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第15部
幕間二 贈り物
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「……お、おい」
その日の夜。
珍しく、ゴドーは頬を引きつらせていた。
場所は、最近よく通っている市街区の酒場。
そこには、旧友の姿があった。
「ア、アラン?」
先日のように、カウンターにアランは座っていた。
ただ、その顔が凄かった。
右側が、パンパンに膨れ上がっているのだ。
白い湿布を貼っているが、あまりにも痛々しい顔だった。
その上、アランは仏頂面である。
「どうした? その顔は?」
アランの隣に座り、ゴドーが尋ねる。
アランは、ぶすっと答えた。
「……あの野郎にやられた」
「……は?」
ゴドーは一瞬目を瞬かせるが、すぐに悟る。
「おい。お前、まさかあの乱闘に参加していたのか?」
今日の大会で、突如始まった大喧嘩祭。
ゴドーも参加したかったが、ラゴウに本気で止められて参戦できなかった。
しかし、まさか、現役の騎士であるアランが参戦していたとは……。
「………」
アランは無言だ。
ただ黙って、グラスに注がれた水を呑む。
ゴドーに一人で呑むなと止められていたため、水で誤魔化していたのだ。
ゴドーは嘆息する。
「やっぱり、サーシャちゃんのことか?」
「………」
アランは答えない。
ゴドーは深い溜息をついて、額に手を当てた。
――愛娘に近づく憎き男。
あの大乱闘に紛れ込んで、一発殴ってやろうと考えたのだろう。
しかし、結果は無残な返り討ち。
「無茶するなあ、お前……」
あの男は、ゴドーの目から見ても破格だ。
たとえあの人数でも押し切れない。
結果、今日の闘技場は、死屍累々の状況となったのだ。
「奴が、化け物なのは見ていて分かるだろう」
恐らくアッシュ=クラインの方には、サーシャの父を殴り飛ばしたという認識もないだろう。なにせ、あの人数だ。流石に相手の顔を確認する余裕はなかったはずだ。
そもそも、アッシュはアランの顔を未だ知らない――実は殴り飛ばした瞬間が初対面だったりする――のだが、流石に、ゴドーもそこまでは知らなかった。
「――くそう!」
――ドンッ!
アランは、両手をカウンターに叩きつけた。
「ヘルムさえ! ヘルムさえあれば!」
「いや。お前ら一族のヘルムに対するその絶大な信頼は何なんだ?」
ゴドーは、呆れたように呟く。
「やれやれ、愚痴ぐらい聞いてやるよ」
そう言って、ゴドーは酒を注文した。
あまりアルコール度の高くない酒を二人分だ。
「まあ、呑めよ」
今日は俺の奢りだ。
そう告げる。
アランは、前に出されたグラスの酒を一気に呑み干した。
ゴドーもクイッと一口、口につける。
「……ほう。意外といけるな」
「……むう」
ゴンっ、とアランがグラスをカウンターに強く置く。
その目はすでに座っていた。
酒に弱いのは相変わらずのようだが、まだ意識はしっかりしている。
「何なんだよ、あいつは。あのえげつない強さは」
「……まあ、あの男はな」
裏会社で最も恐れられている男。
当代最強の《七星》。
本来は、こんな田舎にいるような人物ではない。
まあ、破格といった意味では、ゴドーもそうなのだが。
「世の中、反則的な存在はいるってことだ。それよりもだ」
ゴドーは、今夜の本題を告げた。
「今日の大会も凄かったな。あの操手衣は実に素晴らしい。なあ、アラン」
ゴドーは、アランの顔を探るように見て尋ねる。
「お前、誰が好みだった?」
「……あン?」
アランは、座った目でゴドーを睨みつけた。
「好みだ? そんなのエレナに決まってるだろ!」
「いや、奥方殿のことではない」
ゴドーは嘆息した。
「大会に参加した選手の話だ。正直、お前の好みは誰だった?」
「……むむ?」
「ただの与太話だ。付き合ってくれてもいいだろう」
言って、ゴドーはもう一杯酒を奢った。
簡単に潰れてしまうアランだが、多少は酔っていた方が口も軽くなるものだ。
「この程度の与太話なら、奥方殿も笑って許してくれるだろう」
「……むむ。そうだなあ」
早速酔いが回ってきたのか、アランが座った目で語る。
「強いていうのなら、スコラ選手だな」
「………ぬ」
ゴドーは呻く。
出来れば、『彼女』の名前を言って欲しかったが、流石に無理か。
「他には誰かいないのか?」
「……そうだな」
ヒックとしゃっくりを上げつつ、アランは選手の名を告げる。
続けて挙がったのは、一回戦でサーシャと戦ったラスティ=グラシル選手。
次に出て来たのは、異国から出場した女傭兵。一回戦で敗退した選手だ。筋肉質だったが、大きな胸を持つ選手だった。
そして最後に挙がったのが、悩んだ末でのレナ選手だった。
悩んだのは、彼女がまるで少女にしか見えない容姿だったからだろう。
(……むむ。こやつ)
ゴドーは、瞬時に見抜いた。
いま挙げられた彼女たちの共通点とは――。
(……やはり、おっぱい好きなのか!)
ゴドーは、アランの亡き妻であるエレナ=フラムの容姿までは知らない。
しかし、明らかに母親似のサーシャの容姿を見れば、どのような美女だったか想像するのは容易だ。きっと、素晴らしいお胸さまをお持ちになられた方だったのだろう。
(……ぬうゥ、しかし、アランがおっぱい派であると……)
ゴドーは、眉間にしわを寄せた。
ゴドーの個人的な意見や嗜好としては、それを否定しない。
むしろ、どちらかと言えば、ゴドーもおっぱい派だった。
十三人(※二人は予定)の妻たちも、おっぱいが大きい者の方が多い。
例外は七番目の妻と、十三番目予定のミランシャぐらいだろう。
ただ、彼女たちにしても、決してスタイルが悪い訳ではない。
今日のミランシャのしなやかな美しさなど、改めて惚れ直したぐらいだ。
あれは、本当に素晴らしかった。
(う~む、実に撫でまわしてみたい……っと、思考が脱線したな)
閑話休題。
いま問題なのは、アランの好みだった。
(このままではまずいな)
ゴドーは考えた。
そして今度は少々きつめの酒を注文する。
瓶で出してもらったそれを、アランのグラスに注いだ。
「いいか、よく聞け。アラン」
「……ん?」
グラスに注がれた酒を呑み、ますます目が座ってくるアラン。
ゴドーは語り続ける。
「確かに、おっぱいは素晴らしいものだ」
「おう! エレナのおっぱいは世界一だったぞ!」
「そ、そうか。だが、思い出すんだ」
ゴドーは、トクトクとさらに酒を注いだ。
「奥方殿の魅力はそれだけだったか? 思い出せ。彼女の肢体を。主にその脚と背中をだ」
「おお? エレナの脚かぁ……」
アランはグラスを呑み干し、にへらと笑った。
「もちろん素晴らしかったぞ! うん! 素晴らしかった!」
「そうか!」
ゴドーは破顔した。
それから、アランの顔に指を突き出し、
「いいか。アラン。それを忘れるな。お前は美脚が好きなのだ」
そう告げて、ゆっくりと指先を回し始める。
「いいか。お前は脚が好き。背中が好き。腰のラインが好きなのだ」
「お、おう? 好き? 脚? 腰?」
アランは、反射的にゴドーの指先を目で追った。
そして何週かしたところで、
――バタンッ、と。
いつぞやの日のように、カウンターに突っ伏した。
ゴドーは、まじまじと旧友を見た。
しばらくして、寝息が聞こえてくる。
ゴドーは額を片手で拭い、ふうっと息を吐いた。
「効果があればよいのだが……」
「……いえ。主君」
不意に、背後から声を掛けられる。
ゴドーが振り返ると、そこにはラゴウがいた。
ラゴウは、顔に手を当てて呻いていた。
「一体、何をされておられるのですか」
「いや、せめて気休めでもな」
ゴドーは苦笑をする。
「ここまで来たのだ。やはり彼女には本懐を遂げて欲しいではないか」
「それは、吾輩も思いますが……」
ラゴウは、渋面を浮かべた。
何だかんだで生真面目な彼は、最もノリが悪い《妖星》だった。
「まあ、いいさ。それよりラゴウ」
ゴドーは問う。
「例の物は入手できたのか?」
その問いかけに、ラゴウは「はい」と答えた。
「第2支部に掛け合ってどうにか。転移陣で送らせました」
「そうか」
ゴドーは立ち上がった。
続けて、酔い潰れたアランを背負う。
「では、アランをガハルドの奴にでも押し付けたら早速行くか」
アランを背負い直し、ゴドーは笑う。
「アランの二人目の女神の元に。俺からの必勝のプレゼントを贈りにな」
その日の夜。
珍しく、ゴドーは頬を引きつらせていた。
場所は、最近よく通っている市街区の酒場。
そこには、旧友の姿があった。
「ア、アラン?」
先日のように、カウンターにアランは座っていた。
ただ、その顔が凄かった。
右側が、パンパンに膨れ上がっているのだ。
白い湿布を貼っているが、あまりにも痛々しい顔だった。
その上、アランは仏頂面である。
「どうした? その顔は?」
アランの隣に座り、ゴドーが尋ねる。
アランは、ぶすっと答えた。
「……あの野郎にやられた」
「……は?」
ゴドーは一瞬目を瞬かせるが、すぐに悟る。
「おい。お前、まさかあの乱闘に参加していたのか?」
今日の大会で、突如始まった大喧嘩祭。
ゴドーも参加したかったが、ラゴウに本気で止められて参戦できなかった。
しかし、まさか、現役の騎士であるアランが参戦していたとは……。
「………」
アランは無言だ。
ただ黙って、グラスに注がれた水を呑む。
ゴドーに一人で呑むなと止められていたため、水で誤魔化していたのだ。
ゴドーは嘆息する。
「やっぱり、サーシャちゃんのことか?」
「………」
アランは答えない。
ゴドーは深い溜息をついて、額に手を当てた。
――愛娘に近づく憎き男。
あの大乱闘に紛れ込んで、一発殴ってやろうと考えたのだろう。
しかし、結果は無残な返り討ち。
「無茶するなあ、お前……」
あの男は、ゴドーの目から見ても破格だ。
たとえあの人数でも押し切れない。
結果、今日の闘技場は、死屍累々の状況となったのだ。
「奴が、化け物なのは見ていて分かるだろう」
恐らくアッシュ=クラインの方には、サーシャの父を殴り飛ばしたという認識もないだろう。なにせ、あの人数だ。流石に相手の顔を確認する余裕はなかったはずだ。
そもそも、アッシュはアランの顔を未だ知らない――実は殴り飛ばした瞬間が初対面だったりする――のだが、流石に、ゴドーもそこまでは知らなかった。
「――くそう!」
――ドンッ!
アランは、両手をカウンターに叩きつけた。
「ヘルムさえ! ヘルムさえあれば!」
「いや。お前ら一族のヘルムに対するその絶大な信頼は何なんだ?」
ゴドーは、呆れたように呟く。
「やれやれ、愚痴ぐらい聞いてやるよ」
そう言って、ゴドーは酒を注文した。
あまりアルコール度の高くない酒を二人分だ。
「まあ、呑めよ」
今日は俺の奢りだ。
そう告げる。
アランは、前に出されたグラスの酒を一気に呑み干した。
ゴドーもクイッと一口、口につける。
「……ほう。意外といけるな」
「……むう」
ゴンっ、とアランがグラスをカウンターに強く置く。
その目はすでに座っていた。
酒に弱いのは相変わらずのようだが、まだ意識はしっかりしている。
「何なんだよ、あいつは。あのえげつない強さは」
「……まあ、あの男はな」
裏会社で最も恐れられている男。
当代最強の《七星》。
本来は、こんな田舎にいるような人物ではない。
まあ、破格といった意味では、ゴドーもそうなのだが。
「世の中、反則的な存在はいるってことだ。それよりもだ」
ゴドーは、今夜の本題を告げた。
「今日の大会も凄かったな。あの操手衣は実に素晴らしい。なあ、アラン」
ゴドーは、アランの顔を探るように見て尋ねる。
「お前、誰が好みだった?」
「……あン?」
アランは、座った目でゴドーを睨みつけた。
「好みだ? そんなのエレナに決まってるだろ!」
「いや、奥方殿のことではない」
ゴドーは嘆息した。
「大会に参加した選手の話だ。正直、お前の好みは誰だった?」
「……むむ?」
「ただの与太話だ。付き合ってくれてもいいだろう」
言って、ゴドーはもう一杯酒を奢った。
簡単に潰れてしまうアランだが、多少は酔っていた方が口も軽くなるものだ。
「この程度の与太話なら、奥方殿も笑って許してくれるだろう」
「……むむ。そうだなあ」
早速酔いが回ってきたのか、アランが座った目で語る。
「強いていうのなら、スコラ選手だな」
「………ぬ」
ゴドーは呻く。
出来れば、『彼女』の名前を言って欲しかったが、流石に無理か。
「他には誰かいないのか?」
「……そうだな」
ヒックとしゃっくりを上げつつ、アランは選手の名を告げる。
続けて挙がったのは、一回戦でサーシャと戦ったラスティ=グラシル選手。
次に出て来たのは、異国から出場した女傭兵。一回戦で敗退した選手だ。筋肉質だったが、大きな胸を持つ選手だった。
そして最後に挙がったのが、悩んだ末でのレナ選手だった。
悩んだのは、彼女がまるで少女にしか見えない容姿だったからだろう。
(……むむ。こやつ)
ゴドーは、瞬時に見抜いた。
いま挙げられた彼女たちの共通点とは――。
(……やはり、おっぱい好きなのか!)
ゴドーは、アランの亡き妻であるエレナ=フラムの容姿までは知らない。
しかし、明らかに母親似のサーシャの容姿を見れば、どのような美女だったか想像するのは容易だ。きっと、素晴らしいお胸さまをお持ちになられた方だったのだろう。
(……ぬうゥ、しかし、アランがおっぱい派であると……)
ゴドーは、眉間にしわを寄せた。
ゴドーの個人的な意見や嗜好としては、それを否定しない。
むしろ、どちらかと言えば、ゴドーもおっぱい派だった。
十三人(※二人は予定)の妻たちも、おっぱいが大きい者の方が多い。
例外は七番目の妻と、十三番目予定のミランシャぐらいだろう。
ただ、彼女たちにしても、決してスタイルが悪い訳ではない。
今日のミランシャのしなやかな美しさなど、改めて惚れ直したぐらいだ。
あれは、本当に素晴らしかった。
(う~む、実に撫でまわしてみたい……っと、思考が脱線したな)
閑話休題。
いま問題なのは、アランの好みだった。
(このままではまずいな)
ゴドーは考えた。
そして今度は少々きつめの酒を注文する。
瓶で出してもらったそれを、アランのグラスに注いだ。
「いいか、よく聞け。アラン」
「……ん?」
グラスに注がれた酒を呑み、ますます目が座ってくるアラン。
ゴドーは語り続ける。
「確かに、おっぱいは素晴らしいものだ」
「おう! エレナのおっぱいは世界一だったぞ!」
「そ、そうか。だが、思い出すんだ」
ゴドーは、トクトクとさらに酒を注いだ。
「奥方殿の魅力はそれだけだったか? 思い出せ。彼女の肢体を。主にその脚と背中をだ」
「おお? エレナの脚かぁ……」
アランはグラスを呑み干し、にへらと笑った。
「もちろん素晴らしかったぞ! うん! 素晴らしかった!」
「そうか!」
ゴドーは破顔した。
それから、アランの顔に指を突き出し、
「いいか。アラン。それを忘れるな。お前は美脚が好きなのだ」
そう告げて、ゆっくりと指先を回し始める。
「いいか。お前は脚が好き。背中が好き。腰のラインが好きなのだ」
「お、おう? 好き? 脚? 腰?」
アランは、反射的にゴドーの指先を目で追った。
そして何週かしたところで、
――バタンッ、と。
いつぞやの日のように、カウンターに突っ伏した。
ゴドーは、まじまじと旧友を見た。
しばらくして、寝息が聞こえてくる。
ゴドーは額を片手で拭い、ふうっと息を吐いた。
「効果があればよいのだが……」
「……いえ。主君」
不意に、背後から声を掛けられる。
ゴドーが振り返ると、そこにはラゴウがいた。
ラゴウは、顔に手を当てて呻いていた。
「一体、何をされておられるのですか」
「いや、せめて気休めでもな」
ゴドーは苦笑をする。
「ここまで来たのだ。やはり彼女には本懐を遂げて欲しいではないか」
「それは、吾輩も思いますが……」
ラゴウは、渋面を浮かべた。
何だかんだで生真面目な彼は、最もノリが悪い《妖星》だった。
「まあ、いいさ。それよりラゴウ」
ゴドーは問う。
「例の物は入手できたのか?」
その問いかけに、ラゴウは「はい」と答えた。
「第2支部に掛け合ってどうにか。転移陣で送らせました」
「そうか」
ゴドーは立ち上がった。
続けて、酔い潰れたアランを背負う。
「では、アランをガハルドの奴にでも押し付けたら早速行くか」
アランを背負い直し、ゴドーは笑う。
「アランの二人目の女神の元に。俺からの必勝のプレゼントを贈りにな」
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