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第6部

第八章 贄なる世界③

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 ――その頃、一つの戦いが決着を迎えようとしていた。


『おらおらおらッ!』


 轟音を響かせて、バルカスが吠える!
 そのたびに愛機・《ティガ》がかぎ爪を振るった。
 縦横無尽に舞う爪は装甲を砕き、機構を崩し、人工筋肉を切り裂いていく。
 ルクスのサポートもあり、山歩城はすでに限界を迎えていた。
 八本あった足もすでに半数を失い、体勢も保てない。砲身はあらぬ方向に向けられ、もはや狙いを定めることもなく乱射していた。
 次々と地面に被弾する砲弾をルクスの《ハークス》が回避する。


『――隊長代理! 決着を!』

『おうよ! デカブツ! お父さんの力を思い知りな!』


 飛翔する《ティガ》が空中で竜尾を大きく揺らして反転。莫大な恒力を右腕のかぎ爪に収束する。そして縦方向に幾度も回転し、恒力を纏う爪を振り下ろした!

 ――ズバンッッ!

 かぎ爪は山歩城の巨体を切り裂いた。
 同時にドンッ、ドンッと機体の各箇所から爆煙が上がる。
 そうして山歩城はゆっくりと地面に倒れ伏した。
 完全に戦闘力を失った巨体の上に《ティガ》がズンッと着地する。


『おっしゃああ! 俺らの勝ちだ――ッッ!』


 虎のごとく勝利の雄叫びを上げるバルカス。
 その声は森の奥にまで轟いていった。



       ◆



「……あら?」


 その声は、彼女達の耳にも届いていた。


「もう負けてしまったのね。やっぱり無理があったかな」


 サクヤが少し気まずそうに頬をかいた。
 一方、ミランシャは慎ましい胸を自慢げに反らして。


「当然よ。あれでもうちの騎士団の上級騎士達なのよ」

「皇国の上級騎士か」サクヤは苦笑を浮かべた。

「それだと骨董品じゃあ厳しいね。大きくて目立つからの理由だけで選んだのは失敗だったかも。まあ、目的は果たしているからいいけれど」

「……目的ね」


 ミランシャは赤い瞳を鋭くした。


「結局、あなたは何がしたいのかしら?」

「そうね」サクヤはあごに指先を当てた。「目的としては二つ。一つは私の友人がまだ自分の気持ちに戸惑っているみたいだったから、自分自身で納得できるよう確かめてもらおうと思ったこと。そしてもう一つは――」


 そこで彼女はふっと笑った。


「ただ、あなた達に私の想いを伝えたかったの。あなたは彼女達の代表ね」

「………へえ」


 ミランシャは腕を組んだ。


「いいわよ。言ってみなさい。聞いてあげるわ」

「ありがとう。じゃあ遠慮なく」


 一拍おいて、サクヤは語り始めた。


「――はっきり言えば、私はあなた達が気に入らないのよ」


 表情を消して告げる。
 微かな風が森の中を吹き抜けた。


「オトハ=タチバナも。ユーリィ=エマリアも」

「……………」


 ミランシャは約束通り、ただ静かに耳を傾けていた。


「サーシャ=フラムも。アリシア=エイシスも。もちろん、シャルロット=スコラもね。最近では――そう」


 サクヤは嘆息混じりにその名を呟く。


もよ」

「………そう」


 ミランシャは瞳を細くした。
 それから数瞬、サクヤを見据えると「……はぁ」と嘆息した。


「最後の子のことだけは知らないけど、他は全員知っている名前だったわね。アタシの最大の恋敵を筆頭に次々とまあ……。なるほど。流石にあなたがアタシに会いたがった理由が分かったわ」


 ミランシャは腕を組んでサクヤを睨み付ける。


「要するに、あなたもまたアタシの恋敵ってことなんでしょう。それとも君のストーカーなのかしら?」

「……それは酷い言いがかりだわ」


 すると、サクヤはムッとした表情を見せた。


「私はストーカーなんかじゃないわよ。けど、私ほど『彼』のことをよく知っている人間もいないのは事実だけど」

「……へえ。言うじゃない」


 ミランシャは表情を険しくする。


「なら教えてもらおうじゃない。あなたが『彼』の何を知っているか」

「ええ、いいわ」


 ミランシャの挑発に、サクヤも真っ向から応える。


「だったら、あなたに一つだけ教えてあげる。《七星》が第三座、《朱天》を駆る者。《双金葬守》


 ミランシャは沈黙する。


「けど、そんな人は本当にいるのかしら?」

「……はあ?」


 ミランシャは眉根を寄せた。


「どういう意味よ。それって?」

「簡単な話よ」


 サクヤは言葉を続ける。


は『彼』の本当の名前じゃない。失われた私達の故郷の墓標代わりの名前なの」

「………え?」


 そこで初めてミランシャは目を瞠った。
 同時に顔色を変える。


「本当の名前じゃない? いえ待って。それ以前に『私達の故郷』ですって? まさか、あなたは君と同郷の……」

「――あの日、本当の意味で生き残ったのは一人だけなのよ」


 ミランシャの問いかけには答えず、サクヤは淡々と語り続ける。


「あの子以外は皆死んだわ。私も、も言わば残影のようなものよ。あなたは私のことも、『彼』のことも何も知らない」

「………………」


 ミランシャは沈黙して黒髪の少女を見据えてた。
 サクヤもまたミランシャを見据える。
 二人の間に静謐な空気が流れた。

 そして――。


「……あなたの名前を聞かせてもらえるかしら」


 ミランシャは最も重要な本質に踏み込んだ。
 しかし、サクヤは悪戯好きの笑みを浮かべてかぶりを振った。


「今はまだ教えない」

「……ここまできて教えてくれないの?」


 ミランシャがムッとした表情でサクヤを睨み付ける。
 するとサクヤは気まずそうに手を合わせた。


「本当にごめんなさい。今はまだそのタイミングではないの。けど、近いうちに機会は来るからその時にね」

「何よそれ」ミランシャは警戒した。

「それって、あなたはまた押しかけてくるってことかしら?」

「ええ。近々皇国にね」


 白いタイトワンピースの中に片手を入れつつ、サクヤは答えた。


「用があるの。とても大事な用が。その際にあなたともまた会うような気がするから、その時に改めて名乗らせてもらうわ」


 続けて彼女はルーフ村の方に目をやった。


「その時にはシャルロットさんの方にもね」


 そして、サクヤは服の中からある道具を取り出した。
 掌に収まる黒い球体だ。瞬時にそれが何かを見抜いたミランシャは「――待ちなさい!」と叫んでサクヤに向かって駆け出すが、


「それまではごきげんよう。ミランシャさん」


 サクヤは微笑みと共にその道具を使用した。
 夜の森を膨大な光が塗り潰す。


「――クッ!」


 閃光弾の輝きを警戒してその場で足を止めるミランシャ。
 数秒の時を経て、ミランシャはゆっくりと瞳を開いた。
 彼女の赤い瞳に映るのは木々に覆われた湖のみ。
 黒髪の少女の姿はどこにもなかった。


「一体何だったのよ。あの女は……」


 そうして静寂を取り戻した森の中で――。
 ミランシャの不満を宿した呟きだけが響くのであった。
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