205 / 399
第7部
第二章 これもまた愛の形④
しおりを挟む
一方、その頃。
コツコツ、と規則正しい足音が響く。
――鉄面皮のような無愛想。
鍛え抜いた体躯と、揺るぎない信念を持つ壮年の男。
ライアン=サウスエンドが、廊下と歩く音だ。
「…………」
ライアンはしばし無言で廊下を歩いていたが、人通りが全くないことを確認すると、
「…………ふう」
背中を廊下の壁に預けて嘆息する。
――ソフィア=アレール。
グレイシア皇国騎士団の団長にして《七星》の第一座。
実力・指揮力・カリスマ性。すべてにおいて申し分のない団長だ。
何気に彼女とは知り合って十年以上の付き合いになる。
初めて出会ったのは、彼女が十八の時か。
その時からすでに彼女は、その才能を余すことなく開花させていた。
しかし、その突出しすぎた能力ゆえに十代の頃から男との縁がほとんどなく、三十代になってからは哀れなぐらいに追い込まれていた。
もはや、彼女にとって唯一の欠点といってもいい案件だ。
だからこそ、ライアンは彼女の悩みをどうにか払拭しようと、柄にもなく見合いのセッティングなどに奔走していたのだが、その矢先で――このザマだ。
「……私はアホウか」
ライアンは額に手を当てて呻く。
だが、こうなる可能性も考えていなかった訳ではない。
ライアンの亡き妻もいわゆる残念美人だった。
しかも彼女も元皇国騎士で、ライアンよりも十歳も年下だった。
そんな妻とソフィアは内面がよく似ていた。
まあ、結局タイプだったといえばそれまでなのだが。
「すまん。許せ」
亡き妻に心から謝罪する。
ともあれ、こうなってしまった以上、《七星》随一の堅物であると自覚している自分としては、取る手段は一つだけだった。
「確か、役所は二階だったな」
そう呟いて、ライアンは再び歩き出す。
少々気が早いかも知れないが、すでに覚悟は完了済みだ。
届書ぐらいは事前に用意しておいてもいいだろう。
「だが、今は人材不足が否めないからな。ここで騎士団の要である団長が抜けるなどもっての外だ。どうにかして共働きに持っていくのがベストなのだが……」
と、そんなことをブツブツと呟いていたら、
「おっ! 副団長か」
不意に廊下の奥から声を掛けられた。
見ると、そこには白いサーコートを纏う一人の騎士がいた。
歳の頃は二十四、五歳。身長はライアンと同じほどか。
茶色い髪と軽薄そうな笑みが印象的な青年だ。
彼の名は、ブライ=サントスと言った。
「サントスか」
ライアンは足を止めてブライを一瞥した。
ブライはライアンの直属の部下。それも《七星》の第四座を担う猛者だ。
「任務に進展があったのか?」
「いや、まださ。残念ながらまだ見つかんねえ。今日は経過報告に寄ったんだよ。恐らく皇都か、その付近にいんのは間違いねえんだろうけど、貧民街とかもあたってんだが、オレの部隊だけじゃあ人手が足りなくてよ」
「……そうか」
ライアンは双眸を細めた。
「やはり狙いはハウル公爵か?」
「まあ、その可能性は高えェだろうな。あの爺さん、身内にも外にもホント好き勝手にやってきたからなぁ……」
ブライはボリボリと頭をかいて苦笑を浮かべた。
「流石に目障りと思う奴らが出てきたんだろ。特に今回は下手すると……」
「……その可能性は否めないな。だからこそのお前だ。油断するなよ」
「おう。分かってるよ」
言って、ブライは歩き出した。
ライアンは眉根を寄せる。
「どこに行く? サントス」
「ん? そりゃあ団長のとこさ。報告にさ」
ライアンは一瞬沈黙した。が、すぐに視線をブライに向けて、
「ふむ。団長は多忙だ。その程度の報告なら私からしておくが……」
「大丈夫大丈夫! ちょいと報告するだけださ! それに何よりもさ!」
そこでブライは二カッと笑う。
「団長は総合A級なんだぜ! 折角会いに行く口実があるんだ! あの美貌やおっぱいを見に行くのは当然だろ!」
……これがブライ=サントスだ。
出会う女性全員をランク付けし、それを堂々と口にする人物。
誉れ高き《七星》の一角でありながら、デリカシーが著しく欠けており、あのジルベールでさえ「あれは無理だ」と身内に加えるのを避けた男。
当然ながら、彼はモテない。
精悍さのあるそれなりの容姿だというのに、呆れるほどモテない。
「……まったく」
ライアンは深々と嘆息した。
「お前の性格がもう少しマシならば……いや、今となっては譲る気もないが」
「あン? 何の話だよ?」
「こちらの話だ。もう止めんが、団長への報告は簡潔に頼むぞ。それと、部隊の増員は私の方で手配しておこう」
「おう! 分かったぜ! あんがとよ!」
そう言ってブライは意気揚々と去って行った。
ライアンはしばし部下の後ろ姿を見送っていたが――。
「やはり、キナ臭くなってきたな」
無愛想な表情を普段以上に険しくする。
――ジルベール=ハウル公爵。
ライアンにとっては事実上の師とも呼べる人物だ。
だからこそ、その恐ろしさ、狡猾さを誰よりも知っている。
正直言ってあの老人の腹の底だけは読めたことがない。
「……ハウル公。あの方も全くもって厄介なお人だ」
ライアンは小さく嘆息した。
だが、ここで色々と推測していても埒があかない。
あの老人の相手も疲れるが、まず対処すべきは手の掛かる団長のことだ。
とりあえず今夜は、今後、仕事中に甘えるのは控えること。そして寿退職の件は考え直すこと。この二つを重点的に説得しなければならない。
とは言え、彼女が日々の激務で疲れきっているのも事実だ。
ここはやはり匙加減が重要になってくるだろう。
うっかり甘やかしすぎてしまわないように注意しなければ――。
「やれやれだな」
そう呟きつつも、まず役所に向かうライアンであった。
コツコツ、と規則正しい足音が響く。
――鉄面皮のような無愛想。
鍛え抜いた体躯と、揺るぎない信念を持つ壮年の男。
ライアン=サウスエンドが、廊下と歩く音だ。
「…………」
ライアンはしばし無言で廊下を歩いていたが、人通りが全くないことを確認すると、
「…………ふう」
背中を廊下の壁に預けて嘆息する。
――ソフィア=アレール。
グレイシア皇国騎士団の団長にして《七星》の第一座。
実力・指揮力・カリスマ性。すべてにおいて申し分のない団長だ。
何気に彼女とは知り合って十年以上の付き合いになる。
初めて出会ったのは、彼女が十八の時か。
その時からすでに彼女は、その才能を余すことなく開花させていた。
しかし、その突出しすぎた能力ゆえに十代の頃から男との縁がほとんどなく、三十代になってからは哀れなぐらいに追い込まれていた。
もはや、彼女にとって唯一の欠点といってもいい案件だ。
だからこそ、ライアンは彼女の悩みをどうにか払拭しようと、柄にもなく見合いのセッティングなどに奔走していたのだが、その矢先で――このザマだ。
「……私はアホウか」
ライアンは額に手を当てて呻く。
だが、こうなる可能性も考えていなかった訳ではない。
ライアンの亡き妻もいわゆる残念美人だった。
しかも彼女も元皇国騎士で、ライアンよりも十歳も年下だった。
そんな妻とソフィアは内面がよく似ていた。
まあ、結局タイプだったといえばそれまでなのだが。
「すまん。許せ」
亡き妻に心から謝罪する。
ともあれ、こうなってしまった以上、《七星》随一の堅物であると自覚している自分としては、取る手段は一つだけだった。
「確か、役所は二階だったな」
そう呟いて、ライアンは再び歩き出す。
少々気が早いかも知れないが、すでに覚悟は完了済みだ。
届書ぐらいは事前に用意しておいてもいいだろう。
「だが、今は人材不足が否めないからな。ここで騎士団の要である団長が抜けるなどもっての外だ。どうにかして共働きに持っていくのがベストなのだが……」
と、そんなことをブツブツと呟いていたら、
「おっ! 副団長か」
不意に廊下の奥から声を掛けられた。
見ると、そこには白いサーコートを纏う一人の騎士がいた。
歳の頃は二十四、五歳。身長はライアンと同じほどか。
茶色い髪と軽薄そうな笑みが印象的な青年だ。
彼の名は、ブライ=サントスと言った。
「サントスか」
ライアンは足を止めてブライを一瞥した。
ブライはライアンの直属の部下。それも《七星》の第四座を担う猛者だ。
「任務に進展があったのか?」
「いや、まださ。残念ながらまだ見つかんねえ。今日は経過報告に寄ったんだよ。恐らく皇都か、その付近にいんのは間違いねえんだろうけど、貧民街とかもあたってんだが、オレの部隊だけじゃあ人手が足りなくてよ」
「……そうか」
ライアンは双眸を細めた。
「やはり狙いはハウル公爵か?」
「まあ、その可能性は高えェだろうな。あの爺さん、身内にも外にもホント好き勝手にやってきたからなぁ……」
ブライはボリボリと頭をかいて苦笑を浮かべた。
「流石に目障りと思う奴らが出てきたんだろ。特に今回は下手すると……」
「……その可能性は否めないな。だからこそのお前だ。油断するなよ」
「おう。分かってるよ」
言って、ブライは歩き出した。
ライアンは眉根を寄せる。
「どこに行く? サントス」
「ん? そりゃあ団長のとこさ。報告にさ」
ライアンは一瞬沈黙した。が、すぐに視線をブライに向けて、
「ふむ。団長は多忙だ。その程度の報告なら私からしておくが……」
「大丈夫大丈夫! ちょいと報告するだけださ! それに何よりもさ!」
そこでブライは二カッと笑う。
「団長は総合A級なんだぜ! 折角会いに行く口実があるんだ! あの美貌やおっぱいを見に行くのは当然だろ!」
……これがブライ=サントスだ。
出会う女性全員をランク付けし、それを堂々と口にする人物。
誉れ高き《七星》の一角でありながら、デリカシーが著しく欠けており、あのジルベールでさえ「あれは無理だ」と身内に加えるのを避けた男。
当然ながら、彼はモテない。
精悍さのあるそれなりの容姿だというのに、呆れるほどモテない。
「……まったく」
ライアンは深々と嘆息した。
「お前の性格がもう少しマシならば……いや、今となっては譲る気もないが」
「あン? 何の話だよ?」
「こちらの話だ。もう止めんが、団長への報告は簡潔に頼むぞ。それと、部隊の増員は私の方で手配しておこう」
「おう! 分かったぜ! あんがとよ!」
そう言ってブライは意気揚々と去って行った。
ライアンはしばし部下の後ろ姿を見送っていたが――。
「やはり、キナ臭くなってきたな」
無愛想な表情を普段以上に険しくする。
――ジルベール=ハウル公爵。
ライアンにとっては事実上の師とも呼べる人物だ。
だからこそ、その恐ろしさ、狡猾さを誰よりも知っている。
正直言ってあの老人の腹の底だけは読めたことがない。
「……ハウル公。あの方も全くもって厄介なお人だ」
ライアンは小さく嘆息した。
だが、ここで色々と推測していても埒があかない。
あの老人の相手も疲れるが、まず対処すべきは手の掛かる団長のことだ。
とりあえず今夜は、今後、仕事中に甘えるのは控えること。そして寿退職の件は考え直すこと。この二つを重点的に説得しなければならない。
とは言え、彼女が日々の激務で疲れきっているのも事実だ。
ここはやはり匙加減が重要になってくるだろう。
うっかり甘やかしすぎてしまわないように注意しなければ――。
「やれやれだな」
そう呟きつつも、まず役所に向かうライアンであった。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる