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第8部
第五章 母は語る③
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コンコンと、不意にドアがノックされる。
それは、さほど大きくはないノック音。
だが、そんな些細な音でもガダル=ベスニアは、まどろみから目覚めた。
すっと上半身を起こす。そこは彼の寝室。
ベッドの隣には八歳年下である彼の妻――第三夫人が熟睡していた。
実は半ば忘れかけられている事実なのだが、アティス王国では職位持ちの貴族ならば多妻制が許されていた。昔、《大暴走》にて多くの貴族が亡くなった時期があり、深刻な後継者不足に陥ったことがあったのだ。その時代の名残として残っているのである。
ただ、現在に至っては、夫人が多くいるのは体裁が悪いということでほとんど形骸化しており、上級貴族でも使いたがらない権利だった。
しかしそんな世論の中、ガダルには四人もの妻がいた。
家族は多いほどいい。それが彼の信条だ。幼い日に父を《大暴走》で失い、母もまたその数年後に失っているガダルは家族愛に餓えていた。
「……ふふ」
ガダルは三人目の妻の長い髪を一房撫でる。
彼女は三年ほど前に市街区で見かけて口説き落とした男爵家出身の女性だった。
その後、ガダルの子供を二人も産んでくれた女性でもある。あの可愛い息子達に会わせてくれたことは心から感謝しているし、他の上級貴族出身である妻達同様に、彼女のことは深く愛していた。
ガダルは改めて思う。
彼の四人の妻達。そして七人の子供達の平和な未来を維持するためにも、今回の一件は何としてもやり遂げなければならない、と。
と、その時、再度コンコンとドアが鳴った。
ガダルは愛しい妻を起こさないようにベッドの上から慎重に降りると、裸の身の上にゆったりとしたローブを纏う。
「今開ける」
そう告げて、ドアに向かった。
そしてガチャリ、とドアノブを回す。
「……ご就寝中、失礼いたします」
そこにいたのはベスニア家の執事長だった。
初老を少し過ぎた年代の彼は、当主に深々と頭を下げる。
「先程、ガロンワーズさまの使者殿からご連絡がありました」
「……ほう」
ガダルは目を細めた。
「それでどんな用件だ?」
「はい。それは――」
と切り出して、老執事は報告する。
ガダルは腕を組んで瞳を閉じ、話に耳を傾けた。
そうして数十秒後。
「それは、中々好都合な状況だな」
ガダルは皮肉気な笑みを浮かべた。
「流石は『平和の国』のお姫さま。夜中に息抜きとは呑気でよいことだ」
と、わずかに肩をすくめて呟くが、
「ところで」
すぐに真顔になって老執事に目をやった。
「このことはロッセン殿には?」
「使者殿のお話では、すでに別の者がご伝達に行かれたと」
「ふふ、流石はガロンワーズ家だな。抜かりがない。ふむ、では……」
ガダルはあごに手をやり尋ねる。
「王女の護衛の方はどうなりそうだ? 流石に一人娘を夜の街に一人でうろつかせる母親はいないだろう」
その問いかけに老執事は即答する。
「はっ、恐らくは状況からして元第三騎士団の女性騎士が二、三名ほど密かに護衛につくのではと考えておられるようです」
「なるほど。王妃さま子飼いの女中騎士と奴だな」
ガダルは口角を少しだけ上げて苦笑を浮かべた。
「はい。王妃さまはエイシス侯爵家と懇意にあります。第三騎士団の中でも特に優秀な女性騎士の数名が王妃さま直属のメイドになっているのは公然の事実。ガロンワーズさまのご推測はかなり確かなものかと」
と、老執事は補足する。
ガダルは再び腕を組み、ふんと鼻で笑った。
「やれやれ。王妃さまも一人娘に甘くて困ったものだ。まあ、陛下が見初めた女性だけあって聡明ではあるようだが、やはり市井の出。今の大勢までは読めんか」
だが、この状況はガダル達にとって好都合だった。
正直、現状には進展がなく、打開する策を練っていた所だったのだ。
そこに王女の単独行動。
実によい展開だ。上手く行けばガダル達は最高の手札を手に入れる事が出来る。
「……ガロンワーズさまもこれは好機だと仰っておられるそうです」
と、老執事は恭しく頭を垂れて告げる。
ガダルは神妙な顔つきで瞳を閉じた。
そして十数秒後、瞼をゆっくりと上げた。
「よし」ガダルは老執事に告げる。「私も覚悟を決めたぞ。ガロンワーズ家にはそう連絡しておいてくれ」
「はっ、承知いたしました」
老執事は了承の意を返すと「それでは失礼いたします」と言って廊下の奥へ立ち去って行った。早速行動に移行したのだろう。
ガダルは無言のまま老執事の背中を見据えていた。
が、それも数秒間だけのことで執事が廊下の角を曲がり、姿が完全に見えなくなった所で部屋の中に戻る。
そしてドアをゆっくりと閉め、暗闇に包まれた部屋の中でガダルは呟く。
「……ふふ。いよいよだな」
この国の運命が遂に動き出す。
ガダルはそう確信し、不敵な笑みを浮かべた。
それは、さほど大きくはないノック音。
だが、そんな些細な音でもガダル=ベスニアは、まどろみから目覚めた。
すっと上半身を起こす。そこは彼の寝室。
ベッドの隣には八歳年下である彼の妻――第三夫人が熟睡していた。
実は半ば忘れかけられている事実なのだが、アティス王国では職位持ちの貴族ならば多妻制が許されていた。昔、《大暴走》にて多くの貴族が亡くなった時期があり、深刻な後継者不足に陥ったことがあったのだ。その時代の名残として残っているのである。
ただ、現在に至っては、夫人が多くいるのは体裁が悪いということでほとんど形骸化しており、上級貴族でも使いたがらない権利だった。
しかしそんな世論の中、ガダルには四人もの妻がいた。
家族は多いほどいい。それが彼の信条だ。幼い日に父を《大暴走》で失い、母もまたその数年後に失っているガダルは家族愛に餓えていた。
「……ふふ」
ガダルは三人目の妻の長い髪を一房撫でる。
彼女は三年ほど前に市街区で見かけて口説き落とした男爵家出身の女性だった。
その後、ガダルの子供を二人も産んでくれた女性でもある。あの可愛い息子達に会わせてくれたことは心から感謝しているし、他の上級貴族出身である妻達同様に、彼女のことは深く愛していた。
ガダルは改めて思う。
彼の四人の妻達。そして七人の子供達の平和な未来を維持するためにも、今回の一件は何としてもやり遂げなければならない、と。
と、その時、再度コンコンとドアが鳴った。
ガダルは愛しい妻を起こさないようにベッドの上から慎重に降りると、裸の身の上にゆったりとしたローブを纏う。
「今開ける」
そう告げて、ドアに向かった。
そしてガチャリ、とドアノブを回す。
「……ご就寝中、失礼いたします」
そこにいたのはベスニア家の執事長だった。
初老を少し過ぎた年代の彼は、当主に深々と頭を下げる。
「先程、ガロンワーズさまの使者殿からご連絡がありました」
「……ほう」
ガダルは目を細めた。
「それでどんな用件だ?」
「はい。それは――」
と切り出して、老執事は報告する。
ガダルは腕を組んで瞳を閉じ、話に耳を傾けた。
そうして数十秒後。
「それは、中々好都合な状況だな」
ガダルは皮肉気な笑みを浮かべた。
「流石は『平和の国』のお姫さま。夜中に息抜きとは呑気でよいことだ」
と、わずかに肩をすくめて呟くが、
「ところで」
すぐに真顔になって老執事に目をやった。
「このことはロッセン殿には?」
「使者殿のお話では、すでに別の者がご伝達に行かれたと」
「ふふ、流石はガロンワーズ家だな。抜かりがない。ふむ、では……」
ガダルはあごに手をやり尋ねる。
「王女の護衛の方はどうなりそうだ? 流石に一人娘を夜の街に一人でうろつかせる母親はいないだろう」
その問いかけに老執事は即答する。
「はっ、恐らくは状況からして元第三騎士団の女性騎士が二、三名ほど密かに護衛につくのではと考えておられるようです」
「なるほど。王妃さま子飼いの女中騎士と奴だな」
ガダルは口角を少しだけ上げて苦笑を浮かべた。
「はい。王妃さまはエイシス侯爵家と懇意にあります。第三騎士団の中でも特に優秀な女性騎士の数名が王妃さま直属のメイドになっているのは公然の事実。ガロンワーズさまのご推測はかなり確かなものかと」
と、老執事は補足する。
ガダルは再び腕を組み、ふんと鼻で笑った。
「やれやれ。王妃さまも一人娘に甘くて困ったものだ。まあ、陛下が見初めた女性だけあって聡明ではあるようだが、やはり市井の出。今の大勢までは読めんか」
だが、この状況はガダル達にとって好都合だった。
正直、現状には進展がなく、打開する策を練っていた所だったのだ。
そこに王女の単独行動。
実によい展開だ。上手く行けばガダル達は最高の手札を手に入れる事が出来る。
「……ガロンワーズさまもこれは好機だと仰っておられるそうです」
と、老執事は恭しく頭を垂れて告げる。
ガダルは神妙な顔つきで瞳を閉じた。
そして十数秒後、瞼をゆっくりと上げた。
「よし」ガダルは老執事に告げる。「私も覚悟を決めたぞ。ガロンワーズ家にはそう連絡しておいてくれ」
「はっ、承知いたしました」
老執事は了承の意を返すと「それでは失礼いたします」と言って廊下の奥へ立ち去って行った。早速行動に移行したのだろう。
ガダルは無言のまま老執事の背中を見据えていた。
が、それも数秒間だけのことで執事が廊下の角を曲がり、姿が完全に見えなくなった所で部屋の中に戻る。
そしてドアをゆっくりと閉め、暗闇に包まれた部屋の中でガダルは呟く。
「……ふふ。いよいよだな」
この国の運命が遂に動き出す。
ガダルはそう確信し、不敵な笑みを浮かべた。
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