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第6部

第五章 深く静かに②

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 パカパカ、と。
 王城区の白い街並みを、一頭の馬がゆっくりと進んでいた。
 アッシュとユーリィを乗せた『ララザDX』である。
 ここら辺の区間は高級住宅街。
 すでにお祭りムードの市街区とは違い、人通りも少なく閑静な趣だった。
 二人はそのまま愛馬を進ませて、およそ十分後。
 目的の屋敷の前に到着した。
 高い塀に覆われた大きな屋敷。サーシャの実家であるフラム邸だ。
 格子状の門扉に前には二人の男性騎士が佇んでいる。
 第三騎士団所属の騎士達。屋敷の警護を担うガハルドの部下達だった。


「これは師匠。よくおいで下さいました」


 騎士の一人が敬礼をしてそう告げる。
 相方の騎士も「ようこそ師匠」と言ってそれに倣った。
 対するアッシュは苦笑を浮かべて、


「いやいや、あんたらって多分俺と初対面だよな? その『師匠』ってのは第三騎士団の中で浸透してんのか?」


 そう尋ねる。
 すると、騎士達は一瞬互いの顔を見合わせ「そうですよ」と答えて来た。
 アッシュの顔が少し引きつり、ユーリィはクスリと笑った。
 アッシュのあだ名である『師匠』。その正式名称は『流れ星師匠』と言う。
 それは、色々あって『流れ星メット』という二つ名を持つようになったサーシャの師であることから付いた名前だ。それが、いつしか知り合いの大半に『師匠』と呼ばれるようになったのである。
 その浸透率はもはや留まることを知らないようだ。


「……はあ、まぁいいか。それよりサーシャはいんのか?」


 と、馬上からアッシュは騎士の一人に問う。
 その騎士は「はい」と頷き、


「今日はタチバナ殿と一緒に裏庭で稽古を。右方向に行けば会えるはずです」


 そう言って、門扉を開けてくれた。
 アッシュは軽く感謝の言葉を述べ、愛馬を進ませた。


「……いつも見ても綺麗なお屋敷」

「ああ、確かにな」


 荘厳な屋敷を遠目に、綺麗に整えられた庭園を進む二人。
 ユーリィはすでにショックから立ち直っていた。
 どさくさに紛れて幼い子供のように甘えまくり、充分すぎるほどアッシュ成分を補給した彼女は普段よりも元気が良いぐらいだった。
 そして心に余裕が出来ると、やはり友達のことが心配になって来る。
 だからこそ、ユーリィはアッシュに頼んでサーシャの様子を見に来たのである。


「稽古をしてるということは、メットさんは元気みたいで安心した」

「……まあ、そうだな」


 そう返しながらアッシュは周囲を見渡した。
 庭園には何人かの騎士の姿が見える。サーシャの護衛の騎士達だ。
 この陣営に加え、サーシャの傍にはオトハもいる。まさに万全の警備だった。


(少なくともこの警護につけ込む隙なんてねえな)


 アッシュにとってサーシャは愛弟子。彼女の身に危険が迫るともなれば、ただでさえ身内に甘い彼が心配するのは当然のことだった。
 従って、この警備の厳重さは、アッシュを少しだけ安心させてくれた。
 と、そうこうしている内に大きな庭に辿り着いた。
 庭園とは違い、明らかに訓練用に整地された場所だ。恐らく鎧機兵の訓練も想定しているのだろう。その景観は、騎士学校のグラウンドと思わせる広場だった。

 そして今その場所には、二人の人物が剣戟を繰り返していた。
 一人はヘルムまでかぶった制服のままのサーシャ。
 もう一人はいつものレザースーツの上に、赤いサーコートを纏ったオトハだ。
 二人はカンカンッと木剣で打ち合っている。
 彼女達の周囲では、二人ほどの女性騎士も警護兼見学をしており、アッシュ達の姿に気付いた騎士達は軽く礼をしてきた。
 アッシュとユーリィも軽く頭を垂れ、


「へえ。メットさん。中々やるじゃねえか」


 サーシャとオトハの稽古に目をやり、アッシュは少し感心する。
 鎧機兵の操作は若干不器用なサーシャだが、対人戦は相当なものだった。
 流石にオトハには及ばないが、かなり際どい一撃も時々放つ。
 アッシュは愛馬から降り、ユーリィもそっと降ろした。
 それから手綱を近くの木に括りつけ、アッシュ達は広場に向かった。
 すると丁度、訓練が終わったようだ。オトハが「ここまでだ」と告げて構えを解く。サーシャも構えを解き、「ありがとうございました」と告げた。


「よう。お疲れさん。精が出んな。二人とも」

「メットさん。オトハさん。こんにちは」


 アッシュとユーリィは、そう挨拶してオトハ達の元へ行く。


「ああ、クラインとエマリアか」

「あっ、先生。ユーリィちゃん。こんにちは」


 アッシュ達に気付いたオトハとサーシャが、挨拶を返してくる。
 同時にサーシャは両手でヘルムを外した。すると彼女だけが持つ美しい銀髪が緩やかに揺れる。この髪は《星神》のハーフたる証だ。
 そして、アンディ=ジラールと因縁を作る切っ掛けになった髪でもある。
 アッシュは一瞬その髪に目をやりつつ……。


「ははっ、メットさん。意外と元気そうだな」

「はい。あんな奴に気を張り続けるのも馬鹿みたいですし」


 そう言って、はにかむように笑うサーシャ。
 その笑顔に特に気負ったような雰囲気はないが……。


(……けど、やっぱ本調子とは言えねえか)


 アッシュは、ちらりとユーリィの方に目配せした。
 空色の髪の少女はこくんと頷き、サーシャに近付いた。


「メットさん」

「ん? なに? どうかしたのユーリィちゃん?」


 キョトンとした顔でそう尋ねるサーシャに対し、ユーリィは両手を向けて、


「ヘルムを貸して。代わりにアッシュを貸してあげるから」


 そんなことを言ってくる。
 サーシャはますますキョトンとした。
 そんな少女達のやり取りに、アッシュは苦笑いをして、


「こらこら。人を物みてえに言うなよ」


 コツンとユーリィの頭を叩く。
 それからサーシャの方へ目をやり、


「メットさん。俺は普段この屋敷にはほとんど来ねえからな。綺麗な庭だし、もしも時間があんのなら少し案内してくれねえか?」


 そう尋ねる。サーシャは少し瞳を見開いてアッシュを見つめた。


「え? そ、それなら、ユーリィちゃんも一緒に……」

「ううん。私はいい」


 ユーリィはかぶりを振って告げる。


「私はたまに遊びに来てるから、このお屋敷のことは大体知ってる」


 そして腕を組んで佇むオトハの方を一瞥し、


「ここでオトハさんとお話でもしている」


 と、いきなり名前を出されたオトハだったが、すでにアッシュとユーリィの意図を察しており、慌てることもなく話を合わせてきた。


「まあ、そうだな。私とエマリアはここで待っていよう。周辺には騎士達もいるし、何よりクラインがいる。護衛は一旦お前に任せるぞ」

「ああ、任せてくれ」


 と、応えるアッシュ。
 そして少し困惑しているサーシャに見つめて改めて尋ねる。


「メットさん。どうだ? 案内してくれねえか?」

「あっ、は、はい。分かりました。じゃあこちらへ」


 サーシャはまだ少しだけ動揺していたが、とりあえずアッシュを案内し始めた。
 その際、手をふさぐヘルムはユーリィに渡している。
 そうしてアッシュとサーシャは、並んで庭園の方へ歩いて行った。その様子を残されたユーリィとオトハの二人は、じいっと静かに見送っていたが、


「……ふむ。わざわざクラインと二人っきりにしてやるとはな。お前とは思えないほど寛大な対応だな。エマリア」


 そう言って、オトハの方が苦笑を浮かべた。
 ユーリィは基本的に、アッシュに近付く女性には苛烈だった。
 いかに相手が精神的に落ち込んでいようとも、アッシュと恋敵を二人きりになることを勧めるなど、皇国時代のユーリィからは考えられない寛容さだ。
 すると、ユーリィはオトハを見つめて答える。


「今回は特別。メットさん平然としているけど内心ではかなり無理して強がっている。流石に放っておけない。それに――」


 そこで彼女はムフーと息をこぼした。


「今の私はかなり余裕。昨日は存分にアッシュに甘えたから」

「……ほほう。それは詳しく聞きたいな」


 ぐわし、と。
 ユーリィはオトハに頭を鷲掴みにされた。


「あ、あう」


 自分の失言に気付いたユーリィは、どんどん顔色を青ざめさせていく。
 これは少々まずいかもしれない。


「べ、別に……」


 ユーリィは恐る恐るオトハに対して告げた。


「一緒に寝るとか一緒にお風呂までは要求してない。いつもの抱っこだけ」

「当たり前だ! と言うよりお前のその悪癖は何とかならんのか! 羨ましい――じゃなくて十四歳にもなって情けない!」


 はあっと溜息をつくオトハ。
 アッシュの愛娘への甘さは相変わらずだった。


「くそ、私なんて長い付き合いなのに一度もギュッとされたことがないんだぞ」


 と、思わずそんな愚痴をこぼすオトハに、ユーリィはムッとした表情を見せた。


「何を言っているの。ラッセルの一件を忘れている」

「い、いや、あれは……」


 一瞬、その時のことを思い出し赤くなるオトハだったが、すぐに嘆息し、


「あの時、クラインの奴は完全に寝ぼけていたじゃないか。私を私として認識していなかったんだぞ。私の望むものとは少し違う」


 アッシュが誰かを抱きしめるのは基本的に相手を落ち着かせるためのものだ。
 オトハには、そこまで精神的に追い詰められた経験はあまりない。
 こういう時ばかりは、自分の強さが恨めしかった。


「多分、アッシュの『ギュッと』は『ナデナデ』と同じみたいに癖になってる。アリシアさんもメットさんも落ち込んだ時にされたことがあるし」


 と、ユーリィがダメ押しのような台詞を呟く。
 オトハは渋面を浮かべた。


「……むう、癖なのか。だが、それならたまには私にもしてくれたって……」

「それは無理。だってオトハさんはアッシュにとって保護対象と思われていないから。はっきり言ってしまうと『ギュッと』は年下限定」

「年下限定!? いや、一応私もクラインよりは年下なんだぞ!?」


 と、そんな風に。
 なんだかんで会話を楽しむ二人であった。
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