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第6部
第七章 星が映る湖面にて④
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「……《蒼天公女》?」
コウタの呟きが部屋に響く。
「はい」
リーゼが頷いた。
「ミランシャさまの二つ名ですわ。『蒼天を制する公女』という意味だそうです」
「おいおい」ジェイクが目を丸くした。
「それってあの姉ちゃんまで《七星》だってことのなのか? 姉弟揃って《七星》って凄えな、ハウル公爵家」
「ええ、そうですわね。ですが、ハウル公爵家は代々多くの《七星》を輩出しているそうですわ。ミランシャさまとアルフレッドさまのお爺さまもまた先代 《七星》のお一人であり、かつての騎士団長でもあったそうです」
と、リーゼが補足する。
「《七星》ですか……。グレイシア皇国における最強の七騎士。気付けば、その内の二人と面識が出来ていた訳ですね」
メルティアが感嘆の呟きを零す。
引きこもりの彼女としては騎士の名声にはさほど興味もないが、どうも《星》の名を冠する者との縁が続いているようだ。
(……むむ)
そう考えた途端、とある菫色の髪の少女のことを思い出して少しばかり不愉快になるメルティア。あの女もまた《星》の名を冠する者だった。
「……《七星》ですか」
その時、シャルロットが呟いた。
「実のところ、私はもう一人だけ《七星》と面識があるのですが……」
「「「……………え?」」」
コウタ達は目を丸くする。
「え? そうなのですか? 一体どなたと?」
主人であるリーゼがそう尋ねると、何故かシャルロットは恥ずかしがるかのように少しだけ視線を落とした。
「《七星》の第三座である《双金葬守》です。ただ、それを知ったのは最近ですし、二つ名の由来も存じ上げておりません。出会った当時はまだ《七星》でもなく、その二つ名も持っていなかったので」
「へえ~、そうなんです――あっ」
と、そこでコウタはピンときた。
「もしかして、シャルロットさんとミランシャさんが好きな人って……」
「……あ」「まあ」「なるほど。そういうことですか」
コウタの問いかけに少女達が反応する。
ジェイク、ゴーレム達もシャルロットに注目した。
「…………………」
対するシャルロットは無表情だった。
しかし、それは表層だけのことで次第に指先がそわそわとし始めていた。
頬も堪えきれないように少しずつ赤くなってきている。
――ああ、これは大当たりだ。
誰もがそう思ったが、言い出したコウタ自身は余計なことをしてしまったと少し後悔していた。これは迂闊な質問だったかも知れない。
冷静になれば、あえて確認するまでもないことだった。
彼女の好きな男性とはバルカスを圧倒するような人物とのことだ。それほどの強さならば《七星》に名を連ねていてもおかしくない。簡単に連想できる話だった。わざわざここで確認してシャルロットの乙女チックな面を引き出す必要はなかった。
(……ああ、ごめん、ジェイク)
視界の端に映る、死んだ目をしたジェイクがあまりにも哀れだった。
親友はシャルロットを凝視していた。
このままでいると数分後には血の涙まで流しそうな雰囲気である。
(……本当にごめん)
内心で親友に深々と謝罪しつつ、コウタはせめて話題を変えることにした。
シャルロットをまじまじと見るリーゼの方に目をやって。
「ところでリーゼ。ミランシャさんの二つ名なんだけど、『公女』の方はともかく『蒼天を制する』ってどういう意味なの?」
「え? あ、はい」
リーゼにとってコウタの言葉は最優先である。
すぐに視線をコウタに向けて語り始めた。
「その言葉通りですわ。わたくしもまだ見たことはありませんが、何でもミランシャさまの愛機・《鳳火》は世にも珍しい飛行型の鎧機兵だそうです」
「ッ! 飛行型ですか!」
その台詞に喰いついたのメルティアだ。
「初めて聞きます! それは一体どんな形態なのですか!」
と、座っていた椅子を倒してリーゼに詰め寄る。
リーゼは少し引きながらもふふっと笑い、
「噂だと緋色の鳥型だそうです。恒力を噴出して大空を舞うその姿は雄大の一言だとか。ミランシャさまが『空の女王』とも呼ばれる由縁ですわ」
「へえ~、凄いねそれ」
コウタもまた椅子から立ち上がり、リーゼとメルティアの近くに移動した。
「特に自分で飛ぼうって発想が凄い。ルカでもそこまでは――」
「……ルカ?」メルティアがコウタを見つめて首を傾げた。
「どうしてここでルカの名が出てくるのです?」
「え? あっ!」
コウタは慌てて自分の口元を押さえた。同時にゴーレム達から「……シツゲン」「……イガイト、コウタハ、クチガカルイ」と非難の声が上がった。
メルティアはジト目をコウタ達に向けた。
「どういうことです? あなた達は私に何か隠しているのですか?」
「そ、そんなことはないよ」
コウタは頬を強張らせながらそう答えるが、メルティアは納得しない。
「嘘ですね。答えてください。コウタ」
言って、コウタに近付いていくメルティアだったが、それに対しコウタは、
「お、落ち着いてメル」
手を伸ばし、誤魔化すようにメルティアの頭を撫でた。
その際、いつものように彼女のネコ耳も撫でる。
途端、メルティアは目を瞠った。
同時に大浴場でサラに語った台詞が脳裏によぎる。
彼女は完全に硬直してしまった。
「……? どうしたのメル?」
普段と違い、緊張した様子を見せる幼馴染にコウタが眉根を寄せる。
そしてネコ耳を撫でたまま、彼女の顔を覗き込んでくる。
ますますもってメルティアの目が見開かれた。
そして数秒後、彼女は「~~~ゥゥ」と呻いて金色の瞳をギュッと瞑った。
「えっ? メ、メル!? どうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」
「~~~~~っ」
しかしメルティアは何も答えない。
目をギュッと瞑ったまま、ポカポカとコウタの胸板を叩くばかりだ。
「え、ええっ!? 本当にどうしたのメル!?」
ひらすら困惑した声を上げるコウタ。だが、そんな状況でも彼はメルティアのネコ耳から手を離さない。メルティアの顔はますます赤くなっていった。
「メ、メル?」
ここまで来るとコウタも何もしない訳にはいかない。
「メル、ごめん!」
そう告げて彼女の両腿に手を回すと強引にメルティアを抱き上げた。お姫さま抱っこの構えだ。メルティアは拳も止めて硬直してしまった。
「お、おいコウタ!」
唐突なコウタの行動に様子を窺っていたジェイクも目を丸くする。
「いきなりお姫さま抱っこして何する気だよ」
「メルを診療所に連れて行くんだよ! だってこんなに顔が赤いんだよ! 何かの病気かもしれないし!」
「いや、メル嬢の人見知りはどうすんだよ。連れて行けねえだろ」
「そこはどうにかして何とかして頑張って頑張ってどうにかするよ!」
メルティアを心底大事そうに抱え込んでコウタが叫ぶ。
実際のところ、診療所に行ったところで何の意味もないのだが、コウタもコウタで完全にテンパっていた。
「……落ち着いてコウタ」
と、その時、いつの間にか傍に近付いていたアイリがコウタの服の裾を引っ張った。
「……何がスイッチだったのかまでは分からないけど、メルティアはただ恥ずかしがっているだけだから大丈夫だよ」
「え? そ、そうなの?」
「……うん。それより私にもそれして欲しい。考えてみれば正面抱っこはあってもお姫さま抱っこはなかったかも」
「あっ、でしたらわたくしも」
言って、淑やかに右手を上げるリーゼ。
「この程度ではもはや動揺もされませんね。ラストンさんもお嬢さまも」
シャルロットが呆れたように呟き、ゴーレム達は肩を竦めた。ジェイクも両腕を組んで苦笑を浮かべている。
何とも平和な光景だった。
しかし、残念ながら、そんな平和な時間もここまでだった。
耳を衝くような爆発音が宿に響いたのは、ほんの数秒後のことであった――。
コウタの呟きが部屋に響く。
「はい」
リーゼが頷いた。
「ミランシャさまの二つ名ですわ。『蒼天を制する公女』という意味だそうです」
「おいおい」ジェイクが目を丸くした。
「それってあの姉ちゃんまで《七星》だってことのなのか? 姉弟揃って《七星》って凄えな、ハウル公爵家」
「ええ、そうですわね。ですが、ハウル公爵家は代々多くの《七星》を輩出しているそうですわ。ミランシャさまとアルフレッドさまのお爺さまもまた先代 《七星》のお一人であり、かつての騎士団長でもあったそうです」
と、リーゼが補足する。
「《七星》ですか……。グレイシア皇国における最強の七騎士。気付けば、その内の二人と面識が出来ていた訳ですね」
メルティアが感嘆の呟きを零す。
引きこもりの彼女としては騎士の名声にはさほど興味もないが、どうも《星》の名を冠する者との縁が続いているようだ。
(……むむ)
そう考えた途端、とある菫色の髪の少女のことを思い出して少しばかり不愉快になるメルティア。あの女もまた《星》の名を冠する者だった。
「……《七星》ですか」
その時、シャルロットが呟いた。
「実のところ、私はもう一人だけ《七星》と面識があるのですが……」
「「「……………え?」」」
コウタ達は目を丸くする。
「え? そうなのですか? 一体どなたと?」
主人であるリーゼがそう尋ねると、何故かシャルロットは恥ずかしがるかのように少しだけ視線を落とした。
「《七星》の第三座である《双金葬守》です。ただ、それを知ったのは最近ですし、二つ名の由来も存じ上げておりません。出会った当時はまだ《七星》でもなく、その二つ名も持っていなかったので」
「へえ~、そうなんです――あっ」
と、そこでコウタはピンときた。
「もしかして、シャルロットさんとミランシャさんが好きな人って……」
「……あ」「まあ」「なるほど。そういうことですか」
コウタの問いかけに少女達が反応する。
ジェイク、ゴーレム達もシャルロットに注目した。
「…………………」
対するシャルロットは無表情だった。
しかし、それは表層だけのことで次第に指先がそわそわとし始めていた。
頬も堪えきれないように少しずつ赤くなってきている。
――ああ、これは大当たりだ。
誰もがそう思ったが、言い出したコウタ自身は余計なことをしてしまったと少し後悔していた。これは迂闊な質問だったかも知れない。
冷静になれば、あえて確認するまでもないことだった。
彼女の好きな男性とはバルカスを圧倒するような人物とのことだ。それほどの強さならば《七星》に名を連ねていてもおかしくない。簡単に連想できる話だった。わざわざここで確認してシャルロットの乙女チックな面を引き出す必要はなかった。
(……ああ、ごめん、ジェイク)
視界の端に映る、死んだ目をしたジェイクがあまりにも哀れだった。
親友はシャルロットを凝視していた。
このままでいると数分後には血の涙まで流しそうな雰囲気である。
(……本当にごめん)
内心で親友に深々と謝罪しつつ、コウタはせめて話題を変えることにした。
シャルロットをまじまじと見るリーゼの方に目をやって。
「ところでリーゼ。ミランシャさんの二つ名なんだけど、『公女』の方はともかく『蒼天を制する』ってどういう意味なの?」
「え? あ、はい」
リーゼにとってコウタの言葉は最優先である。
すぐに視線をコウタに向けて語り始めた。
「その言葉通りですわ。わたくしもまだ見たことはありませんが、何でもミランシャさまの愛機・《鳳火》は世にも珍しい飛行型の鎧機兵だそうです」
「ッ! 飛行型ですか!」
その台詞に喰いついたのメルティアだ。
「初めて聞きます! それは一体どんな形態なのですか!」
と、座っていた椅子を倒してリーゼに詰め寄る。
リーゼは少し引きながらもふふっと笑い、
「噂だと緋色の鳥型だそうです。恒力を噴出して大空を舞うその姿は雄大の一言だとか。ミランシャさまが『空の女王』とも呼ばれる由縁ですわ」
「へえ~、凄いねそれ」
コウタもまた椅子から立ち上がり、リーゼとメルティアの近くに移動した。
「特に自分で飛ぼうって発想が凄い。ルカでもそこまでは――」
「……ルカ?」メルティアがコウタを見つめて首を傾げた。
「どうしてここでルカの名が出てくるのです?」
「え? あっ!」
コウタは慌てて自分の口元を押さえた。同時にゴーレム達から「……シツゲン」「……イガイト、コウタハ、クチガカルイ」と非難の声が上がった。
メルティアはジト目をコウタ達に向けた。
「どういうことです? あなた達は私に何か隠しているのですか?」
「そ、そんなことはないよ」
コウタは頬を強張らせながらそう答えるが、メルティアは納得しない。
「嘘ですね。答えてください。コウタ」
言って、コウタに近付いていくメルティアだったが、それに対しコウタは、
「お、落ち着いてメル」
手を伸ばし、誤魔化すようにメルティアの頭を撫でた。
その際、いつものように彼女のネコ耳も撫でる。
途端、メルティアは目を瞠った。
同時に大浴場でサラに語った台詞が脳裏によぎる。
彼女は完全に硬直してしまった。
「……? どうしたのメル?」
普段と違い、緊張した様子を見せる幼馴染にコウタが眉根を寄せる。
そしてネコ耳を撫でたまま、彼女の顔を覗き込んでくる。
ますますもってメルティアの目が見開かれた。
そして数秒後、彼女は「~~~ゥゥ」と呻いて金色の瞳をギュッと瞑った。
「えっ? メ、メル!? どうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」
「~~~~~っ」
しかしメルティアは何も答えない。
目をギュッと瞑ったまま、ポカポカとコウタの胸板を叩くばかりだ。
「え、ええっ!? 本当にどうしたのメル!?」
ひらすら困惑した声を上げるコウタ。だが、そんな状況でも彼はメルティアのネコ耳から手を離さない。メルティアの顔はますます赤くなっていった。
「メ、メル?」
ここまで来るとコウタも何もしない訳にはいかない。
「メル、ごめん!」
そう告げて彼女の両腿に手を回すと強引にメルティアを抱き上げた。お姫さま抱っこの構えだ。メルティアは拳も止めて硬直してしまった。
「お、おいコウタ!」
唐突なコウタの行動に様子を窺っていたジェイクも目を丸くする。
「いきなりお姫さま抱っこして何する気だよ」
「メルを診療所に連れて行くんだよ! だってこんなに顔が赤いんだよ! 何かの病気かもしれないし!」
「いや、メル嬢の人見知りはどうすんだよ。連れて行けねえだろ」
「そこはどうにかして何とかして頑張って頑張ってどうにかするよ!」
メルティアを心底大事そうに抱え込んでコウタが叫ぶ。
実際のところ、診療所に行ったところで何の意味もないのだが、コウタもコウタで完全にテンパっていた。
「……落ち着いてコウタ」
と、その時、いつの間にか傍に近付いていたアイリがコウタの服の裾を引っ張った。
「……何がスイッチだったのかまでは分からないけど、メルティアはただ恥ずかしがっているだけだから大丈夫だよ」
「え? そ、そうなの?」
「……うん。それより私にもそれして欲しい。考えてみれば正面抱っこはあってもお姫さま抱っこはなかったかも」
「あっ、でしたらわたくしも」
言って、淑やかに右手を上げるリーゼ。
「この程度ではもはや動揺もされませんね。ラストンさんもお嬢さまも」
シャルロットが呆れたように呟き、ゴーレム達は肩を竦めた。ジェイクも両腕を組んで苦笑を浮かべている。
何とも平和な光景だった。
しかし、残念ながら、そんな平和な時間もここまでだった。
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