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第14部

第六章 願い事一つだけ①

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「……………は?」

 クライン工房隣の大広場。
 やって来るなり陽気な笑顔で、「オレと決闘しようぜ!」などと告げてきたレナに、当然ながら、アッシュは眉をひそめた。

「お前、何言ってんだ?」

 当然の質問が出てくる。
 その場にいるサーシャや、オトハ、ユーリィもキョトンとしていた。
 すると、レナは、グッと右拳を固めてこう言った。

「まどろっこしい真似はもう止めだ」

 男前に笑う。

「ここは傭兵の流儀で行こうじゃねえか」

「いや。俺は職人だぞ。なんで傭兵の流儀が出てくんだよ」

「まあ、いいから聞けよ」

 アッシュのツッコミを切り捨てて、レナは言葉を続ける。

「アッシュも元傭兵なら、傭兵にとっての決闘って知っているよな。互いに対等な何かを賭けて戦うやつだ」

「そいつは知ってるが……」

 何となく昔を――初めてシャルロットと出会った日を思い出して、アッシュは少し頬を引きつらせた。まさしく、あれこそそうだった。
 結果、シャルロットは今、この国に来ているのだ。

「オレは、アッシュをオレの仲間にしたい」

 レナは、真っ直ぐアッシュを見据えて告げた。
 真剣な彼女の様子に、アッシュも、オトハたちも面持ちを改めた。

「けど、そのためにはアッシュは店まで畳まねえといけねえ。そいつは決断するには重すぎるだろ。だからさ」

 レナは右の拳を突き出した。

「鎧機兵戦で決闘だ。オレが勝ったら、アッシュはオレの仲間になる」

「いや、お前な……」

 ボリボリと頭をかくアッシュ。

「俺の賭けるものは転職とこの店か? 重すぎんだろ。そもそも仲間の件はもう断ったじゃねえか。決闘を受ける理由がねえよ」

「話は最後まで聞けよ」

 レナは、拳をアッシュの胸板に押し付けて告げる。

「この店を賭けるんだ。オレだって相当の代価を用意するさ」

 アッシュは眉根を寄せた。

「……一体何を……あっ」

 そこで思いつく。

「もしかして《夜の女神杯》の優勝賞金か? 確かに金貨二百枚は相当な大金だが、流石にこの店と釣り合いは……」

「それじゃねえよ」

 レナは、かぶりを振った。

「それは、アッシュが傭兵に戻るための支度金にするんだ」

「いや。勝手に支度金にすんなよ」

 アッシュは苦笑いを浮かべた。
 次いで、純粋な疑問としてレナに尋ねた。

「けどよ。ならレナが賭けるもんってなんだ? 何を賭けるつもりなんだ?」

「おう! よくぞ聞いてくれた!」

 すると、レナはニカっと笑って答えた。

「オレ自身だ!」

 一拍の間。

「……………は?」

 アッシュは眉をひそめた。
 サーシャ、オトハは目を丸くし、ユーリィは少し表情が消えた。

「そう! オレ自身さ!」

 レナは、自分の豊かなおっぱいをポンと叩いて、再度宣言した。

「アッシュが勝ったら、オレを好きにしてもいいぜ!」

「す、好きにって……」

 と、これはサーシャの声だ。
 口元を両手で押さえて、耳まで真っ赤にしている。
 一方、アッシュは半眼だった。

「……お前な。自分が何を言ってんのか、分かってんのか?」

「ああ! 当然分かっているさ!」

 レナの態度は揺るがない。
 満面の笑みのまま、アッシュに向かって大きく頷いた。

「アッシュの店の等価だからな。覚悟はしてるよ。オレを好きにしていいぜ。負けたら傭兵は引退だ。タダ同然の店員としてコキ使ってくれていい」

「……ああ、そういう意味かよ」

 それはそれで問題のような気はするが、アッシュが少し表情を和らげた。
 ――が、レナの台詞はさらに続いた。
 グッと親指を立てて。

「もちろん、エッチなことだって込みだぞ」

「……………………………おい」

「体力には自信があっからな! 毎晩だって覚悟済みだ! アッシュが望むのなら挟むし、どんな体位だってOKだぞ! 子供だってむしろ望むところだし――」

「おい。待てレナ。ステイだ。レナ」

 アッシュは額に青筋を立てた。

「お前、何を言ってんだ?」

「え?」レナはキョトンとした。が、すぐにポンと手を打って彼女は笑った。

「大丈夫。オレの初めては全部アッシュのもんだぞ。キスだってまだなんだ。だって、オレはまだ処女で――」

「うん。ステイ。レナ、ステイ。ちょいと歯を喰い縛ろうな」

 そして次の瞬間。

「――わふんっ!?」

 非常に珍しく。
 というよりも、生涯で初めて、女の子の頬をはっ倒すアッシュの姿がそこにあった。
 まあ、正確に言えば、レナの頬を殴打にならない程度で荒く掴み、そのまま横に放り投げたというのが正しいのだが。

「何すんだよ! アッシュ!」

 当然、無傷でレナは戻ってきた。

「それは俺の台詞だ!」

 アッシュは再び青筋を浮かべた。

「いきなり何口走ってんだよ、てめえは!」

「え? だって、アッシュは大きなおっぱいが好きなんだろ?」

 自分の豊かな胸を両手で挟みつつ、純真な顔で、レナはそんなことを言ってくる。
 アッシュはさらに怒鳴った。

「誰情報なんだよ! それは!」

「え? サクだけど?」

「――サクヤあッ!?」

 驚愕するアッシュをよそに、レナはオトハとサーシャを指差してさらに告げた。

「それに、オトハもサーシャも、おっぱい大きいし」

「え」「い、いや……」

 いきなりそう言われて、サーシャとオトハが顔を赤くした。

「なあ、オトハ」

 レナは、オトハに視線を向ける。次いで、とんでもない質問をしてきた。

「サクから聞いたんだけど、オトハってもうアッシュとエッチなことしたんだろ? どんな感じだったんだ?」

「―――――え」

 一瞬ポカンとするオトハ。が、すぐに、

「――なななッッ!?」

 激しく狼狽して後ずさった。対し、レナはどんどん前に進んでいく。

「なあなあ。どんなんだったんだ?」

 穢れのない無垢なる眼差しで、レナが聞いてくる。
 オトハは後ずさりしながら、何度もアッシュに視線を送った。
 オトハの瞳は、ぐるぐると回り始めていた。

「その、私と、ク、クラインは……トウヤは……」

「お、おい! オト! やめろレナ! オトはその手の話に弱いんだ!」

 慌ててアッシュが止めようとするが、オトハは完全にパニックになっていた。
 自分の胸元に視線を落とし、二度に渡る夜を思い出して……。
 ――ぷしゅうう……。
 そんな音が出そうなぐらい、頭から湯気を出した。
 そして、大きな胸を隠すように両手で覆って、その場に座り込んだ。
 三角座りで視線は地面を向いている。完全に停止状態だ。

「オ、オトっ!?」

 アッシュもつられて顔を赤くした。
 すると、レナは、それ見たことかと胸を張った。

「やっぱそうじゃねえか。アッシュは大きなおっぱいが好きなんだ」

「止めろっ!? 風評被害だぞっ!? それっ!?」

 アッシュが叫ぶ。と、

「――異議あり!」

 ユーリィが手を上げて、声を張り上げた。

「ん? 何だよ。がきんちょ」

 レナがそう言うと、ユーリィはムッとした顔で答えた。

「確かにアッシュは大きなおっぱいが好き。それは認めざるを得ない」

「おおォいっ!? ユーリィ!?」

 アッシュは、愕然とした顔で愛娘を見やる。
 一方、可愛い愛娘は「だけど!」と言葉を続けた。

「アッシュは性格重視! それはすべてに優先されることなの!」

「……ふん」

 しかし、その異議をレナは鼻で笑った。

「確かにアッシュは性格重視かも知んねえ。けど現実を見ろ。あれを見てみな!」

 レナは、座り込むオトハを指差した。ユーリィは目を瞠った。

「そしてあれも見ろ!」

 次いで、サーシャを指差した。主に胸部を。
 サーシャは「え、えっと……」と顔を赤くして肩を震わせた。

「そんでサクを思い出せ!」

 レナは、トドメとばかりにユーリィの眉間を指差した。
 ユーリィは、愕然とした表情を浮かべた。
 続けて、恐る恐る自分の胸元に視線を落とす。
 確実に成長はしている。凹凸もあって今も膨らみかけだ。
 けれど、サクヤの胸を思い出して……。

「………………ぐふ」

 絶望の表情を浮かべるなり、その場にガクンと座り込んだ。

「――ユーリィ!?」

 愛娘の撃沈に、アッシュは駆け寄ろうとする。
 ――が、

「なあなあ、アッシュ」

 忍び寄ってきたレナに、片腕を掴まれてしまった。
 続けて彼女は豊かな胸を目いっぱいに押し付けて、こう告げた。

「アッシュは、大きなおっぱいが好きなんだろ? な、いいだろ。ちょっとだけ。ちょっとだけだから決闘しよ? ちなみに、オレが勝った場合でも夜の件はOKだ。オレはアッシュが好きなんだ。アッシュだけの女になるつもりなんだ」

「お前、さりげなくとんでもない宣言をしてきてんな!?」

 直球で愛の告白をされて、流石にアッシュも顔が少し赤くなる。
 一方、レナは変わらず直球だ。さらに胸を腕に押し付けて。

「うん。オレはアッシュの女になるんだ。そこは確定だな。あとはアッシュが傭兵になるかどうかなんだよ。なっ、いいだろ? 決闘ぐらい。だって、勝っても負けても、アッシュはオレのおっぱいを好きに出来るんだぜ」

「お前な!? それはそれでセクハラなんだぞ!?」

 もう一度放り投げてやろうか、と考えた時だった。

「先生。落ち着いてください」

 唯一健在であるサーシャが、そう声を掛けてきた。

「ここは私に任せてくださいませんか」

 愛弟子は穏やかに微笑んで語る。アッシュは「お、おう」と頷いた。

「……何だよ。サーシャ」

 敵の気配を感じ取ったか、レナがアッシュの腕を離して、サーシャの前に立つ。
 サーシャは微笑みを絶やさずに、

「先生が大きなおっぱいが好きなことは、とても良いことですが――」

「え? メットさん……?」

 アッシュの困惑の声を無視して、言葉を続ける。

「自分の人生すべてを賭ける決闘なんて、同じ女性として見過ごせません」

 実は以前、自分も同じような決闘をしたことがあるのだが、サーシャは棚に上げた。
 そもそもレナの知らないことであり、全く関係のない話だ。
 サーシャは話を続ける。

「いきなり決闘というのもやりすぎだと思います。だからこうしませんか?」

 一拍おいて。

「《夜の女神杯》」

 サーシャは、悪戯っぽく頬に指を当てて告げた。

「そこで優勝した人が、先生に一つだけ何かをお願いできることにするんです」

「……へえ。面白れえことを言うな」

 レナは不敵に笑った。

「要はオレが優勝したら、アッシュに決闘をお願いするってことか」

「はい。そういうことです」

 サーシャは、にっこりと笑って答える。
 まるで聖女のような微笑だが、そこには揺るがない意志があった。
 レナは、双眸を細めた。

「……面白しれえな。サーシャは」

「そうですか?」

 小首を傾げるサーシャに対し、レナは笑った。

「いいぜ! 受けてやらあ!」

 レナは、話に置いてけぼり状態のアッシュに目をやった。

「お前もそれでいいよな! アッシュ!」

「お、おう?」

 それは困惑の声だったのだが、レナは承諾と受け取った。

「決まりだな!」

 ニカっと笑う。

「今日は帰るよ! オレの愛機は明日取りに来るからさ! メンテナンスの方、しっかり頼むぜ! アッシュ!」

 言って、レナは走り出した。
 元気娘の姿は、みるみる内に見えなくなった。
 それを見届けてから、サーシャは、アッシュに微笑みながら告げた。

「それじゃあ、それでよろしくお願いしますね。先生」

「え、いや、それでって……」

 アッシュが困惑していると、サーシャは両の拳を固めて宣言する。

「大丈夫です。私が先生のお店を守りますから」

「あ、そういうことか」

 ようやく得心がいく。
 サーシャは、まず自分から決闘を引き受けてくれたのだ。サーシャが勝てればよし。負けても次はアッシュが控えている。二段構えの構図だ。

「ああ、悪りい……」

 ボリボリと頭をかきながら、サーシャの元に近づいていく。
 何というか、色々と暴露された気分でまだ顔が少し熱い。ちらりと目をやると、ユーリィもオトハもまだ座り込んでいた。

「メットさんは全然関係ないのにな。レナの奴も無茶苦茶言ってくれるよ」

「ふふ、気にしないでください」

 サーシャは微笑む。

「それに、私が優勝したら、お願い事を聞いてもらうのは一緒ですから」

「うわ。そうなるのか」

 アッシュは、ポリポリと頬をかいた。

「まあ、そん時はお手柔らかに頼むよ」

「ふふ、そうですね」

 そこで、サーシャは視線を落とすように、自分の胸元に目をやった。
 数瞬の沈黙。
 サーシャは顔を上げると、にへらと笑った。

「ふふふ、そこまで無茶な願いは言いません。ただ、先生……アッシュにしか出来ないことを願うつもりですけど」

「ん? そうなのか?」

 アッシュは、小首を傾げた。

「はい。私のお願い事はその時まで秘密ということで。それじゃあ先生」

 サーシャは、ぺこりと頭を下げた。

「今日の講習、ありがとうございました。今日はこれで失礼します」

「おう。復習も忘れずにな」

 アッシュは、ポンとサーシャの頭に手を乗せた。
 愛弟子は嬉しそうに微笑む。

「はい。では、失礼します」

 言って、クライン工房の壁沿いに置いてあったブレストプレートを装着し直し、ヘルムを脇に抱えると、サーシャもまた去って行った。
 その場に残されたのは、アッシュと、未だ沈黙するオトハとユーリィだけだ。
 アッシュは、しばし困った顔で二人を見つめていたが、

「……あれ?」

 ふと、気付く。

「願い事って……なんか、俺にメリットが一つもなくねえか?」
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