254 / 399
第8部
第六章 戦いの地へ②
しおりを挟む
場所は戻って、クライン工房の作業場。
「……へ?」
長い沈黙を破って、エドワードが目を瞬かせた。
一瞬だけ呆然としていたが、すぐに青ざめていく。
「お、おい? コウタ? お前、今何を言ったんだ?」
――仕合。
新しい友人は、そんなことを行ったような気がする。
それも、あの『師匠』に対して。
そこに至って、他のメンバーもハッとしたようだ。
「おい! コウタ!」
ロックが声を張り上げる。
「お前、師匠の素性は知っているんだろう!」
続いて、アリシアも愕然とした。
「そ、そうよ! アッシュさんは学生に手に負える相手じゃないのよ!」
真剣にコウタを心配して、二人はコウタに詰め寄った。
コウタは少し困った顔で二人に目をやる。と、
「落ち着いてよ二人とも」
コウタの代わりにそう告げる者がいた。
苦笑を浮かべるサーシャだ。
「コウタ君は稽古をつけて欲しいって言っただけだよ」
アッシュの愛弟子である彼女が言う。
師はグレイシア皇国最強の戦士だ。隣国であるエリーズ国の騎士候補生が、稽古を願い出てもなんらおかしくもない。
それは、ユーリィも同意見だった。
「うん。皇国でもよくあった」
そう告げて頷く。
「あ、ああ、なるほど。そういうことか」
ロックが呟く。
指摘されて納得する。
「確かに、それならあってもおかしくないな」
「お、おう。そうだな。マジな顔してっから焦ったぜ」
エドワードもホッとした様子だ。
思い出すのは、初めてアッシュと対峙した日。
彼らにとっては、今でも背筋が凍るような戦闘だ。
「あはは」
アリシアも苦笑するように笑った。
気恥ずかしそうに、パタパタと手を振り、
「コウタ君があんまり真剣な顔をしていたから、本気の仕合を臨んだかと勘違いしたわね」
少し安堵した声でそう呟くのだが……。
「……勘違いではありませんわ」
不意な指摘に少しギョッとする。
それは、リーゼの声だった。
彼女はとても真剣な表情を浮かべていた。
(そうですとも。これは、コウタさまの心からの望み)
リーゼは、ゆっくりと歩き出す。
目を瞬いて「え?」と呟くアリシア達の横を通り、彼女は青年の前に歩み出た。
彼は、リーゼを見つめた。
とても静かな、黒い眼差し。
本当にコウタの瞳によく似ている。
(……お義兄さま)
緊張を宿した、とても真剣な表情を浮かべつつ、リーゼは、いずれ自分の義兄となる青年に深々と頭を下げた。
「どうか、コウタさまの望みを叶えて上げてください。コウタさまと、本気で立ち合っていただけませんか」
「…………」
少女の願いに、アッシュは無言だった。
――と、
「クライン君」
シャルロットも歩み出てきた。そして、彼女の主人である少女の横に並ぶと、深々と頭を下げて、「私からも、お願いします」と願い出る。
アリシアやサーシャ達は困惑していたが、事情を知るミランシャ達は、ただ真剣な顔で成り行きを見守っていた。
アッシュの沈黙は続く。
アッシュだけではなく、誰一人何も語らない。
工房内に静寂が訪れる。と、
「……オト」
不意に、アッシュが一人の女性の名を呼んだ。
「……何だ?」
名前を呼ばれたオトハがそう尋ねると、アッシュはおもむろに言った。
「悪りいが、立会人を頼めるか?」
一拍の間。オトハはアッシュを見つめた。
そして言葉を返す。
「それは構わんが……」
「せ、先生っ!?」
そこで、驚愕の声を上げたのはサーシャだった。アリシアも「ア、アッシュさん、本当に受けるんですか?」と愕然とした声で尋ねている。
「まあな」
端的にそう告げるアッシュ。
その言葉に、コウタは一瞬だけ瞳を閉じた。
(……ありがとう。兄さん)
どれほど、久しぶりであったとしても。
兄のことはよく知っている。
いま、兄は自分の我が儘を聞いてくれたのだ。
(兄さんは本当に変わらないや)
そう思った、その時。
「……アッシュ?」
ユーリィが、兄の『愛娘』が眉をひそめた。
彼女は兄の傍に寄ると、兄のつなぎの裾をギュッと掴む。
そして、少し不安を宿す翡翠色の瞳で兄を見つめた。
「どうしたの? 様子がおかしい」
「…………」
兄は特に何も答えない。
ただ、優しい眼差しを向けて、彼女の頭を撫でていた。
(本当に彼女が大切なんだ)
コウタは、頭を撫でられ目を細めるユーリィを見やる。
「その子はあなたの……」
――家族なんですね。
そう続ける前に、兄ははっきりと答える。
「ああ。俺の『娘』だ」
言葉に揺らぎはない。
コウタは、黒い瞳を優しげに細めた。
何となくだが。
幼かった頃の自分と、ユーリィの姿が重なるような気がした。
兄と弟は沈黙して、再び静寂が訪れる。と、
「仕合はなんでやる? 素手か?」
アッシュが尋ねてきた。
コウタは答える。
「鎧機兵で。全力を尽くしたいから。ボクが一番得意なものでお願いします」
これも事前に決めていたことだ。
この戦いでは、すべてを出し切りたいからだ。
「……そっか」
アッシュが呟く。
兄の傍らのユーリィは、より不安そうに兄の腰に掴まっていた。
そんな少女に、兄は「……大丈夫だ。ユーリィ」と告げて、頭を撫でていた。
そして一拍の後。
「一旦街を出るか」
兄は、告げる。
「鎧機兵戦なら、もっと広いところの方がいいだろ」
コウタは、グッと拳を強く固めた。
――いよいよだ。
いよいよ、この時がやって来た。
微かに息を吐き、緊張を解す。
そうして、コウタは、はっきりと答えた。
「はい。よろしくお願いします」
「……へ?」
長い沈黙を破って、エドワードが目を瞬かせた。
一瞬だけ呆然としていたが、すぐに青ざめていく。
「お、おい? コウタ? お前、今何を言ったんだ?」
――仕合。
新しい友人は、そんなことを行ったような気がする。
それも、あの『師匠』に対して。
そこに至って、他のメンバーもハッとしたようだ。
「おい! コウタ!」
ロックが声を張り上げる。
「お前、師匠の素性は知っているんだろう!」
続いて、アリシアも愕然とした。
「そ、そうよ! アッシュさんは学生に手に負える相手じゃないのよ!」
真剣にコウタを心配して、二人はコウタに詰め寄った。
コウタは少し困った顔で二人に目をやる。と、
「落ち着いてよ二人とも」
コウタの代わりにそう告げる者がいた。
苦笑を浮かべるサーシャだ。
「コウタ君は稽古をつけて欲しいって言っただけだよ」
アッシュの愛弟子である彼女が言う。
師はグレイシア皇国最強の戦士だ。隣国であるエリーズ国の騎士候補生が、稽古を願い出てもなんらおかしくもない。
それは、ユーリィも同意見だった。
「うん。皇国でもよくあった」
そう告げて頷く。
「あ、ああ、なるほど。そういうことか」
ロックが呟く。
指摘されて納得する。
「確かに、それならあってもおかしくないな」
「お、おう。そうだな。マジな顔してっから焦ったぜ」
エドワードもホッとした様子だ。
思い出すのは、初めてアッシュと対峙した日。
彼らにとっては、今でも背筋が凍るような戦闘だ。
「あはは」
アリシアも苦笑するように笑った。
気恥ずかしそうに、パタパタと手を振り、
「コウタ君があんまり真剣な顔をしていたから、本気の仕合を臨んだかと勘違いしたわね」
少し安堵した声でそう呟くのだが……。
「……勘違いではありませんわ」
不意な指摘に少しギョッとする。
それは、リーゼの声だった。
彼女はとても真剣な表情を浮かべていた。
(そうですとも。これは、コウタさまの心からの望み)
リーゼは、ゆっくりと歩き出す。
目を瞬いて「え?」と呟くアリシア達の横を通り、彼女は青年の前に歩み出た。
彼は、リーゼを見つめた。
とても静かな、黒い眼差し。
本当にコウタの瞳によく似ている。
(……お義兄さま)
緊張を宿した、とても真剣な表情を浮かべつつ、リーゼは、いずれ自分の義兄となる青年に深々と頭を下げた。
「どうか、コウタさまの望みを叶えて上げてください。コウタさまと、本気で立ち合っていただけませんか」
「…………」
少女の願いに、アッシュは無言だった。
――と、
「クライン君」
シャルロットも歩み出てきた。そして、彼女の主人である少女の横に並ぶと、深々と頭を下げて、「私からも、お願いします」と願い出る。
アリシアやサーシャ達は困惑していたが、事情を知るミランシャ達は、ただ真剣な顔で成り行きを見守っていた。
アッシュの沈黙は続く。
アッシュだけではなく、誰一人何も語らない。
工房内に静寂が訪れる。と、
「……オト」
不意に、アッシュが一人の女性の名を呼んだ。
「……何だ?」
名前を呼ばれたオトハがそう尋ねると、アッシュはおもむろに言った。
「悪りいが、立会人を頼めるか?」
一拍の間。オトハはアッシュを見つめた。
そして言葉を返す。
「それは構わんが……」
「せ、先生っ!?」
そこで、驚愕の声を上げたのはサーシャだった。アリシアも「ア、アッシュさん、本当に受けるんですか?」と愕然とした声で尋ねている。
「まあな」
端的にそう告げるアッシュ。
その言葉に、コウタは一瞬だけ瞳を閉じた。
(……ありがとう。兄さん)
どれほど、久しぶりであったとしても。
兄のことはよく知っている。
いま、兄は自分の我が儘を聞いてくれたのだ。
(兄さんは本当に変わらないや)
そう思った、その時。
「……アッシュ?」
ユーリィが、兄の『愛娘』が眉をひそめた。
彼女は兄の傍に寄ると、兄のつなぎの裾をギュッと掴む。
そして、少し不安を宿す翡翠色の瞳で兄を見つめた。
「どうしたの? 様子がおかしい」
「…………」
兄は特に何も答えない。
ただ、優しい眼差しを向けて、彼女の頭を撫でていた。
(本当に彼女が大切なんだ)
コウタは、頭を撫でられ目を細めるユーリィを見やる。
「その子はあなたの……」
――家族なんですね。
そう続ける前に、兄ははっきりと答える。
「ああ。俺の『娘』だ」
言葉に揺らぎはない。
コウタは、黒い瞳を優しげに細めた。
何となくだが。
幼かった頃の自分と、ユーリィの姿が重なるような気がした。
兄と弟は沈黙して、再び静寂が訪れる。と、
「仕合はなんでやる? 素手か?」
アッシュが尋ねてきた。
コウタは答える。
「鎧機兵で。全力を尽くしたいから。ボクが一番得意なものでお願いします」
これも事前に決めていたことだ。
この戦いでは、すべてを出し切りたいからだ。
「……そっか」
アッシュが呟く。
兄の傍らのユーリィは、より不安そうに兄の腰に掴まっていた。
そんな少女に、兄は「……大丈夫だ。ユーリィ」と告げて、頭を撫でていた。
そして一拍の後。
「一旦街を出るか」
兄は、告げる。
「鎧機兵戦なら、もっと広いところの方がいいだろ」
コウタは、グッと拳を強く固めた。
――いよいよだ。
いよいよ、この時がやって来た。
微かに息を吐き、緊張を解す。
そうして、コウタは、はっきりと答えた。
「はい。よろしくお願いします」
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる