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第14部

幕間一 夜の密談

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 その日の夜。
 王城ラスセーヌ。
 メルティアに用意された部屋にて。

「……え?」

 アッシュの実弟であるコウタは、キョトンとした顔をした。

「ですので、私もお義兄さまのお手伝いをすることになりました」

「いや。それはいいけど……」

 コウタは、軽く驚いた様子で目を瞬かせた。

「レナさんがこの国に来ているの?」

「はい。そうですが……」

 ベッドの縁に座るメルティアは、コウタを見つめた。

「やはり、コウタもレナさんを知っているのですね」

「うん」コウタは頷いた。「昔、ボクの家に一週間ぐらい泊まった人なんだ」

 確か、レナは採集系の依頼で、クライン村に訪れた傭兵の一人だった。
 レナを含めて、たった五人の傭兵団。
 しかし、その傭兵団が最悪で……。

「レナさんは、団に裏切られた人でね」

「どういうことですか?」

 メルティアが、小首を傾げた。
 コウタは少し……というよりも、かなり気まずげな顔をした。

「その、レナさんの当時の傭兵団って、レナさんの実力だけじゃなくて、容姿も含めて、彼女を入団させていたんだ。えっと、その……」

 コウタは言葉を詰まらせた。
 当時のレナの傭兵団は、彼女以外は全員が男だった。
 身も蓋もなく言ってしまえば、当時のレナの傭兵団は、彼女を性処理も兼ねた仲間として入団させていたのだ。

 当然だが、レナはそんな承諾はしていない。
 傭兵団は、仕事を装ってレナに怪我をさせてから、無理やり彼女を手籠めにするつもりだったようだ。そのために、わざわざ森奥深いクライン村まで来たとのことだ。

 もはや、完全なる犯罪行為である。
 結句、その傭兵団は、最初から性奴隷を求めていたのだ。
 その計画は、かなり危ういところまで進んだのだが、結果から言えば、その傭兵団は兄にあっさりと潰された。兄の怒りを買ったのだから当然の末路だ。
 もちろん、レナの貞操も無事である。

 コウタはその経緯を、出来るだけオブラートに包んでメルティアに伝えた。

「……と、まあ、そんなことがあったんだ」

「……最低の傭兵団ですね」

 メルティアが、不快そうに呟く。

「……うん。ボクもそう思うよ。まあ、そんな非道なことを考えてるから、兄さんに潰されたんだけど」

 当時はただの農民だった兄だが、その腕っぷしの強さはすでに破格だった。
 まるで雑草でも引き抜くように、兄は現役の傭兵たちを、次々と殴り飛ばしていったのである。その光景は、たまたまその場に居合わせることになったコウタにとっては、衝撃的なものだった。きっと、当事者であるレナや、傭兵団の男たちはさらにだろう。

 なにせ、人が拳で飛んでいくのだ。
 傭兵団の男たちにとっては、魔獣と出くわしたような気分だったかもしれない。

 その後、兄は足を怪我したレナを、ヒラサカ家まで連れ帰ったのである。

「ボクも、レナさんには可愛がってもらっていたよ」

 彼女の人懐っこい笑顔は、コウタもよく憶えている。
 行方知らずではあるが、コウタと同い年ぐらいの妹がいるという話も聞いた。
 メルティアの話によると、その妹さんも無事見つかったようだが。

「レナさんかあ……」

 コウタは、目を細めた。

「あれからもう八年も経つんだ。きっと、綺麗な人になっているだろうね。当時から凄く可愛い人だったし」

 傭兵繋がりで、オトハのような凛々しい姿を思い浮かべる。
 まさか、一切容姿が変わっていないとは、夢にも思わないコウタだった。

「そ、そうですね……」

 レナの姿は、メルティアもこっそり確認しているので、少し頬を引きつらせた。
 どう見ても、彼女は、自分と同世代にしか見えなかったからだ。
 一方、コウタは無邪気に笑う。

「うん。折角だし、会ってみたいな」

「そ、そうですね。ですが」

 メルティアは、あごに指先を当てた。

「レナさんとは、どんな人なのですか?」

 レナが、アッシュに好意を抱いているのは一目瞭然だった。
 恐らく彼女はしてくる。
 相手こそ違うが、自分も同じ状況にあるメルティアの直感は、そう告げていた。
 親友であるユーリィや、愛弟子のルカのためにも情報は探っておきたい。

「う~ん、そうだなあ」

 コウタは記憶を探った。
 天真爛漫で、小さなことは気にしない大らかな性格。
 行動力はあるが、考える前に動いている。
 好き嫌いがはっきりしている。
 子犬のような人懐っこさで好きなものに対しては、極めて積極的だった。
 特に兄に対しては、溢れんばかりの好意をぶつけていた。

 コウタは、苦笑を浮かべた。
 レナにとって、人前で抱きつくことなど当然の行為だった。
 その様子に冷たい眼差しを向ける義姉の姿は、今でも脳裏に焼きついていた。

 他人事であるコウタでさえ、恐れる義姉の表情。
 しかし、レナは一切気にしないのだ。
 むしろ義姉の視線に、兄の方の顔が強張っていたぐらいだ。

 コウタは、十数秒ほど考え込む。
 そして、

「その……レナさんは」

 アッシュの弟は、言葉を詰まらせながらも、告げた。

「……いわゆる『アホの子』だったかな?」



 ――と、コウタが率直な意見を告げていた頃。
 市街区にある、とある宿屋にて。

「んふふ~、んふふ~」

 かつて弟のように可愛がっていたコウタに、『アホの子』認定されているなど露とも知らずに、レナは、ベッドの上でゴロゴロと転がっていた。
 風呂上がりのレナは、ご機嫌だった
 ここにチェックインした時とは、別人のようなテンションである。
 今は、上はノースリーブの革服。下は黒のスパッツだけという大胆な格好で、ベッドの上を蹂躙している。

「トウヤあぁ、トウヤあぁあ」

 ボフボフッと頭を枕に叩きつける。
 ――生きていた! やっぱり生きていた!
 頭の中はそれでいっぱいだ。
 しかも少年だった頃よりも、カッコよくなっている。

「トウヤああぁ」

 レナは、ぎゅうと枕を抱きしめた。
 トウヤが死んだと聞かされ、深く落ち込み。
 トウヤが生きていたと知って、心が弾んだ。

(やっぱ、オレって)

 もはや疑うまでもない。
 あの日から、自分はトウヤにずっと惚れているのだ。

(というより、これってもう運命だよな)

 レナは枕に顔を押し付けた。はみ出た耳が赤くなっている。
 こんな全く縁のない異国の地で再会したのだ。
 自分はトウヤの腕の中に納まるのが、運命なのだと感じずにはいられなかった。
 いずれにせよ、今は喜びが抑えきれない。
 仮に犬のような尻尾があったなら、ブンブンと振っていたことだろう。
 ただ、幾つか気になることもあった。

「……う~ん」

 レナは、顔を上げた。
 一つはサクヤのことだ。
 当時、トウヤの恋人だった少女。
 長らく離れ離れになったそうだが、今はこの国にいるらしい。
 結局、トウヤは彼女と今も付き合っているのだろうか?

 一つは街で聞いた噂。
 どうも、トウヤはハーレムを築いているらしい。

 実のところ、レナには、ハーレムに対する忌避感や嫌悪感はない。
 というより、レナの育った貧民街では、むしろ一夫一妻の夫婦というのが珍しく、女は体を売り、裕福な男が気まぐれで女を買う。一夜限りの逢瀬もあれば、気に入ったのなら妾にする。そんなことが当たり前の世界だった。

 ちなみに傭兵の世界も少し似ている。
 強い傭兵には、数人の女がいることが多かった。
 中には、自分以外は全員が女で愛人という傭兵団もあるぐらいだ。

 レナにとって、複数の女を囲う男というのは、さほど珍しくもないのだ。とは言え、流石に女を奴隷のように扱っている連中だけは許容できないが。

 閑話休題。
 いずれにせよ、トウヤは強い。

 会うのは久しぶりだったが、間近で触れて、改めて彼の力強さを感じた。
 レナを乗せても全く揺らがない体幹に、無駄なく鍛え上げられた筋肉。最初に見た時に予想した通りだった。こっそり触れた上腕筋や腹筋は本当に凄かった。次は直で触らせてもらおうと思っている。
 恐らく、トウヤは傭兵としても、相当に名を馳せていたのだろう。
 強い男の周りに女が集まるのは自然なことだ。
 だから、彼がハーレムを築いていても不思議ではない。

「う~ん、けど」

 あごに手をやり、レナは考える。
 ならば、ハーレムメンバーとはどんな女たちなのだろうか。
 まず脳裏に浮かんだのは、ユーリィだ。
 トウヤの養女という彼女は、サクヤにも劣らないほどに綺麗な子ではあったが、レナから見ればまだまだ子供だった。なにせ――。

「……ふふん」

 レナは、自分の豊かなおっぱいを左右から挟んで鼻を鳴らす。
 戦闘では邪魔で仕方がないが、やはりこれは強力な武器にもなるようだ。
 多分、ユーリィは違う。まだまだお子さま過ぎる。
 しかし、ユーリィと一緒に現れたサーシャという少女は違っていた。
 彼女もまた、もの凄いレベルの美少女だった。
 しかも、そのプロポーションときたら、素晴らしいの一言である。
 すらりとした四肢に、キュッと引き締まった腰。何故か、ブレストプレートを着ていたため、確証はないが、おっぱいも相当大きいだろう。

「……むむむ」

 恐らく、サーシャの方は、ハーレムメンバーの一人なのかもしれない。

「あのレベルかあ……。トウヤは相変わらずモテるんだなあ……」

 ボフンっと枕に突っ伏した。
 と、その時だった。ドアがノックされたのは。

「団長。ぼくだよ」

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。キャスリンの声だ。

「――おう! 来たか!」

 レナは、ガバッと跳ね起きた。
 続けて、その場で胡坐をかくと、ドアに向かって「入っていいぞ」と声を掛けた。
 数瞬の間を空けて、ドアはゆっくりと開かれた。
 まず入って来たのは《フィスト》の副団長であるキャスリンだ。
 しかし、

「………レナ」

 入るなり、レナの親友は溜息をついた。

「ん? どうした?」

 レナは小首を傾げる。と、キャスリンは、ドアの外にいるホークスとダインに、「すまないが、少しだけ待っていてくれないか」と告げて、ドアを閉めた。
 レナは、キョトンした。
 それに対し、キャスリンは嘆息した。

「……レナ。流石にその恰好はないよ。せめてパンツぐらいは履いてくれ」

 そう言って、床に落ちていたホットパンツを、レナの方に放り投げた。
 レナは、ホットパンツを両手でぱしっと受け取った。
 レナは目を瞬かせた。

「え? なんでだ? 部屋の中だし、こっちの方が楽じゃねえか?」

「……レナ」

 そう言うと、キャスリンは額に手を当てて、かぶりを振った。

「君は本当に無防備だね。もう少し女性として警戒したらどうだい」

 そう告げても、レナはキョトンとしたままだ。
 今のレナの姿は、女性的なラインが丸出しだった。
 たとえ相手が仲間だけだとしても、これは流石に煽情的過ぎる。
 少なくとも、キャスリンとしては、恋人ホークスには見せなくない姿だった。まあ、自分と比べるとヘコんでくるのも事実だが。

「まったく、君ってやつは……」

 キャスリンは、疲れ果てたように肩を竦めた。

「アホの子ぶりが復活したのはいいことだけど、少しは気を遣いなよ。危うく手籠めにされかけたことだってあるんだろう?」

「ふんっ、それはオレが未熟だった頃の話だ!」

 レナは、ホットパンツをとりあえず履いてから、シュッと拳を突き出した。
 空気を弾くような鋭い突きだ。それを数度繰り返す。

「――ふっ!」

 さらには、見事な弧を描いた蹴撃を披露した。
 重心が全くブレていない。ベッドの上とは思えない身のこなしだった。
 レナは、不敵に笑う。

「今のオレなら、どんな野郎でもぶっ飛ばせるぜ」

「……いや、レナ。そういう問題じゃないんだけど……まあ、いいよ」

 キャスリンは色々と諦めた。
 というより、丸投げすることにした。

「そこら辺の教育は、アッシュ君にお願いすることにするよ。彼の腕の中で恥じらいでも覚えたまえ。ともあれ今は」

 キャスリンは、ドアに向かって告げる。

「もう入っていいよ。ホークス。ダイン君」

「ああ……分かった」

 ドアが再び開く。そうしてホークスとダインが入室してきた。
 ホークスはいつも通りの表情を。ダインはどこか不機嫌そうだった。

「おう。全員揃ったな」

 再びベッドの上で胡坐をかいて、レナは言う。
 ある意味、全員が予想していたこの台詞を。

「あのな。オレ、新しい仲間を入れようと思っているんだ」
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