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第14部

第五章 宣戦布告①

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 その日の夜。
 レナは、宿の大浴場でキャスリンと今日の話をしていた。

「へえ、そんな大会があるのかい」

「おう! 楽しそうだよな!」

 ――ゴシゴシゴシ、と。
 レナは、自分の裸体を一生懸命に洗い続けている。
 スポンジをこすりつけた全身が泡塗れだった。
 キャスリンは、そんなレナの様子を湯船に浸かりながら眺めていた。

「随分と、念入りに洗うんだね」

「おう。傭兵稼業だと風呂に入れる機会がない時もあるしな。それに」

 そこで、桶に入ったお湯を体にかけた。
 バシャアッ、と大量の泡とお湯が流れていく。

「いつアッシュに求められてもいいようにしとかなきゃな!」

「……そっか」

 キャスリンが苦笑する。
 それから、改めてレナの裸体を一瞥する。
 下着も着けていないというのに形が一切崩れない豊かな双丘。何度、ゆさりと揺れても張りが衰えることもない。お尻の肉付きも見事なものだ。さらには引き締まった腰に、しなやかな四肢。それらに沿って、お湯が流れていく。
 何度も見ても、極上の美少女である。
 実年齢は少女ではないのに、十代の輝きを放っていた。

「…………」

 ちらりと自分の胸元に、視線を落とす。
 ホークスは「お前は、お前のままで、いい」と言ってくれるが、やはりレナに比べると貧相であると判断せずにはいられない。
 そんなことを考えて少しヘコみつつ、キャスリンは話を続けた。

「けど、その大会、凄い賞金額だね」

「確かにな。だから、オレも出ることにしたんだ」

 体を洗い終えたレナは、キャスリンの元に来ると、湯船に浸かった。
 パシャパシャ、と両手で顔を洗う。

「トウヤには、オレの《レッドブロウⅢ》を最優先でメンテナンスしてくれって、今日の内に頼んだよ。二日でしてくれるって。キャスのも考えたけど、流石に二機を突貫でメンテナンスしてもらうのはな」

「うん。確かにね。仕方がないか」

 キャスリンは、湯船の縁に両腕をかけて口角を崩した。
 四機中、二機を突貫でメンテナンスしてもらうのは厳しいだろう。

「オトハも出ようかなって言ってたんだけど、なんかアッシュに、お前とミラ……なんとかさんは自粛しろって言われてたな」

 と、レナが言う。キャスリンは眉根を寄せた。

「オトハって、レナが会った傭兵の名前だよね? 彼女は出場を止められたのかい?」

「うん。アッシュがダメだって。渋ってたよ」

「……ふ~ん」

 キャスリンは、天井を仰いだ。話を聞いている限り、レナは出場をOKされたが、そのオトハという傭兵は自粛しろと止められたそうだ。

(……気に入らないね)

 それは、アッシュが、オトハよりもレナの方が、実力が低いと判断したということだ。
 レナのレベルならば、自粛の必要がないと考えた訳だ。

(……《鉄拳姫》レナも侮られたものだね)

 キャスリンは、少し不快感を覚えつつも苦笑いを浮かべた。
 オズニア大陸で活動する傭兵は、ギルドによって序列が付けられている。
 ギルド登録時に配布されるギルドタグに、順位が刻まれるのだ。
 年に一度、これまでの活動を考慮し、また模擬戦などを実施することで、その年の順位が更新されるのである。

 例えば、現在のキャスリンの序列は第二十八位。
 ホークスは第十四位。ダインは第七十七位になる。
 総勢で五桁にも及ぶ中でも、全員が二十代で二桁に至っている傭兵団はそうはない。

 そしてレナに至っては第八位。一桁ナンバーだった。
 女性の傭兵としては第二位になる。レナの実力は別格なのだ。

 親友であり、団長でもあるレナを見くびられた気分になるもの当然だった。
 しかし、考えてみれば、それも仕方のないことだった。
 オズニア大陸では、その名を知らない傭兵がいないレナも、訪れたばかりのセラ大陸ではまだまだ無名だ。きっと、そのオトハという人物は、セラにおいて、かなり名を知られた傭兵なのだろう。元傭兵のアッシュはそれを知っていたから止めたのだ。

 単純に知っていたか、知らなかったかの差だ。

(なら、知らしめようじゃないか)

 キャスリンは、不敵に笑う。
 そして、

「レナ」

「ん? 何だ?」

 そろそろ湯船で泳ぎ出そうとしていた団長に、キャスリンは告げる。

「立ち塞がる相手すべてをぶっ飛ばして、勝利を掴みたまえ」

 グッ、と親指を立てる。

「そして圧倒的な力で、優勝賞金をかさらってやろうじゃないか!」

「おう! 分かっているさ!」

 レナは、ニカっと笑って応えた。

「ビラル金貨が二百枚もあれば、アッシュが傭兵になる支度金としてもお釣りがくるぐらいだしな!」

「うん、そうだね。ところでレナ」

 表情を小悪魔的なものに変えて、キャスリンはレナに詰め寄った。

「肝心のアッシュ君の方はどうなんだい? 上手く口説き落とせたのかい?」

「う~ん、それが嫌だってさ。店も軌道に乗ってるのに、なんで傭兵にならなきゃなんねえんだよって……」

 レナは、ボリボリと頭をかいた。
 それに対し、キャスリンは嘆息した。

「そりゃあ直球で聞いたらそうなるよ。ちゃんと搦め手で望まないと」

「搦め手って?」

 キョトンとするレナに、キャスリンは悪戯好きの笑みを浮かべた。
 そして正面から、レナの豊かな胸を鷲掴みにする。

「もちろん、これを使うのさ。それにしても相も変わらず柔らかいな。どこまで沈み込んでいくんだよ。くそ」

 もみもみと感触を味わいながら、キャスリンは続ける。

「君はアッシュ君に惚れているんだろう? 自分の初めてを捧げてもいいくらいに」

「うん! そうだぞ!」

 レナは笑って答える。

「オレはアッシュに女にしてもらう予定なんだ!」

「……うん。迷いがないのはレナらしくていいことだけど」

 キャスリンは、レナから手を離して告げる。

「だったら、早く一線を越えてしまいたまえ。彼を君に夢中にさせるんだ」

 身もふたもない言い方をすれば、色仕掛けという奴だ。

「結局、ぼくもその方法でホークスをGETしたからね。レナならイチコロさ」

 レナと付き合えるのなら、所属している傭兵団を辞めてもいい。
 今までそう言い出した傭兵は幾らでもいた。
 それほどまでに、レナは魅力的なのである。

「君が嫌なら絶対に止めるし、何より君自身が拒否するんだろうけど、今回は別だろう? 初めては恥ずかしいだろうけど勇気を出して望めばいいさ」

 と、アドバイスするのだが、レナは眉をひそめた。

「いや、それがさ」

 レナは、少し視線を落として語った。

「アッシュってさ、ハーレム築いているって話だったろ」

「え?」キャスリンがキョトンとする。「あ、そういえば、そんな話だったよね」

 眉根を寄せた。

「もしかしてあれは本当だったのかい? そっかあ、それは嫌だよね……」

「いや、そこは別にいいんだ。強い雄に雌が沢山いるのは自然の摂理だかんな」

「……いや、いいのかい? その考えは?」

 キャスリンは少し顔を強張らせたが、構わずレナは言葉を続ける。

「そんで、実はオレ、ハーレムメンバーっぽい奴らともう会ってんだ。サーシャと、多分オトハも。サーシャの方はキャスも印象に残ってんだろ」

「……まあ、凄い美少女だったしね」

 キャスリンは、あごに指先を当てて思い出す。
 美しい銀色の髪に、目を瞠るような美貌。レナにも劣らないスタイル。
 あの髪の色からして、彼女は《星神》の血を引いているのだろう。
 確かに、とんでもないレベルの美少女だった。

「でさ。今日会ったオトハなんだけど……」

 レナは、自分の胸を左右から挟んで渋面を浮かべる。

「オトハも、サーシャやオレ並みに胸が大きいんだよ。足とか腰とかのスタイルも抜群だった。顔だってすげえ綺麗でさ。あのクラスが二人もいるなんて流石に想定外だ」

「……え? オトハって人は、君やあの子にも匹敵するかい?」

 キャスリンは、軽く目を剥いた。
 レナもサーシャも、そうそうお目にかかれないレベルの容姿だ。
 この二人に匹敵するような女性がまだ出てくるとは、かなり驚きだった。

「正直、アッシュを、オレだけに夢中にさせんのは難しいかも知んねえ……」

 レナは少しだけ気落ちした様子で呟く。

「ええェ~……」

 キャスリンは、困惑した顔を浮かべた。

「じゃあ、諦めるのかい?」

「そんな訳ねえだろ」レナは即答した。「今のままだとダメだってことだよ」

 そう言って、彼女はズズイとキャスリンに詰め寄った。

「そんでアドバイスが欲しんだ。さっき、キャスはホークスを色仕掛けでGETしたって言ってたろ? 具体的にはどうやったんだ?」

「ぐ、具体的!?」

 キャスリンは、思わず後ずさった。
 まさか具体的な内容を聞かれるとは思わなかったのだ。
 カアアっと顔が赤くなるのは、入浴のせいだけではなかった。

「い、いや」しどろもどろに答える。「あ、あの頃のぼくは、その、まだ経験もなくて、結構大胆って言うか、とにかく捨て身になっていたって言うか……」

「なるほど。捨て身か」

 レナは腕を組んで「うんうん」と頷く。

「だ、だってさ、いくらアピールしてもホークス全然応えてくれないから。それで、思い切って、あの夜、ホークスのベッドに忍び込んだんだけど……」

「うん。それで? それで?」

「そこで口論になったんだ。お前は何を考えているんだって。それでお互いに熱くなってたんだけど、ぼくが自暴自棄になって飛び出そうとしたら、ホークスがお前は危なっかしいから放っておけないって言って、そのまま……」

 自分の口で語って、キャスリンは顔から火が出そうだった。
 あの夜は彼女も大概テンパっていた。あまりにホークスが『自分を大切にしろ』を連呼するため、売り言葉に買い言葉で『自分を大切にしろなんてうるさい! じゃあ処女じゃなかったらいいんだろ!』と叫んで、飛び出そうとした。
 あのままだと、勢いでそこらの男と一夜を共にしていたかもしれない。
 それが分かったからこそ、ホークスも彼女を受け入れたのだろう。

 しかし、思い出として語るにしても恥ずかしすぎる内容だった。
 キャスリンは、ブクブクと湯船に沈んでいった。

「なるほどな!」

 一方、レナは、キランと瞳を輝かせた。
 ザバアっ、とキャスリンを両手でサルベージして確認する。

「要はオレも『危なかっしいな』『放っておけねえ』って、アッシュに思わせればいいんだな! 『傍に置いとかなきゃダメだ、こいつ』って思ってもらえればいいんだ!」

「い、いや、ぼくが言うのは何だけど、それは間違っているような……」

 キャスリンがツッコみを入れた、その時だった。

「……おや。先客がいるようですね」

 不意に、第三の声が聞こえた。
 どうやら他の客が入浴しにきたようだ。

「あら。そうなの」

 もう一人分の声もする。入浴に来たのは二人のようだ。
 レナとキャスリンは、声の方に振り向いた。
 そして、そこにいたのは――。
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