184 / 399
第6部
幕間二 それは姉としての……。
しおりを挟む
それは、ある日の昼下がりのことだった。
「ふわああああああっ! ふわああああああああっ!」
泣き続ける赤ん坊の声。
「ああっ!? 泣き止んでよ!?」
赤ん坊を両腕で抱いた少女――サラは青ざめていた。
可愛らしさと気軽さで親友から一時預かった赤ちゃん。しばらく前までとても大人しかったのに、いきなり火が付いたように泣き出したのだ。
「どうしてそんなに泣くのよ!」
抱き方がまずかったのか、それともお腹が空いたのか。
まだ十歳である彼女には、赤ん坊の機嫌が全く分からなかった。
ここは村の外れ。田畑からも遠い森沿いの道だ。近くに人もいない。
サラは困り果てた挙句、
「サクヤァ!? サク――ッ!? 早く戻って来てよおおォ!?」
おろおろと赤ん坊を預けていった親友に助けを求める。
するとその願いが届いたのか、
「もう。一体何をしてるの、サラ」
呆れた様子だが、親友は急ぎ戻って来てくれた。
長い黒髪が美しい少女だ。
名前はサクヤ=コノハナ。サラと同い年の幼馴染だ。
「ほらサラ。私に貸して」
サクヤは赤ん坊をサラから受け取った。
途端、赤ん坊はキョトンとした眼差しで少女を見つめて泣き止んだ。
「え? なんであっさり泣き止むの?」
「ふふっ、ちゃんと私がお姉ちゃんだって分かるからよ。ねえ、コウちゃん」
そう言って微笑むサクヤ。
対し、赤ん坊はキャッキャッと笑った。
「……むう」サラはぶすっとした表情を見せる。
「お姉ちゃんって、サクはコウちゃんの姉弟じゃないでしょうに」
「ふふっ、それは時間の問題よ」
サクヤは赤ん坊を抱いたまま胸を張った。
「だって私はもうトウヤにプロポーズされているから。遅くてもコウちゃんが十歳になる頃にはきっと家族になっているわ」
「はいはい。そうですよね」
サラは溜息をつく。
サクヤの惚気話は今に始まったことではない。
「あんたって普段は大人しいのに、トウヤのことになると本当に退かないわね」
「これぐらいのアピールは必要なの。本当に激戦なんだから」
と、サクヤは十歳にして重い溜息をついた。
そんな少女を心配してか、赤ん坊が両手を伸ばして彼女の頬に触れてくる。
「ふふ……コウちゃん」
サクヤはギュッと強く赤ん坊を抱きしめる。
が、不意に表情を暗くした。
「けどコウちゃんのことも心配だわ」
「??? 何が?」
サラが眉根を寄せて尋ねると、
「きっと、コウちゃんの周りも激戦区になるわ」
「いや待ってサク。コウちゃん、まだ一歳だよ?」
あまりにも気の早い親友に、サラは呆れた表情を見せた。
しかし、サクヤはかぶりを振り、
「サラこそ甘いわ。だってコウちゃんはあのトウヤの弟なのよ」
「……う」
サラは言葉を詰まらせた。
確かにそれは一理ある。
そう考えると痛いぐらいに危機感が伝わってきた。
確かにサラ達の幼馴染であるトウヤは異性に凄くモテる。
かく言うサラも、密かにトウヤに淡い想いを寄せていた時期があったのだ。
(トウヤは本当にモテるから……)
しかし、サラは早々と戦線離脱した。
サクヤを前にしては、自分の容姿にまるで自信が持てなかったこと。
何より親友を応援してあげたい気持ちから、ひっそりと身を引いたのである。
「まあ、血は争えないって言うしね。サクの気持ちも分かるけど、トウヤって他の男子と違うところがあるから、コウちゃんまでそうなのかは分からないよ」
――英雄の相とも言うべきか。
深い優しさと、揺るぎない存在感。
とても村人とは思えないそんな雰囲気をトウヤは幼い頃から持っていた。
だからこそ、自然と人を惹き付ける。
それは、きっと大成する人物の特徴なのだろう。
「いつか、あいつはクライン村から出て行くような気がするわ」
こんな村では収まりきれない。サラは心の中でそう持っていた。
すると、サクヤもふっと口元を緩めた。
「うん。そうかもね。私としてはずっとこの村で暮らしていきたいんだけど、トウヤが望むのなら私も――」
と、村を一望しながら呟く。
どうやら同じ未来をサクヤもまた感じていたようだ。
「あはは、大丈夫。あんたも只者じゃないから」
サラはポンとサクヤの背を叩いた。
「どこに行っても頑張りなさい。ヒラサカ第一夫人さん」
「――第一夫人!? やめてよ!? ハーレム前提で話をするのはやめて!?」
「そうかな? トウヤなら充分あり得そうだけど」
「ううゥ、だからやめてよォサラぁ……」
今にも泣き出しそうになるサクヤ。
すると「だあ? だあ?」と赤ん坊が再びサクヤの頬に触れてきた。
「ありがとうコウちゃん。励ましてくれるんだね」サクヤは赤ん坊に頬ずりした。「コウちゃんも苦労しそうだけど安心してね。何故なら――」
そこでサクヤは前を見据えた。
――いや、見据えているのは遙か未来か。
「コウちゃんのお嫁さんは私が見極めるから! 義姉の務めとして!」
「はあ……さいですか」
今から意気込む幼馴染にサラは深々と嘆息する。
次いで、赤ん坊の柔らかホッペをツンツンとつつく。
「まあ、お姉ちゃんが許してくれるような、とびっきりの女の子を見つけるんだよ」
そう言って、サラは笑った。
これは遙か昔のこと。
クライン村での些細な出来事。
「きゃっきゃっ、きゃっきゃっ」
赤ん坊の喜びの声が響く、とても平和な日常であった。
「ふわああああああっ! ふわああああああああっ!」
泣き続ける赤ん坊の声。
「ああっ!? 泣き止んでよ!?」
赤ん坊を両腕で抱いた少女――サラは青ざめていた。
可愛らしさと気軽さで親友から一時預かった赤ちゃん。しばらく前までとても大人しかったのに、いきなり火が付いたように泣き出したのだ。
「どうしてそんなに泣くのよ!」
抱き方がまずかったのか、それともお腹が空いたのか。
まだ十歳である彼女には、赤ん坊の機嫌が全く分からなかった。
ここは村の外れ。田畑からも遠い森沿いの道だ。近くに人もいない。
サラは困り果てた挙句、
「サクヤァ!? サク――ッ!? 早く戻って来てよおおォ!?」
おろおろと赤ん坊を預けていった親友に助けを求める。
するとその願いが届いたのか、
「もう。一体何をしてるの、サラ」
呆れた様子だが、親友は急ぎ戻って来てくれた。
長い黒髪が美しい少女だ。
名前はサクヤ=コノハナ。サラと同い年の幼馴染だ。
「ほらサラ。私に貸して」
サクヤは赤ん坊をサラから受け取った。
途端、赤ん坊はキョトンとした眼差しで少女を見つめて泣き止んだ。
「え? なんであっさり泣き止むの?」
「ふふっ、ちゃんと私がお姉ちゃんだって分かるからよ。ねえ、コウちゃん」
そう言って微笑むサクヤ。
対し、赤ん坊はキャッキャッと笑った。
「……むう」サラはぶすっとした表情を見せる。
「お姉ちゃんって、サクはコウちゃんの姉弟じゃないでしょうに」
「ふふっ、それは時間の問題よ」
サクヤは赤ん坊を抱いたまま胸を張った。
「だって私はもうトウヤにプロポーズされているから。遅くてもコウちゃんが十歳になる頃にはきっと家族になっているわ」
「はいはい。そうですよね」
サラは溜息をつく。
サクヤの惚気話は今に始まったことではない。
「あんたって普段は大人しいのに、トウヤのことになると本当に退かないわね」
「これぐらいのアピールは必要なの。本当に激戦なんだから」
と、サクヤは十歳にして重い溜息をついた。
そんな少女を心配してか、赤ん坊が両手を伸ばして彼女の頬に触れてくる。
「ふふ……コウちゃん」
サクヤはギュッと強く赤ん坊を抱きしめる。
が、不意に表情を暗くした。
「けどコウちゃんのことも心配だわ」
「??? 何が?」
サラが眉根を寄せて尋ねると、
「きっと、コウちゃんの周りも激戦区になるわ」
「いや待ってサク。コウちゃん、まだ一歳だよ?」
あまりにも気の早い親友に、サラは呆れた表情を見せた。
しかし、サクヤはかぶりを振り、
「サラこそ甘いわ。だってコウちゃんはあのトウヤの弟なのよ」
「……う」
サラは言葉を詰まらせた。
確かにそれは一理ある。
そう考えると痛いぐらいに危機感が伝わってきた。
確かにサラ達の幼馴染であるトウヤは異性に凄くモテる。
かく言うサラも、密かにトウヤに淡い想いを寄せていた時期があったのだ。
(トウヤは本当にモテるから……)
しかし、サラは早々と戦線離脱した。
サクヤを前にしては、自分の容姿にまるで自信が持てなかったこと。
何より親友を応援してあげたい気持ちから、ひっそりと身を引いたのである。
「まあ、血は争えないって言うしね。サクの気持ちも分かるけど、トウヤって他の男子と違うところがあるから、コウちゃんまでそうなのかは分からないよ」
――英雄の相とも言うべきか。
深い優しさと、揺るぎない存在感。
とても村人とは思えないそんな雰囲気をトウヤは幼い頃から持っていた。
だからこそ、自然と人を惹き付ける。
それは、きっと大成する人物の特徴なのだろう。
「いつか、あいつはクライン村から出て行くような気がするわ」
こんな村では収まりきれない。サラは心の中でそう持っていた。
すると、サクヤもふっと口元を緩めた。
「うん。そうかもね。私としてはずっとこの村で暮らしていきたいんだけど、トウヤが望むのなら私も――」
と、村を一望しながら呟く。
どうやら同じ未来をサクヤもまた感じていたようだ。
「あはは、大丈夫。あんたも只者じゃないから」
サラはポンとサクヤの背を叩いた。
「どこに行っても頑張りなさい。ヒラサカ第一夫人さん」
「――第一夫人!? やめてよ!? ハーレム前提で話をするのはやめて!?」
「そうかな? トウヤなら充分あり得そうだけど」
「ううゥ、だからやめてよォサラぁ……」
今にも泣き出しそうになるサクヤ。
すると「だあ? だあ?」と赤ん坊が再びサクヤの頬に触れてきた。
「ありがとうコウちゃん。励ましてくれるんだね」サクヤは赤ん坊に頬ずりした。「コウちゃんも苦労しそうだけど安心してね。何故なら――」
そこでサクヤは前を見据えた。
――いや、見据えているのは遙か未来か。
「コウちゃんのお嫁さんは私が見極めるから! 義姉の務めとして!」
「はあ……さいですか」
今から意気込む幼馴染にサラは深々と嘆息する。
次いで、赤ん坊の柔らかホッペをツンツンとつつく。
「まあ、お姉ちゃんが許してくれるような、とびっきりの女の子を見つけるんだよ」
そう言って、サラは笑った。
これは遙か昔のこと。
クライン村での些細な出来事。
「きゃっきゃっ、きゃっきゃっ」
赤ん坊の喜びの声が響く、とても平和な日常であった。
0
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる