上 下
20 / 37

第五章 解き放たれし黒の門③

しおりを挟む
 時は過ぎて、四十三日後。
 トイレでひとしきり胃の中のものを吐いた後、

「……け、結局、《L》って、ラノベの《L》だったんだな……」

 目元に濃い隈をこさえた冬馬は、よろめきつつも《Cの間》の前に立っていた。
 あの無間地獄のような《Lの間》を。
 最難関と恐れられる悪夢の部屋を、彼は遂に突破したのである。
 そして今、次なる地獄門を開こうとしていた。

「……《Cの間》。多分この頭文字イニシャルは……」

 ――カチャリ。
 冬馬は、恐る恐るドアを開けた。

「うわあ……やっぱりまた本かよ……」

 その部屋の構造は《Lの間》と全く同じものだった。
 壁三面にスライド式の書棚があるのも同じだ。本自体はかなり薄そうだが、書棚を埋め尽くしている事には変わりない。
 冬馬は書棚から一冊の本をおもむろに手に取り、

「ッ! 予想通り、コミック……漫画だったのか……」

 第二の門――《Cの間》。
 そこは、おぞましき漫画地獄であった――。


 
 さて。ここで一度 《だんまく無双フィオナちゃん》の概要を説明しよう。

 この作品は一言でいえば、勧善懲悪を主題にした王道作品である。
《銃神》から授かった回転式機関銃 《りんぐ》を手に、ヒロイン 《フィオナ=ブロッサム》が世界の敵 《幻霊種ファントム》を、ズガガッと蹴散らす痛快無双の娯楽作品。
 相棒であり恋人の《ライオット=オーガス》との悲恋も本作品の見どころだ。

 ……ある意味、作者の潔さが際立つ作品とも言える。
 ともあれ、ここで着目したいのは《ライオット=オーガス》のことだ。
 恐らく《はやて》における《鬼童院コウハ》をベースにしているであろうこのキャラは、黒い拘束衣のようなコートを身に纏う、神速の抜き打ちを得意とするガンマンである。

 先の《Lの間》は、主に《フィオナ》の物語だった。
 だが、この《Cの間》は、どうやら《ライオット》を主人公とした外伝らしい。



「とりあえず、これが外伝っぽいのは分かったが……」

 表紙に《Cの①》と記入された本を開き、冬馬は眉をしかめていた。

「……一体、どいつが《ライオット》なんだ?」

 冬馬が開いた最初のページ。そこには非常によく似た六人のキャラがいた。
 全員が黒ずくめな上、目が異様にデカく、その瞳の中には何やら星が入っている。
 よく見れば微細な差もあるが、冬馬にはまるで区別がつかなかった。

「……アイリーンさん……。これは多分、ベタ以外の技法を知らないな……」

 何にせよこのままでは進まない。冬馬はとりあえず一番人間っぽいキャラを《ライオット》に見立てて、ページを進めることにした。
 まあ、漫画はどんなに酷い画でも、難解かつ膨大な文字の羅列ラノベよりはマシだろう。

 冬馬はそう楽観していた。
 ――次のページで何の脈絡なく《ライオット》が殺されるまでは。

「なんで!? こいつ主人公じゃなかったのか!?」

 冬馬は《ライオット》を殺したキャラを凝視する。
 こいつが本物ライオットなのだろうか? 
 どう見ても腕が四本あるのだが……。

「ッ! そうか! 《ライオット》は神速のガンマン! 残りの腕は残像か!」

 一応納得する冬馬。それに、幸運なことに突破口も見つけた。

「台詞の吹き出しだ! キャラが同じに見えても、吹き出しを見れば誰だか分かる!」

 キャラさえ判別できればこちらのものだ!
 ――が、それも甘い考えだった。どうもアイリーンは、無言の戦闘にこだわりでも持っているのか、戦闘シーンでは、どのキャラも滅多にしゃべらないのだ。
 結果、冬馬は読んでいる最中に、いるはずの主人公を見失うという稀有な経験をした。
 そしてそれ以降、戦闘の度に主人公は行方不明となり――……。

「やめてくれ、もうやめてくれよぉ。何回 《ライオット》が死ぬんだよぉ」

 またしても、《ライオット》だと思っていたキャラが死んだ……。
 話は少し変わるが、漫画とはそれなりに感情移入するものである。
 その上、冬馬は非常に感情移入しやすいタイプの人間だった。
 実は冬馬は「フランダースの犬」を読んで、ネロの死に絶叫したことがある。
 だからこそ、主人公だと思っていたキャラが、ぽんぽん死ぬのは結構辛いのだ。
 しかし、それでもめげずに頑張って読み進めていると、

「……? 何だ? なんか絵柄が変になってきている……?」

 上手くなるのならともかく、アイリーンの絵は何故か少しずつ歪になってきていた。特に目の描写が酷い。徐々に全員の瞳が拡張され、中の星がどんどん増量されているのだ。
 今ではまるで銀河ようだった。
 もはや、何かしらの瞳力を発揮しそうである。
 しかも、この歪な変化がさらにキャラを判別しにくくさせ……。

「うわああああ! また《ライオット》が死んだああああああッ!」

 冬馬の絶叫が、虚しく響く――……。
 余談ではあるが、この章に出てきたラスボスは「銀河眼だってばよ!」と叫んで目からビームを出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

処理中です...