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第6部

第六章 遠き足音②

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「―――くそ!」


 男は歯を軋ませて舌打ちした。
 そこは日の光も届かない深い森の中。
 頭部が狼の形状をした愛機を操り、男は逃走していた。


(部下は全滅か。まさかあそこまで化け物だったとは……)


 主人より聞かされた標的は二人。
 恐るべき悪名を持つ女達だが、こちらは十人。
 不意さえ打てば、充分対応できると思っていた。
 しかし、完全に見誤っていた。

 特に《怨嗟の魔女》。
 あの女の敵意に対する察知能力は桁違いであった。

 森の中から不意打ちはあっさりと失敗。
 やむを得ず男達は襲撃に切り替えることにしたのだが、


(失策だった……。不意打ちが失敗した時点で撤退すべきだった)


 男は組織の中でもかなり優秀な部隊長だった。
 だからこそか、出世頭であった同僚が死に、自分こそが次代の兵団長になると功に焦ったのが裏目に出た大失態だった。


(だが後悔しても仕方がない。今はとにかく安全圏まで撤退を――)


 と、考えた時だった。


『……お前だけ逃げるのか?』


 ドクン、と心臓の音が跳ね上がった。
 操縦棍を握る手が汗ばみ、頬が強張ってくる。
 今の声には聞き覚えがあった。


『酷いじゃないか、隊長。俺達を置いていくのか?』


 次いで別の声が響く。
 この声にも聞き覚えがある。一番若い部下だった男の声だ。
 男はその場で愛機の足を止めた。
 すると――。


『俺達は捨て駒かよ』『この無能が……。夢なんて見やがって』『ふざけんな。痛えェ、痛えェんだよ』『なんでてめえなんかが俺らの隊長なんだよ』


 次々と湧き上がる怨嗟の声。
 さらには森の中から、男と同型の鎧機兵達がゾロゾロと現れ始めた。
 しかし、どの機体も無傷ではない。中には下半身を失って、ずるずると腕の力で近付いてくる機体もあった。


『お、お前達は……』


 総数で九機。すべてが男の部下達の機体だった。


『ぶ、無事だったのか』

『……無事に見えるのかよ』


 男の独白に部下の一人が答えた。
 同時に大きく破損した部下の愛機の胸部装甲ハッチが開かれる。


「―――ッ!?」


 男は目を瞠った。
 操縦席に座る部下。彼は肩から胸にかけて大きな裂傷があった。右腕ごともぎ取られた深い傷だ。疑いようもない即死レベルの負傷である。


『……痛えんだよ』


 ゾッとするような声。男の顔から血の気が失せた。


『全部、全部てめえが無能なせいだ。てめえのせいで俺達は死んだ』


 口元を大量の血で汚して部下は男を睨み据える。


『なのにお前は逃げんのかよ?』


 別の部下が弾劾する。その部下の機体は胸部に大穴が開いていた。


『ふざけんな……』『死ねよ。お前も死ねよ』『俺達は同じ隊だろ。皆で逝こうぜ』


 部下達は大破に近い機体を動かして男の周囲に集まってくる。


『ち、近付くな!』


 男は青ざめた顔で愛機を動かし、一番近くにいた鎧機兵を殴りつけた。
 狼型の頭部があっさりと吹き飛ぶ。しかし、機体の動きまでは止める事は出来ず、右腕を掴まれてしまった。


『は、離せ!』


 男は足掻くが取り付いた鎧機兵を引き剥がすのは容易ではない。
 そうこうしている内に左腕、右足、竜尾を別の機体に掴まれる。気付いた時には男の愛機は地面に引きずり倒されていた。


『ひ、ひいいいいいいいいいいィ――ッ!』


 男はますます蒼白になった。


『やめろ……やめろおおおおおおおおッッ!』


 そして絶叫が響く。
 だが、亡霊達は容赦しない。次々と男の機体に覆い被さっていく。

 ――ミシミシミシ、バキッ、ゴキンッ、グチャア……。

 まるで巨大な怪物に咀嚼されるかのように。
 不気味な音が延々と続き、いつしか消えていった。
 そしてパキパキと音が響く。
 鎧機兵ではない。人が森の中を進む音だ。


「他愛もない」


 圧壊した鎧機兵を見やり、彼女――ジェシカは淡々とした声で呟いた。


「これがハウルの黒犬か。噂ほどでもないな」


 ハウル公爵家の『裏』の組織――『黒犬兵団』。
 諜報に優れ、時に暗殺にも手を染めるという私兵。
 現当主、ジルベール=ハウルの子飼いの兵だ。


「この程度の兵で私を出し抜けると思ったのか? ましてや姫さまの暗殺など」


 ジェシカは不快そうに吐き捨て、自分の掌に目をやった。
 彼女の右手には小さな立方体が握られていた。色は血のような真紅。わずかに刀傷が入った道具だ。
 彼女の切り札であり、《怨嗟の魔女》の由縁となった道具だった。


「心弱き者は私の糧にしかならない。それを知るがいい。ジルベール=ハウル」


 そう吐き捨てて、彼女は背中を向けた。
 と、その時だった。

 ――ズズン、ズズン……。

 遠方にて聞こえる足音。木々が揺れ、驚いた鳥達が羽ばたいた。


「始められたようですね。姫さま」


 ジェシカは双眸を細めた。


「では、私も与えられた主命を果たそうと思います」
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