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第6部
第八章 贄なる世界②
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コウタが異変に気付いたのはすぐのことだった。
なにせ、大通りの角を曲がったところで、道筋にあれだけいた人集りがいきなり途切れたからだ。唐突に喧騒さえも消える。
「――――ッ!」
コウタは表情を険しくして後ろに振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。
後に続いていたジェイクの姿はもちろん、先程までいた住人の姿もだ。
それどころか、数瞬前に曲がったはずの道角さえも消え去っており、ただ真っ直ぐの大通りだけがあった。
コウタはさらに面持ちを鋭くして足をゆっくりと止めた。
「やられたかな、これは……」
静寂の中、ポツリと呟く。
周囲の人間がいきなり隔離されたとは思えない。
ならば考えられるのは幻術か。
コウタは自分の手の甲を強くつねってみた。明確な痛みはある。しかし、静寂に包まれた夜の街並みが揺らぐことはない。
「幻術じゃないのか? ならここは……」
続けて、コウタは腰の短剣に手をやった。
そして「来い。《ディノス》」と愛機に呼びかける。
途端、コウタの前に転移陣が描かれ、そこから黒き竜装の鎧機兵――《ディノス》が喚び出された。普段通りの現象だ。どうやら鎧機兵の召喚は問題ないらしい。
コウタは少し迷ったが、すぐに愛機に乗り込んだ。
街中で鎧機兵を使うのはどうかと思うが、なにせ今は異常事態だ。
自衛のためにも《ディノス》に乗った方がいい。
コウタは普段通りに操縦シートに腰を掛け、操縦棍を強く握りしめた。
ブン、と《ディノス》が眼光を光らせて立ち上がる。
(さて、と)
コウタは愛機に大通りを進ませた。
馬車も人もいない。煉瓦造りの店舗や家屋だけが並ぶ、月光に照らされた村。
しかし、進むにつれて異常さが際立ってくる。
行けども行けども村の終わりが見えない。大通りから抜け出せないのだ。
ズシン、と《ディノス》は歩みを止めた。
「……試してみるか」
そう呟いて、コウタは愛機の処刑刀に恒力を込めた。
そして大通りの奥に向かって不可視の斬撃を――《飛刃》を飛ばした!
「――ッ!」
するとどうしたことか。
《飛刃》を撃ち出した何もない空間に、突如大きな亀裂が走ったのだ。
斬線上に斬り裂かれた空間。
だが、それはすぐに閉じられてしまった。
「まさかこれって……」
コウタは神妙な声で呟く。
「エルサガの相界陣、なのか?」
騎士学校の講義で習った知識を引っ張り出す。
――ステラクラウンには四つの大陸が存在する。
四大陸は他の大陸と交流こそあるが、それぞれが独自の文化や技術を築いており、各大陸を代表する有名な四つの技術があった。
まずコウタの住む南方大陸セラの『鎧機兵』。
続いて東方大陸アロンの『魔具』。
北方大陸オズ二アの『法医術』。
そして――西方大陸エルサガの『相界陣』だ。
この四つを総称で四大技術と呼んでいた。
エルサガの相界陣とは、通常空間に重ね合わせるようにして類似した別空間を創り出す技術と聞いていた。
習った時は何とも胡散臭い技術だと思ったが、メルティアに聞いたところ、相界陣は鎧機兵の転移陣にも利用されているそうで意外と身近な技術だそうだ。
『誰かがボクを相界陣の中に引きずり込んだってことなのか?』
問えば応えが来る。
そう考えて少し大きな声で独白する。と、
「……ご明察だ」
予想通り、声に応える者が現れた。
コウタは慌てることもなく声がした方に視線を向けた。
そこは数ある店舗の一つ。屋根の上に彼女はいた。
「まあ、私の相界陣は少々特殊ではあるがな。いずれにせよ、お前はすでに私の世界の中にいるということだ」
恐らく声を変えているのだろう。
まるで男性のような口調に、男に近いハスキーな声色。
頭部にはヘルム型の白い鉄仮面をかぶり、そして全身には指先まで覆う真紅のラバースーツを纏っている。
そのため性別の判別は難しいのだが、密着したラバースーツに凹凸のはっきりとした身体のラインが浮かび上がっているので女性だと分かる。
『……ボクに何か御用ですか?』
少しだけ皮肉を込めてコウタは尋ねてみる。
すると、鉄仮面の女性は「何を今さら」といった声で答えた。
「用がなければこんな面倒な真似はしない」
『確かにそうですね。わざわざボクだけ隔離するなんて』
コウタは愛機の視線を女性の方に向けた。
『それで、その御用とはなんですか? 聞かせてもらえますよね?』
「なに。簡単な用件だ」
女性は腰に片手を当てた。
「我が主君の命により、お前を試させてもらう」
『………主君?』
コウタは眉根を寄せる。
『誰ですかそれは? あなたは《黒陽社》の人間ではないのですか?』
「ふん、あんな欲望塗れの輩と一緒にするな」
彼女は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「我らには尊き理想がある。営利目的の奴らとは違う。ああ、それと――」
そこで一拍おいて、鉄仮面の女性は思いがけない言葉を続けた。
「誰だなどと言うな。我が主君はお前も知っているお方だぞ」
『えっ?』
情報収集の駆け引きも忘れてコウタは目を丸くする。
――こんな異様な世界を創り出す者を従者にする人物。
瞬時に当てはまりそうな人物を思い浮かべてみるが、それこそ《黒陽社》関係の人間ばかりだった。
だが、彼女の言葉を信じるのなら《黒陽社》は無関係らしい。
『その主君って人は――いえ。そもそもあなたは一体誰なんですか?』
思い当たる人物がおらず、率直に尋ねるコウタ。
「ふん、それはどうでもいいことだ」
しかし、女性の返答は無下もなかった。
「お前が私のことを知る必要はない。私は主命に従い、ただ試すだけだ」
言って、彼女は指をパチンと鳴らした。
途端、
ウオおおおおゥォォおおおおおおォおおおォおおおオオォォォ――………。
閉鎖された世界がおぞましい声に満たされる。
コウタは操縦棍を強く握り直して身構えた。
次々と湧き上がる怨嗟の声。
そんな中で、彼女は朗々と告げた。
「お前が本当に我らの『御子』に相応しい男ならば――」
そして鉄仮面の下で彼女――ジェシカは皮肉げに笑う。
やれるモノなら、やってみせろと。
「我が《怨嗟》の世界を余さず食らい尽くしてみるがよい」
なにせ、大通りの角を曲がったところで、道筋にあれだけいた人集りがいきなり途切れたからだ。唐突に喧騒さえも消える。
「――――ッ!」
コウタは表情を険しくして後ろに振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。
後に続いていたジェイクの姿はもちろん、先程までいた住人の姿もだ。
それどころか、数瞬前に曲がったはずの道角さえも消え去っており、ただ真っ直ぐの大通りだけがあった。
コウタはさらに面持ちを鋭くして足をゆっくりと止めた。
「やられたかな、これは……」
静寂の中、ポツリと呟く。
周囲の人間がいきなり隔離されたとは思えない。
ならば考えられるのは幻術か。
コウタは自分の手の甲を強くつねってみた。明確な痛みはある。しかし、静寂に包まれた夜の街並みが揺らぐことはない。
「幻術じゃないのか? ならここは……」
続けて、コウタは腰の短剣に手をやった。
そして「来い。《ディノス》」と愛機に呼びかける。
途端、コウタの前に転移陣が描かれ、そこから黒き竜装の鎧機兵――《ディノス》が喚び出された。普段通りの現象だ。どうやら鎧機兵の召喚は問題ないらしい。
コウタは少し迷ったが、すぐに愛機に乗り込んだ。
街中で鎧機兵を使うのはどうかと思うが、なにせ今は異常事態だ。
自衛のためにも《ディノス》に乗った方がいい。
コウタは普段通りに操縦シートに腰を掛け、操縦棍を強く握りしめた。
ブン、と《ディノス》が眼光を光らせて立ち上がる。
(さて、と)
コウタは愛機に大通りを進ませた。
馬車も人もいない。煉瓦造りの店舗や家屋だけが並ぶ、月光に照らされた村。
しかし、進むにつれて異常さが際立ってくる。
行けども行けども村の終わりが見えない。大通りから抜け出せないのだ。
ズシン、と《ディノス》は歩みを止めた。
「……試してみるか」
そう呟いて、コウタは愛機の処刑刀に恒力を込めた。
そして大通りの奥に向かって不可視の斬撃を――《飛刃》を飛ばした!
「――ッ!」
するとどうしたことか。
《飛刃》を撃ち出した何もない空間に、突如大きな亀裂が走ったのだ。
斬線上に斬り裂かれた空間。
だが、それはすぐに閉じられてしまった。
「まさかこれって……」
コウタは神妙な声で呟く。
「エルサガの相界陣、なのか?」
騎士学校の講義で習った知識を引っ張り出す。
――ステラクラウンには四つの大陸が存在する。
四大陸は他の大陸と交流こそあるが、それぞれが独自の文化や技術を築いており、各大陸を代表する有名な四つの技術があった。
まずコウタの住む南方大陸セラの『鎧機兵』。
続いて東方大陸アロンの『魔具』。
北方大陸オズ二アの『法医術』。
そして――西方大陸エルサガの『相界陣』だ。
この四つを総称で四大技術と呼んでいた。
エルサガの相界陣とは、通常空間に重ね合わせるようにして類似した別空間を創り出す技術と聞いていた。
習った時は何とも胡散臭い技術だと思ったが、メルティアに聞いたところ、相界陣は鎧機兵の転移陣にも利用されているそうで意外と身近な技術だそうだ。
『誰かがボクを相界陣の中に引きずり込んだってことなのか?』
問えば応えが来る。
そう考えて少し大きな声で独白する。と、
「……ご明察だ」
予想通り、声に応える者が現れた。
コウタは慌てることもなく声がした方に視線を向けた。
そこは数ある店舗の一つ。屋根の上に彼女はいた。
「まあ、私の相界陣は少々特殊ではあるがな。いずれにせよ、お前はすでに私の世界の中にいるということだ」
恐らく声を変えているのだろう。
まるで男性のような口調に、男に近いハスキーな声色。
頭部にはヘルム型の白い鉄仮面をかぶり、そして全身には指先まで覆う真紅のラバースーツを纏っている。
そのため性別の判別は難しいのだが、密着したラバースーツに凹凸のはっきりとした身体のラインが浮かび上がっているので女性だと分かる。
『……ボクに何か御用ですか?』
少しだけ皮肉を込めてコウタは尋ねてみる。
すると、鉄仮面の女性は「何を今さら」といった声で答えた。
「用がなければこんな面倒な真似はしない」
『確かにそうですね。わざわざボクだけ隔離するなんて』
コウタは愛機の視線を女性の方に向けた。
『それで、その御用とはなんですか? 聞かせてもらえますよね?』
「なに。簡単な用件だ」
女性は腰に片手を当てた。
「我が主君の命により、お前を試させてもらう」
『………主君?』
コウタは眉根を寄せる。
『誰ですかそれは? あなたは《黒陽社》の人間ではないのですか?』
「ふん、あんな欲望塗れの輩と一緒にするな」
彼女は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「我らには尊き理想がある。営利目的の奴らとは違う。ああ、それと――」
そこで一拍おいて、鉄仮面の女性は思いがけない言葉を続けた。
「誰だなどと言うな。我が主君はお前も知っているお方だぞ」
『えっ?』
情報収集の駆け引きも忘れてコウタは目を丸くする。
――こんな異様な世界を創り出す者を従者にする人物。
瞬時に当てはまりそうな人物を思い浮かべてみるが、それこそ《黒陽社》関係の人間ばかりだった。
だが、彼女の言葉を信じるのなら《黒陽社》は無関係らしい。
『その主君って人は――いえ。そもそもあなたは一体誰なんですか?』
思い当たる人物がおらず、率直に尋ねるコウタ。
「ふん、それはどうでもいいことだ」
しかし、女性の返答は無下もなかった。
「お前が私のことを知る必要はない。私は主命に従い、ただ試すだけだ」
言って、彼女は指をパチンと鳴らした。
途端、
ウオおおおおゥォォおおおおおおォおおおォおおおオオォォォ――………。
閉鎖された世界がおぞましい声に満たされる。
コウタは操縦棍を強く握り直して身構えた。
次々と湧き上がる怨嗟の声。
そんな中で、彼女は朗々と告げた。
「お前が本当に我らの『御子』に相応しい男ならば――」
そして鉄仮面の下で彼女――ジェシカは皮肉げに笑う。
やれるモノなら、やってみせろと。
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