送り、煌々と赤く輝く左手に、炎で作られた処刑刀を生みだした。コウタは目を瞠る。
「……メル」
「頑張ってください。コウタ」
言って、メルティアがコウタの背中にギュッと抱きついた。
柔らかな温もり。炎の大剣以上に、やはり彼女の存在そのものが、何よりコウタの心を奮い立たせてくれる。
「――決戦だ! 《ディノス》!」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
主の覇気に応え、《ディノ=バロウス》が咆哮を上げる。
そして真紅の両腕が、赤き双頭の龍が大きく左右に鎌首をもたげた。
『……最強、か』
その時、兄は呟いた。
真紅の鬼は地をゆっくりと歩き出す。そして、とある場所で止まった。
コウタは気付く。《朱天》の背後に一人の女性――オトハがいることに。
恐らく、彼女は兄にとって大切な女性なのだろう。
だからこそ、兄は彼女を守れる位置に陣取った。それは、次に起きる激突が、この最強の怪物でさえ油断できないものと判断した証だった。
真紅の鬼は、地面を竜尾で雄々しく叩く。
『面白れえ』
兄がそう呟くと同時に、《朱天》は泰然たる構えを見せた。
壊れた左腕の掌を前へと突き出す。次いで、右の拳を腰だめに構えた。途方もないぐらいの恒力を込められた右拳は、景色を歪めるほどの高温を放っていた。
『さあ、来な』
とても静かな声で、兄は告げる。
『意地を見せてみろ。コウタ』
『――うん』
コウタもまた、静かな声で応えた。
『見せてみせるよ。兄さん』
兄は、告げた。
『これから一分間。俺は全力で戦う』
――一分。
コウタは、冷たい汗を流した。
それが、どれほど長い時間なのか。
真紅の鬼が放つ威圧感が教えてくれる。
『お前の今の全力は知った』
兄の言葉は続く。
『だから見せてみろ。その先を。お前の底に眠る力の一端を』
そして、
――ゴオンッ!
真紅の鬼が両の拳を叩きつけた。
最終戦を知らせる鐘。
コウタは瞬時にそう悟ると叫んだ。
「――メル! 《悪竜》モードを!」
これから、かつてない猛攻が襲い来る!
ノーマルモードでは話にもならない!
その危機感は、メルティアも当然抱いていた。
「――はい!」と答えると同時に、《ディノ=バロウス》が炎に包まれた。
だが、
『――え』
次の瞬間、コウタは唖然とした。
何故なら一度も目を離してもいないのに、《朱天》が目の前に移動していたからだ。
しかも真紅の拳は、零距離で《ディノ=バロウス》の胸部装甲に触れている。
急所を射抜く構えだ。
(い、いつ移動を!? いや、それよりも!)
――まずい!
コウタは《ディノ=バロウス》を後方に跳躍させた。
その直後のことだった。
――ズドンッ!
地面が、円状に大きく陥没する。《朱天》の震脚だ。
そして突き出される拳。それは後方に跳躍する《ディノ=バロウス》に微かに触れた。
――ビシリッ!
胸部装甲に亀裂が奔る。次いで襲い来る衝撃。
「――きゃあッ!」
メルティアが強くコウタにしがみついた。
しかし、コウタは幼馴染に声をかける余裕もない。
(――なんて威力だ!)
吹き飛ばされる愛機の中で、ただただ驚愕していた。
闘技ではない。ただ拳を突き出しただけ。それでこの威力だ。
思わず喉を鳴らすが、
(けど、まだ《ディノス》は動く!)
『――クッ!』
コウタは呻き、着地を試みて《ディノ=バロウス》に竜尾を揺らさせた時だった。
『――なッ!』
愕然と目を見開く。
太陽を背に、大きく跳躍した《朱天》の姿があったからだ。
(また一瞬で移動を!?)
吹き飛ばした相手に追いつく。それが一体どれほどの速度を要するかなど、想像もつかなかった。しかも現在、《ディノ=バロウス》は吹き飛ばされたまま。姿勢調整もままならない無防備な状態だ。
まずいと感じる間もなく、真紅の鬼は右腕を突き出した。途端、《ディノ=バロウス》は地面に叩きつけられた。いや、地面ごと粉砕され、地中に埋まる。
(《穿風》!? こんな威力の!?)
まるであの男が放った闘技――《堕天》だ。
いや、瞬間の威力においては、それさえも遙かに凌ぐか。
コウタの視点からは確認しようもないが、地面には巨大の掌の痕が刻まれていた。
そして地響きを立てて《朱天》が着地する。
『ぐぐぐ……』
コウタは呻いた。
たった数瞬で《ディノ=バロウス》は相当な損傷を受けてしまった。
戦闘の素人でさえ理解できるほどの戦力差に、メルティアは言葉もない。
(これが《七星》最強……)
恐らく、すべての鎧機兵の頂点に君臨する存在。
かつて、あの男はこんなことを言っていた。
かの第三座とは、魔獣を超える膂力と、戦士の絶技を併せ持つ真の怪物だと。
まさしく、その通りの存在だ。
だが、これで終わるつもりなどない。
(まだだ! 《ディノス》!)
悪竜の騎士の眼光が赤く輝く。
《ディノ=バロウス》は陥没した地面が岩をはねのけて飛び出した。
『――まだまだ!』
コウタは、気迫を込めて声を張り上げた。
戦力差は歴然。だが、それでも《ディノ=バロウス》はまだ動く。
愛機は、まだ想いに応えてくれている。
だからこそ、今ここで攻勢に出なければならない。
「――行くよ! 《ディノス》! メル!」
「――はい! コウタ!」
メルティアがコウタの腰を掴み、《ディノ=バロウス》は眼光を輝かせた。
物質レベルまで粘性を上げた炎で、折れた刀身を補強する。炎の大剣を携え、《雷歩》で飛翔。大きく振りかぶった。
――しかし。
『遅せえよ』
兄と、兄の愛機は、やはり怪物だった。
損傷していても《ディノ=バロウス》の速度は並みではない。
だというのに、それに合わせて拳を打ち出したのだ。
しかも一撃ではない。無数の拳がまるで砲撃の一斉掃射のように《ディノ=バロウス》の全身を殴打したのだ。
「――うわッ!?」「――きゃあ!?」
機体が際限なく揺らされ、炎と装甲が砕け散っていく。
もはや一太刀振り下ろすことも叶わなかった。
「ディ、《ディノス》!」
コウタは必死に姿勢を立て直そうとするが、容赦ない集中砲火の前に、愛機はグラリと傾いた、その時だった。
――ドンッ!
再び大地を陥没させる震脚。
無数の砲弾の中でも桁違いの一撃が、胸部装甲の中核を射抜いた。
(――ッ!?)
目を見開くコウタ。
為す術もなく《ディノ=バロウス》は大きく吹き飛ばされてしまった。
『ぐうッ!』『――きゃあ!』
文字通り手も足も出ない。
大破寸前の《ディノ=バロウス》は地面に叩きつけられた。大きくバウンド。それでも威力は収まらず、装甲が地面に深い溝を削って、ようやく動きを止めた。
――バチンッ!
うつ伏せに横たわる機体からは、無数の火花を散った。
衝撃にメルティアが意識を失い、《ディノ=バロウス》の炎が消える。
(こ、ここまで差があるのか……)
今日まで戦ってきた強敵達。
容易い敵は、一人とていなかった。
けれど、この敵はまるで違う。
――怪物。
まさに、怪物の中の怪物だ。
『そこまでか?』
怪物は、問う。
赤い光で大気と大地を灼きつけて。
『もう立ち上がれねえか?』
真紅の鬼が、問う。
その台詞は、コウタの心に火を付けた。
『そんな……ことは、ない!』
コウタが呻き、《ディノ=バロウス》が立ち上がった。
肩からは火花が絶えず飛び散り、折れた処刑刀を握る手にも力はない。
だが、それでも――。
『ボクは……』
コウタは、想いを込めて語る。
『もう誰にも負けない。何も失わない。そのために最強になるんだ!』
そのために、ずっと修練を積んできた。
幾日も、幾月も、幾年も。
――二度と奪われないように。
――今度は守られるのではなく、守れるように。
その想いが、熱が伝わるように、《ディノ=バロウス》の右腕が赤く輝き始める。
《三竜頭》モードだ。
そして、第一の竜頭から恒力が溢れ出る。
「……ぐ、コウタ」
目を覚ましたメルティアが炎を操る。再び処刑刀が炎剣に変わった。
愛機と、愛する少女の力。だが、これでもまだ足りない。
(まだだ! まだ足りないんだ!)
コウタは操縦棍を強く握りしめた。
途端、鼓動を打つように《ディノ=バロウス》が振動する。
「ッ! コウタ!」
操縦席のモニターから見える光景に、メルティアが驚いた声を上げる。
《ディノ=バロウス》の第二の竜頭。左腕も赤く輝いていたのだ。
制御不能の領域。コウタは今、自分の限界を超えようとしている。
(でしたら、私も)
愛する人に尽力するのが、彼女の道だ。
我が子である《ディノ=バロウス》にイメージを送り、煌々と赤く輝く左手に、炎で作られた処刑刀を生みだした。コウタは目を瞠る。
「……メル」
「頑張ってください。コウタ」
言って、メルティアがコウタの背中にギュッと抱きついた。
柔らかな温もり。炎の大剣以上に、やはり彼女の存在そのものが、何よりコウタの心を奮い立たせてくれる。
「――決戦だ! 《ディノス》!」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
主の覇気に応え、《ディノ=バロウス》が咆哮を上げる。
そして真紅の両腕が、赤き双頭の龍が大きく左右に鎌首をもたげた。
『……最強、か』
その時、兄は呟いた。
真紅の鬼は地をゆっくりと歩き出す。そして、とある場所で止まった。
コウタは気付く。《朱天》の背後に一人の女性――オトハがいることに。
恐らく、彼女は兄にとって大切な女性なのだろう。
だからこそ、兄は彼女を守れる位置に陣取った。それは、次に起きる激突が、この最強の怪物でさえ油断できないものと判断した証だった。
真紅の鬼は、地面を竜尾で雄々しく叩く。
『面白れえ』
兄がそう呟くと同時に、《朱天》は泰然たる構えを見せた。
壊れた左腕の掌を前へと突き出す。次いで、右の拳を腰だめに構えた。途方もないぐらいの恒力を込められた右拳は、景色を歪めるほどの高温を放っていた。
『さあ、来な』
とても静かな声で、兄は告げる。
『意地を見せてみろ。コウタ』
『――うん』
コウタもまた、静かな声で応えた。
『見せてみせるよ。兄さん』
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