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第9部

第二章 友、遠方より来たる③

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 ざわざわ、と。
 喧噪が立つ大通りの歩道を五人の騎士候補生達は歩いていた。
 サーシャ、アリシア、ルカ。そしてロックとエドワードの五人だ。
 いや、正確には三人と二人と言うべきか。
 ルカと親睦を深めるため、ロックとエドワードが彼女と並んで歩き、そこから少し離れた位置でサーシャとアリシアが追うという図式だった。


「う~ん」


 サーシャはヘルムを持っていない手を顎に当てて呻いた。
 クライン工房へ行くための、乗合馬車の停留場までの道。
 学校からの道程も含めるとすでに十分近く歩いているのだが、前を歩く三人はまだぎこちない。緊張しているロックとエドワードが主な原因だと思うが、ルカの方も異性に慣れていないことが分かる。


「ルカ達ってなかなか打ち解けないね」

「……そうね」


 隣を歩くアリシアが覇気のない声で同意する。


「ハルト達はまあ、仕方がないでしょうけど、ルカの方も問題よね。アッシュさん相手だとまるで子犬のように懐いてるのに他の人の前じゃあまるでダメね」


 と、素直な感想を零す。
 その評価は的確なので、サーシャも困ったような表情を浮かべた。


「ねえ、サーシャ」


 アリシアは歩きながらサーシャに見やり尋ねる。


「ルカのことどう思う? やっぱりあの子もアッシュさんのこと……」


 最後の方は言葉を詰まらせる。口に出して確認するには怖いからだ。
 しかし、いつまでも現実を見ない訳にもいかない。
 一拍空けて、アリシアは遂にその重い台詞を吐き出した。


「どう見ても本気よね。あの子、本気でアッシュさんのことが好きで、多分だけど将来的には結ばれることまで望んでいる気がするわ」

「…………」


 サーシャは何も答えない。沈黙だけが続いた。
 そして銀色の髪の少女は視線をアリシアからルカの後ろ姿に移し、


「……うん。やっぱりアリシアもそう思うよね」


 認めたくはないが、恐らくそれは事実だろう。
 この一週間ほどのアッシュに対するルカの行動を見ていれば当然至る結論だ。
 結局、あれほど議論していた対策はすべて無意味だったということだ。知らぬ間に事件が起きて、問答する暇もなく恋敵が増えていたのである。
 しかも、その新たなる恋敵は、彼女達の可愛い妹分ときたものだ。


「はあ、なんかどんどん増えていくわね」

「……うん」


 愚痴をこぼすアリシアにも、返答するサーシャの声にも覇気はない。


「け、けど……」


 が、サーシャはすぐに顔を上げて前向きになれる言葉を発した。


「ルカは王女さまなんだよ。流石に結婚とかはないと思うよ。皇国ではともかく、この国では先生は普通の職人だし」


 グッと拳を掲げて自分の推測を語る。
 しかし、アリシアはその意見には同意しなかった。


「その考えは甘いわよサーシャ。まだ可能性の話なんだけど……今度、ルカの弟か妹が生まれてくるでしょう? もし今度生まれてくる子が男の子なら、王位継承権はきっとその子の方が上になるわ。そうなってくると……」


 そこでアリシアは肩を落として溜息をついた。


「もしもアッシュさんが男爵位でも取れば降嫁の可能性だってあり得るわよ。うちの王族って結構おおらかだし、前例がまったくない訳じゃないのよ」

「そ、そんなぁ……」


 サーシャが泣き出しそうな顔をしてアリシアを見つめた。


「もう認めるしかないわ。あの子もまた私達のライバルなのだと」


 恐らく立場による有利不利はない。
 ルカもまた、アッシュの嫁になる可能性を持つ女の子なのだ。


「だけど……はぁ」


 アリシアは歩きながら指を順繰りに折っていく。


「私にサーシャ。ユーリィちゃんにオトハさん。ルカにミランシャさんもか。これですでに六人だけど、まだ知らない人がいそうよね」

「う、うん」サーシャもまた指を折って、こくんと頷く。「先生は昔、傭兵をしていたって話だし、その時助けた女の子とかいそう……」

「ユーリィちゃんとの出会いもある意味そのパターンらしいからね。今さらだとは思うけどやっぱり戦況は厳しいわ」


 ジィと指を折った自分の拳を見据えてアリシアは呟く。
 それから数瞬後、同じように拳を凝視していたサーシャを見やり、


「ねえ、サーシャ」

「え? な、なにかな? アリシア」


 不意に名前を呼ばれてサーシャはキョトンとした。
 そんな親友兼恋敵にアリシアは告げる。


「来週末に五日間の連休があるじゃない」

「あっ、そうだね」


 週末の二日間の休みの前後に祝日が複数重なる連休だ。学校では休みの間、何をして過ごすか色々と話題になっていた。


「それがどうかしたの?」


 サーシャがそう問うと、


「このままだと色々まずいと思うの」


 アリシアは深刻な表情でそう答えた。


「今回みたいに恋敵がどんどん増えてくのもまずいし、私達自身、最近、他の恋敵に押され気味のような気がするわ。だから」


 アリシアは結構離され始めたルカの背中に目をやった。


「一度、ミーティングの場を設けましょう。ミランシャさんは無理だけど、私達五人で集まって腹を割って話し合うの。夜通しで本気の想いをね」


 と、何やら男前な台詞を言い放つ。


「は、話し合うの?」


 サーシャは唖然とした表情で反芻する。アリシアは「うん、そうよ」と返した。


「以前、対オトハさん用に私とサーシャとユーリィちゃんで同盟を結んだけど、最近は状況が変わってきたわ。オトハさんまで普通に頭を撫で始められてるし、このままだと誰も進展しないような気がするの」

「そ、それは確かに」


 思わず同意するサーシャ。その意見には大いに同感だった。
 最近のアッシュは女性陣を揃って子供扱いする傾向にあった。
 愛娘であるユーリィや、まだ精神的に幼いルカはともかく、年齢がほぼ変わらない、しかも超一流の傭兵であるオトハまで子供扱いするのだ。
 ユーリの推測では、それはむしろ『女性』として認識しているが故の行為らしいが、アリシア達にとっては不満の一つであった。
 アリシアはさらに言葉を続ける。


「ルカへの『先礼』もしときたいし、それに今回みたく新たに恋敵が増えるケースに対する対処方法も考えないと。他の人の意見も聞きたいわ。そう! 私は――」


 そしてアリシアはグッと拳を眼前に掲げて宣言した!


「サミットを開きたいのよ!」

「サ、サミット……?」


 親友の発想にサーシャは愕然とした。
 が、アリシアは自分の考えにご満悦のようで、うんうんと頷き、


「アッシュさんがいる場所はまずいから、出来れば私の家かサーシャの家がいいわね。連休中にお泊まり会と評して集まるの。そこがサミットの舞台よ」

「――そ、そっか。そこが舞台なんだね!」


 具体的な場所を挙げられて、呆気に取られていたサーシャも乗り気になってくる。
 サミットという名前こそ大仰だが、女子だけのお泊まり会自体は楽しそうだし、アッシュに対する他のメンバーの本心は大いに興味のあるところだ。
 サーシャもグッと胸の前で両の拳を掲げた。


「そうだね! サミットか!」

「ええ、そうよ! 一度みんなで話をしないと!」


 と、決意を固める少女達だった。
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