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第5部

第六章 終演の幕開け②

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 暗い暗い坑道内。
 片手に持つ携帯ランタンのみを頼りに、その二人の人物は進んでいた。
 二人ともそれぞれが馬に騎乗しているので、蹄の音が坑道内に鳴り響く。
 すると、二人の内、先頭を行く若い男が振り返った。


「大丈夫ですか? ボーガン殿」


 黄色い髪を持つ青年――一般人を自称するライザーだ。


「ああ、大丈夫だ。これでも乗馬は得意な方でね」


 と、答えるのは灰色のスーツを着た老紳士――ボーガンである。


「若い頃はよく友人と遠乗りしていたものだよ」


 ボーガンは苦笑じみた顔でそう告げる。


「ははっ、そうですか。ですが、お気を付け下さい。この坑道は裏道の一つですので、あまり足場がいいとは言えませんから」


 と、ライザーが馬の速度を落としつつ、真剣な表情で告げた。
 対するボーガンは「うむ」と答える。


「しかし、チェンバー君。本当にこの先に……?」

「はい。この奥には巨大な空洞があります。このまま進んでいけば、その空洞の上層部辺りに出ます。そこからならば一望できるでしょう」


 そう告げるライザーに、ボーガンは険しい表情を見せた。
 いざ現場に近付いてくると、否が上にも緊張が高まるものだ。
 それから二人は時折会話を交えつつ坑道を進んだ。
 暗い道に馬の足音が響き、十分、二十分と時間が経過していく。


「……ボーガン殿。どうやら見えて来たようです」


 すると、坑道の先から微かな光が差し込んできた。
 目的地である大空洞内で使用されているランプの光だ。


「……そうか。ようやく」


 ボーガンはすうっと目を細めつつ、馬を進ませた。
 そうして二人は坑道を出た。
 事前に聞いていた通り、そこは大空洞だった。ボーガン達は壁に沿って螺旋を描く道の上層部に出たようで、周囲には人気はない。
 だが、その代わり――。


「……あれがそうなのか」


 ボーガンは眼下にある光景に目をやった。
 そこには二十数人の作業者や、十機ほどの工事用鎧機兵の姿があった。
 彼らは黙々と土木作業をこなしている。盛んに大きな作業音が響いていた。


「……想像以上に大掛かりだな」


 大規模な作業を目の当たりにして、未来について案じているのか……。
 どこか険しい表情を浮かべるボーガンに、ライザーが不安を払拭するように告げる。


「お気持ちはお察しします。ですがご安心を。今回の件においてボーガン殿は我々の協力者です。上も最大限に配慮すると申しておりました」

「…………そうか」


 ライザーとしては気を回した言葉なのだがそれでもボーガンの心配は晴れない。
 ボーガンは沈黙したまま、遥か下の光景を目に焼き付ける。
 岩土を掘り、鉄骨で土台を作る。その範囲は広大だが作業は迅速で、恐らく一ヶ月もしない内に土台は完成するだろう。
 自分の罪が形になっていくような光景に、ボーガンはただ押し黙った。


「……ボーガン殿?」


 と物想いに耽るように沈黙するボーガンにライザーは眉根を寄せて声をかける。
 すると、ボーガンはかぶりを振った。


「……すまない。少々感傷に浸っていたようだ」


 そう告げて再び沈黙するボーガンに、ライザーは何も言わなかった。
 そして、静かな眼差しで馬に乗ったボーガンの横顔に目をやった。
 元々今回の計画はボーガンの方から持ちかけてきたものだ。
 ここに至って躊躇するような弱い人間には見えない。
 しかし、それでもこの光景を見て思うところがあるのだろう。


「……そうですか」


 ライザーは協力者であるボーガンの感情を配慮し、後ろに控えた。
 そして、二人はしばし眼下の光景を見つめ続けるのだった。



       ◆



「――かかか、中々の進捗具合じゃねえか」


 用意された椅子に座り、そう呟くのはガレック=オージスだった。
 そこは、鉱山街グランゾが所有する鉱山の一角。
 第三坑道の奥にある大空洞である。


「う~ん、精が出るねえ」


 ガレックは目の前の光景を見渡して、くつくつと笑った。
 そこにはせっせと土を運ぶ作業員や、岩土を砕く鎧機兵の姿がある。
 ボーガン商会が用意した人材であり、いずれも事情のある人間で金銭次第でいかなる仕事も引き受ける者達だった。


「土台が完成すんのはいつぐらいになりそうなんだ?」


 犯罪組織の大幹部といえど、建築業に精通してはいなかった。ガレックは後ろに立って控える黒服の男――この現場を総括する部下にそう尋ねる。


「このペースならば一ヶ月ほどになります」


 と、即答する部下。
 ガレックは「ふ~ん」とあごに手をやった。


「もう少し早くなんねえのか?」

「それについてはご安心を。現在この街の有力者達を抱き込んでいる最中です。それが完了すればもう噂などに頼らずに済みますから、作業日程も一気に進むでしょう」


 そう報告する部下に、ガレックはふと思い出した。


「……噂? ああ、そういえば……『暗人』だったか? かかっ、お前らも随分とユニークなことを考えるよなあ」


 ガレックは支部長ではあるが一から十まで部下に指示を出している訳ではない。
 むしろ現場においては部下の意見を尊重している人間だった。
 従って、計画の細かい部分は部下に一任しているのだが、その中でも面白い案だと思ったのが『暗人』だった。


「お前ら、ここを閉鎖するためにわざわざ獣の仮装をしたんだってな?」


 くつくつと笑うガレックに、思わず部下は苦笑を浮かべてしまう。


「仕方がありません。現時点ではあまり騒ぎも起こせませんし。何でしたら支部長も仮装をされますか? あちらの休憩小屋に置いてありますよ?」


 そう言って、作業場から少し離れた小屋を手で差す黒服。
 対し、ガレックは大仰に肩をすくめた。


「かかかっ、悪りい悪りい。それは勘弁してくれ」

「ふふっ、こちらこそ失礼しました。悪ふざけが過ぎました」


 部下は深々とガレックに頭を下げてから、


「……ところで支部長」


 と前置きし、真剣な顔つきで上司に尋ねる。


「今回、急に視察にいらっしゃったのには何か特別な理由が? 確か今回の滞在期間中は王都かラッセルにおられると通達されていましたので……」

「ん? いや、大した理由じゃねえんだが……」


 そう呟きつつ、ガレックは再び作業現場に目をやった。


「まあ、ここは言ってみりゃあ俺達の新しい城なんだぜ。同じ国にいんのなら、たとえ土台だけでも見たくなるってのが人情ってもんだろ?」

「……ああ、なるほど。そのお気持ちはよく分かります」


 と、部下も納得する。そして彼も作業現場を静かに見据えた。
 ――新しい城。それが現在土台に取りかかっている建造物の実態だった。
 すなわちガレック達は新しい《黒陽社》第2支部をここに造ろうとしているのだ。
 それこそが支部長たるガレックが自ら赴き、押し進めている計画だった。
 ガレックは目を細めて、独白のように部下へと告げる。


「ようやくここまで来たんだ。期待すんのも仕方がねえだろ」

「確かに。配慮が足りませんでした。申し訳ありません」


 言って、再び頭を下げる部下に、ガレックはぷらぷらと手を振って、


「かかかっ、気にすんな。しかしまぁこれで長年の雪辱も晴らせるってもんだな」

「……ええ、そうですね」


 後ろ手を組んで、どこか感慨深そうに同意する部下。
 ――長年、《黒陽社》はとある問題を抱えていた。
 それは、自社の工場を持っていないことだ。
 セラ大陸最大の犯罪組織であり、死の商人や人身売買やらと暗躍する《黒陽社》だが、実は兵器を量産する工場だけは有していない。
 何故ならば、兵器を量産する工場は、グレイシア皇国を筆頭に数多くの国から目の敵にされ、徹底的に狙われるからだ。今まで何度も工場を造ってはどうにか秘匿しようと苦労を重ねてきたが、各国の諜報機関はあまりにも執拗で、悉く失敗に終わっていた。
 結果目立たない小規模な工房のみを持ち、そこで技術を研究しそれを遠く離れた地方で工場を借りて量産するという何とも情けない次善案に頼っていたのである。
 そして、そのことは兵器開発及び供給を担う第2支部の長であるガレック=オージスにとってこの上なく不満な状況であった。


「……いつまでも調子に乗んなよ。正義の味方さんよ」


 背もたれに寄りかかり、舌打ちするガレック。
 ――どうにか現状を打破したい。
 その一心で検討を続け、ようやく見つけたのがこの国――アティス王国だった。
 各大陸から遠く離れた位置にある『平和』で有名な国。
 その上、五つもの鉱山まで有し《星導石》等の資源も豊富だと聞く。
 この情報を手に入れた時、ガレックはほくそ笑んだものだった。
 そしてガレックは計画を立てた。この国に第2支部を移転させる計画を。
 新しい第2支部を密かに建築し、工場そのものはこの国にあるものを使用する。
 さらには徐々にこの国を裏から牛耳り、いずれは《黒陽社》の支配下に置く。
 ただし、統治に関わる訳ではない。今まで通り国民には『平和』の国であることを信じ込ませ、裏ではこの国を兵器工場へと変えるのだ。
 そして数年かけて綿密に調査を続け、現地でも協力者も得た。
 計画は順調に進んでいた――はずだった。


「……はン」


 ガレックは不意に皮肉気な笑みをこぼした。


「……支部長? どうされました?」


 首を傾げて尋ねる部下に、ガレックはボリボリと頭をかいた。


「いや、どっちかっていうと順調だった計画に、まさか、ここでイレギュラーが発生するとは思わなかったな……とか考えてよ」

「……《七星》のことですね」


 神妙な声で部下は呟く。
 アッシュ=クラインと、オトハ=タチバナ。
 あの忌々しい《七星》の内の二人が、よりにもよってこの国にいる。
 流石にこれはイレギュラーとしか言いようがなかった。


「奴ら、普通に職について生活していますよね。一体何が目的なのでしょうか?」


 部下が眉をしかめて上司に尋ねる。
 しかし、こればかりはガレックにも分からない。


「う~ん、俺の知るアッシュ=クラインって男は騎士である事には拘ってなかったみたいだからな。《黄金死姫》を殺して気が抜けたから隠居でもする気じゃねえか? あと《天架麗人》の方はあの野郎の恋人だって噂もあるから嫁さんってとこか?」

「……支部長。その推測はあまりにも雑なのでは?」


 と、部下が呆れた口調で呟いた。
 ガレックも冗談のつもりで言ったのだろう。苦笑を浮かべていた。
 ……実はかなり真相に近い内容だとは、夢にも思わない二人であった。
 ともあれ、ガレックは仰け反るようにして部下に視線を向ける。


「まあ、奴らの目的が何にせよ俺らにとって邪魔になんのは明らかだ。いずれは俺が始末すっから安心しな。アッシュ=クラインは殺す。《金色聖女》はボルドへの土産にすっか。そんで《天架麗人》は噂通りの美女なら、ねじ伏せて俺の女にするだけのことさ」


 そんな怖ろしく身勝手なことを告げるガレックの顔は真顔だった。
 それが本心からの言葉だったからだ。一切の虚勢はない。
 ガレックは自分の欲望を堂々と口にして、やり遂げると宣言したのだ。
 その欲望を隠そうともしない姿勢に、部下は敬意を以て頭を垂れる。
 これでこそ《九妖星》。
 欲望のままに突き進む者。彼らの長に相応しい人物だった。


「かかかっ、この国での一番の楽しみだな。そのためにもまずは舞台の用意からか」


 ガレックはそう語ると、おもむろに立ち上がった。
 そして視線を大空洞の壁側に向ける。その先には二人の人物がいた。
 それぞれが馬に乗り、壁沿いの緩やかな下り坂を降りているところだった。


「……ああ、セド=ボーガンですね」


 ガレック同様、壁沿いに目をやり、部下は呟く。


「視察に来るとは聞いてましたが、予定より早い到着ですね」

「かかっ、やる気があっていいことじゃねえか」


 ガレックは目を細めてそう告げる。
 そして、辿り着いた協力者の元へとゆっくりと歩み出した。


「そんじゃあ、失礼がないように出迎えるとするか」


 そう呟き、ガレックは楽しげに笑った。
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