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第7部

第一章 ハウル公爵家②

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 コウタ達は、声がした方に振り向いた。
 そこには、軽い拍手をしながら近付いてくる老人が一人。
 胸板までおろした赤い髭が印象的なその人物の名は、ジルベール=ハウル。
 ハウル公爵家の現当主。アルフレッドの祖父に当たる老人だ。


「お爺さま。おはようございます」


 アルフレッドが頭を下げる。
 コウタとジェイクも「おはようございます」とアルフレッドに倣い、腰をついていた三人の兵士達も慌てて立ち上がって敬礼した。


「うむ、良き朝だ」


 ジルベールは満面の笑みでうんうんと頷く。


「アルフの早朝修練の時間帯と思い、執務前に少し覗いてみたのだが、思いがけないモノが見れて良かったぞ」


 そう言って、ジルベールはコウタとジェイクの肩をポンと叩いた。


「実に素晴らしかった。ヒラサカ君。そしてオルバン君も」


 お世話になっているハウル家の当主に絶賛され、コウタ達は内心でかなり気恥ずかしい気分になったが、ご機嫌のジルベールは構わず続ける。


「ヒラサカ君の力量は想像以上だったが、オルバン君も中々のモノだ。少なくともその歳でその領域に踏み込める者など稀だろう」


 まるで思わぬところで宝石でも見つけたように瞳を輝かせるジルベール。
 そして孫の方にも目をやり、


「アルフが目をかけていたことは知っていたが、よもやこれほどとはな。彼らはお前の良き好敵手相手になりそうだな、アルフよ」

「はい。僕もそう思います」


 アルフレッドは素直な気持ちで応えた。ジルベールは満足そうに首肯する。


「修練相手ならば儂やサウスエンドでも務まる。しかし、力量を高め合う好敵手ともなるとまた違う話になるからな。アルフは突出した才ゆえにその点を心配しておったが杞憂に終わったようだ」


 そこで初めてジルベールは兵士達に目をやった。
 主人の赤い瞳に射抜かれて三人は硬直する。が、


「案ずるな。責めるつもりはない。儂の目から見てもこの少年達は群を抜いておる。お前達では荷が重かろう。もう下がっても良いぞ」


 特に叱責することもなく、兵士達を下がらせた。
 そして、ジルベールは再びコウタ達を見やり、


「うむ。もう一度言うが実に素晴らしかった。ヒラサカ君。オルバン君。これからもアルフと仲良くしてやってくれ」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 コウタが頭を下げ、ジェイクも「ウス。よろしくお願いします」と倣った。
 ジルベールはますます笑みを深める。


「ところでヒラサカ君は、元々は皇国民だったそうだな。残念ながらオルバン君は違うがそれも大きな問題ではない。ふむ。これはセッティングに忙しくなりそうだ」

「……? セッティング?」


 コウタが首を傾げた。ジェイクも何の話なのか眉根を寄せていた。
 その傍ら、アルフレッドだけは深々と嘆息していたが。
 と、その時だった。


「旦那さま」


 不意に第三者の声が響く。
 いつしか近付いていたハウル家の執事だ。


「そろそろお時間です」

「……む。そうか」


 ジルベールはムッとした表情で執事を一瞥する。


「仕方ないな。さて。名残惜しいがヒラサカ君。オルバン君」

「あ、はい」「ウス」

「儂はここで失礼する。二人は滞在を楽しんでくれ。ああ、それと必ず相応しい者を選ぶので期待もしていてくれ」

「え? 相応しい者……?」


 コウタが眉根を寄せるが、ジルベールは何も答えず、最後まで好々爺の笑みを崩さすに去って行った。コウタとジェイクはしばしジルベールの後ろ姿を見つめていたが、


「最後のってどういう意味なの?」


 唯一残ったアルフレッドに尋ねてみる。
 すると、アルフレッドはとても困り果てた笑みを見せた。


「その、お爺さまの悪癖って言うか……」


 と、説明しかけた時だった。



「相変わらずね。お爺さまは」



 再び掛けられる新たな声。
 コウタ達は声の方へと振り向いた。
 と、そこにいたのは赤い髪と同色の瞳を持つ美女。
 しなやかさを宿すスレンダーな肢体に、白いサーコートと、黒い騎士服を纏うアルフレッドの実姉。コウタ達を皇都まで案内してくれたミランシャ=ハウルだ。


「コウタ君。ジェイク君。気をつけなさい」


 腰に手を当て彼女は言う。


「あなた達はお爺さまに気に入られたみたいだから。お見合いさせられるわよ」

「……え?」「はあ?」


 コウタとジェイクは目を丸くした。


「あのはた迷惑な爺さんはね。昔から優秀な人材を見つけると、すぐに身内に引き込みたがるのよ。二人ともお眼鏡にかなっちゃったみたいね」


 ミランシャは肩を竦めながらそう告げた。


「特にコウタはヤバいよ」


 アルフレッドが疲れた口調で姉に続く。


「お爺さま、コウタが来る前から見合いの候補者を見繕っていたし。いきなり知らない女の子と引き会わされるかも」

「ええッ!? 何それ!?」コウタが目を見開き、「うっへえ、それマジかよ」と、ジェイクもまた渋面を浮かべる。

「じゃあ、さっきので、オレっちまで目を付けられたってことなのか? うわあ、失敗したな。そりゃあ断るのが面倒くさそうだ」

「あら?」ミランシャが目を瞬かせた。「それはちょっと意外かも。最初から断るのが前提なの? コウタ君はともかく、ジェイク君は相手によっては受けても良いかなぐらいの感じたと思ってたわ」

「はは、そいつはあり得ませんよ。何故ならオレっちの女神は一人だけっすから」

「え? だれだれ? もしかしてリーゼちゃん?」

「それは僕も初耳だ。誰だい? 僕らが知っている人なのかい?」


 と、食いついてくるハウル姉弟。
 コウタは一人苦笑を浮かべていたが、同時に少しそわそわし始めていた。
 実はこの後コウタには重要な用事があるのだ。ハウル邸に来てからもはや日課になっている用事。その時間がそろそろ近づいているのである。


「お、コウタ。いつもの用事か?」


 と、コウタの落ち着かない様子に気付いたジェイクが声を掛ける。
 コウタは「うん」と頷き、


「ごめん。ボクは先に館に戻っても良いかな」

「あ。待って」


 ミランシャがコウタを止める。


「だったらアタシ達も一緒に戻った方がいいわ。そろそろ朝食だしね。ジェイク君の話は歩きながらでも聞かせてくれるかしら?」
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