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第7部

第八章 《悪竜顕人》④

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「……おいおい。凄えェ大部隊だな」


 ハウル邸内の大庭園。百機単位で並ぶ白と黒の鎧機兵の大部隊に、到着したばかりのブライ=サントスは、目を丸くした。
 副団長経由で告げられた緊急事態。
 詳細は分からないが、ハウル邸に危険人物が現れたらしい。
 ――もしや、レオス=ボーダーか!
 ブライは、バルカスを筆頭に、数名の部下と共にハウル邸へと駆けつけた。
 そして目にしたのが、黒犬兵団と白狼兵団による大部隊だ。


「……俺達って必要だったんすか?」


 と、ブライの横に立つ、バルカスがボリボリと頭をかいた。
 周囲にはキャシーを含めた、ブライの部下達が鎧機兵に乗って待機している。
 精鋭で知られるハウル家の両兵団の総戦力に加え、サントス部隊。
 たとえ《妖星》といえど、これでは勝つことは無論、逃亡さえも難しいだろう。


「けど油断はならねえな。敵の正体も不明だし」


 そう呟くブライの表情は、真剣そのものだった。
 人格に難があっても、彼は騎士としては優秀なのである。


「とりあえず、オレもそろそろ機体を喚んどくか」


 言って、腰の短剣に手を当てた時だった。
 ――ザワザワ、と。
 不意に部隊がざわめきだしたのだ。


「……あン? 何かあったのか?」


 ブライが訝しむと、


『バルカス! サントス隊長!』


 不意にキャシーが声を張り上げた。
 ブライとバルカスは、視線をキャシーの愛機に向けた。


『大変ッス! ここからそう遠くない場所で、二つの恒力値が確認されたッス! 一つは三万七千ジン! 《九妖星》クラスッス!』

「なんだと!」「おいおい、そいつはどういうこった?」


 バルカスが目を瞠り、ブライは腕を組んだ。


「……あそこにいるのは、レオス=ボーダーじゃなかったってことか?」


 そう呟いてハウル邸に目をやる。


『そ、それより、もう一つの恒力値が問題ッス!』

「……? どうした? キャシー」


 バルカスが妻に尋ねる。と、


『こ、恒力値・七万二千ジン! それがもう一つの恒力値ッス!』

「「…………は?」」


 ブライとバルカスは目を丸くした。
 ――が、一拍おいて。


「はあ? いや、七万って何だよ。完全解放の《朱天》並みじゃねえか。の奴がこの国に戻って来てんのか?」


 と、ブライが尋ねるが、キャシーに答えられるはずもない。


『ウチにも分かんないッスよ。けど、周りが騒いでるのはこれのせいッスよ。《万天図》の故障じゃないッス』

「……マジか」


 ブライが、真剣な顔をした瞬間だ。
 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
 風に乗って、どこから届く雄々しき咆哮。
 それは、まるで竜の産声にも聞こえる叫びだった。
 ブライは、声がする遠方の地に目をやった。


「おいおい、何だよこりゃあ……」


 さしもの青年も冷たい汗を流す。


「もしかして《悪竜》でも顕現したってか?」



       ◆



 ――ザンッ!
 黒い閃光が迸る。
 それを異形の突撃槍が迎え撃つ――が、


(――チィ!)


 レオスは、舌打ちする。
 恐ろしく速い。一つの斬撃を防いでも、すぐに第二撃が来る。
 どうしても鈍重になる重装型の《木妖星》は劣勢に立たされていた。


『図に乗るなよ! 小僧!』


 レオスは、眼光を鋭くする。
 突撃槍を横に薙ぎ、渾身の力で処刑刀を大きく弾いた。そしてその間隙を逃さず《雷歩》を使って突進する《木妖星》。
 悪竜の騎士は処刑刀を盾代わりに構えて、突撃槍の刺突を受け止める!
 ――ガガガガガガガガガッ!
 地表と、身に纏う炎を撒き散らせて後方に押しやられる《ディノ=バロウス》。
 だが、槍の穂先だけは確実に防いでいる。その勢いは徐々に消されていった。


(――押し切れんか)


 そう判断したレオスは、穂先から恒力の奔流を噴出。それを以て《ディノ=バロウス》を吹き飛ばすと、自分は後方に跳躍した。
 ズズン、と超重量で地面を砕き、《木妖星》は着地する。と、


『――チイィ!』


 レオスは、表情を険しくした。
 恒力は目には見えない。だが、半世紀以上の戦闘経験を持つレオスには分かる。
 恐らく《飛刃》。
 それも数え切れないほどの不可視の刃が、目の前には展開されている。


(これは躱せんな)


 レオスは、突撃槍を前方に向けさせた。


『舐めるなよ。小僧』


 そう呟いた途端、深緑の槍は回転。棘のような突起を展開した。
 巨大な傘のようになった突撃槍は、大海の渦のような猛威を振るい、襲い来る《飛刃》の群れを余すことなく粉砕した


『……ここからは本気だ』


 レオスは、宣告する。


『貴様は強い。もはや小僧とは思わん』

『……それはどうも』


 対し、コウタは皮肉気に笑った。


『ようやく敵として認めてくれた訳か』

『ああ。貴様は大樹さえ軋ませる暴風。俺の命にも届く敵だ。の前座などと呼んで悪かったな』

『……?』


 レオスの台詞に、コウタは眉根を寄せた。


『……?』


 仇敵が何度か口にしていた名前だ。
 偶然にも故郷と同じ家名を持つ人物。一体何者なのか?


『さっきから口にしてるけど誰なのさ? その人は?』


 コウタは率直に訊いた。
 すると、レオスは眉をしかめて。


『《七星》が第三座、《双金葬守》だ。何だ貴様? を知らんのか?』

『…………え?』


 コウタは、大きく目を見開いた。
 それは後ろに座るメルティアも同じだった。


『恐らくは偽名なのだろうな。ふん。故郷の村と同じ家名など、奇妙なことだと思ってはいたが……』

『ちょ、ちょっと待て!』


 コウタは声を張り上げた。


『に、兄さんが《七星》? なんでそんな話が出てくるんだよ!』

『貴様の話から推測しただけだ。とは言え、十中八九真実だと思うぞ。調べれば簡単に分かるだろう。後で調べてみるといい。だが――』


 レオスは、凄惨に笑う。


『ここを生き延びれたらの話だがな』

『……………』


 コウタは、無言でレオスを――《木妖星》を睨み付けた。
 唐突に、仇敵から伝えられた兄の情報。
 果たして真実なのか。それを知るためにも――。


「……コウタ」


 メルティアがギュッと抱きついてくる。


「うん。勝とう。メル」


 愛機の操縦棍を握りして、そう呟くコウタ。


『……お前を倒すよ。《木妖星》』

『ふん。出来るものならやってみせろ。《悪竜顕人》』


 互いに威嚇する二人。
 そうして、二人の愛機は再び激突した。
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