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第15部
第八章 二人の未来⑦
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「……すげえな。サーシャの奴」
アッシュの腕を掴んだまま、レナが、ポツリと呟いた。
彼女は、まじまじと舞台を見つめていた。
「あの猛攻をよく凌いでるよ。大したもんだ」
「……まあな」
アッシュが、険しい顔で頷く。
「あの子は諦めない子だからな。自分が出来ることを考えて必死に堪えている」
舞台でが、《ホルン》は満身創痍の状態で立っていた。
装甲の損傷は激しく、すでに円盾は腕から外れており、長剣は、大きな刃こぼれを起こしている。時折、関節から火花も散らしていた。
しかし、それでも闘志だけは衰えない。
純白の鎧機兵は、真っ直ぐ敵を――《パルティーナ》を見据えていた。
《パルティーナ》は長尺刀を脇に構えて、間合いを図っていた。
――いや、あれは図っているというよりも……。
「……最後の一撃を狙っているようだな」
ボソリ、とそう告げたのは、今までほとんど口を開かなかったラゴウだった。
アッシュとレナが、後ろに立つラゴウに視線を向けた。
「……ふむ。やはりそうか」
主君であるゴドーも、腹心を見やる。
「すでに戦闘開始から、すでに四分。シェーラ君も限界のはずだからな」
「……やっぱ、フォクスさんは《焦熱》を使ってんのか」
そう呟いたのはレナだった。
流石は現役の傭兵。レナもまた、シェーラの異常には気付いていた。
ビッグモニターを見やる。
険しい表情のサーシャ。これだけの劣勢だ。サーシャは肩で息をしていた。
しかし、シェーラの方と言えば……。
『……はァ、はア、はア……』
零れ落ちる呼気。
優勢のはずのシェーラは、サーシャ以上に苦しそうだった。
ずっと、呼吸困難のように息を荒らげている。額からは大量の汗を流していた。
今、戦闘を中断しているのは、間合いを図るためではない。
限界を察して、最後の一撃のために、必死に呼気を整えているのだ。
シェーラの異常な消耗ぶりは、対戦相手であるサーシャも、ビッグモニターを見る観客たちも気付いていた。
困惑しつつも、シェーラの必死の眼差しに言葉を失っている。
「……次の一撃にすべてを賭けるか」
ゴドーは、双眸を細めた。
「ラゴウよ。シェーラ君には、何か切り札はあるのか?」
「……一つだけ」
ラゴウは、弟子の姿を見据えつつ、主君に答える。
「……吾輩の必殺の闘技を一つだけ授けました」
「………ほう」
興味深そうに、ゴドーは呟く。
アッシュとレナも、ラゴウに注目していた。
「会得したとは、流石に言い難い」
ラゴウは、さらに語る。
「されど、あの娘には、やはり優れた才があります。形だけではありますが、成っております。今のあの娘に、あれ以上の闘技はないでしょうな」
「今は、その闘技のための準備ってことか」
アッシュは、視線を舞台に戻した。
二機は静かに対峙している。
サーシャとしては、この隙に攻撃したいところだろうが、激しく消耗しているのは彼女も同じだ。サーシャも呼気を整えるのに必死だった。
(……サーシャ)
アッシュは、グッと拳を固めた。
恐らく、これが最後の勝負だ。
フォクス選手の一撃を凌げれば、サーシャの勝ちだろう。
だが、それは、フォクス選手の方も、よく理解しているはず。
すべてを賭けて、渾身の一撃を放ってくるに違いない。
「……いよいよ決着だな」
「……ああ。そうだな」
ゴドーの呟きに、アッシュが訥々と答える。
ラゴウは何も語らない。レナは静かにアッシュの腕を強く掴んだ。
VIPルームは、静寂に包まれた――。
(……フォクスさん)
一方、《ホルン》の中で、サーシャは神妙な顔を見せていた。
ビッグモニターに目をやる。
そこには、荒い呼吸のフォクス選手の姿が映されていた。
(……どうして?)
眉根を寄せる。
圧倒的に劣勢だった自分が消耗するのは分かる。
今も、呼吸が整い切っていなかった。汗も止まらない。
けれど、優勢だったフォクス選手が、どうしてあそこまで消耗しているのか。
肩で息をする彼女は、今にも倒れそうな顔色だった。
体力がないとも考えられるが、それにしてもあの消耗は異常だ。
(一体、何が起きてるの?)
疑問が浮かぶ。
しかし、ここで構えを解く訳にもいかなかった。
何故なら、フォクス選手の眼差しが、まるで死んでいないからだ。
燃えるような闘志を宿した眼光でサーシャを――《ホルン》を見据えている。
この強い眼差しがあるからこそ、異常を感じつつも、サーシャは構えが解けず、運営陣も試合を止められずにいた。
(……フォクスさんはまだ戦うつもりだ)
それを肌で感じ取る。
サーシャは、大きく息を吐き出した。
フォクス選手の闘志は、本当に見事なものだ。
彼女はこの大会で優勝したら、愛する人と結ばれるという話だ。
きっと、その人のことが、もの凄く好きなのだろう。
だが、それは、サーシャも同じことだった。
(うん。私だって負けられない)
愛機の性能も。
操手としての力量も、フォクス選手には及ばない。
けれど、想いの強さだけでは負けないつもりだ。
サーシャの愛する人は、今もどこかで彼女を応援してくれているはずだ。
彼の気持ちに応えたかった。
(……アッシュ)
サーシャは、キュッと唇を噛みしめた。
――何度、彼に助けられたことだろうか。
――何度、彼に抱きしめられて安堵したことだろうか。
彼のことを想うと、胸の奥がいつも熱くなる。
(……私は、アッシュのことが好き。愛している)
この想いは、サーシャの根源とも呼べる力だった。
サーシャは、操縦棍をグッと強く握りしめた。
――と、
『……サーシャ、さん』
おもむろに、シェーラが口を開いた。
サーシャは《パルティーナ》を見据えた。
『何でしょうか。フォクスさん』
『見事、な戦いでした』
シェーラは、まだ落ち着かない呼吸のまま語る。
『本当は……五分以内に、決着をつけたかった。それ以上は、とても、シェーラの体が持たない、から……』
ここまで粘られたのは、シャーラにとっては想定外だった。
彼女の未来の義娘は、本当に手強かった。
『だから、これが最後の勝負で、あります。シェーラが、先生から教わった闘技。未完成だけど、それに、すべてを賭けるので、あります』
『…………』
サーシャは無言で《パルティーナ》を見据えた。
恐らく、シェーラの言葉に偽りはない。
彼女は、残された力を使って、最後の勝負に出るつもりなのだろう。
サーシャとしては選択肢がある。
――受けるか。それとも、避けるかだ。
この場合、勝負を避けることが必勝に繋がる。
シェーラの消耗具合は尋常ではない。そう遠くない内に自滅するのは明らかだ。
――そう。この勝負に勝って。
アッシュと結ばれるには、勝負を避けることこそがベストなのだ。
(……だけど)
サーシャは、苦笑を浮かべた。
これが実戦ならば、その選択もありかもしれない。
だが、これは試合なのだ。
それも、互いの想いの強さをぶつけ合うための試合なのである。
だったら、ここで逃げる選択などあり得ない。
それをしてしまったら、アッシュを想うサーシャの気持ちが、シェーラの想いに負けていると宣言するようなものだ。
『……分かりました』
サーシャは、微笑んだ。
『フォクスさんの最後の勝負。お受けします』
『……ありがとうございます』
シェーラもまた微笑んだ。
『心から、感謝します』
そう告げて、シェーラの愛機・《パルティーナ》は片手突きの構えを向けた。
対するサーシャの愛機・《ホルン》も長剣を構えた。
互いの間合いは、およそ十数セージル。
二機は静かに対峙する。
観客席も、静寂に包まれた。
百人以上の人が集まっているというのに、誰一人、声を発さない。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く!
《パルティーナ》が紫の閃光となって《ホルン》へと突進する!
だが、やはり消耗は激しかったのだろう。
その動きを、サーシャは見切ることが出来た。
(――見えた!)
サーシャは目を見開き、《ホルン》を操った。
白い鎧機兵はわずかに重心を沈めて、長尺刀の切っ先をかわした。
(――凌いだ!)
最後の攻撃はかわした。
シェーラにもう余力はない。後は反転し、攻撃を加えるだけだ。
サーシャは勝利を確信した――その時だった。
(――違う!)
研ぎ澄まされた感覚で瞬時に悟る。
彼女は最後の一撃は、未完成の闘技と呼んでいた。
しかし、これはただの刺突だ。直前の《雷歩》も未完成の闘技などではない。
(ここから何かが来るんだ!)
瞬き以下の時間で、そこまで察した。
――来る。来るとしたら、やはり剣からか。
長尺刀の刀身は丁度、《ホルン》の真横に有った。
ぞわり、と悪寒が奔る。
それは、決して目には見えない。
けれど、サーシャの瞳には刀身を中心に空気が歪んだように見えた。
(――マズい!)
サーシャは、強い危機感を抱く。
サーシャは知らないが、この闘技の名は《阿修羅斬》と言った。
刺突から武具を中心に、無数の《飛刃》を四方へと撃ち出す放出系の闘技だ。
《金妖星》ラゴウが編み出した、独自の闘技の一つである。
サーシャは、咄嗟に左腕を刀身と機体の間に割り込ませた。
しかし、きっと、これだけでは腕ごと弾かれてしまう。
どうにか、どうにかこの攻撃を受け止めなければ――。
(……盾! 盾が欲しい!)
そう思うが、《ホルン》の円盾は、すでに壊れている。
いかに極限状態で思考が加速していても、時間が停まっている訳ではない。
サーシャは、絶望を抱きそうになった――が、
『ん。基礎ばっかじゃあしんどいか。なら、たまには闘技でも教えるか』
不意に、彼の声が聞こえた。
その瞬間、サーシャはイメージした。
恒力を以て構築する。刃を防ぐ、無数の盾を――。
そして、
――ゴウンッッ!
轟風が吹き荒れる!
(……勝ったのであります!)
シェーラは、勝利を確信していた。
師より授かった《阿修羅斬》。
未熟な彼女では、威力も低く、数も少ない《飛刃》しか生み出すことできないが、この近距離で受ければ、損傷は計り知れない。
少なくとも、左腕と頭部は破壊されるはずだった。
(やったのであります! 叔父さま!)
シェーラの口元が思わず綻びそうになった、その時だった。
――ゆらり、と。
《パルティーナ》が大きな影で覆われた。
(……え?)
シェーラが唖然として見上げると、
(な、何故!?)
そこには、右の拳を振り上げる《ホルン》の姿があった。
しかも、多少の斬撃の損傷はあるが、左腕も、頭部も無事の姿だ。
(ふ、不発……いえ……)
まさか凌いだ?
初見のあの闘技を?
『――やああああああッ!』
呆然とするシェーラをよそに、サーシャは吠えた。
鋼の拳を、勢いよく振り下ろしたのである。
――ドゴンッッ!
拳の形をした鉄槌は、《パルティーナ》の頭部を打ち抜いた!
その勢いのまま、《パルティーナ》の全身は地面に叩き伏せられる。
(………あ)
大きくバウンドする操縦席の中で、シェーラは目を見開いた。
ブツン、と外の映像が消えた。愛機の頭部が破壊されたせいだ。
『……フォクス、さん』
そんな中、声だけが聞こえた。
『……私の、勝ちです』
少女の声だ。最後まで雄々しく戦い抜いた少女の声だった。
シェーラは、拳をグッと固めた。
「~~~~~~ッッ」
声にならない声を上げる。
けれど、彼女は、最後まで正々堂々と戦ったのだ。
ならば、その勝利を祝うのは、せめてもの礼儀だった。
『……見事であります。サーシャさん』
『……はい』
サーシャは微笑んだ。
『……とても勉強になりました。ありがとうございます。シェーラさん』
敬意から、自然と名前で呼んでいた。
シェーラは、微苦笑を零した。
本当に、この子はアラン叔父さまによく似ていると思った。
『……やはり、こればかりは、諦めきれないのでありますね』
『え? 何がですか?』
キョトンとした、サーシャの声が聞こえる。
シェーラは「むむむ」と呻きつつ、嘆息した時だった。
『――おおおおおおおおおおおッ! 決着がッ! 決着がつきました!』
司会者が、声を張り上げた。
『遂にッ! 遂に、決着がついたのです! 勝者はサーシャ=フラム選手! サーシャ=フラム選手です!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
観客席からも、大歓声が上がった。
次々と人が立ち上がり、興奮の声を上げている。
そして、改めて司会者が宣告する。
『まさに手に汗を握る熱戦でありました! 前回の覇者を破り、見事優勝したのはサーシャ=フラム選手! 第十八回 《夜の女神杯》 優勝者は、サーシャ=フラム選手です!』
『……サーシャさん』
そんな中、シェーラが告げる。
『応えて上げてください。あなたは勝者なのですから』
『は、はい。シェーラさん』
まるで母のような優しい声で促されて、サーシャはコクコクと頷いた。
そして愛機・《ホルン》が拳を天に突き出した。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
大歓声と喝采は、留まることを知らなかった。
アッシュの腕を掴んだまま、レナが、ポツリと呟いた。
彼女は、まじまじと舞台を見つめていた。
「あの猛攻をよく凌いでるよ。大したもんだ」
「……まあな」
アッシュが、険しい顔で頷く。
「あの子は諦めない子だからな。自分が出来ることを考えて必死に堪えている」
舞台でが、《ホルン》は満身創痍の状態で立っていた。
装甲の損傷は激しく、すでに円盾は腕から外れており、長剣は、大きな刃こぼれを起こしている。時折、関節から火花も散らしていた。
しかし、それでも闘志だけは衰えない。
純白の鎧機兵は、真っ直ぐ敵を――《パルティーナ》を見据えていた。
《パルティーナ》は長尺刀を脇に構えて、間合いを図っていた。
――いや、あれは図っているというよりも……。
「……最後の一撃を狙っているようだな」
ボソリ、とそう告げたのは、今までほとんど口を開かなかったラゴウだった。
アッシュとレナが、後ろに立つラゴウに視線を向けた。
「……ふむ。やはりそうか」
主君であるゴドーも、腹心を見やる。
「すでに戦闘開始から、すでに四分。シェーラ君も限界のはずだからな」
「……やっぱ、フォクスさんは《焦熱》を使ってんのか」
そう呟いたのはレナだった。
流石は現役の傭兵。レナもまた、シェーラの異常には気付いていた。
ビッグモニターを見やる。
険しい表情のサーシャ。これだけの劣勢だ。サーシャは肩で息をしていた。
しかし、シェーラの方と言えば……。
『……はァ、はア、はア……』
零れ落ちる呼気。
優勢のはずのシェーラは、サーシャ以上に苦しそうだった。
ずっと、呼吸困難のように息を荒らげている。額からは大量の汗を流していた。
今、戦闘を中断しているのは、間合いを図るためではない。
限界を察して、最後の一撃のために、必死に呼気を整えているのだ。
シェーラの異常な消耗ぶりは、対戦相手であるサーシャも、ビッグモニターを見る観客たちも気付いていた。
困惑しつつも、シェーラの必死の眼差しに言葉を失っている。
「……次の一撃にすべてを賭けるか」
ゴドーは、双眸を細めた。
「ラゴウよ。シェーラ君には、何か切り札はあるのか?」
「……一つだけ」
ラゴウは、弟子の姿を見据えつつ、主君に答える。
「……吾輩の必殺の闘技を一つだけ授けました」
「………ほう」
興味深そうに、ゴドーは呟く。
アッシュとレナも、ラゴウに注目していた。
「会得したとは、流石に言い難い」
ラゴウは、さらに語る。
「されど、あの娘には、やはり優れた才があります。形だけではありますが、成っております。今のあの娘に、あれ以上の闘技はないでしょうな」
「今は、その闘技のための準備ってことか」
アッシュは、視線を舞台に戻した。
二機は静かに対峙している。
サーシャとしては、この隙に攻撃したいところだろうが、激しく消耗しているのは彼女も同じだ。サーシャも呼気を整えるのに必死だった。
(……サーシャ)
アッシュは、グッと拳を固めた。
恐らく、これが最後の勝負だ。
フォクス選手の一撃を凌げれば、サーシャの勝ちだろう。
だが、それは、フォクス選手の方も、よく理解しているはず。
すべてを賭けて、渾身の一撃を放ってくるに違いない。
「……いよいよ決着だな」
「……ああ。そうだな」
ゴドーの呟きに、アッシュが訥々と答える。
ラゴウは何も語らない。レナは静かにアッシュの腕を強く掴んだ。
VIPルームは、静寂に包まれた――。
(……フォクスさん)
一方、《ホルン》の中で、サーシャは神妙な顔を見せていた。
ビッグモニターに目をやる。
そこには、荒い呼吸のフォクス選手の姿が映されていた。
(……どうして?)
眉根を寄せる。
圧倒的に劣勢だった自分が消耗するのは分かる。
今も、呼吸が整い切っていなかった。汗も止まらない。
けれど、優勢だったフォクス選手が、どうしてあそこまで消耗しているのか。
肩で息をする彼女は、今にも倒れそうな顔色だった。
体力がないとも考えられるが、それにしてもあの消耗は異常だ。
(一体、何が起きてるの?)
疑問が浮かぶ。
しかし、ここで構えを解く訳にもいかなかった。
何故なら、フォクス選手の眼差しが、まるで死んでいないからだ。
燃えるような闘志を宿した眼光でサーシャを――《ホルン》を見据えている。
この強い眼差しがあるからこそ、異常を感じつつも、サーシャは構えが解けず、運営陣も試合を止められずにいた。
(……フォクスさんはまだ戦うつもりだ)
それを肌で感じ取る。
サーシャは、大きく息を吐き出した。
フォクス選手の闘志は、本当に見事なものだ。
彼女はこの大会で優勝したら、愛する人と結ばれるという話だ。
きっと、その人のことが、もの凄く好きなのだろう。
だが、それは、サーシャも同じことだった。
(うん。私だって負けられない)
愛機の性能も。
操手としての力量も、フォクス選手には及ばない。
けれど、想いの強さだけでは負けないつもりだ。
サーシャの愛する人は、今もどこかで彼女を応援してくれているはずだ。
彼の気持ちに応えたかった。
(……アッシュ)
サーシャは、キュッと唇を噛みしめた。
――何度、彼に助けられたことだろうか。
――何度、彼に抱きしめられて安堵したことだろうか。
彼のことを想うと、胸の奥がいつも熱くなる。
(……私は、アッシュのことが好き。愛している)
この想いは、サーシャの根源とも呼べる力だった。
サーシャは、操縦棍をグッと強く握りしめた。
――と、
『……サーシャ、さん』
おもむろに、シェーラが口を開いた。
サーシャは《パルティーナ》を見据えた。
『何でしょうか。フォクスさん』
『見事、な戦いでした』
シェーラは、まだ落ち着かない呼吸のまま語る。
『本当は……五分以内に、決着をつけたかった。それ以上は、とても、シェーラの体が持たない、から……』
ここまで粘られたのは、シャーラにとっては想定外だった。
彼女の未来の義娘は、本当に手強かった。
『だから、これが最後の勝負で、あります。シェーラが、先生から教わった闘技。未完成だけど、それに、すべてを賭けるので、あります』
『…………』
サーシャは無言で《パルティーナ》を見据えた。
恐らく、シェーラの言葉に偽りはない。
彼女は、残された力を使って、最後の勝負に出るつもりなのだろう。
サーシャとしては選択肢がある。
――受けるか。それとも、避けるかだ。
この場合、勝負を避けることが必勝に繋がる。
シェーラの消耗具合は尋常ではない。そう遠くない内に自滅するのは明らかだ。
――そう。この勝負に勝って。
アッシュと結ばれるには、勝負を避けることこそがベストなのだ。
(……だけど)
サーシャは、苦笑を浮かべた。
これが実戦ならば、その選択もありかもしれない。
だが、これは試合なのだ。
それも、互いの想いの強さをぶつけ合うための試合なのである。
だったら、ここで逃げる選択などあり得ない。
それをしてしまったら、アッシュを想うサーシャの気持ちが、シェーラの想いに負けていると宣言するようなものだ。
『……分かりました』
サーシャは、微笑んだ。
『フォクスさんの最後の勝負。お受けします』
『……ありがとうございます』
シェーラもまた微笑んだ。
『心から、感謝します』
そう告げて、シェーラの愛機・《パルティーナ》は片手突きの構えを向けた。
対するサーシャの愛機・《ホルン》も長剣を構えた。
互いの間合いは、およそ十数セージル。
二機は静かに対峙する。
観客席も、静寂に包まれた。
百人以上の人が集まっているというのに、誰一人、声を発さない。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く!
《パルティーナ》が紫の閃光となって《ホルン》へと突進する!
だが、やはり消耗は激しかったのだろう。
その動きを、サーシャは見切ることが出来た。
(――見えた!)
サーシャは目を見開き、《ホルン》を操った。
白い鎧機兵はわずかに重心を沈めて、長尺刀の切っ先をかわした。
(――凌いだ!)
最後の攻撃はかわした。
シェーラにもう余力はない。後は反転し、攻撃を加えるだけだ。
サーシャは勝利を確信した――その時だった。
(――違う!)
研ぎ澄まされた感覚で瞬時に悟る。
彼女は最後の一撃は、未完成の闘技と呼んでいた。
しかし、これはただの刺突だ。直前の《雷歩》も未完成の闘技などではない。
(ここから何かが来るんだ!)
瞬き以下の時間で、そこまで察した。
――来る。来るとしたら、やはり剣からか。
長尺刀の刀身は丁度、《ホルン》の真横に有った。
ぞわり、と悪寒が奔る。
それは、決して目には見えない。
けれど、サーシャの瞳には刀身を中心に空気が歪んだように見えた。
(――マズい!)
サーシャは、強い危機感を抱く。
サーシャは知らないが、この闘技の名は《阿修羅斬》と言った。
刺突から武具を中心に、無数の《飛刃》を四方へと撃ち出す放出系の闘技だ。
《金妖星》ラゴウが編み出した、独自の闘技の一つである。
サーシャは、咄嗟に左腕を刀身と機体の間に割り込ませた。
しかし、きっと、これだけでは腕ごと弾かれてしまう。
どうにか、どうにかこの攻撃を受け止めなければ――。
(……盾! 盾が欲しい!)
そう思うが、《ホルン》の円盾は、すでに壊れている。
いかに極限状態で思考が加速していても、時間が停まっている訳ではない。
サーシャは、絶望を抱きそうになった――が、
『ん。基礎ばっかじゃあしんどいか。なら、たまには闘技でも教えるか』
不意に、彼の声が聞こえた。
その瞬間、サーシャはイメージした。
恒力を以て構築する。刃を防ぐ、無数の盾を――。
そして、
――ゴウンッッ!
轟風が吹き荒れる!
(……勝ったのであります!)
シェーラは、勝利を確信していた。
師より授かった《阿修羅斬》。
未熟な彼女では、威力も低く、数も少ない《飛刃》しか生み出すことできないが、この近距離で受ければ、損傷は計り知れない。
少なくとも、左腕と頭部は破壊されるはずだった。
(やったのであります! 叔父さま!)
シェーラの口元が思わず綻びそうになった、その時だった。
――ゆらり、と。
《パルティーナ》が大きな影で覆われた。
(……え?)
シェーラが唖然として見上げると、
(な、何故!?)
そこには、右の拳を振り上げる《ホルン》の姿があった。
しかも、多少の斬撃の損傷はあるが、左腕も、頭部も無事の姿だ。
(ふ、不発……いえ……)
まさか凌いだ?
初見のあの闘技を?
『――やああああああッ!』
呆然とするシェーラをよそに、サーシャは吠えた。
鋼の拳を、勢いよく振り下ろしたのである。
――ドゴンッッ!
拳の形をした鉄槌は、《パルティーナ》の頭部を打ち抜いた!
その勢いのまま、《パルティーナ》の全身は地面に叩き伏せられる。
(………あ)
大きくバウンドする操縦席の中で、シェーラは目を見開いた。
ブツン、と外の映像が消えた。愛機の頭部が破壊されたせいだ。
『……フォクス、さん』
そんな中、声だけが聞こえた。
『……私の、勝ちです』
少女の声だ。最後まで雄々しく戦い抜いた少女の声だった。
シェーラは、拳をグッと固めた。
「~~~~~~ッッ」
声にならない声を上げる。
けれど、彼女は、最後まで正々堂々と戦ったのだ。
ならば、その勝利を祝うのは、せめてもの礼儀だった。
『……見事であります。サーシャさん』
『……はい』
サーシャは微笑んだ。
『……とても勉強になりました。ありがとうございます。シェーラさん』
敬意から、自然と名前で呼んでいた。
シェーラは、微苦笑を零した。
本当に、この子はアラン叔父さまによく似ていると思った。
『……やはり、こればかりは、諦めきれないのでありますね』
『え? 何がですか?』
キョトンとした、サーシャの声が聞こえる。
シェーラは「むむむ」と呻きつつ、嘆息した時だった。
『――おおおおおおおおおおおッ! 決着がッ! 決着がつきました!』
司会者が、声を張り上げた。
『遂にッ! 遂に、決着がついたのです! 勝者はサーシャ=フラム選手! サーシャ=フラム選手です!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
観客席からも、大歓声が上がった。
次々と人が立ち上がり、興奮の声を上げている。
そして、改めて司会者が宣告する。
『まさに手に汗を握る熱戦でありました! 前回の覇者を破り、見事優勝したのはサーシャ=フラム選手! 第十八回 《夜の女神杯》 優勝者は、サーシャ=フラム選手です!』
『……サーシャさん』
そんな中、シェーラが告げる。
『応えて上げてください。あなたは勝者なのですから』
『は、はい。シェーラさん』
まるで母のような優しい声で促されて、サーシャはコクコクと頷いた。
そして愛機・《ホルン》が拳を天に突き出した。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ‼」」」
大歓声と喝采は、留まることを知らなかった。
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しかし、そのアシュレイ家には、少し変わったお嬢様がいた。庭園の一角にある館、通称魔窟館に引きこもる公爵令嬢。コウタの幼馴染でもある少女だ。
外出を嫌い、ひたすら魔窟館に引きこもる幼馴染に対し、コウタは常々思っていた。次期当主がこのままではいけないと。そして内心では彼女をどうにか更生させようと思いつつ、今日も魔窟館に通うのだが……。
一応、王道っぽいファンタジーを目指した作品です。
1部ごとでライトノベル一冊分ほどの文量になります。
□本作品のクロスオーバー作品『クライン工房へようこそ!』も投稿しています。よろしければそちらもよろしくお願いします。
□『小説家になろう』さま『カクヨム』さま『マグネットマクロリンク』さま『ノベルアップ+』さまにも投稿しています。
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