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第9部

第四章 その男、浪漫を語る①

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 クライン工房の作業場。
 不意に増えた来客に対し、二階の茶の間では入りきらないため、作業場にパイプ椅子を増やして全員が作業机を囲うように座っていた。
 ただ一人、オルタナを肩に乗せたルカだけは席につかず「カ、カッコいいです!」とランドの頭を撫でていたが、全員が微妙な表情で沈黙している。

 と、そんな中、


「おおお……」


 シンとした作業場に、強い感嘆の声が上がった。
 アリシアとサーシャを前にしたゴドーの声だ。
 対する彼女達の方は明らかに困惑している。完全にゴドーとは初対面だったからだ。
 アリシアとサーシャは互いの顔を見合わせてから、


「あ、あの、ゴドーさん」


 アリシアがおずおずと尋ねる。


「あなたは本当に父の友人なのでしょうか?」


 身も蓋もない問いかけだが、どうしても父――ガハルドの友人には見えないのだ。
 すると、ゴドーは「ふはははっ!」と豪快に笑い、


「うむ! 俺は間違いなくガハルドとアランの友だぞ! まあ二十五年以上会う機会はなかったが、俺達は騎士学校時代の同級生でな。まったくもって懐かしいな」


 そこでふっと口角を崩した。


「が、それにしても安心したぞ。二人ともガハルドにもアランにも全く似ていない。アリシアちゃんはシノーラちゃんに似て本当に良かったな!」

「は、はぁ。確かに私は母に似ているとよく言われますが……」


 気のない返事をするアリシア。一方、ゴドーはサーシャの方を見やり、


「サーシャちゃんのご母堂殿とは面識はないが……ふむ。その銀色の髪からしてご母堂殿は《星神》ということか。《星神》と言えば美男美女ばかり。ふふっ、アランの奴め。とんでもないレベルの美人を嫁にしたではないか。すでに亡くなっているとガハルドから聞いているが、一度もお会いできなかったことは残念で仕方がないな」

「は、はぁ……」


 サーシャもアリシア同様に気のない声を返した。彼女もまた、ゴドーが父――アランの友人であるということがピンと来なかった。


「俺のことは後で父親達に聞くといいぞ。嘘ではないからな」

「え、ええ。後で父に聞いてみます。けど、ゴドーさんはどうしてクライン工房へ?」


 と、アリシアが尋ねる。
 こうも堂々と宣言している以上、少なくとも父の知り合いであることは間違いなさそうだが、そんな人物が何故いきなりクライン工房にいるのか分からなかった。
 するとゴドーは「うむ」と頷くと、仏頂面で作業机に肘をつくアッシュを一瞥し、


「本来ならば、俺はこの男を見極めにきたのだが、流石に当人達の目の前では語りにくいだろう。それはまた次の機会にしよう。それよりも!」


 そこで破顔してアリシアとサーシャに語りかける。


「その格好からして二人は騎士学校の候補生か。どうだね? 学校は楽しいか? ゴドーのおじさまに教えてくれ!」

「「は、はあ……」」


 声を揃えて覇気のない返事をするアリシアとサーシャ。
 続けて、瞳を輝かせて返答を待つゴドーから思わず目を逸らし、二人してアッシュの方に視線を送った。どうしよう。助けての合図だ。
 しかし、いつもならすぐに助け船を出すアッシュも今回ばかりは躊躇っていた。と言うより出せる『船』がないのだ。アッシュは隣に座るオトハとユーリィに目をやるが二人ともブンブンとかぶりを振るだけだった。

 と、その時、意外な人物が声を上げた。


「なあなあ、ゴドーのおじさま」


 今まで傍観していたエドワードだった。


「む? 何だ小僧?」


 視線こそエドワードに向けたが、アリシア達に対するのと違ってゴドーの声は恐ろしく冷たかった。まるで害虫にでも声をかけたような様子だ。


「俺に何か用か? だが、その前に男が俺を『おじさま』などと呼ぶな。気色悪い。もし呼ぶのなら『ゴドーさん』と呼べ。俺を『おじさま』と親しげに呼んでいいのはアリシアちゃんとサーシャちゃんだけだ」


 と言い放つが、エドワードは気にせず言葉を続けた。


「じゃあ『ゴドーさん』で。そんでゴドーさん。エイシス達の話を聞きたいのも分かるけどよ、そもそもあんたは何をしている人なんだ? エイシス団長の知り合いって言っても騎士とかじゃないだろ?」

「ん? 俺の職業を聞いているのか?」


 カウボーイハットに登山服。ゴドーの姿はどう見ても一般人には見えない。むしろ一般人なのに普段からこんな格好をしていたらそれはそれで問題だ。


「はい。どんなご職業に就かれているのですか?」


 と、ロックも少し丁寧に尋ねた。


「うむ。そうだな」ゴドーは顎髭をさすって答える。「俺は神学者をしている」

「……へ? 神学者?」


 エドワードがキョトンとした声を上げた。
 声こそ上げなかったが、唖然としているのは他のメンバーも同じだ。
 ――神学者。こんな割に合わない職業に就いている人間と初めて出会ったからだ。
 するとそんな視線には慣れたモノなのか、ゴドーは肩を竦めて。


「とは言え、神学者だけでは食っていくのが厳しいのも事実だ。妻の資産に頼り続けるのも情けない。なので手があまり取られない副業もしている」

「あっ、なるほど」ロックがポンと手を打った。「その資金で神学の研究を?」

「まあ、そういうことだ」


 ロックの問いかけにゴドーは腕を組んで首肯した。
 それに対し、サーシャが「あの……」と尋ねる。


「どうしてそこまでして神学を?」

「うむ。そうだな。表現するのは難しいな」


 相手がサーシャなのでゴドーは優しい眼差しを向けた。


「あえて言うのなら誰も知らないからだ」

「誰も知らない?」


 今度はアリシアが首を傾げて反芻する。
 ゴドーはゆっくりと首肯した。


「神話における《夜の女神》とは何者なのか。《悪竜》とはいかなる存在なのか。七つの《極星》とは? そして裏切りの聖者・《黒陽》はどうして女神を裏切ったのか。誰も知らない真実を俺は知りたいのだ」


 多くの神学者が神話について研究をしていた。
 しかし、神話の痕跡は少なく、推測の域を出ない説が多いのが実情だった。
 そんな中、ゴドーは拳を固めて意気を語る。


「俺は知りたい。この世界の成り立ちを。誰も知らない真実が欲しい。――そう! 俺は未解の知を征く! 神学とは浪漫そのものなのだ!」

「「「おお~」」」


 と、エドワードとロック、そして意外にもユーリィが感嘆した。一方でサーシャとアリシアは微妙な顔。年長者であるアッシュとオトハは苦笑いを浮かべていたが。
 ちなみにルカだけは相変わらずランドと遊んでいた。黒犬のピンと尖った両耳を掴んで「シュッとしています」と微笑んでいる。


「まあ、それでだな」


 ゴドーはそこで肩を竦めた。


「十数年かけて四大陸の様々な遺跡を巡った結果、俺は遂に『鍵』を見つけてな。それが本物なのかを確かめるため、俺はこの地に戻ってきたのだ」

「『鍵』ですか? それって――あっ」


 と、尋ねかけたサーシャだったが、不意に気付いた。


「もしかしてあの遺跡ですか?」

「おおっ! サーシャちゃんは博識だな!」


 娘同然の少女の聡明さにゴドーは嬉しそうに破顔する。
 そして彼はこの地に戻ってきた理由を告げる。


「そうだ。俺は確認をしに戻って来たのだ。グラム島にある唯一の遺跡。シルクディス遺跡に訪れるためにな」
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