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第3部
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時刻は、午後二時過ぎ。太陽が燦々と照りつける時間帯。
海岸沿いの街道を、蹄音を鳴らして一台の馬車が進んでいた。
アッシュ達が乗る馬車である。
「ふわあぁ……」
御者台に座って手綱を握るアッシュが、大きな欠伸をした。
今日は四日目。本来の予定では朝一に帰路につくはずだったのだが、昨日のごたごたのせいで結局、昼過ぎまでラッセルに滞在していたのだ。
昨日の晩から、ラッセルはてんやわんやの大騒ぎだった。
簡潔に言えば、第三騎士団が総がかりの大捕物をしたのだ。
街で盗難事件を起こした連中から、遊覧船を強奪しようとしていた者達。さらには、ボルドに買収されていた船員達など。今回の騒動に関わった無法者を片っぱしから補縛したのである。
ラズンより駆けつけたアリシアの父――第三騎士団・団長ガハルド=エイシスの指揮の元、それは夜通しで行われ、無関係ではないアッシュも付き合うことになった。
結果、アッシュは昨日からほとんど寝ていない。
流石に欠伸も出ようというものだ。
「ふわあぁ……」
再び欠伸をもらす。と、
「……随分と寝むそうだな。クライン」
荷台から、ひょっこりとオトハが顔を出した。
アッシュは横目でオトハの顔を見やり、
「何だ? 変わってくれんのか? オト」
「馬鹿言え。ジャンケンで負けたお前が悪い。最後まで御者をしろ」
と、素っ気なく返すオトハ。
しかし、わずかに相好を崩して言葉を続ける。
「だが、ま、まあ、眠気覚ましに話し相手ぐらいにはなってやるさ」
本当は、先程女性陣内で行われたジャンケンの結果で得た権利なのだが、オトハはそのことは臆面にも出さず、渋々といったフリだけをしてアッシュの隣に座る。
さりげなく肩が触れ合うかどうかの位置まで近付く。少しばかり緊張した。
だが、当然のように、アッシュはオトハの心情には全く気付かず、
「おっ、そっか。サンキュ、オト」
と、呑気に礼を述べてくる。そんな鈍感すぎる青年にオトハは力なく溜息をつくが、ともあれ一番気になる話題を切り出した。
「……しかし、結局奴らを逃がしてしまったな。一体どこに消えたんだ?」
海上に消えた、ボルド=グレッグとカテリーナ=ハリス。
彼らの行方は今もようとして知れなかった。
「狸親父か? いくらあのおっさんでも鎧機兵で海を越えたりしねえだろうから、今頃どっかの船の上にでもいんじゃねえか? まあ、けどよ……」
言って、アッシュはちらりと後ろに振り返った。
視線の先には談笑している少年少女達の姿があった。
まず荷台の右側に並んで座る少年達が、
「……あのさ、ロックよ」
「……何だエド?」
「俺らって、結局海に入れなかったよな」
「……ぬう」
「バカンスに来たのに、何故か鎧機兵がまたぶっ壊れちまった」
「……ぬぬう」
と、何やら鬱に入りそうな会話をしている。
一方、左側に座る三人の少女達は――。
「うふふ、うふふ。えへへ」
「……ねえ、サーシャ。あなたどうしてそんなに上機嫌なの?」
「……うん。とても拉致されていたとは思えないぐらい機嫌がいい」
眉根を寄せて尋ねるアリシアとユーリィ。少なくとも、昨日の晩まではサーシャは酷い乗り物酔いの状態であった。ここまで機嫌が良くなる理由が思いつかない。
すると、サーシャは小首を傾げた。
「う~ん。実は私自身もよく分かっていないんだけど……」
彼女はそう呟くと、自分の唇にそっと触れて微かに頬を紅潮させる。
意味不明な仕草に、アリシアとユーリィはますます眉をひそめた。
「……えへへ」
そしてサーシャは満面の笑みを浮かべて告げる。
「私、なんだかすっごく良いことがあった気がするの!」
「「……なにそれ?」」
と、そんなやり取りをしている。
アッシュはふふっと笑った。
「まあ、あいつらが無事なら今回はそれでいいさ」
そう語る青年に、オトハは瞳を細めて頷く。
確かに色々あったが、彼らの平穏は守れたのだ。
「それもそうだな。私もホッとした」
「ん。お前がいてくれて本当に助かったよ」
アッシュはそう感謝の言葉を述べ、オトハの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。
もういい加減慣れてしまったオトハが、頬を膨らませる。
「……お前な。その癖は直せ。だんだん所構わずになってきているぞ」
「ん? そうか? お前が嫌ならもうやめるが……」
「むむ! べ、別に嫌とは言っていないぞ。場所を考えろという話だ。まあ、私も頑張ったからな。今は存分に誉めてもいいぞ」
そう告げて、オトハは腰に手を当てて胸を張った。
アッシュは苦笑を浮かべる。
そうして青い空の下、馬車は真直ぐに進んでいく。
王都ラズンはもう目の前に来ていた。
第三部〈了〉
海岸沿いの街道を、蹄音を鳴らして一台の馬車が進んでいた。
アッシュ達が乗る馬車である。
「ふわあぁ……」
御者台に座って手綱を握るアッシュが、大きな欠伸をした。
今日は四日目。本来の予定では朝一に帰路につくはずだったのだが、昨日のごたごたのせいで結局、昼過ぎまでラッセルに滞在していたのだ。
昨日の晩から、ラッセルはてんやわんやの大騒ぎだった。
簡潔に言えば、第三騎士団が総がかりの大捕物をしたのだ。
街で盗難事件を起こした連中から、遊覧船を強奪しようとしていた者達。さらには、ボルドに買収されていた船員達など。今回の騒動に関わった無法者を片っぱしから補縛したのである。
ラズンより駆けつけたアリシアの父――第三騎士団・団長ガハルド=エイシスの指揮の元、それは夜通しで行われ、無関係ではないアッシュも付き合うことになった。
結果、アッシュは昨日からほとんど寝ていない。
流石に欠伸も出ようというものだ。
「ふわあぁ……」
再び欠伸をもらす。と、
「……随分と寝むそうだな。クライン」
荷台から、ひょっこりとオトハが顔を出した。
アッシュは横目でオトハの顔を見やり、
「何だ? 変わってくれんのか? オト」
「馬鹿言え。ジャンケンで負けたお前が悪い。最後まで御者をしろ」
と、素っ気なく返すオトハ。
しかし、わずかに相好を崩して言葉を続ける。
「だが、ま、まあ、眠気覚ましに話し相手ぐらいにはなってやるさ」
本当は、先程女性陣内で行われたジャンケンの結果で得た権利なのだが、オトハはそのことは臆面にも出さず、渋々といったフリだけをしてアッシュの隣に座る。
さりげなく肩が触れ合うかどうかの位置まで近付く。少しばかり緊張した。
だが、当然のように、アッシュはオトハの心情には全く気付かず、
「おっ、そっか。サンキュ、オト」
と、呑気に礼を述べてくる。そんな鈍感すぎる青年にオトハは力なく溜息をつくが、ともあれ一番気になる話題を切り出した。
「……しかし、結局奴らを逃がしてしまったな。一体どこに消えたんだ?」
海上に消えた、ボルド=グレッグとカテリーナ=ハリス。
彼らの行方は今もようとして知れなかった。
「狸親父か? いくらあのおっさんでも鎧機兵で海を越えたりしねえだろうから、今頃どっかの船の上にでもいんじゃねえか? まあ、けどよ……」
言って、アッシュはちらりと後ろに振り返った。
視線の先には談笑している少年少女達の姿があった。
まず荷台の右側に並んで座る少年達が、
「……あのさ、ロックよ」
「……何だエド?」
「俺らって、結局海に入れなかったよな」
「……ぬう」
「バカンスに来たのに、何故か鎧機兵がまたぶっ壊れちまった」
「……ぬぬう」
と、何やら鬱に入りそうな会話をしている。
一方、左側に座る三人の少女達は――。
「うふふ、うふふ。えへへ」
「……ねえ、サーシャ。あなたどうしてそんなに上機嫌なの?」
「……うん。とても拉致されていたとは思えないぐらい機嫌がいい」
眉根を寄せて尋ねるアリシアとユーリィ。少なくとも、昨日の晩まではサーシャは酷い乗り物酔いの状態であった。ここまで機嫌が良くなる理由が思いつかない。
すると、サーシャは小首を傾げた。
「う~ん。実は私自身もよく分かっていないんだけど……」
彼女はそう呟くと、自分の唇にそっと触れて微かに頬を紅潮させる。
意味不明な仕草に、アリシアとユーリィはますます眉をひそめた。
「……えへへ」
そしてサーシャは満面の笑みを浮かべて告げる。
「私、なんだかすっごく良いことがあった気がするの!」
「「……なにそれ?」」
と、そんなやり取りをしている。
アッシュはふふっと笑った。
「まあ、あいつらが無事なら今回はそれでいいさ」
そう語る青年に、オトハは瞳を細めて頷く。
確かに色々あったが、彼らの平穏は守れたのだ。
「それもそうだな。私もホッとした」
「ん。お前がいてくれて本当に助かったよ」
アッシュはそう感謝の言葉を述べ、オトハの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。
もういい加減慣れてしまったオトハが、頬を膨らませる。
「……お前な。その癖は直せ。だんだん所構わずになってきているぞ」
「ん? そうか? お前が嫌ならもうやめるが……」
「むむ! べ、別に嫌とは言っていないぞ。場所を考えろという話だ。まあ、私も頑張ったからな。今は存分に誉めてもいいぞ」
そう告げて、オトハは腰に手を当てて胸を張った。
アッシュは苦笑を浮かべる。
そうして青い空の下、馬車は真直ぐに進んでいく。
王都ラズンはもう目の前に来ていた。
第三部〈了〉
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