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第8部

第三章 王城にて③

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 その日の夜。
 白いつなぎ姿――普段着のルカは、メルティア達の部屋に訪れていた。
 現在、部屋にいるのは、丸テーブルを囲って座るメルティアとリーゼ。コポコポ、と紅茶を注ぐシャルロットに、その手伝いをするアイリ。
 そして床に直接座る三機のゴーレム達と、零号の冠にとまるオルタナだ。
 ミランシャも同室なのだが、今は姿がない。
 隣のアリシア達の部屋に、遊びに行っていた。
 ルカは、メルティアの向かい側の席に座っていた。


「どうぞ。お嬢さま方」


 紅茶をアイリの分も含めて全員分、用意したシャルロットは、メルティア達にそう告げると、リーゼの後ろに控えた。


「ありがとうございます。シャルロットさん」メルティアが感謝を述べる。「ではアイリ。こっちへ」

「……うん。分かった」


 アイリは頷くと、メルティアの隣に座った。
 リーゼが、視線をシャルロットに向けた。


「シャルロット。あなたも座って宜しいのですよ」

「いえ。お気遣いだけで充分です。お嬢さま」


 と、生真面目なシャルロットが、頭を垂れて答える。
 リーゼは苦笑を零した。


「相変わらずですわね。あなたは。まあ、いいでしょう」


 リーゼは、視線をメルティアに向けた。


「では、メルティア。本題に入りましょうか」

「はい。そうですね。リーゼ」


 メルティアは厳かに頷いた。
 続けて、ルカに目をやる。
 数瞬の沈黙。


「お、お師匠さま?」


 金色の眼差しに射抜かれ、ルカが緊張した面持ちをする。


「あ、あの、どうか、したのですか?」


 困惑した声でそう尋ねる。と、


「……ルカ」


 一瞬だけ瞳を閉じてから、メルティアが唇を動かした。


「これからとても重要な話をします。恐らく、あなたも無関係ではない話です」

「……え?」


 師の緊迫した様子に、ルカは息を吞んだ。


「そ、それは一体……?」

「……まず一つ確認を」


 メルティアは、言葉を続ける。


「あなたは、クラインさんが本気で好きなのですね」

「……はい」


 困惑していても、その問いかけにだけは即答するルカ。


「大好きです。ううん」


 ルカは、自分の胸元に片手を当てた。


「私は、仮面さんを――アッシュさんを、愛しています」


 一片の迷いもなく、そう宣言した。


「……お見事。ルカ」


 アイリが拍手を贈る。ゴーレム達も拍手を贈った。


「……ウム! ミゴトダ! ルカ!」


 オルタナも、翼を広げて賞賛する。


「これはまた、随分とはっきり言い切りましたわね」


 リーゼは少し苦笑をしつつ、シャルロットに目をやった。
 想い人が同じシャルロットとしては、どう思っているのか気になった。


(あら)


 すると、シャルロットは、微笑んでいた。


「(随分と余裕ですわね。シャルロット)」


 リーゼは、小声で従者に話しかけた。


「(そうですね)」


 シャルロットも小声で返す。


「(私はすでに覚悟していますから。それに、ミランシャさまは私の味方ですし、幸いにも今夜は、オトハさま以外の方は揃っています。今夜中にルカさまも含めて、全員を説得するつもりです)」

「(……? それはどういう意味ですの?)」


 リーゼが眉根を寄せた。
 すると、シャルロットは苦笑を見せた。


「(七人の同志。キャシーさんのアドバイスを実行する時が来たということです)」

「(……え?)」


 リーゼは、ギョッとした。


「分かりました。ルカ」


 そんな主従をよそに、メルティアは言葉を続けた。


「では話しましょう。まずは前提としてコウタの故郷のことを」


 そして、メルティアは語った。
 あえてコウタの村の名前だけは伏せて、八年前の事件を。
 皆殺しにされたコウタの村の住人。
 どこかで生き残っているかもしれないコウタの実兄と義姉。
 コウタが、ずっと兄と姉のことを探していたことを。
 それを、淡々と語った。
 話を終えた時、ルカは声もなく目を擦っていた。
 水色の瞳からは、絶え間なく涙が零れ落ちていた。


「そ、そんな、ことが……」


 声を途切れさせて呟く。
 その間も、両目を擦り続ける。


「……はい。そして」


 メルティアは、そんな弟子を真っ直ぐ見つめた。


「最近になって、お義兄さまの今の居場所が分かったのです」

「……え?」


 ルカが、目を見開いて顔を上げた。


「それがこの国、アティスなのです」

「こ、この国に! この国に、コウ先輩のお兄さんが、いるのですか!」


 ルカは、呆然とした。


「そうです。ルカ、あなたは……」


 メルティアは、少しだけ躊躇うように尋ねた。


「コウタによく似た人を。容姿ではなく雰囲気が。そんな人を知っていませんか?」

「…………え?」


 師の問いかけに、ルカは困惑した。
 似ている人物。いきなり言われても思い当たらない――。


『いやいやお嬢ちゃん。流石に変人ってのはひどくねえか?』

(―――え?)


 それは、不意なことだった。
 彼女にとって、最も愛しい人の声が脳裏によぎる。


『おいで、お嬢ちゃん』


 あの日、優しく微笑んでくれた彼。
 確かに彼女自身、似ているなと思っていた。


『もう心配はいらねえ。俺が傍にいる』


 怯える自分を、彼は強く抱きしめてくれた。
 あの夜にこそ、自分の心は、彼に奪われたのだと自覚している。
 しかし、それを何故、いま思い出すのか――。


「う、うそ……」


 ルカは、ポツリと呟いた。


「ま、まさか、仮面さん? アッシュさんが、コウ先輩の……?」


 その呟きを、メルティア達は静かに聞いていた。
 ルカは、呆然と師を見つめた。
 師は何も語らない。
 師だけではない。リーゼも、アイリも、シャルロットも。
 ゴーレム達でさえ言葉を発さない。
 それは、無言の肯定だった。


「ほ、本当にそう、なのですか?」


 ルカは、シャルロットの方に目をやった。
 自分以外では唯一、彼とコウタの両方を知る人物を。


「……はい」


 シャルロットは、頷いた。


「クライン君と、コウタ君は実の兄弟です」


 クライン君の方にもすでに確認を取りました。
 と、シャルロットは言葉を続けた。
 ルカは、ただ唖然とした。
 すると、リーゼが語り出した。


「確かにお二人はご兄弟です。ですが、クラインさま――お義兄さまは、コウタさまの来訪はおろか、生存さえご存じないはず」


 一拍おいて、シャルロットに目をやる。


「だからこそ、今日、シャルロットには、先にクライン工房へと向かってもらったのです。コウタさまのことを事前にお義兄さまにお伝えするために。明日の八年ぶりとなるお二人の再会に備えて」

「……クライン君は」


 シャルロットが、神妙な顔で口を開く。


「やはり、とても驚いていました。当然です。八年前に亡くなったはずの弟が、生きていたのですから」

「け、けど……」


 ルカは、涙で少し腫れた瞳を見開いて呟く。


「お、お二人の名前が全然、違います」

「……コウタの村の名前は、クライン村というそうです」


 その問いかけに答えたのは、メルティアだった。


「お義兄さまの今のお名前は、失った故郷から取ったものだそうです。本当の名前は別にあります」

「え?」ルカは目を見開いた。「か、仮面さんの本当の名前……?」


 そして、メルティアを凝視した。


「そ、それは一体……」

「それは、私が教えるべきではないと思います」


 メルティアは申し訳なさそうに、かぶりを振った。
 それを他者に教えてもいいのは、クライン村の出身者だけだろう。


「そ、そうですか……」


 ルカは、しゅんとした。


「ともあれ、ルカ」


 リーゼが、メルティアの言葉を継いだ。


「すべては明日なのです。明日、彼らは再会します」


 全員が、シンとする。
 長い沈黙が続いた。
 そしてそれを破ったのは、メルティアだった。


「ルカ」


 彼女は柔らかな眼差しで弟子に告げた。


「どうか、あなたも見守って上げてください。コウタと、あなたの愛する人の八年ぶりとなる再会を」

「……はい。分かりました。お師匠さま」


 ルカは、真剣な顔で頷く。

 そうして、夜は更ける。
 再会までの時を少しずつ刻んで――。
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