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第8部

第七章 《煉獄》の鬼①

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「……メル」


 コウタは、手を繋ぐメルティアに声をかけた。


「……怖い?」

「いえ。大丈夫です」


 メルティアは微笑む。


「コウタが傍にいますから」

「……うん」


 コウタは頷くと、視線を兄に向けた。
 すると、兄の前方で転移陣が輝いた。


「ッ! あれが……」


 コウタは、目を見開く。
 転移陣から現れたのは、一機の鎧機兵だった。
 漆黒を基調にした異形の鎧。甲殻類の背中を思わせる手甲。
 獅子のような白い鋼髪を持ち、額から二本、後頭部にさらにもう二本生やした、紅水晶のような四本角が特徴的な鎧機兵だ。
 鋭い牙が重なり合って閉ざされたアギトは、まるで鬼のような風貌である。


「兄さんの愛機。《朱天》か」


 闘神とも謳われる《七星》最強の機体。
 その名声に違わない、恐ろしいまでの威圧感を放っていた。
 兄が乗り込むと、鬼の両眼が輝いた。
 対峙しただけで射すくめられるような圧だ。
 コウタが微かに喉を鳴らす。と、


「……コウタ」


 メルティアがギュッと手を握りしめて告げた。


「……私達も」

「……うん。行くよ。メル」


 言って、コウタは腰の短剣に手を添えた。


「来い。《ディノス》」


 愛機の名を呼んだ。
 そしてコウタの前でも転移陣が輝く。
 出てくるのは、処刑刀を携える、黒と赤で彩られた竜装の鎧機兵。
 コウタの愛機・《ディノ=バロウス》だ。


(……《ディノス》)


 コウタは、これまで幾つもの試練を共にくぐり抜けてきた相棒に告げる。


(今日の戦いは、きっと今まで以上になる。頼むよ)


 相棒は何も答えない。
 けれど、想いは確かに伝わった気がする。


「行こう。メル」

「はい。コウタ」


 そうしてコウタ達は《ディノス》に乗り込んだ。


(行くよ。《ディノス》)


 コウタは、緊張した面持ちで愛機の操縦棍を握りしめた。
 そして、ズシンと。
 ゆっくりとした歩みで、兄の乗る《朱天》に近付いていく。
 兄は、何も言わず待っていてくれた。


『お待たせしました』


 剣の間合いに入ったところで、《ディノス》は足を止める。
 コウタは自分の相棒の名を兄に告げた。


『これがボクの愛機、《ディノ=バロウス》です』


 すると意外な回答が返ってくる。


『おう。知ってるさ』

『……え?』


 コウタは目を丸くする。
 コウタの背中に寄り添うメルティアも同様だ。


「もしかして、ルカから聞いていたのではないでしょうか?」

「うん。そうなのかな?」


 コウタは率直に兄に尋ねた。


『ルカから聞いてたんですか?』

『まあ、それと似たようなモンだな』


 と、兄はどこか皮肉げな様子で答えた。
 少し疑問に残ったが、あまり気にすることでもないだろう。


(今はそれよりも)


 コウタは面持ちを引き締める。と、


『さて、と』


 おもむろに兄が呟いた。
 同時に号砲が轟いた。
《朱天》が胸部装甲の前で両の拳を叩きつけのだ。


『《七星》が第三座、《朱天》――《双金葬守》アッシュ=クラインだ』


 兄が名乗る。
 コウタは警戒する眼差しを向けた。
 兄は言葉を続けた。


『色々とダメな俺だが、それでも今のお前の気持ちぐらいは分かっている。だが、今の俺は極星の名も背負っているんだ。言っとくが手加減はしねえぞ』

『分かっています』


 コウタは、頷いた。
 それに呼応して《ディノス》もまた力強く頷く。


『手加減は一切無用です。それでは、ここで挑む意味がない。もちろん、ボクと――メルも全力を尽くします』


 そう告げるなり、《ディノス》は処刑刀を横に薙いだ。


(……うん)


 自分でも納得のいく脱力だ。
 背中を支えてくれているメルティアのおかげか。
 自分は今、驚くほどに自然体でいる。


『改めて名乗ります』コウタは告げた。『エリーズ国騎士学校二回生、コウタ=ヒラサカです。愛機の名は《ディノ=バロウス》。そして……』


 そこで一度言葉を止める。
 脳裏にはこれまでの日々が蘇っていた。


『……あの日から』


 ――そう。あの炎の日から。
 コウタの口から、想いが溢れ出てくる。


『あの炎の日から、ボクも色々な人に出会い、色々なモノを背負いました。その中にはボクに二つ名を贈った人間もいました』


 あの男のことも思い出す。
 初めて出会った高い壁。自分を遙かに超える男。


「……ほう。二つ名か」


 と、これはオトハの声だ。
 コウタは視線を女性に向ける。
 肘に手を当てて腕を組む彼女は、軽く驚いている様子だった。


『……そうなのか』


 兄の方も、少し驚いていた。
 だが、それも当然なのかも知れない。
 十代で二つ名を持つのは、かなり稀だ。名乗っていても自称が多いと聞く。


(ボクもアルフ以外じゃ知らないし)


 そう思っていると、


『一体どんな二つ名なんだ? 誰から贈られたんだ?』


 兄が尋ねてきた。


「……コウタ」

「……うん」


 コウタは少しだけ困った表情を見せた。


『贈られた名は《悪竜顕人》。意味は《悪竜》を現世に顕現させた者。重々しくて気恥ずかしいんですけどね。そして、ボクにその名を贈ったのは――』


 自分が知る最強の男。
 緊張と警戒を共に、あの男の名を告げる。


『ボクが初めて戦った《九妖星》。《金妖星》ラゴウ=ホオヅキです』


 数瞬の沈黙。
 オトハは、大きく目を剥いた。
 そして兄は、


『……そうか』


 ポツリ、と呟いた。


『……あのクソジジイとは、すでに遭っているって、シャルから聞いていたが、まさか他の《妖星》とも遭遇してたのか?』


 それはもう、しょっちゅう遭遇している。
 全員で九人いるらしい《妖星》の内、すでに三人と面識がある。
 すれ違いレベルなら《地妖星》も含めて四人である。
 いつか全員と遭いそうで嫌だった。


『ボクとしては、あまり遭いたくないんですけど』


 これは素直な想いだ。
 あんな怪物達には遭いたくない。
 ただ、仇であるあの男と、だけは例外だが。


(リノは今、どこにいるのかな?)


 そう思っていると、


「……コウタ」


 不意に、メルティアがギュッとコウタの腹筋をつねってきた。
 コウタが何を考えているのか、気付いたのだろう。


「……またあのニセネコ女のことを考えていましたね」

「え、あ、いや、その……」


 鋭すぎる幼馴染に、コウタが口ごもっていると、


『ははっ、そいつは同意見だ』


 アッシュが笑った。
 一瞬、コウタはキョトンとしたが、《九妖星》との遭遇率を語ったようだ。
 どうも、兄も似たような遭遇率らしい。


「流石はコウタのお兄さまですね」

「いや、まあ、ボクもそう思うけど」


 コウタも笑う。
 兄に、とても、よく似た笑顔で。


『けど、ボクはこの名を受け取りました。この名は最強を目指すボクの覚悟です』


 コウタは、告げた。


『ボクの名は《悪竜顕人》コウタ=ヒラサカ。たとえ、あなたであっても、容易くあしらえるなんて思わないでください』


 伊達や酔狂で、この二つ名を名乗っている訳ではない。
 この名には誇りと共に、覚悟を込めていた。


『……おう。そうだな』


 兄は、真剣な声色で応えてくれた。
 そして――。


『そんじゃあ、始めようとすっか。《悪竜顕人》』

『……はい』


 コウタは頷く。
 あの男さえ超える高い壁。
 それに挑む時が、遂に訪れたのである。
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