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第6部

第七章 星が映る湖面にて③

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 ズシン、ズシンと二機は進む。
 切り拓かれた道。《ティガ》と《ハークス》は慎重に歩を進めていた。


『しかし、一体何なんでしょう。こいつの正体は』


 と、《ハークス》に乗ったルクスがバルカスに尋ねる。


『そうだな』


 バルカスは、視線は前を向けたまま部下の問いかけに答える。


『一番可能性がありそうなのは固有種だが、それにしちゃあ疑問が残るよな』

『ええ、そうですね』


 バルカスの指摘にルクスは前方をまじまじと凝視した。


『この道は相当踏み固められています。それは何度も巡回したからですよね。けど、それが分からない。どうしてそんなことをしているのか……』


 魔獣といえども生物だ。習性によって出来た獣道であるという可能性も考えたが、この道はわずか数日の間に造られたものだと聞く。
 それはこの道を造った存在が、昼夜問わず巡回し続けたことを意味していた。


『ほとんどの時間を巡回に費やす。マーキングでしょうか?』

『まずは縄張りの主張ってか? そいつも怪しいな』


 バルカスは眉をひそめた。


『なんつうか、この道に意図はあっても意志はねえような気がする。なんか機械的すぎるような気がしてなあ……』

『隊長代理が言うと説得力がありますね。ケダモノ的な直感って言うか……』


 そんなことを告げてくる昔からの部下に、バルカスは渋面を浮かべた。


『お前って、なんか最近さりげなく毒を吐くようになってきたよな。まあ、直感であることは事実だけどよ』


 そこでバルカスは、愛機にかぎ爪をギャリンと鳴らさせた。


『いずれにせよ、ヤバい匂いがすんな。ルクス気ィ抜くなよ。いきなり鉢合わせってのもあり得るからな』

『はい。了解しました』


 と、ルクスが答えた瞬間だった。
 ――ズシンッ、と。
 突如、大地が揺れた。振動は一定間隔で続く。


『いよいよおいでなすったようだな』

『はい。どうやら一周ずれて後ろだったみたいですね』


 言って、ルクスは愛機を反転させた。バルカスもそれに続く。


『どうします? 隊長代理。一旦森に身を隠しますか?』

『いや、ここはあえて姿を出すぜ。相手がどんな反応を見せるかも知っておきたい』


 と、告げてから、バルカスは口元を崩した。


『しかしよ、仮に問答無用の相手だった場合なら、ここで不意打ちを喰わずにすんだのはマジで幸運だよな』

『確かに。ですけど本当に幸運ならそもそもここにいないような?』

『ガハハッ、そいつは違えねえな。ま、それはともかくよ』


 バルカスは操縦棍を強く握りしめ、前方を睨み据えた。


『一体、何が出てくんのかね』

『そうですね』


 慎重な声で二人は呟く。
 ルクスはさらに言葉を続けた。


『隊長代理。固有種の場合はどうしますか?』

『そん時は手を出す気はねえ。好戦的かどうかだけを確認して撤退だ。討伐となると俺ら二人だけじゃあキツいだろ』

『了解です。それ以外の場合は?』

『極力情報を集める。状況によっては戦闘もアリだ。ただ、相手の方が強くて好戦的だった場合は撤退だ。無茶はしねえ。姐さんと合流して出直しだ』

『それも了解です。そろそろ視認できそうですね』


 そう呟いて、ルクスは《ハークス》を身構えさせた。


『ああ、そうだな』


 バルカスも同意して《ティガ》を前傾に構えさせる。
 ズシン、ズシンと足音が大地を揺らす。
 そして――いよいよそいつの全容が見えてきた。
 遠目で見たその姿はやはり巨体だった。
 周囲の木々よりもかなり背が高い。
 恐らくは八セージルはあるか。その上、全幅も広く五セージルはあるだろう。黒に染まったシルエットはまるで小さな丘か山だ。
 だが、そんな巨体以上に目を奪うのは、ようやく細部まで確認できた姿である。


『…………は?』


 思わずバルカスは唖然とした声を零した。
 隣に立つルクスも愛機の中で目を見開いていた。
 それほどまでに奇妙な姿だったのだ。
 不覚にも呆然とする二人。が、そうこうしている内に間近に迫ってきたは山腹のような部位から無数に突き出ている太く長い筒をバルカス達に向けた。
 ガシャン、ガコンッと明らかな機械音が響く。
 大筒は次々と《ティガ》と《ハークス》に狙いを定めた。


『お、おいおい!?』

『ちょ、ちょっと待って!? 何それ!?』


 流石にバルカス達も青ざめた。
 そして――。

 ――ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ!

 連続して響く轟音。
 次いで盛大な爆発音が森の中に響くのであった。



       ◆



「あら? もう始まったのかしら?」


 夜の森の中を一人の女性が歩く。
 白いタイトワンピースと、夜風に揺れる長い黒髪が印象的な女性。
《ディノ=バロウス教団》の盟主――サクヤ=コノハナだ。
 森の中に轟く爆発音に耳を傾けながら彼女は歩き続けた。
 そうして三分も立たない内に森が開ける。
 そこは小さな湖のある広場だった。
 サクヤは湖の縁にまで進み、湖面を覗き込む。
 水はかなり澄んでおり、湖面には月と星が映し出されていた。


「うん。舞台としては上出来ね」


 サクヤは微笑む。
 と、そこで再び爆音が轟いた。


「少し派手だったかしら……」


 眉根を寄せる。
 まさかここまではっきりと音が届くとは……。
 これでは村人達が酷く怯えてしまうかも知れない。


「ごめんなさい」


 サクヤはルーフ村のある方に深々と頭を下げた。


「だけど、あなた達に危害を加えることはありません。今日だけは巻き込んでしまうことをどうか許してください」


 そう謝罪してから森の両端に目をやった。
 そこには木々が倒されて大きな道が出来ている。
 この湖へと繋がるように数日かけてわざわざ開拓した道だ。
 この山道は螺旋を描きながら大きく切り拓いている。
 もし、上空から確認すれば中心にある湖の存在にすぐに気付くはずだ。

 ――をここに呼び出すには充分な撒き餌だった。


「あの子との戦闘が始まったということは、もうじきだと思うんだけど……」


 そう呟いて、再び湖面に目をやった。
 すると、
 ――ビュオオ、と。
 不意に強い風が吹いた。湖面が揺れて月の影が崩れる。
 そしてその代わりに映るのが、空を覆うような大きな影だ。
 サクヤは上空に目をやった。


「……なるほど」瞳を細める。「本当に噂通りの機体ね」


 月と星が輝く夜空。
 見据えるそこには今、巨大な『鳥』がいた。
 全身に鎧を纏う緋色の『鳥』だ。
 しかし、『鳥』と評しても、魔獣でもなければ生き物でさえもない。
 天空に君臨するそれは鎧機兵だった。


「あれが《鳳火》なのね」


 サクヤがポツリと呟く。
 ――と、不意に『鳥』に動きがあった。
 鋼の翼を動かすと、空高く飛翔。反転し広場の一角に滑空し始めた。
 そして強い風を巻き起こしながら、地面に着地したのである。
 一瞬の静寂。

 ――プシュウ……。

 唐突に『鳥』が空気の抜ける音を響かせた。次いで機体の全面を覆う胸部装甲が上に開かれる。サクヤは静かな眼差しでその様子を見つめていた。


「ご招待、どうもありがとう」


 そう告げて飛行型の鎧機兵――《鳳火》から降りてきたのはミランシャだった。
 夜の中でも映える炎のような髪を振り上げ、彼女はサクヤを見据えていた。


「いえ」


 サクヤは微笑む。


「とても分かりにくい招待で申し訳ないと思っていました。おいでくださって本当にありがとうございます」

「気にしないで。充分分かりやすい招待だったから」


 ミランシャは皮肉めいた笑みを見せた。
 が、すぐに表情を改めると腕を組んでサクヤを見据える。


「ところで、こんな招待をくれたあなたは一体どこのどなたなのかしら?」

「そこはお気になさらず。名乗るほどの者でもないですから」


 突き刺すように眼差しにも、サクヤは微笑みを絶やさずに答える。


「改めて、ようこそおいでくださいました。《七星》が第五座、《鳳火》の操手――《蒼天公女》ミランシャ=ハウルさま」
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