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第7部
第五章 面談④
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「こんなところで会うなんて奇遇だね」
場所は移って、屋外のカフェ。
サクヤは、ほどよく冷えた紅茶が注がれたカップを手に、微笑んだ。
「はい。そうですわね」
と、答えるのはリーゼだ。
彼女の手にも冷たい紅茶がある。
彼女達は丸テーブルを囲んで座っていた。そこには零号とアイリの姿もある。ゴーレムである零号は何も注文せず、ただ椅子に座り、アイリの方はレモンスカッシュを注文していたが一度も口を付けていない。サクヤを前にして珍しく緊張しているようだ。
サクヤ達はすでに互いの自己紹介をしていた。
ただし、サクヤの方は素性をほとんど隠し、名前もサラで通しているが。
「けど、研修か。異国にまで来るなんて大変だね」
「いえ。よい機会ですわ。目にする物すべてが目新しく感じますわ」
言って、リーゼは微笑んだ。
サクヤもつられて微笑むが、すぐに少しだけ悪戯っぽい笑みに変えて。
「ところでリーゼちゃん」さりげなく本題である面談に入る。「以前、聞いていた男の子の話。あれから進展はあったの?」
「そ、それは……」リーゼは紅茶をソーサーの上に置き、頬を染めるが、
「確かに進展はありましたわ」
どことなく相談しやすくて信頼が置けるサクヤに告げる。
サクヤは「へえ、そうなんだ!」と目を丸くした。
もしやこの子は一歩リードしているのかと思いきや、
「進展と言うよりも、思い知ったのですわ」
「思い……知った?」
何やら不穏な単語にサクヤが眉根を寄せる。と、
「あの日、わたくしの心は、余すことなくコウタさまに奪われました」
リーゼは膝に手を置き、語り出す。
「彼女に――メルティアに遅れを取ることなど些細なことだったのです。わたくしが彼に思慕を抱いたことも。重要なのは彼が欲しいと願うこと。彼がわたくしを望んだ時、わたくしは抗うことも出来ませんでした」
「……え? えええッ!?」
流石に聞き捨てならない台詞に、サクヤはギョッとした。
すると、彼女が何を連想したのか、リーゼが気付き、苦笑を零した。
「ご安心を。これは心の話です。まだそういった寵愛までは受けておりませんわ。ですが、それも彼が望めば同じことでしょうが」
「リ、リーゼちゃん?」
サクヤは恐る恐る訊いた。
「その、本当に大丈夫? 話を聞いていると、あなたの意志はどうでもよくて、その、相手にとって都合の良い女みたいに聞こえるんだけど……」
相手が義弟だと知っていてもそう思えてしまう。
それに対し、リーゼは再び苦笑を零した
「そうですわね。確かにそう聞こえます。ですが、それほどまでにわたくしはすべてを彼に捧げているのです。後悔はありませんわ」
そこでリーゼは頬を染めた。
「それに、攻めに入った時の彼の執着ぶりは本当に凄いのです。自分が、彼に心から求められているのが凄く実感できて……」
「う、うん。そうなの……」
「いずれにせよ、わたくしは彼を愛しております。それは紛う事なき真実ですから」
「……………」
サクヤは沈黙した。
かつて、恋敵に少し遅れを取っただけで狼狽した少女は、すでにいなかった。
覚悟を秘めたその顔は美しく、年齢不相応の艶やかさまである。
(だけどまあ……)
サクヤの顔が、若干強張る。
ジェシカも大抵だが、この子も重い。
――いや、問題なのは義弟の方かもしれない。自分の義弟は十代の少女にこんな表情をさせるのかと思うと、何とも言えない気分になる。
(そもそもあの日って何? コウちゃんはリーゼちゃんに何をしたの?)
内心では、冷や汗まで出てきた。
「まあ、将来的にどうすべきは要検討ですが。本当にどうしましょうか。どちらかの公爵家に婿入りするとしても、メルティアとも相談しないと……」
「そ、そう……」
とりあえず、リーゼの意志は確認できた。
次は、もう一人の少女――いや幼女の方だ。
「ところでアイリちゃん」
「……なに?」
まだ少し緊張しているのかアイリは硬い表情で答えた。
サクヤは出来るだけ笑顔を維持して尋ねてみる。
「アイリちゃんは好きな人はいないの?」
「……いるよ。リーゼと同じ人」
……直球で返してくるなぁ、この子も。
内心で頬を引きつらせつつも、サクヤは問い続ける。
「……そうなんだ。その男の子、モテるんだね。どんなところが好きなの?」
そう問われ、アイリはしばし沈黙した。
義弟はとても優しい子だ。きっとそういったところなんだろうな、とサクヤが推測していた時だった。
「……強欲で傲慢なところだよ」
アイリの返答は完全に想定外のものだった。流石にサクヤも「……えっ」と、驚いたのだが、リーゼの方は納得するような顔で少女を見つめていた。
「……コウタは、大切な人は本当に大切にする。すべてをかけて守ろうとする。だけど、そのためには、相手のすべてを手に入れる必要があるの」
幼き少女は語る。
「……だから強欲で傲慢。本当に相手のすべてを望むから」
そこで、ふうっと嘆息する。リーゼも同様に吐息を零していた。
「……けど、それならそれでもいい。私はコウタに私の全部を上げてもいいと思ったの。多分、私の生涯でコウタ以上に私を大切にしてくれる人はいないだろうから」
と言ってから、アイリは少し微笑んだ。
「……それ以前に本気で好きだし」
サクヤは再び沈黙した。
(……本当に)
改めて実感する。
(本当に、あの二人は兄弟なのね。性格は違っても心の本質が同じなんだわ。だからあの炎の日。彼らの心には同じものが刻まれたんだ)
沈黙はさらに続いた。
すると、
「……大丈夫ダ。《悠月》ノ乙女ヨ」
その時、ずっと沈黙していた零号が語り始めた。
「……コウタハ、タイセツナ者ハ、カナラズマモル。メルサマヤ、リーゼタチガ、フコウニナルコトハナイ。ヨウセイノ、ヒメモダ」
「……え?」
サクヤが目を丸くした。リーゼ達も首を傾げた。
「《妖星》のことまで……何を言っているのですか? 零号さん」
「……ウム。ザレゴトダ。キニスルナ」
リーゼの問いかけにそう答える零号。
サクヤはしばし鋼の騎士を見つめていたが、
「……うん。そうだね」
朗らかに笑った。
いずれにせよ、この二人も合格だ。
義弟の本質を本当によく理解している。
サクヤは紅茶を一気に飲み干すと、伝票を手に立ち上がった。
「ふふ、今日は二人の話を聞けて良かったわ。ちょっとだけ共感しちゃった」
この言葉は本音だ。
サクヤにとっても他人事ではない。
自分もまた、色々な可能性を模索すべきかも知れないと感じた。
だが、それはまた別の話だが。
「ここは私が奢るね。三人はゆっくりしていって」
「え? いえ、支払いならばわたくしが……」
「いいの。いいの。色々私にとっても参考になったし」
サクヤはにこやかに笑う。
「それじゃあまた会いましょう」
そう言って、彼女は去って行った。
残されたリーゼ達は、しばしポカンとしていた。
「しかし、アイリ。あなたも本気なのですね」
「……当然だよ。けど、多分正妻はメルティアかリーゼになると思っているよ。その時は第何夫人か、もしくは愛人になるかは分からないけど、受け入れて欲しいよ」
「アイリ。まだその可能性は……いえ、やはり視野に入れておくべきですか……」
嘆息するリーゼ。アイリはただ微笑むのだった。
……………………。
……………。
「……姫さま」
大通りを歩いていると声を掛けられた。
サクヤが振り向くと、そこにはジェシカがいた。
「ごめん。待たせた?」
「お気になさらず。私も近くで聞いていましたから」
言って、ジェシカは先程までサクヤが滞在していたカフェの方向に目をやった。
「見事な覚悟でした。彼女達もまた《悪竜の御子》の贄に相応しい」
「いえ、それは――」
サクヤは一瞬口ごもるが、
「そうね。あれも覚悟か。私も少し見習わないといけないかも」
まあ、仮にそれを受け入れても、正妻の座だけは譲る気もないが。
「ともあれ、これで面談は終了。後はリノちゃんだけど、あの子もある意味、あの戦闘の時にリーゼちゃんと同じ宣言をしてるから免除しても大丈夫ね」
結局、ジェシカも含めて全員合格で終わった。
誰一人問題はない。彼女達自身も、そして義弟も幸せになれる相手だ。
これで、義姉の務めは一旦終わった。
後は盟主としての務めだ。
「それじゃあ、いよいよ行きましょうか」
そして、サクヤは宣言する。
「ハウル邸へ。私達の目的を果たしに」
場所は移って、屋外のカフェ。
サクヤは、ほどよく冷えた紅茶が注がれたカップを手に、微笑んだ。
「はい。そうですわね」
と、答えるのはリーゼだ。
彼女の手にも冷たい紅茶がある。
彼女達は丸テーブルを囲んで座っていた。そこには零号とアイリの姿もある。ゴーレムである零号は何も注文せず、ただ椅子に座り、アイリの方はレモンスカッシュを注文していたが一度も口を付けていない。サクヤを前にして珍しく緊張しているようだ。
サクヤ達はすでに互いの自己紹介をしていた。
ただし、サクヤの方は素性をほとんど隠し、名前もサラで通しているが。
「けど、研修か。異国にまで来るなんて大変だね」
「いえ。よい機会ですわ。目にする物すべてが目新しく感じますわ」
言って、リーゼは微笑んだ。
サクヤもつられて微笑むが、すぐに少しだけ悪戯っぽい笑みに変えて。
「ところでリーゼちゃん」さりげなく本題である面談に入る。「以前、聞いていた男の子の話。あれから進展はあったの?」
「そ、それは……」リーゼは紅茶をソーサーの上に置き、頬を染めるが、
「確かに進展はありましたわ」
どことなく相談しやすくて信頼が置けるサクヤに告げる。
サクヤは「へえ、そうなんだ!」と目を丸くした。
もしやこの子は一歩リードしているのかと思いきや、
「進展と言うよりも、思い知ったのですわ」
「思い……知った?」
何やら不穏な単語にサクヤが眉根を寄せる。と、
「あの日、わたくしの心は、余すことなくコウタさまに奪われました」
リーゼは膝に手を置き、語り出す。
「彼女に――メルティアに遅れを取ることなど些細なことだったのです。わたくしが彼に思慕を抱いたことも。重要なのは彼が欲しいと願うこと。彼がわたくしを望んだ時、わたくしは抗うことも出来ませんでした」
「……え? えええッ!?」
流石に聞き捨てならない台詞に、サクヤはギョッとした。
すると、彼女が何を連想したのか、リーゼが気付き、苦笑を零した。
「ご安心を。これは心の話です。まだそういった寵愛までは受けておりませんわ。ですが、それも彼が望めば同じことでしょうが」
「リ、リーゼちゃん?」
サクヤは恐る恐る訊いた。
「その、本当に大丈夫? 話を聞いていると、あなたの意志はどうでもよくて、その、相手にとって都合の良い女みたいに聞こえるんだけど……」
相手が義弟だと知っていてもそう思えてしまう。
それに対し、リーゼは再び苦笑を零した
「そうですわね。確かにそう聞こえます。ですが、それほどまでにわたくしはすべてを彼に捧げているのです。後悔はありませんわ」
そこでリーゼは頬を染めた。
「それに、攻めに入った時の彼の執着ぶりは本当に凄いのです。自分が、彼に心から求められているのが凄く実感できて……」
「う、うん。そうなの……」
「いずれにせよ、わたくしは彼を愛しております。それは紛う事なき真実ですから」
「……………」
サクヤは沈黙した。
かつて、恋敵に少し遅れを取っただけで狼狽した少女は、すでにいなかった。
覚悟を秘めたその顔は美しく、年齢不相応の艶やかさまである。
(だけどまあ……)
サクヤの顔が、若干強張る。
ジェシカも大抵だが、この子も重い。
――いや、問題なのは義弟の方かもしれない。自分の義弟は十代の少女にこんな表情をさせるのかと思うと、何とも言えない気分になる。
(そもそもあの日って何? コウちゃんはリーゼちゃんに何をしたの?)
内心では、冷や汗まで出てきた。
「まあ、将来的にどうすべきは要検討ですが。本当にどうしましょうか。どちらかの公爵家に婿入りするとしても、メルティアとも相談しないと……」
「そ、そう……」
とりあえず、リーゼの意志は確認できた。
次は、もう一人の少女――いや幼女の方だ。
「ところでアイリちゃん」
「……なに?」
まだ少し緊張しているのかアイリは硬い表情で答えた。
サクヤは出来るだけ笑顔を維持して尋ねてみる。
「アイリちゃんは好きな人はいないの?」
「……いるよ。リーゼと同じ人」
……直球で返してくるなぁ、この子も。
内心で頬を引きつらせつつも、サクヤは問い続ける。
「……そうなんだ。その男の子、モテるんだね。どんなところが好きなの?」
そう問われ、アイリはしばし沈黙した。
義弟はとても優しい子だ。きっとそういったところなんだろうな、とサクヤが推測していた時だった。
「……強欲で傲慢なところだよ」
アイリの返答は完全に想定外のものだった。流石にサクヤも「……えっ」と、驚いたのだが、リーゼの方は納得するような顔で少女を見つめていた。
「……コウタは、大切な人は本当に大切にする。すべてをかけて守ろうとする。だけど、そのためには、相手のすべてを手に入れる必要があるの」
幼き少女は語る。
「……だから強欲で傲慢。本当に相手のすべてを望むから」
そこで、ふうっと嘆息する。リーゼも同様に吐息を零していた。
「……けど、それならそれでもいい。私はコウタに私の全部を上げてもいいと思ったの。多分、私の生涯でコウタ以上に私を大切にしてくれる人はいないだろうから」
と言ってから、アイリは少し微笑んだ。
「……それ以前に本気で好きだし」
サクヤは再び沈黙した。
(……本当に)
改めて実感する。
(本当に、あの二人は兄弟なのね。性格は違っても心の本質が同じなんだわ。だからあの炎の日。彼らの心には同じものが刻まれたんだ)
沈黙はさらに続いた。
すると、
「……大丈夫ダ。《悠月》ノ乙女ヨ」
その時、ずっと沈黙していた零号が語り始めた。
「……コウタハ、タイセツナ者ハ、カナラズマモル。メルサマヤ、リーゼタチガ、フコウニナルコトハナイ。ヨウセイノ、ヒメモダ」
「……え?」
サクヤが目を丸くした。リーゼ達も首を傾げた。
「《妖星》のことまで……何を言っているのですか? 零号さん」
「……ウム。ザレゴトダ。キニスルナ」
リーゼの問いかけにそう答える零号。
サクヤはしばし鋼の騎士を見つめていたが、
「……うん。そうだね」
朗らかに笑った。
いずれにせよ、この二人も合格だ。
義弟の本質を本当によく理解している。
サクヤは紅茶を一気に飲み干すと、伝票を手に立ち上がった。
「ふふ、今日は二人の話を聞けて良かったわ。ちょっとだけ共感しちゃった」
この言葉は本音だ。
サクヤにとっても他人事ではない。
自分もまた、色々な可能性を模索すべきかも知れないと感じた。
だが、それはまた別の話だが。
「ここは私が奢るね。三人はゆっくりしていって」
「え? いえ、支払いならばわたくしが……」
「いいの。いいの。色々私にとっても参考になったし」
サクヤはにこやかに笑う。
「それじゃあまた会いましょう」
そう言って、彼女は去って行った。
残されたリーゼ達は、しばしポカンとしていた。
「しかし、アイリ。あなたも本気なのですね」
「……当然だよ。けど、多分正妻はメルティアかリーゼになると思っているよ。その時は第何夫人か、もしくは愛人になるかは分からないけど、受け入れて欲しいよ」
「アイリ。まだその可能性は……いえ、やはり視野に入れておくべきですか……」
嘆息するリーゼ。アイリはただ微笑むのだった。
……………………。
……………。
「……姫さま」
大通りを歩いていると声を掛けられた。
サクヤが振り向くと、そこにはジェシカがいた。
「ごめん。待たせた?」
「お気になさらず。私も近くで聞いていましたから」
言って、ジェシカは先程までサクヤが滞在していたカフェの方向に目をやった。
「見事な覚悟でした。彼女達もまた《悪竜の御子》の贄に相応しい」
「いえ、それは――」
サクヤは一瞬口ごもるが、
「そうね。あれも覚悟か。私も少し見習わないといけないかも」
まあ、仮にそれを受け入れても、正妻の座だけは譲る気もないが。
「ともあれ、これで面談は終了。後はリノちゃんだけど、あの子もある意味、あの戦闘の時にリーゼちゃんと同じ宣言をしてるから免除しても大丈夫ね」
結局、ジェシカも含めて全員合格で終わった。
誰一人問題はない。彼女達自身も、そして義弟も幸せになれる相手だ。
これで、義姉の務めは一旦終わった。
後は盟主としての務めだ。
「それじゃあ、いよいよ行きましょうか」
そして、サクヤは宣言する。
「ハウル邸へ。私達の目的を果たしに」
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