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第2部
第四章 居候、やる気出す①
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晴れ渡った空。小鳥達がさえずる爽快な朝――。
クライン工房二階、茶の間にて。
アッシュ、ユーリィ、オトハの朝食をとっていた。
「…………」
ユーリィは極めて不機嫌だった。目の前で繰り広げられる忌わしき光景を睨みつけながら、ただ黙々とオトハが用意した「和風」の料理を口に運んでいる。
「オトー、頼む」
「ん、分かった」
一体何を頼んで、何を頼まれたのか。
そういった確認の手順を一切飛ばし、オトハは卓袱台の端にある胡椒瓶を手に取るとアッシュに差し出す。アッシュは視線も向けず受け取ると、
「サンキュ。あ、オト、また頼む」
「ん、分かった」
アッシュが無造作に差し出した空の茶碗を手に取り、オトハは自分の近くに置いてあった木製のおひつから白いご飯をよそう。そして、再びアッシュに茶碗を手渡した。
「しっかし、よくアロン産の白米なんて手に入ったな」
「まあな。中々大変だったぞ。市街区を歩き回ったしな」
「ははっ、ごくろうさん。けど、オト、随分と料理の腕をあげたなあ」
と、アッシュが感想を述べると、オトハは少し視線を逸らして。
「そ、そうか? ま、まあ、私も女だし人並み程度には習得しておこうと思ってな」
「いや、これなら充分だろ。オトは良い嫁さんになれるぞ」
「よ、嫁ッ!? そ、そうか、私は……ンの、嫁になれるかな?」
しゃもじを両手で持ったまま、顔を赤くして俯くオトハ。
その光景を横で見ていたユーリィが、ますます不機嫌になる。
(…………むう)
オトハが滞在するようになってから五日間、ずっとこんな感じだ。
例えるなら、意志疎通が熟年の域にまで達している新婚夫婦。
ユーリィとしては、当然面白くない。元々、オトハが今していることはすべて自分の役目だったはずだ。アッシュの最有力嫁候補は自分のはずなのだ。
だというのに、オトハが来てからというもの――。
(……やっぱり黒毛女は危険すぎる)
ユーリィは改めてオトハの危険性を認識する。
そもそもこの女は非常にまずい相手なのだ。今の段階では、アッシュはまだオトハを妹分のような認識でいる。ユーリィの眼力はそう見抜いていた。
しかし、ユーリィはアッシュの女性の好みも見抜いているのだ。
(……だから、まずい)
思わず箸を握る手に力が入るユーリィ。
彼女の判断からすると、オトハはアッシュのストライクの女性であった。
よく心配りができる真面目な性格で、なおかつ気を許せる相手。少し鋭さはあるが充分すぎるほど整った顔立ち。そして平均を軽く超える見事なプロポーション。
何より、あの艶やかな紫紺の髪は《彼女》の黒髪を彷彿させて――。
と、ユーリィはそこまで考え、
(……ダメ。最後のはなし)
不謹慎だったと少し反省する。
ともあれオトハは危険すぎる。いかにアッシュの鈍感さを以てしても、四六時中あんな「あなたが大好き」オーラを出し続けていれば、いつかは気付くかもしれない。
ここは何かしらの対策をうたなければ……。
ユーリィは熟考し、
「……ねえ、オトハさん。仕事はしないの?」
自然とそんな言葉が出てきた。
オトハ、そしてアッシュが、キョトンとした表情を浮かべる。
そしてしばしの沈黙の後、アッシュが苦笑をこぼして、
「おいおい、ユーリィ。オトは休暇で来てんだぜ。仕事なんて――」
「……アッシュは黙って」
「え? いや、けど……」
「……黙れ」
「…………お、おう」
有無を言わせないユーリィの迫力の前に、沈黙するアッシュだった。
そして女性二人が見つめ合う。
「……オトハさんは傭兵なんでしょう。いつまでも遊んでいたら勘が鈍る」
そう淡々と告げるユーリィに、
「……確かにお前の言うことはもっともだ。しかし、私はまだこの国に滞在するつもりなんだ。そうなると、この平和の国に傭兵の仕事はない」
これまた淡々とオトハが返す。
ユーリィは眉をしかめた。確かにその通りだ。実は、ほとんどの国にある傭兵ギルドがアティス王国にはない。他国ならば傭兵を行うような仕事――例えば魔獣の討伐などとかは、この国では第二騎士団が一手に引き受けているからだ。
そんな状況で、傭兵のオトハにこの国で仕事を探せというのは無茶な話だった。
(……だけど、まだ手はある)
だが、ユーリィはそれでも諦めない。何としてもオトハを引き離したかった。
彼女の危険性は言うに及ばず、何よりもアッシュとの大切で幸せな二人きりの時間を取り戻すのだ!
ユーリィはちらりとアッシュの方へと視線を向け、
「……アッシュ」
「お、おう。何だ? ユーリィ」
思わず居ずまいを正すアッシュ。ユーリィは感情のない声で問う。
「アッシュは第三騎士団長と知り合いだったでしょう? 何かオトハさん向きの仕事はないか聞けないの?」
「アリシア嬢ちゃんの親父さんにか? いや、何もそこまでして……」
「聞けないの?」
懇願するようなユーリィの声。しかし、アッシュは、
「…………いや、けどなあ……」
よほどアリシアの父に借りを作りたくないのだろう。なお渋るアッシュに、ユーリィは普段は滅多に使わない、本音を言えば使いたくもない『切り札』を思い浮かべた。
これを使った時の心的ダメージは凄まじいのだが、それも仕方がない。
ユーリィはキュッと下唇をかみしめてから、
「……アッシュ」
本当は誰よりも愛しい男性の名を呟き、『切り札』使用の覚悟を決める。
そして潤んだ眼差しでアッシュの顔をじいっと見つめ、
「……ん? どうした、ユーリィ?」
キョトンとするアッシュに、ユーリィは甘えるような声で囁くのだった。
「ねえ、お願い。『お父さん』」
一拍の間。
「――おうよ! まかせておけ!」
どんっと胸板を叩いて安請け合いするアッシュの姿がそこにあった。
「……相変わらずエマリアにはとことん甘いな、クライン……」
「いやいや! だってさオト! ユーリィが俺のこと『お父さん』って呼んだんだぞ! どんなことだって聞いてあげたくなるだろ! そうだろ!」
「いや、私に同意を求められても困るんだが……」
そんなやり取りをするアッシュとオトハの傍ら、ユーリィは内心でほくそ笑む。
どうにか上手くいった。アッシュを「お父さん」と呼ぶことによる彼女の心的ダメージは計り知れないが、それほどの代償を払っただけの価値はある。
(……これでアッシュとの時間が取り戻せる)
確かな手ごたえを感じ取り、ユーリィは正座した膝の上でグッと拳を握りしめる。
そして、自分がどれほど嬉しかったかを語るアッシュと、こればかりは霹靂するオトハを横目に、ユーリィがホッと安堵の息をついた時だった。
「……ごめんください」
とてもか細い声が一階から聞こえてきたのは。
アッシュ達は騒ぐのやめて互いの顔を見合わせた。
「……今の声、メットさんか?」
「うん。私にもそう聞こえた。けど、今の時間って騎士学校なんじゃ?」
「……何か用があるんじゃないか? とりあえず客人なら食事を片すぞ」
疑問符を浮かべるアッシュとユーリィをよそに、テキパキと卓袱台ごと食事をどけるオトハ。やはりよく気がきく真面目な女性だった。
アッシュは相変わらずなオトハの行動力に苦笑を浮かべつつ、
「ああ、オト。ユーリィ。片付けは頼むぞ」
「「ん。分かった」」
見事に声を唱和させた女性陣を背に、アッシュは階段を下りる。そして軽快な足取りで一階に辿り着くと、そこにはやはりよく知る少女が一人佇んでいた。
「……いらっしゃい。メットさん」
「お邪魔します。先生」
やや薄暗い工房内。
アッシュの歓迎に、サーシャはどこかぎこちない笑顔で返すのだった。
クライン工房二階、茶の間にて。
アッシュ、ユーリィ、オトハの朝食をとっていた。
「…………」
ユーリィは極めて不機嫌だった。目の前で繰り広げられる忌わしき光景を睨みつけながら、ただ黙々とオトハが用意した「和風」の料理を口に運んでいる。
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「サンキュ。あ、オト、また頼む」
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「ははっ、ごくろうさん。けど、オト、随分と料理の腕をあげたなあ」
と、アッシュが感想を述べると、オトハは少し視線を逸らして。
「そ、そうか? ま、まあ、私も女だし人並み程度には習得しておこうと思ってな」
「いや、これなら充分だろ。オトは良い嫁さんになれるぞ」
「よ、嫁ッ!? そ、そうか、私は……ンの、嫁になれるかな?」
しゃもじを両手で持ったまま、顔を赤くして俯くオトハ。
その光景を横で見ていたユーリィが、ますます不機嫌になる。
(…………むう)
オトハが滞在するようになってから五日間、ずっとこんな感じだ。
例えるなら、意志疎通が熟年の域にまで達している新婚夫婦。
ユーリィとしては、当然面白くない。元々、オトハが今していることはすべて自分の役目だったはずだ。アッシュの最有力嫁候補は自分のはずなのだ。
だというのに、オトハが来てからというもの――。
(……やっぱり黒毛女は危険すぎる)
ユーリィは改めてオトハの危険性を認識する。
そもそもこの女は非常にまずい相手なのだ。今の段階では、アッシュはまだオトハを妹分のような認識でいる。ユーリィの眼力はそう見抜いていた。
しかし、ユーリィはアッシュの女性の好みも見抜いているのだ。
(……だから、まずい)
思わず箸を握る手に力が入るユーリィ。
彼女の判断からすると、オトハはアッシュのストライクの女性であった。
よく心配りができる真面目な性格で、なおかつ気を許せる相手。少し鋭さはあるが充分すぎるほど整った顔立ち。そして平均を軽く超える見事なプロポーション。
何より、あの艶やかな紫紺の髪は《彼女》の黒髪を彷彿させて――。
と、ユーリィはそこまで考え、
(……ダメ。最後のはなし)
不謹慎だったと少し反省する。
ともあれオトハは危険すぎる。いかにアッシュの鈍感さを以てしても、四六時中あんな「あなたが大好き」オーラを出し続けていれば、いつかは気付くかもしれない。
ここは何かしらの対策をうたなければ……。
ユーリィは熟考し、
「……ねえ、オトハさん。仕事はしないの?」
自然とそんな言葉が出てきた。
オトハ、そしてアッシュが、キョトンとした表情を浮かべる。
そしてしばしの沈黙の後、アッシュが苦笑をこぼして、
「おいおい、ユーリィ。オトは休暇で来てんだぜ。仕事なんて――」
「……アッシュは黙って」
「え? いや、けど……」
「……黙れ」
「…………お、おう」
有無を言わせないユーリィの迫力の前に、沈黙するアッシュだった。
そして女性二人が見つめ合う。
「……オトハさんは傭兵なんでしょう。いつまでも遊んでいたら勘が鈍る」
そう淡々と告げるユーリィに、
「……確かにお前の言うことはもっともだ。しかし、私はまだこの国に滞在するつもりなんだ。そうなると、この平和の国に傭兵の仕事はない」
これまた淡々とオトハが返す。
ユーリィは眉をしかめた。確かにその通りだ。実は、ほとんどの国にある傭兵ギルドがアティス王国にはない。他国ならば傭兵を行うような仕事――例えば魔獣の討伐などとかは、この国では第二騎士団が一手に引き受けているからだ。
そんな状況で、傭兵のオトハにこの国で仕事を探せというのは無茶な話だった。
(……だけど、まだ手はある)
だが、ユーリィはそれでも諦めない。何としてもオトハを引き離したかった。
彼女の危険性は言うに及ばず、何よりもアッシュとの大切で幸せな二人きりの時間を取り戻すのだ!
ユーリィはちらりとアッシュの方へと視線を向け、
「……アッシュ」
「お、おう。何だ? ユーリィ」
思わず居ずまいを正すアッシュ。ユーリィは感情のない声で問う。
「アッシュは第三騎士団長と知り合いだったでしょう? 何かオトハさん向きの仕事はないか聞けないの?」
「アリシア嬢ちゃんの親父さんにか? いや、何もそこまでして……」
「聞けないの?」
懇願するようなユーリィの声。しかし、アッシュは、
「…………いや、けどなあ……」
よほどアリシアの父に借りを作りたくないのだろう。なお渋るアッシュに、ユーリィは普段は滅多に使わない、本音を言えば使いたくもない『切り札』を思い浮かべた。
これを使った時の心的ダメージは凄まじいのだが、それも仕方がない。
ユーリィはキュッと下唇をかみしめてから、
「……アッシュ」
本当は誰よりも愛しい男性の名を呟き、『切り札』使用の覚悟を決める。
そして潤んだ眼差しでアッシュの顔をじいっと見つめ、
「……ん? どうした、ユーリィ?」
キョトンとするアッシュに、ユーリィは甘えるような声で囁くのだった。
「ねえ、お願い。『お父さん』」
一拍の間。
「――おうよ! まかせておけ!」
どんっと胸板を叩いて安請け合いするアッシュの姿がそこにあった。
「……相変わらずエマリアにはとことん甘いな、クライン……」
「いやいや! だってさオト! ユーリィが俺のこと『お父さん』って呼んだんだぞ! どんなことだって聞いてあげたくなるだろ! そうだろ!」
「いや、私に同意を求められても困るんだが……」
そんなやり取りをするアッシュとオトハの傍ら、ユーリィは内心でほくそ笑む。
どうにか上手くいった。アッシュを「お父さん」と呼ぶことによる彼女の心的ダメージは計り知れないが、それほどの代償を払っただけの価値はある。
(……これでアッシュとの時間が取り戻せる)
確かな手ごたえを感じ取り、ユーリィは正座した膝の上でグッと拳を握りしめる。
そして、自分がどれほど嬉しかったかを語るアッシュと、こればかりは霹靂するオトハを横目に、ユーリィがホッと安堵の息をついた時だった。
「……ごめんください」
とてもか細い声が一階から聞こえてきたのは。
アッシュ達は騒ぐのやめて互いの顔を見合わせた。
「……今の声、メットさんか?」
「うん。私にもそう聞こえた。けど、今の時間って騎士学校なんじゃ?」
「……何か用があるんじゃないか? とりあえず客人なら食事を片すぞ」
疑問符を浮かべるアッシュとユーリィをよそに、テキパキと卓袱台ごと食事をどけるオトハ。やはりよく気がきく真面目な女性だった。
アッシュは相変わらずなオトハの行動力に苦笑を浮かべつつ、
「ああ、オト。ユーリィ。片付けは頼むぞ」
「「ん。分かった」」
見事に声を唱和させた女性陣を背に、アッシュは階段を下りる。そして軽快な足取りで一階に辿り着くと、そこにはやはりよく知る少女が一人佇んでいた。
「……いらっしゃい。メットさん」
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やや薄暗い工房内。
アッシュの歓迎に、サーシャはどこかぎこちない笑顔で返すのだった。
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