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第五章 解き放たれし黒の門③
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時は過ぎて、四十三日後。
トイレでひとしきり胃の中のものを吐いた後、
「……け、結局、《L》って、ラノベの《L》だったんだな……」
目元に濃い隈をこさえた冬馬は、よろめきつつも《Cの間》の前に立っていた。
あの無間地獄のような《Lの間》を。
最難関と恐れられる悪夢の部屋を、彼は遂に突破したのである。
そして今、次なる地獄門を開こうとしていた。
「……《Cの間》。多分この頭文字は……」
――カチャリ。
冬馬は、恐る恐るドアを開けた。
「うわあ……やっぱりまた本かよ……」
その部屋の構造は《Lの間》と全く同じものだった。
壁三面にスライド式の書棚があるのも同じだ。本自体はかなり薄そうだが、書棚を埋め尽くしている事には変わりない。
冬馬は書棚から一冊の本をおもむろに手に取り、
「ッ! 予想通り、コミック……漫画だったのか……」
第二の門――《Cの間》。
そこは、おぞましき漫画地獄であった――。
さて。ここで一度 《だんまく無双フィオナちゃん》の概要を説明しよう。
この作品は一言でいえば、勧善懲悪を主題にした王道作品である。
《銃神》から授かった回転式機関銃 《りんぐ》を手に、ヒロイン 《フィオナ=ブロッサム》が世界の敵 《幻霊種》を、ズガガッと蹴散らす痛快無双の娯楽作品。
相棒であり恋人の《ライオット=オーガス》との悲恋も本作品の見どころだ。
……ある意味、作者の潔さが際立つ作品とも言える。
ともあれ、ここで着目したいのは《ライオット=オーガス》のことだ。
恐らく《はやて》における《鬼童院コウハ》をベースにしているであろうこのキャラは、黒い拘束衣のようなコートを身に纏う、神速の抜き打ちを得意とするガンマンである。
先の《Lの間》は、主に《フィオナ》の物語だった。
だが、この《Cの間》は、どうやら《ライオット》を主人公とした外伝らしい。
「とりあえず、これが外伝っぽいのは分かったが……」
表紙に《Cの①》と記入された本を開き、冬馬は眉をしかめていた。
「……一体、どいつが《ライオット》なんだ?」
冬馬が開いた最初のページ。そこには非常によく似た六人のキャラがいた。
全員が黒ずくめな上、目が異様にデカく、その瞳の中には何やら星が入っている。
よく見れば微細な差もあるが、冬馬にはまるで区別がつかなかった。
「……アイリーンさん……。これは多分、ベタ以外の技法を知らないな……」
何にせよこのままでは進まない。冬馬はとりあえず一番人間っぽいキャラを《ライオット》に見立てて、ページを進めることにした。
まあ、漫画はどんなに酷い画でも、難解かつ膨大な文字の羅列よりはマシだろう。
冬馬はそう楽観していた。
――次のページで何の脈絡なく《ライオット》が殺されるまでは。
「なんで!? こいつ主人公じゃなかったのか!?」
冬馬は《ライオット》を殺したキャラを凝視する。
こいつが本物なのだろうか?
どう見ても腕が四本あるのだが……。
「ッ! そうか! 《ライオット》は神速のガンマン! 残りの腕は残像か!」
一応納得する冬馬。それに、幸運なことに突破口も見つけた。
「台詞の吹き出しだ! キャラが同じに見えても、吹き出しを見れば誰だか分かる!」
キャラさえ判別できればこちらのものだ!
――が、それも甘い考えだった。どうもアイリーンは、無言の戦闘にこだわりでも持っているのか、戦闘シーンでは、どのキャラも滅多にしゃべらないのだ。
結果、冬馬は読んでいる最中に、いるはずの主人公を見失うという稀有な経験をした。
そしてそれ以降、戦闘の度に主人公は行方不明となり――……。
「やめてくれ、もうやめてくれよぉ。何回 《ライオット》が死ぬんだよぉ」
またしても、《ライオット》だと思っていたキャラが死んだ……。
話は少し変わるが、漫画とはそれなりに感情移入するものである。
その上、冬馬は非常に感情移入しやすいタイプの人間だった。
実は冬馬は「フランダースの犬」を読んで、ネロの死に絶叫したことがある。
だからこそ、主人公だと思っていたキャラが、ぽんぽん死ぬのは結構辛いのだ。
しかし、それでもめげずに頑張って読み進めていると、
「……? 何だ? なんか絵柄が変になってきている……?」
上手くなるのならともかく、アイリーンの絵は何故か少しずつ歪になってきていた。特に目の描写が酷い。徐々に全員の瞳が拡張され、中の星がどんどん増量されているのだ。
今ではまるで銀河ようだった。
もはや、何かしらの瞳力を発揮しそうである。
しかも、この歪な変化がさらにキャラを判別しにくくさせ……。
「うわああああ! また《ライオット》が死んだああああああッ!」
冬馬の絶叫が、虚しく響く――……。
余談ではあるが、この章に出てきたラスボスは「銀河眼だってばよ!」と叫んで目からビームを出した。
トイレでひとしきり胃の中のものを吐いた後、
「……け、結局、《L》って、ラノベの《L》だったんだな……」
目元に濃い隈をこさえた冬馬は、よろめきつつも《Cの間》の前に立っていた。
あの無間地獄のような《Lの間》を。
最難関と恐れられる悪夢の部屋を、彼は遂に突破したのである。
そして今、次なる地獄門を開こうとしていた。
「……《Cの間》。多分この頭文字は……」
――カチャリ。
冬馬は、恐る恐るドアを開けた。
「うわあ……やっぱりまた本かよ……」
その部屋の構造は《Lの間》と全く同じものだった。
壁三面にスライド式の書棚があるのも同じだ。本自体はかなり薄そうだが、書棚を埋め尽くしている事には変わりない。
冬馬は書棚から一冊の本をおもむろに手に取り、
「ッ! 予想通り、コミック……漫画だったのか……」
第二の門――《Cの間》。
そこは、おぞましき漫画地獄であった――。
さて。ここで一度 《だんまく無双フィオナちゃん》の概要を説明しよう。
この作品は一言でいえば、勧善懲悪を主題にした王道作品である。
《銃神》から授かった回転式機関銃 《りんぐ》を手に、ヒロイン 《フィオナ=ブロッサム》が世界の敵 《幻霊種》を、ズガガッと蹴散らす痛快無双の娯楽作品。
相棒であり恋人の《ライオット=オーガス》との悲恋も本作品の見どころだ。
……ある意味、作者の潔さが際立つ作品とも言える。
ともあれ、ここで着目したいのは《ライオット=オーガス》のことだ。
恐らく《はやて》における《鬼童院コウハ》をベースにしているであろうこのキャラは、黒い拘束衣のようなコートを身に纏う、神速の抜き打ちを得意とするガンマンである。
先の《Lの間》は、主に《フィオナ》の物語だった。
だが、この《Cの間》は、どうやら《ライオット》を主人公とした外伝らしい。
「とりあえず、これが外伝っぽいのは分かったが……」
表紙に《Cの①》と記入された本を開き、冬馬は眉をしかめていた。
「……一体、どいつが《ライオット》なんだ?」
冬馬が開いた最初のページ。そこには非常によく似た六人のキャラがいた。
全員が黒ずくめな上、目が異様にデカく、その瞳の中には何やら星が入っている。
よく見れば微細な差もあるが、冬馬にはまるで区別がつかなかった。
「……アイリーンさん……。これは多分、ベタ以外の技法を知らないな……」
何にせよこのままでは進まない。冬馬はとりあえず一番人間っぽいキャラを《ライオット》に見立てて、ページを進めることにした。
まあ、漫画はどんなに酷い画でも、難解かつ膨大な文字の羅列よりはマシだろう。
冬馬はそう楽観していた。
――次のページで何の脈絡なく《ライオット》が殺されるまでは。
「なんで!? こいつ主人公じゃなかったのか!?」
冬馬は《ライオット》を殺したキャラを凝視する。
こいつが本物なのだろうか?
どう見ても腕が四本あるのだが……。
「ッ! そうか! 《ライオット》は神速のガンマン! 残りの腕は残像か!」
一応納得する冬馬。それに、幸運なことに突破口も見つけた。
「台詞の吹き出しだ! キャラが同じに見えても、吹き出しを見れば誰だか分かる!」
キャラさえ判別できればこちらのものだ!
――が、それも甘い考えだった。どうもアイリーンは、無言の戦闘にこだわりでも持っているのか、戦闘シーンでは、どのキャラも滅多にしゃべらないのだ。
結果、冬馬は読んでいる最中に、いるはずの主人公を見失うという稀有な経験をした。
そしてそれ以降、戦闘の度に主人公は行方不明となり――……。
「やめてくれ、もうやめてくれよぉ。何回 《ライオット》が死ぬんだよぉ」
またしても、《ライオット》だと思っていたキャラが死んだ……。
話は少し変わるが、漫画とはそれなりに感情移入するものである。
その上、冬馬は非常に感情移入しやすいタイプの人間だった。
実は冬馬は「フランダースの犬」を読んで、ネロの死に絶叫したことがある。
だからこそ、主人公だと思っていたキャラが、ぽんぽん死ぬのは結構辛いのだ。
しかし、それでもめげずに頑張って読み進めていると、
「……? 何だ? なんか絵柄が変になってきている……?」
上手くなるのならともかく、アイリーンの絵は何故か少しずつ歪になってきていた。特に目の描写が酷い。徐々に全員の瞳が拡張され、中の星がどんどん増量されているのだ。
今ではまるで銀河ようだった。
もはや、何かしらの瞳力を発揮しそうである。
しかも、この歪な変化がさらにキャラを判別しにくくさせ……。
「うわああああ! また《ライオット》が死んだああああああッ!」
冬馬の絶叫が、虚しく響く――……。
余談ではあるが、この章に出てきたラスボスは「銀河眼だってばよ!」と叫んで目からビームを出した。
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