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第10部(外伝)

第二章 ファイティングなメイドさん①

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「――なんでだよ!」


 少年の声が響く。
 そこは傭兵ギルドの建屋の中。
 酒場も兼業しているため、昼間でも多くの荒くれ者達が集う場所だ。今もテーブルに肘をつき、騒動を見物している厳つい男達がいた。


「さっきは引き受けてくれるって言ったじゃないか!」


 そんな中、似つかわしくないほど純朴そうな少年が男に掴みかかっていた。
 年齢は恐らく十五、六歳か。
 服装はごく普通の麻の服。特徴としては腰に分厚い鉈を、肩に弓と矢筒をかけているところか。どうやら狩人のようだ。狩りで鍛えたのか、そこそこしっかりした体格をしている。まだ幼さが残っているが顔つきにも精悍さがある少年だった。


「いや、あのな小僧」


 一方、肩を掴まれた男は呆れ果てた眼差しを向けた。年齢は三十代前半ぐらいか。頬を覆う顎髭と筋肉質な体格。虎の毛皮で両肩を覆う服を着た大男である。


「お前、小型魔獣って言っただろ。だから引き受けたんだ。けどよ。いくら小型でも相手が《蜂鬼ホウキ》なら話は別だぞ」

「何が別なんだよ! あいつら数は多いけど人間サイズだぞ!」


 と、少年は言い寄る。
 対し顎髭の男は、強く少年の腕を払った。


「お前、本当に何も知らねえんだな。おい。マスター」


 言って視線をカウンターにいる壮年の男に向ける。
 この傭兵ギルドを仕切るマスターだ。


「こいつをどうにかしてくれよ」

「……そうだな」マスターは嘆息した。「お客さんよ」

「な、何だよ」


 傭兵達と負けず劣らず厳つい風貌のマスターに少年は尻込みする。
 一方、マスターは出来るだけにこやかな表情を作りつつ、


「今回ばかりはそいつの言うことも尤もだ。《蜂鬼ホウキ》ってのは討伐難易度で言やあAランクになるんだよ。固有種に次ぐ危険な魔獣だ。気軽には引き受けられねえよ」

「まあ、そういうこったな」


 顎髭の男は肩を竦めた。それから自分の仲間に目をやった。
 男自身も合わせると全員で十人。恐らくは男の仲間――と言うよりも彼らは傭兵団なのだろう。全員が男同様の虎の毛皮を肩にかけた服で統一している。
 顎髭の男はそんな仲間達の中にいる唯一の女性に目をやると、ニタニタと笑い、


「見ての通り俺ら《猛虎団》には女もいっからな。万が一を考えると《蜂鬼ホウキ》の相手なんぞ出来ねえよ」

「……こんな時だけ女扱いするんじゃないよ」


 と言い返すのは指摘された当の女性だった。
 年の頃は二十代前半ぐらいか。やや筋肉質な体格に加え、高身長。凜々しいという言葉よりも雄々しいという表現の方が似合う典型的な女傭兵だ。
 顔立ちもスタイルも悪くはなく、充分美人と呼ばれるだけの容姿なのだが髪が極端に短いため、つい男性と勘違いしてしまいそうな装いだった。


「おいおい、なに言ってんだよ。ジェーン」


 すると顎髭の男は目を丸くした。


「俺だけはお前を女扱いしてるじゃねえか。そりゃあ娼館にもよく行くが、それでも一週間に一度は可愛がってやってるだろ?」

「……娼館に通うのならそれで充分じゃないか。わざわざあたしに構うな」


 と、彼女は吐き捨てる。すると顎髭の男は肩を竦めて。


「ガハハッ! そんだけお前は特別なんだよ。何せ俺の《勲章》だしな! けど、娼館通いもやめれねえぞ。だって凄いんだぞお前! いろんな女が選り取り見取りだ! 娼館ってのは大人のためのワクワク弁当箱みてなもんなんだよ!」


 と、持論(?)を清々しいぐらい堂々と言い放った。
 野郎だらけの仲間達からは「「「おお~」」」と感嘆の声が上がるが、女傭兵はもはや何も言わず額に手を当てて頭を振っていた。
 騒々しい連中にマスターはやれやれと溜息をついた後、


「なあ、お客さんよ」


 一人、立ち尽くす少年に声をかける。


「悪いことは言わねえ。ここは傭兵よりも騎士団に頼りな」


 少年は一瞬沈黙するが、


「……それなら村長がすでに頼んでいるらしいよ。けど、一週間経っても何の音沙汰もないんだ。騎士団って動くまでどれぐらいの時間がかかるんだ?」


 そう尋ねてきた。マスターは「そうさなぁ」とあごに手をやって考え込む。


「相手が《蜂鬼》なら間違いなく動くと思うが、相手が相手だしな。万全の準備を考えると早くて二週間半ってとこか」

「二週間半って……」少年は渋面を浮かべた。「奴らがいつ村を襲うのか分からない状況なんだ。それじゃあ遅すぎるよ」

「……む。確かにな」


 マスターも渋面を浮かべた。この提案は無意味だったか。
「すまん」と謝罪しようとしたマスターだったが、その前に少年が口を開いた。


「結局、俺は傭兵に頼るしかないんだ。おい、おっさん」


 そう言って、顎髭の男に視線を向けた。


「依頼はもういいよ。引き受けてくれそうな別の傭兵団を探すから、さっき渡した前金を返してくれ」


 少年は男が片手に持つ布袋に目をやりつつ、手を前に出した。
 しかし顎髭の男は、


「はあ?」


 大仰なまでに驚いたような表情を見せた。


「なに言ってんだよ小僧? 《蜂鬼》のことを話さなかったことは重大な契約違反に当たるんだぜ。依頼の難易度を正確に伝えなかったって奴だな。悪いがこの金は違約金としていただくことにするぜ」

「はあ!?」その発言に対し、今度は少年が驚愕の表情を見せた。「何だよそれ! 何が契約違反だ! 結局あんたは何もしてないじゃないか!」

「あのな、小僧」


 顎髭の男は面持ちを険しくして告げる。


「俺らは危うく《蜂鬼》とやり合うところだったんだぞ。これぐらいの違約金を要求しても当然なんだよ。なあ、マスターもそう思うだろ?」


 男はマスターにも声をかける。マスターは渋面を浮かべた。


「いや確かにそうだが、《猛虎》の。その坊主は《蜂鬼》のことは何も知らなかったんだ。幾ら何でもそりゃあヒデえぞ」

「なに言ってんだよマスター。俺らの仕事が命がけなのはよく知ってんだろ。だからこそ筋は通すべきじゃねえか」


「う、ぬう……」マスターは腕を組んで呻いた。
 少年を擁護してやりたいが《猛虎団》の団長の言い分も理解できる。早めに相手の正体が知れたから良かったものの下手をすれば最悪の状況に陥っていたかもしれない。団長としては退けないのだろう。
 それに対し青ざめるのは少年だ。


「ま、待ってくれよ! その金は本当に必要なんだよ!」


 このままでは貴重な金が奪われる。少年は顎髭の男に掴みかかった。


「ああ、うっとうしいな」


 団長は眉根を寄せてドンと少年を押した。
 狩りで鍛えていてもやはり一般人。少年はただそれだけで倒され、尻餅をついた。《猛虎団》の団長は「やれやれだぜ」と呟くと、仲間達に二カッと笑みを見せ、


「おい。臨時収入が入ったぞ。この金で飲み直そうぜ」


 と意気揚々に告げようとした時だった。


「それはお待ちなさい」


 不意に凜とした声がギルドに響いた。
 顎髭の男は振り向き、少しキョトンとした。何故なら声の主が場違いなメイドだったからだ。背負った巨大なサックがさらに異質感を醸し出している。
 ――このメイドは一体何者なのか。
 唐突に割って入った闖入者に少年も眉をひそめていた。


「あなた方のやり取りは一通り見させていただきました」


 メイド姿の女性は言う。


「確かに少年にも落ち度はあったでしょう。しかし、それはあくまで知らなかっただけのこと。悪意があった訳ではありません」


 言って、メイド姿の女性は少年に手を差し伸べて立ち上がらせた。
 少年の方は状況について行けずただ立ち尽くす。一方、メイド姿の女性は傭兵の男に対し、さらに語り始めた。


「あなたの言い分もよく分かります。ですが、いささか視野狭窄なのでは?」

「ああン? なに言ってんだ? シヤキョウサクって何だ?」


 眉をしかめる男。メイド姿の女性は深々と嘆息した。
 次いで顎髭の男の仲間に視線を送り、


「あなた方も同意見ですか? このまま少年から金銭を取り上げると?」


 いささかキツい口調で問い質す。
 それに対し、女傭兵だけは渋面を浮かべたが、他の男達は気軽なもので、


「いや、貰えるってんなら貰うけど?」「そうだよな」


 と、顔を見合わせて話していた。
 メイド姿の女性はしばし沈黙していたが、ややあって――。


「いいでしょう。ならばあえて申し上げましょう。あなた方は」


 一拍おいて通りすがりの彼女は、はっきりと言った。


「阿呆であると」
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