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第8部

第六章 戦いの地へ②

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 場所は戻って、クライン工房の作業場ガレージ


「……へ?」


 長い沈黙を破って、エドワードが目を瞬かせた。
 一瞬だけ呆然としていたが、すぐに青ざめていく。


「お、おい? コウタ? お前、今何を言ったんだ?」


 ――仕合。
 新しい友人は、そんなことを行ったような気がする。
 それも、あの『師匠』に対して。
 そこに至って、他のメンバーもハッとしたようだ。


「おい! コウタ!」


 ロックが声を張り上げる。


「お前、師匠の素性は知っているんだろう!」


 続いて、アリシアも愕然とした。


「そ、そうよ! アッシュさんは学生に手に負える相手じゃないのよ!」


 真剣にコウタを心配して、二人はコウタに詰め寄った。
 コウタは少し困った顔で二人に目をやる。と、


「落ち着いてよ二人とも」


 コウタの代わりにそう告げる者がいた。
 苦笑を浮かべるサーシャだ。


「コウタ君は稽古をつけて欲しいって言っただけだよ」


 アッシュの愛弟子である彼女が言う。
 師はグレイシア皇国最強の戦士だ。隣国であるエリーズ国の騎士候補生が、稽古を願い出てもなんらおかしくもない。
 それは、ユーリィも同意見だった。


「うん。皇国でもよくあった」


 そう告げて頷く。


「あ、ああ、なるほど。そういうことか」


 ロックが呟く。
 指摘されて納得する。


「確かに、それならあってもおかしくないな」

「お、おう。そうだな。マジな顔してっから焦ったぜ」


 エドワードもホッとした様子だ。
 思い出すのは、初めてアッシュと対峙した日。
 彼らにとっては、今でも背筋が凍るような戦闘だ。


「あはは」


 アリシアも苦笑するように笑った。
 気恥ずかしそうに、パタパタと手を振り、


「コウタ君があんまり真剣な顔をしていたから、本気の仕合を臨んだかと勘違いしたわね」


 少し安堵した声でそう呟くのだが……。


「……勘違いではありませんわ」


 不意な指摘に少しギョッとする。
 それは、リーゼの声だった。
 彼女はとても真剣な表情を浮かべていた。


(そうですとも。これは、コウタさまの心からの望み)


 リーゼは、ゆっくりと歩き出す。
 目を瞬いて「え?」と呟くアリシア達の横を通り、彼女は青年の前に歩み出た。
 彼は、リーゼを見つめた。
 とても静かな、黒い眼差し。
 本当にコウタの瞳によく似ている。


(……お義兄さま)


 緊張を宿した、とても真剣な表情を浮かべつつ、リーゼは、いずれ自分の義兄となる青年に深々と頭を下げた。


「どうか、コウタさまの望みを叶えて上げてください。コウタさまと、本気で立ち合っていただけませんか」

「…………」


 少女の願いに、アッシュは無言だった。
 ――と、


「クライン君」


 シャルロットも歩み出てきた。そして、彼女の主人である少女の横に並ぶと、深々と頭を下げて、「私からも、お願いします」と願い出る。
 アリシアやサーシャ達は困惑していたが、事情を知るミランシャ達は、ただ真剣な顔で成り行きを見守っていた。
 アッシュの沈黙は続く。
 アッシュだけではなく、誰一人何も語らない。
 工房内に静寂が訪れる。と、


「……オト」


 不意に、アッシュが一人の女性の名を呼んだ。


「……何だ?」


 名前を呼ばれたオトハがそう尋ねると、アッシュはおもむろに言った。


「悪りいが、立会人を頼めるか?」


 一拍の間。オトハはアッシュを見つめた。
 そして言葉を返す。


「それは構わんが……」

「せ、先生っ!?」


 そこで、驚愕の声を上げたのはサーシャだった。アリシアも「ア、アッシュさん、本当に受けるんですか?」と愕然とした声で尋ねている。


「まあな」


 端的にそう告げるアッシュ。
 その言葉に、コウタは一瞬だけ瞳を閉じた。


(……ありがとう。兄さん)


 どれほど、久しぶりであったとしても。
 兄のことはよく知っている。
 いま、兄は自分の我が儘を聞いてくれたのだ。


(兄さんは本当に変わらないや)


 そう思った、その時。


「……アッシュ?」


 ユーリィが、兄の『愛娘』が眉をひそめた。
 彼女は兄の傍に寄ると、兄のつなぎの裾をギュッと掴む。
 そして、少し不安を宿す翡翠色の瞳で兄を見つめた。


「どうしたの? 様子がおかしい」

「…………」


 兄は特に何も答えない。
 ただ、優しい眼差しを向けて、彼女の頭を撫でていた。


(本当に彼女が大切なんだ)


 コウタは、頭を撫でられ目を細めるユーリィを見やる。


「その子はあなたの……」


 ――家族なんですね。
 そう続ける前に、兄ははっきりと答える。


「ああ。俺の『娘』だ」


 言葉に揺らぎはない。
 コウタは、黒い瞳を優しげに細めた。
 何となくだが。
 幼かった頃の自分と、ユーリィの姿が重なるような気がした。
 兄と弟は沈黙して、再び静寂が訪れる。と、


「仕合はなんでやる? 素手か?」


 アッシュが尋ねてきた。
 コウタは答える。


「鎧機兵で。全力を尽くしたいから。ボクが一番得意なものでお願いします」


 これも事前に決めていたことだ。
 この戦いでは、すべてを出し切りたいからだ。


「……そっか」


 アッシュが呟く。
 兄の傍らのユーリィは、より不安そうに兄の腰に掴まっていた。
 そんな少女に、兄は「……大丈夫だ。ユーリィ」と告げて、頭を撫でていた。
 そして一拍の後。


「一旦街を出るか」


 兄は、告げる。


「鎧機兵戦なら、もっと広いところの方がいいだろ」


 コウタは、グッと拳を強く固めた。
 ――いよいよだ。
 いよいよ、この時がやって来た。
 微かに息を吐き、緊張を解す。
 そうして、コウタは、はっきりと答えた。


「はい。よろしくお願いします」
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