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第13部

幕間二 金糸雀の歌

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 時刻が、午前二時を過ぎた頃。
 ゴドーは、ご機嫌な様子で入り組んだ道を進んでいた。
 石畳に、コツコツと足を音が響く。
 大きな館が立ち並ぶ王城区のこの路地は、少年期によく歩いた道だった。

「やはり故郷はいいな」

 少し赤い顔でそう呟く。
 ゴドーは今、アランとガハルドと一緒に酒宴を楽しんだばかりだった。
 ガハルドの家であるエイシス邸に集まり、今の今まで飲んでいたのである。

『まあ! 本当にゴドーなの?』

 学生時代のクラスメートだったシノーラも交えて、実に楽しい時間だった。
 ただ、どんな楽しいことにも終わりがある。
 ガハルドもアランも酔い潰れてしまって、酒宴はお開きになった。
 ゴドーは唯一、起きていたシノーラに挨拶をし、エイシス邸を後にしたのだ。
 シノーラは泊って行けばいいと言ってくれたが、これから、もう一杯一人で飲むつもりだったので丁重に辞退した。
 そうして一人、王城区の路地を歩いているのである。

「やはりアリシアちゃんは、シノーラちゃんによく似ているな」

 顎髭を撫でつつ、ゴドーは呟く。
 ガハルドの遺伝子が惨敗したのは本当に幸運なことだ。
 ちなみに、ガハルドの仕事の都合もあって十二時近くに訪れたため、アリシアとは再会できなかったのは少し残念だった。

「だが、残念と言えば、可愛いアリシアちゃんが奴の女になることだな」

 ゴドーは、少し渋面を浮かべる。
 ――親友の娘は自分の娘も同然。
 かつてそう叫んだ通り、アリシアのことは娘のように思っている。
 ゆえに、彼女が嫁に行く姿を思い浮かべると少し複雑だ。
 ましてや、相手はゴドーの恋敵である。

「……それを言うのなら、サーシャちゃんもか」

 もう一人の親友。アランの愛娘。
 アランの嫁がどれほど美しかったのかがよく分かる少女だった。
 彼女もまた、母方の遺伝子の勝利者である。
 何より胸が素晴らしい。正直、アランの娘でなければ、数年後ぐらいに口説いていたかもしれない。それほどの娘だ。
 そして彼女も、あの男に好意を抱いていた。

「俺の宿敵だけあって奴もモテるからな」

 ゴドーは苦笑を浮かべた。
 あれほどの美少女達だ。
 あの男は、きっと二人とも手に入れることだろう。
 自分なら絶対にそうするからだ。

「むうう……」

 思わず唸る。

「何とも業腹な。親友二人の娘が揃って奴の女になる訳か」

 やはり複雑な気分だった。
 しかし、こればかりはどうしようもない。

「アリシアちゃん達はくれてやろう。だが……」

 と、呟きかけたその時だった。
 ゴドーは不意に足を止めた。

「……ほう」

 そして、ゆっくりと振り返った。
 そこには黒服を着こんだ一人の男がいた。

「なるほど。この国に来ているという《九妖星》とはお前だったのか」

 ゴドーは双眸を細めた。

「元気そうだな。ボルド」

「ええ。社長もお元気そうで何よりです」

 と、黒服の男――ボルド=グレッグが答える。
 ゴドーは破顔した。

「まあな。しかし、どうしてお前がこの国に来ているんだ?」

「それは私の方こそお聞きしたいのですが、その前に」

 ボルドは苦笑を浮かべつつ、ゴドーに近づいてくる。

「現在、この国に来ている《九妖星》は私だけではありませんよ」

「……なに?」

 ゴドーは眉根を寄せた。

「ああ。そうか。オルドスの奴のことか」

「いいえ。違います。オルドスとは確かに昼間会いましたし、社長のことは彼から聞きましたが、他の《九妖星》の話です」

 一拍おいて、

「ラゴウにボーダー支部長。私。そして姫。四人の《九妖星》がこの国に来ています」

「――なにィ!?」

 ゴドーは目を見開いた。
 そして、ボルドに詰め寄る。

「待て待て待て! 何だそのメンバーは! カルロス以外の支部長が全員揃っているじゃないか! 何より――」

 ゴドーは瞳を輝かせた。

俺の愛娘ちゃん・・・・・・・もこの国に来ているのか!」

「……はい。今は別行動をされていますが」

 ボルドは気まずげな表情を浮かべながら、そう告げた。

「実はボーダー支部長が、集められる《九妖星》に声をかけて、ガレックの墓参りも兼ねた慰安旅行を立案したのですよ。我々も結構有給をため込んでいましたので、よい機会だということで、全員で参加したのです」

「……いや、お前らな」

 ゴドーは、流石に渋面を浮かべた。

「支部長が揃って休むなよ。それに俺はともかく、何故カルロスの奴を誘わん。あいつも支部長だぞ。除け者にするな。社内でのイジメは許さんからな」

「いえいえ。もし近くにいれば当然声をかけましたよ。むしろ親睦会をしています。しかし、彼は社長が連れまわしているため、声をかけられなかったのですよ」

「……むむむ」

 ゴドーは腕を組んで唸った。

「それなら仕方がないな」

「ええ。ところで社長」

 ボルドは、自分より背の高いゴドーを見上げた。

「社長こそ、どうしてこの国に? それこそ、カルロス君やランドネフィアは一緒ではないのですか?」

「ん? オルドスには会ったんだろう? 俺の状況は聞いていないのか?」

 と、不思議そうに尋ねるゴドーに、ボルドは深々と溜息をついた。

「オルドスからは、社長は彼の金糸雀の歌を聞いて、突然この国に来る気になったとしか聞いておりません。後は社長をどこかに落としたとしか。社長の同行者のはずのカルロス君達の話も聞けませんでしたね」

「……オルドスの野郎」

 流石に半眼になるゴドー。
 ボルドは、額に手を当ててかぶりを振った。

「オルドスは自由人ですからね。それより社長の目的をお聞きしてもよいでしょうか」

「……俺の目的か」

 ゴドーはボルドを一瞥した。
 そして不意に「ぐふふ」と笑い出す。

「……社長?」

 ボルドが眉根を寄せると、

「まあ、聞け」

 ゴドーは、コホンと喉を鳴らして口を開いた。

「『星を見つめる刃の乙女。王と騎士の再会の時、乙女は黒き太陽の腕の中に。連なりて共に歩むであろう』」

「……それは」

 ボルドは目を細めて呟く。

「金糸雀の歌ですね。社長が興味を持ったという」

「ああ。その通りだ」

 ゴドーは力強く頷いた。

「意味は分かるか?」

「いえ」ボルドはかぶりを振った。「『黒き太陽』というのが社長のこと以外は」

「……ふん。そうだな」

 ゴドーは腕を組んで不敵に笑う。

「実はな。今、俺は一人の女を狙っている。十二人目の妻としてな」

「……またですか」

「またとか言うな。多分、お前も知っている女だぞ」

 ゴドーは、ふふんと鼻を鳴らして告げる。

「オトハだ」

 ボルドは目を丸くした。

「オトハ? タチバナさんですか? 《七星》の?」

 ゴドーは「その通りだ」と頷いた。

「あれほどの美女だぞ。しかもスタイルは抜群だ。男慣れしていない様子もいい! むしろ俺が手を出さない理由がないぞ」

「……はァ」

 ボルドは生返事をした。
 確かに主君は気丈な女性を好む。
 特技や個性こそ違うが、十一人の夫人達も全員がそのタイプだった。以前、酒の席で「気丈でありながら、俺にしか見せない甘えた一面がたまらんのだ!」と、叫んでいたこともある。それを鑑みれば、オトハ=タチバナは主君の琴線に触れることだろう。
 とは言え、

「まさかのタチバナさんとは……」

 言葉を濁すボルドに、ゴドーはムッとした表情を見せた。

「何だ? お前まで歳が離れすぎているとか言う気か?」

「え? い、いえ! そんなことはありませんよ!」

 何故か焦った様子で、ボルドは手を振った。

「そ、それより話の続きをどうぞ」

「…‥? うむ。そうだな」

 そしてゴドーは語る。
 オトハを気に入って口説き続けていること。
 カルロスが《土妖星》を拝命することになった夜のことも詳細にだ。
 ボルドは、少し驚いた顔をした。

「カルロス君がランドネフィアの新しい契約者になった報告は受けていましたが、まさかクラインさんがそのような発言を……」

「うむ。あの男もようやく本心を見せてくれたのさ」

 ゴドーは皮肉気に笑う。

「本気になった奴の元にオトハを置いていくのは痛恨だったが、それも仕方がない状況だった。俺は次こそオトハを落とすと心に決めて旅立った訳だ」

「……そうですか」

 ボルドは何とも言えない表情を見せるが、不意に表情を改めて。

「しかし、どうして今回トンボ返りのようなことを?」

「ふん。まだ分からんか?」

 ゴドーはニマニマと笑って告げる。

「『星を見つめる刃の乙女』。確かオトハは『銀嶺の瞳』という眼を持っていたよな。星霊の力、恒力を見ることが出来るという瞳をな」

「……あ、なるほど」

 ポン、とボルドは手を打った。

「『刃の乙女』というのも彼女のイメージですね。タチバナさんは傭兵ですが、騎士のように凛々しい。そうなってくると歌の意味は……」

「フハハッ! そういうことだ!」

 ゴドーは腰に手を当てて宣言する。

「これはオトハ騎士が再会した時、オトハが俺の女になるという歌なのだ! 『連なりて』のくだりは俺の嫁に参列するという意味だろうしな!」

「……確かにそうともとれますね」

 ボルドは、神妙な顔つきで呟く。

「ようやくオトハを俺のものにする時が来たのだ! 俺が動くのも当然だろう!」

 ゴドーはご機嫌に告げる。
 ボルドは小さく溜息をついた。

「もう少しその意欲を仕事にも向けてくれたら嬉しいのですが……」

「断る!」

 ゴドーはハハッと笑った。
 そして、ゴドーは歩き出す。

「社長? どこへ?」

「なに。少し酒をな。愛娘ちゃんには会いたいが、どうせならオトハを落とした後の方がいいだろう。新しい義母として紹介してやりたいしな」

「……タチバナさんは、そう簡単ではないと思いますが。それより社長。我々の……というよりボーダー支部長の今の宿泊先をお教えしておきます」

 ボルドはレオスが泊っている宿の名を告げた。

「場所を変える可能性はありますが、その時はご自身で探してください」

「おう。分かった」

 ゴドーは、プラプラと手を振って夜の路地を進んでいく。
 ボルドは気まぐれな主君の姿に深い溜息をついた。
 何だかんだで主君も自由人だ。
 そんな部下の心労にも気付かず、ゴドーは進んでいく。

「さて。オトハよ」

 そして、不敵な笑みを零した。

「安心しろ。たとえお前が奴の女になっていても、俺が忘れさせてやる。余すことなく俺の色に染め直してやろう。その心も、体も、力も」

 グッと右の拳を固めた。
 すべてを掴み取るように。

「お前のすべては、俺のものなのだからな」
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