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第7部

第五章 面談③

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 時は戻って数分前。


「……姫さま」


 大通りを歩きながら、ジェシカは主君に尋ねた。


「本当によろしかったのですか? あの男と共謀するなど」

「……悪い話ではなかったわ」


 一方、主君――サクヤは、淡々と答えた。


「少なくとも利害は一致している。互いにメリットもあるわ。むしろ一番面倒なことは彼らが引き受けてくれるみたいだし」

「それは理解できます。ですが、あの男は姫さまと……」


 そこで、ジェシカは悲しげに視線を落とした。


「コウタさんにとっては……」

「それも承知の上よ」


 サクヤの声色は未だ淡々としていた。


「ジェシカの意見はよく分かるわ。本音を言えば私だって――」


 そこで初めてサクヤは声に感情を宿した。
 隠しきれないほどの激しい怒りをありありと。


「不満は当然あるのよ」サクヤは表情を険しくして呟く。「リノちゃんや他の《妖星》ならともかく、特にあの男――《木妖星》にはね」

「でしたら、どうして……」

「あの男の計画を聞いたからよ。並みの相手なら確実に仕留められるでしょうね。だけど相手は老獪極まる怪物よ。あの男があえて不確定要素――私達を取り入れたいと考えるのも理解できるわ。けどね。不確定要素って私達だけかしら?」

「それは……」


 ジェシカは胸に片手を当てて呟く。


「コウタさんのことですね……」

「ええ。あの男はまだコウちゃんのことを知らない」


 ――かつて《水妖星》と互角に渡り合った義弟。
 リノを通じて彼のことを知っているのならば、当然、力量的に無視など出来ない義弟のことも織り込んだ計画を立てるはずだ。しかし、あの男との会談の中に一度も義弟のことは挙がらなかった。


「ただの異国の客人と思っているのか、それとも来客のこと自体を些細なことと思って無視しているのか知らないけど」


 サクヤはふっと笑った。


「私達の《悪竜の御子》も軽く見られたものね」

「まったくです」


 と、憤慨した様子でジェシカが相槌を打つ。
 身はまだだが、すでに心を捧げている従者に苦笑を零しつつ、


「今回の一件。もしも運命があるとしたら……」


 サクヤは双眸を細めた。


「あの男とコウちゃんは必ず出会う。そんな気がするの」


 一拍の間。


「……そういうことですか」


 主君の独白で、ジェシカはすべてを察した。


「では、すべてコウタさんに委ねるのですね」

「うん。そのつもり」


 サクヤは頷く。


「私はその後押しをするだけ」

「承知致しました。すべては、姫さまと御子さまの御心のままに」

「ふふ、そんな大層なことじゃないよ。けど、よくよく考えてみれば、思いっきり私事だから少し気が引けるね」

「お気になさらず。というよりも、今回の任務も見ようによっては義姉が義弟を迎えに行くだけの私事でありませんか」

「う~ん、それを言われると耳が痛いよ。だけど、そんなことを言ったら、ジェシカだって愛しい人を迎えに行く私事でしょう?」

「……うっ」ジェシカは耳を赤くした。「そ、その言い方は卑怯です」

「あははっ、ごめんね。さて。それより私達も計画のために下見にでも行きましょうか」


 言って、歩く速度を少し上げたサクヤに、ジェシカはふうと嘆息し、


「はい。ですがお気をつけください。黒犬の縄張りに入るのですから」

「ええ。分かっている――」


 サクヤがそう答えようとした時だった。
 おもむろに、サクヤの視線が前に固定されたのだ。


「? どうかされましたか? 姫さま?」


 ジェシカが眉根を寄せて尋ねる。と、


「……意外」


 不意にサクヤが目を優しげに細めた。


「いつかは会うと思ってたけど、こんな所で会うなんて」

「……姫さま?」


 ジェシカは主君の視線の先に目をやった。
 そしてすぐに気付く。
 彼女達より十数セージル前。そこに二人の少女がいることに。
 一人は騎士服に似た黒い制服を来た少女。もう一人は幼いメイド服の少女だ。何故かすぐ傍には鎧を着た幼児の姿もある。


「あれはコウタさんと同じ制服……」

「ええ、そうよ」


 サクヤは微笑んだ。


「ジェシカの恋敵ね」

「姫さま。その表現は――」

「ちなみに二人ともよ」

「―――え?」


 流石にジェシカも目を丸くした。
 サクヤは、クスクスと笑う。


「いつか面談をしたいと思ってたけど、こんなところで出会うなんてね。これもまた運命なのかしら?」


 言って、サクヤはジェシカに目をやった。


「ごめん。下見の前に少し時間をもらえるかな?」

「それは構いませんが、それより姫さま」

「ん? 何かしら?」

「先程の話です。流石にあの幼女には驚きましたが、恋敵という表現は間違っています」

「え? そうなの? 凄い。それって勝利宣言?」

「いえ。そうではありません」


 そこで、ジェシカは柔らかに微笑んだ。


「私は《悪竜の御子》の贄なのです。それはすなわち、血の一滴に至るまでコウタさんの所有物であるということ。私は彼の刃。刃が嫉妬などすると思いですか?」

「……………え?」


 パチパチと瞳を瞬かせるサクヤをよそに、ジェシカは言葉を続ける。


「刃は嫉妬などしません。そもそも個人的にも正妻や愛人などの些末な立場にも興味がありませんので。流石に夜伽の際に『君はボクのものだ』と囁かれたのならば有頂天にもなるでしょうが、基本的に私はコウタさんにご寵愛を頂ければ充分なのです。なのでやはり恋敵というのは不適切かと」

「え、えっと、ジェシカ? あなた、もうそこまで吹っ切れているの?」

「はい。後は少しでも早くお傍に置いて頂き、ご寵愛を賜りたいだけですね」

「……ほ、本気……?」


 サクヤは愕然とした顔を見せるが、ジェシカの表情は晴れ晴れとしたものだ。たとえ盟主である自分が何を言っても彼女は揺らがないだろう。
 すでに、コウタに対する自分のスタンスを決めていると言うことか。
 この迷いの無さは、実にジェシカらしいと思うが。


(……ま、まあ、別にいいけど)


 結局、これもまたコウタとジェシカの問題だ。
 義姉であっても口出しすべきことではないかも知れない。
 多少ドン引きはするが、うん。ないと思う。


「と、ともあれ」


 サクヤはふうと息を吐き出してジェシカに告げる。


「それじゃあジェシカ。ごめん。少し待っててくれる」

「承知致しました。では」


 そう言って、ジェシカは歩く速度を徐々に落とすと人混みの中へと消えた。
 これで見た目的には、サクヤは一人のように見えるはずだ。


「さて、と」


 ゆっくりと歩き出す。
 そしてある程度近づいてから、サクヤは彼女達に声を掛けた。


「……あら? あなたって、もしかしてリーゼちゃん?」


 ――と。
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