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第14部

第三章 対決①

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  ――十分前。
 ユーリィとサーシャは、クライン工房最寄りの停留所に向かう馬車に乗っていた。
 ユーリィの護衛である九号も一緒だ。

 二人と一機は、並んで馬車の長椅子に座っていた。
 元々街外れに向かう馬車なので、彼女ら以外に客はいない。
 ちなみに、アリシアたちの姿もだ。
 アリシアとルカは、王城に残っている。
 オトハたち年長組は、まだ話があるのかサクヤと共に別の部屋に移動した。
 サーシャとユーリィが乗合場所に乗っているのは、ユーリィは単純に帰宅のため。サーシャは今日がアッシュの講習日のためだ。

 二人しかいない馬車内。御者も外にいて、声までは聞こえないだろう。
 だからこそ、ユーリィたちは本音で語り合っていた。

「私たちは『ステージⅠ』かあ……」

「……うん。道程は遠い」

 サーシャが溜息をつき、ユーリィは神妙な顔で頷いた。
 二人の脳裏には、会議室での議論の光景が思い出されていた。

 ――『ステージⅠ』。

 それは、第三回レディース・サミットにて明確にされた段階だった。
 全員で相談した結果、

『ステージⅠ』――アッシュに、失いたくないほどに大切に想われている。
『ステージⅡ』――アッシュに、離さないと断言される。
『ステージⅢ』――アッシュに、愛される。
『ラストステージ』――アッシュと結婚。正妻戦争に参戦する。

 という段階が、設定された。
 従って現状では、サーシャ、ユーリィ、アリシア、ミランシャ、ルカの五名が『ステージⅠ』。シャルロットが『ステージⅡ』。サクヤとオトハが『ステージⅢ』となる。

(……むう)

 ユーリィは少し頬を膨らませた。
 ユーリィとしては、自分は限りなく『ステージⅡ』寄りだと言い張ったのだが、結局、却下された。無表情のシャルロットが、密かに机の下が拳を握りしめていたのをユーリィは見過ごさなかった。

『そうね。まずは全員が「ステージⅡ」に至ることが重要だわ。「ステージⅢ」はその後に目指しましょう』

 と、ミランシャが告げる。
 はっきり言って『ステージⅡ』に至ってしまえば『ステージⅢ』は時間の問題だ。だからこそ、ミランシャはそう提案した。

『今までのアシュ君だと、シャルロットだけは特例として、「ステージⅡ」に至れたのはたった一人だけだった。サクヤさんだけよ。けど、今はオトハちゃんも「ステージⅢ」にまで至っている』

『……う、む。確かにそうなんだが……』

 オトハが、顔を赤くして、もじもじと呟く。

『けど、実際のところ、かなりギリギリの状況だったのよ』

 ミランシャは、どこから取り出したのか、赤い眼鏡をかけて解説する。

『オトハちゃんがパクっと食べられちゃったタイミング。それが、アシュ君がまだサクヤさんの生存を知らなかった時だったから、本当に助かったわ』

 ミランシャは少しだけ表情を曇らせた。

『最初に愛されたのがオトハちゃんだったのは複雑な気分ではあるけれど、仮にアシュ君がサクヤさんの生存を知っていたら、この結果には絶対にならなかった。今頃、サクヤさんの一人勝ちだったはずよ』

 クイッと眼鏡の縁を上げた。

『まさに、オトハちゃんの迂闊さのファインプレイね』

『迂闊さのファインプレイって何だ!?』

 と、オトハがツッコむが、ミランシャは無視する。
 一方、サクヤは『むむむ……』と唸っていた。

『そのため、今アシュ君には恋人が二人いるっていう状況になっているのよ。これはハーレムの前段階とも言えるわ』

『あの、先生』

 と、手をちょこんと上げて尋ねたのはサーシャ……ではなく、ルカだった。

『何かしら、ルカちゃん』

 と、ミランシャに名前を呼ばれて、ルカは『質問、があります』と告げた。

『その状況になったのは、タイミングのせいだし、仮面さんの、性格だと、サクヤさんか、オトハさんの、どちらかを選んだりするんじゃ……』

『……確かに、それはあり得そうね』

『先生って、生真面目な性格だし……』

 ルカが指摘した懸念事項に、アリシアとサーシャも呟いた。
 全員がミランシャに注目する。
 と、赤毛の美人教師はかぶりを振った。

『それは大丈夫よ。前にも話したけど、アシュ君は、アシュ君自身が考えている以上に貪欲なのよ。大前提として、大切な者は二度と失いたくない。自分の手で守りたいっていう強い想いが心の奥に刻まれているのよ。そうよね。サクヤさん』

『………ええ』

 その想いを彼に刻みつけた本人とも言えるサクヤが、神妙な顔で頷いた。

『トウ……アッシュが本当に大切だと思ったら、彼は絶対に手を離したりしないわ。しっかりと握りしめるでしょうね。大切なものがその手から零れ落ちてしまうことこそが、彼が何より恐れることだから……』

『ええ。そうね……』

 ミランシャは、双眸を細めた。

『何より、サクヤさんを選びそうなこの状況でも、すでにオトハちゃんが「お前を離さない」宣言をされちゃってるから。あの点は安心していいわ』

『――待て!? 何故お前がそれを知っている!?』

 オトハが真っ赤な顔でツッコむが、ミランシャは華麗に無視スルーした。

『ともかく。まずアタシたちが目指すべきは「ステージⅡ」よ。ここに至れば、後は自然な流れに乗れるから!』

『……まあ、私はすでに「ステージⅡ」ですので、皆さんよりも一足お先に「ステージⅢ」に移行する予定ですが』

 と、今まで沈黙していたシャルロットが、しれっと告げた。
『むむむ……』とサーシャたちが唸る。

『ともかく!』

 先程よりも、より一層大きな声でミランシャが叫ぶ。

『ここにいるのは、もはや同志よ! 全員で協力して「ステージⅡ」に行くわよ! 続けて悲願の「ステージⅢ」! そこは各自頑張って! そして最後に全員揃って「ラストステージ」に行くわよ!』

 ミランシャが、強く拳を振り上げた。

『『『おお~』』』

 他のメンバーも、拳を振り上げた。
 ルカ、ユーリィ、サーシャ、アリシアは勢いよく。シャルロットは少し控えめに。オトハとサクヤは、恥ずかしそうにちょこんと上げた。
 かくして、彼女たちの意志は統一されたのであった。

「けど、具体的にどうすればいいのかな?」

 馬車内で、サーシャが、ユーリィを見つめて尋ねる。
 ユーリィは眉根を寄せた。

「私は、すでに最後のカードまで切っている状態。後は、コツコツとアッシュに私が女の子だって認識させるしかない」

「結局は、そこだよね」

 サーシャは、あごに指先を当てた。

「特に私たち年少組は、まずは先生に女の子だって認識してもらわないと」

「……うん」

 ユーリィは、瞳を閉じた。

「ここは……やはり、ラッキースケベを乱発するしかない。入浴時間や着替えの時間とかを調整したりして……」

「いや。それはもう『ラッキー』じゃないような気がするよ」

 サーシャは、苦笑を浮かべた。
 そうこうしている内に、馬車は停留所に到着した。
 ユーリィたちは運賃を払って、停留所に降りる。
 そうして、クライン工房へ向かって歩き出した。

「けど、偽装ラッキースケベはともかく、何か、大きな切っ掛けになるようなイベントは欲しいところだね」

 二人の会話は、歩きながらも続く。

「うん。海とかまた行きたい。前回は全然アッシュと遊べなくて散々だったから」

「ははは……。海の件は、ほとんどオニキスのせいだったよね」

 サーシャが笑う。そこで、彼女は視線を少し下に向けた。
 ユーリィに続くように、がしゅん、がしゅんと付いていく九号の姿が目に入った。
 サーシャは、ダメ元で尋ねてみた。

「ねえ、九号君。あなたには、何か効果的なアイディアってない?」

「……ン? オレカ?」

 九号は顔を上げた。そして、少しチカチカと瞳を輝かせてから、

「……メルサマハ」

「あ、メルちゃんの話?」

「……トキドキ、ネグリジェ、スガタデ、コウタ二、ダキツイテイル」

「凄く過激な話が出て来た!?」

「え、メルティアって、もうそこまで進んでいるの……?」

 未来の義弟と義妹の進捗具合に、サーシャとユーリィは驚愕する。
 これは義姉として負けていられない。

「とりあえず、抱きつくのは確かに効果的かもしれない」

「う~ん、そうだね」

 サーシャは、自分のブレストプレートに触れた。

「私もこの鎧、もっと頻繁に脱ごうかな?」

「……メットさんのその下の凶器は封印しておくべきだと思うけど……」

 そこでユーリィは、不敵に笑った。

「私には、私の武器がある」

「え? 例えば?」

 サーシャが素朴な表情で尋ねた。ユーリィはくるりとその場で回った。

「私はみんなの中で一番小柄だから。子供抱っこが可能」

「……子供抱っこ?」

 サーシャが眉根を寄せて反芻した。
 ユーリィは「うん」と頷く。

「アッシュの膝の上に、お馬さんに乗るみたいな感じで乗るの。そして、正面から抱きしてもらう。子供がよくする抱っこ。今までは少し恥ずかしくて、お姫さま抱っこみたいな横からの抱っこをよくしてもらってたけど、実はこっちの方が効果的」

 ユーリィは、グッと拳を固めた。

「だって、おっぱいを直接押し付けられるから。私のサイズでも、正面からだったら存在感も結構出てくる。アッシュでも女の子を意識するはず」

 もう『愛娘』の立場は捨てるつもりだけど、時々甘えるぐらいなら、アッシュもきっと対応してくれるはず。
 ユーリィは、意気揚々にそう告げた。
 サーシャは「むむむ……」と唸るが、

「けど、それって、ルカとかも出来るんじゃないかな?」

「むむ」ユーリィは、顔をしかめた。

「確かにルカなら出来る。しかも、私よりずっと効果的に。けど……」

 おもむろに、ふふんと鼻を鳴らした。

「ルカには、それを実行するための大義名分がない。まあ、実際のところ、アッシュの腕力なら誰であっても可能なんだけど……例えば『ステージⅢ』の状況なら……」

 そこまで呟いてから「むう……」と唸る。オトハやサクヤが、そうやってアッシュに甘える状況を思い浮かべてしまったのだ。流石に結構ヘコむ。

 しかし、すぐにかぶりを振って。

「けど、他のメンバーには公然的には出来ない。だから、これは私だけの特権」

 そう言って、ユーリィは慎ましい胸を張った。
 と、話しこんでいる内に、クライン工房の入り口に辿り着いた。

「それじゃあ、早速試してくる」

「え? ちょっと、ずるいよ!? ユーリィちゃん!?」

 サーシャが不満の声を上げた、その時だった。
 作業場に飛び込んだ、ユーリィはおもむろに止まったのだ。
 それも、まるで時間でも止まったかのように、ピクリとも動かない。

「ユーリィちゃん?」

 サーシャが、不思議そうに眉根を寄せた。
 ユーリィの視線は、作業場の奥を見つめたまま固定されているようだ。
 サーシャも作業場の奥に目をやった。

 すると、そこには――。

「…………」

 サーシャもまた、停止する。
 彼女たちの視線の先。そこには数人の男女がいた。
 そしてその奥。パイプ椅子に座っているのは、よく知る男性だ。
 とてもよく知る青年だった。
 数瞬の沈黙。

「……何をしてるの?」

 ゆっくりと、ユーリィが口を開いた。
 それは、恐ろしいぐらいに冷たい声だった。
 同じくして、サーシャの表情も冷たくなっていく。

「ユーリィ……。メットさん……」

 青年――アッシュ=クラインが、彼女たちの名を呼ぶ。
 ユーリィたちは、冷酷といってもいい眼差しでアッシュを見据えた。
 彼は、まさしく、ユーリィが今言っていたばかりの『子供抱っこ』で、小柄な少女を膝の上に乗せていたのだ。

 ルカではない。見知らぬ少女だった。
 しかも、ルカさえも凌ぐお胸さまを持つ少女である。
 その少女は、キョトンとしていた。

 そして……。

「……何をしてるの?」

 もう一度そう尋ねるユーリィの声は、やはり凍えるほどに冷たかった。
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