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第7部

第六章 蘇る過去②

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 夢を見た。
 燃え盛る炎の日の夢を。
 家が燃え、空に火の粉が散り、黒い巨人達が闊歩する。
 頭を強く打ったせいか、朦朧とした様子でコウタはその光景を見つめていた。


「……大丈夫か、コウタ?」


 すると、声を掛けられた。
 コウタを抱き上げて走る男性。
 コウタにとっては母の弟になる人物。コジロウ叔父さんだ。
 大らかな性格をしている人で父とも仲が良い。よく夕食などを共にした人だ。
 だが、普段は気さくな叔父が、今は別人のように深刻な表情をしていた。
 ギュッ、と幼いコウタを強く抱え直し、


「大丈夫だ。叔父さんが守ってやるからな」


 自分に言い聞かせるように呟き、村の中を走り続ける。
 目指す先は森の中だ。
 木々に紛れて逃走する。しかしその目論見は甘かったようだ。


「――くそッ!」


 叔父が舌打ちする。
 森の手間。そこには数機の鎧機兵の姿があった。
 ここを突破するのは不可能だ。コジロウは反転した――が、


「――ッ!?」


 驚愕で目を剥く。
 そこには、長剣を振りかざした黒い鎧機兵がいたのだ。
 巨人の刃はコウタ達を狙っていた。咄嗟にコジロウはコウタを庇うが、その程度でこの一撃を凌ぐことなど出来ない。コジロウは死を覚悟した。
 ――が、その時だった。


「――させるか!」


 ――ドンッ!
 鋼の拳が黒い機体の胴体に直撃した。
 グラリと揺れる敵の鎧機兵。


「大丈夫か! コウタ! コジロウ!」


 そう告げるのは助けてくれた鎧機兵の操手。
 装甲のない農作業用鎧機兵に乗ったコウタの父だった。


「ここは俺がどうにかする! 二人は早く逃げるんだ!」


 言って、強く操縦棍を握りしめる。
 農作業用の機体と戦闘用ではスペックの差は歴然だ。事実、攻撃を受けた敵の鎧機兵もほとんど損傷もなく、すでに体勢を立て直していた。
 その上、森の手間を見張っていた鎧機兵も一機、こちらに向かってきている。


「……コウタを頼んだぞ。コジロウ」

「……ああ。分かったよ。兄貴」


 こくん、と頷き合う義兄弟。幼いコウタには分からなかったが、これが二人の今生の別れを覚悟した会話だった。
 コジロウは背中を向けて走り出した。目的の場所は村の奥。逃走が不可能なら助かる方法はもう一つしかない。火の粉をかわしながら走るコジロウ。あまり速度が出せず苛立ちを抱く。コウタは叔父に抱えられたまま、残った父の姿を凝視していた。
 恐らく、父には戦闘の才があったのだろう。
 圧倒的に劣る機体で奮戦していた。四肢を剣で削られながらも、どうにか一機を沈黙させたのだ。残り一機と対峙する父の鎧機兵。すると――。


『……これはお前を褒めるべきか。それとも部下の不甲斐なさを嘆くべきか』


 ――ズズン、と。
 重い足音を響かせ、さらに一機の鎧機兵が姿を現わした。

 ――それは異質な鎧機兵だった。

 全高は四セージル級の大型。全身の色は深緑色。
 両脇辺りから白い長大な牙がのびた重装甲の鎧を纏っている。下半身の足には足首がなく、地面に刻まれる足跡は円に近かった。竜尾の先には巨大な突起物。手に持つのは長大な突撃槍。無数の棘を纏う針葉の大樹を彷彿させるような槍だ。


『さて』


 深緑色の鎧機兵は父を一瞥した。


『そんな玩具で俺の部下を倒すか。やはりここは褒めるべきだな』

「……別にそんな賞賛が欲しい訳じゃない」


 父は、敵を睨み付ける。
 すると、深緑の鎧機兵の操手はますます父に興味を持ったようだ。


『中々の殺気だ。とても村人とは思えんぞ。どうだ? 大人しく投降するのならお前だけは助けてやるぞ。鍛えればそこそこ使えそうだしな』

「……ふん。誰がそんな話に乗るかよ。クズ野郎どもが。そもそも俺みたいなおっさんをスカウトでもする気か?」

『俺から見ればお前ぐらいの歳ではまだまだ若造の部類なんでな。だからこそ声を掛けてみたのだが、まあいいさ』


 深緑の鎧機兵は槍の穂先を父に向けた。


『所詮はただの気まぐれだ。お前は邪魔なので始末するぞ』

「…………」


 父は無言で自分の機体を身構えさせた。
 対峙する二機。

 ――が、沈黙は長くは続かず、決着は一瞬だった。

 ほんの一瞬で。
 父の体は、深緑の槍に貫かれていた。

 そして次の瞬間には槍の穂先が開き、鞭がしなるように回転する。無数の棘に切り刻まれ、父の体は乗っていた鎧機兵ごと無残に四散した。


『お見事です』


 深緑の機体の傍らに待機していた黒い鎧機兵がそう告げる。
 コウタは叔父の服を強く握りしめながら、その光景を目に焼き付けた。


『村人相手に賞賛を受けてもな。それよりも、俺はそろそろ次の仕事に行く。ここの始末はお前達に任せたぞ』

『――はっ。了解しました』


 そんなやり取りが聞こえてきた。
 深緑の鎧機兵は、もう父を一瞥することもなかった。


「……コウタ」


 その時、叔父は言った。


「お前だけは必ず守る。兄貴に誓って」


 父の死を背負って、叔父はそう約束した。
 事実、叔父は自分の命を捨ててまで、コウタを守り通したのだ。
 幼いコウタは、遠ざかっていく深緑色の機体の背を凝視した。
 もはや遠い記憶。
 あの鎧機兵が何者だったのかは、未だ知ることもない。
 だが、それでもコウタは今も憶えている。
 村を焼き、父を殺した、あの鎧機兵の姿を――。
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