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第12部

第七章 憩いの森①

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 本日は晴天だった。
 雲は多少あるが、雨の様子は全くない。
 絶好のピクニック日和だった。
 パカパカ、と馬の蹄の音が響く。
 ララザDX。アッシュの愛馬だ。
 広い草原を分断する道を、ララザは進む。
 その背には、アッシュとユーリィが乗っていた。


「いい天気だな」

「うん」


 前に座るユーリィが、嬉しそうに笑って振り向く。
 空には白い鳥が飛んでいた。
 時折、馬車ともすれ違う。
 アッシュ達は『ラフィルの森』に向かっていた。
 王都近くにある森で、貴族の避暑地にも使われる森だ。


「けど、良かったのか? ユーリィ」


 手綱を握るアッシュが尋ねる。


「『ラフィルの森』には、いい思い出がねえだろ」


 あの森は、アッシュ達にとっては、結構因縁深い森でもある。
 特に、ユーリィにとっては、トラウマになっていてもおかしくない森だ。
 何せ、彼女はあの森で一度命を落としているのだから。


「確かにいい思い出はない」


 ユーリィは、少しだけ眉をひそめて答える。


「けど、あの場所に行きたいの」


 あの場所は、ユーリィにとって特別だった。
 だからこそ今、赴かなければならない。


「……? まあ、いいが」


 疑問に思いつつも、アッシュはララザを進める。
 そうこうしている内に、アッシュ達は森の中へと続く道に入った。
『ラフィルの森』は、基本的には穏やかな森だ。
 見通しは悪くなく、木々の隙間からは木漏れ日も差し込んでくる。
 魔獣や獣にしても危険なものは、森の奥ぐらいにしかいない。
 従って、貴族のみならず、一般人もピクニックなどに訪れることは多い。


「少し奥に行くか」


 アッシュは、そう呟いて少し茂みの多い道にララザを進めさせた。
 ララザは嘶いて歩く。
 しばらくすると、木々が開けてきた。
 水が流れる音がし、大きな広場が見える。


「へえ。この森って小川もあったのか」


 アッシュは感嘆した。
 ユーリィも目を見開く。
 そこは小さな川辺だった。川幅は三セージルほどか。
 底が見えるほど澄んでおり、川魚の姿もある。
 川辺には草木も生えていて、実に心和む景観だ。


「アッシュ」


 ユーリィが振り向いた。


「おう」


 アッシュは頷く。ここなら昼食に持って来いである。
 アッシュはララザから降りた。
 次いで、ユーリィの腰を抱き上げて降ろす。
 ララザは、その場で草を食み始めた。
 アッシュは、ララザに運ばせておいたサックも取り外す。
 そして中から取り出したのは、カラフルなレジャーシートと、大きなバスケット。複数の紙コップと魔法瓶。
 ユーリィが用意した昼食だ。


「さて。ここら辺でいいか」


 アッシュは手頃なスペースを見つけると、レジャーシートを広げた。
 続けて、そこに腰を下ろして胡坐をかく。
 ユーリィは、バスケットと魔法瓶を持って、アッシュの横に座った。
 正座とは違う女の子座りだ。


「今日は私が作った」

「お、おう。そうか」


 アッシュは息を呑む。
 ユーリィの手料理は美味い。
 だが、そのビジュアルは何とも凄かった。
 食べるのに勇気がいる品である。
 ユーリィは、バスケットを開いた。
 そして出てくるのは、アッシュの想像通りの覚悟がいる品だった。


(サンドイッチか? これは?)


 さらにユーリィは魔法瓶の蓋を開け、紙コップに飲み物を注いだ。
 ――しゅわわわ。
 オトハ達を愕然とさせた音が響く。
 ユーリィはそれを「ん」とアッシュに手渡してきた。


(うお……)


 アッシュは泡立つ黒い液体に、喉を鳴らした。
 これもまた、相当な覚悟がいる飲み物だ。
 だが、愛娘が用意してくれた手料理。
 拒絶など出来る訳がなかった。
 アッシュは、勇気を出して黒い液体に口をつけた。
 ゴクゴク、と喉が動く。
 そして、


(う~ん、やっぱり美味えし)


 ……こんなにも得体が知れないのに。
 やはり、ユーリィの手料理は一級品だった。
 ――そう。味だけは。


「……ん」


 ユーリィも、自分のコップに注いで飲んでいた。
 そうして、ぷわあ、と息を吐く。


「それじゃあ、食べよう。アッシュ」

「お、おう。けどよ」


 カラフルすぎるサンドイッチに尻込みしつつ、アッシュは告げる。


「もう一人、招いてもいいか」

「………」


 ユーリィは一瞬、アッシュを見つめて「うん。いいよ」と答えた。


「やっぱりいるの?」

「おう。菓子折りを貰いっぱなしってのも癪だからな」


 アッシュは森の奥に目をやった。
 そこだけ日が差し込んでいないような薄暗い一角だ。
 そして――。


「おい。出て来いよ」

「……おやおや。やはり気付かれていましたか」


 そう言って、森の奥から現れたのは、黒いスーツの男だった。
 ――ボルド=グレッグである。
 ボルドは、にこやかな笑みで尋ねる。


「お邪魔でしたか?」

「まあな。ったく。折角の家族の団欒を邪魔しやがって」


 アッシュは、ユーリィの頭をくしゃくしゃと撫でながら、不機嫌そうに言う。


「それは申し訳ないことをしてしまいましたね」

「ああ。まったくだ」


 ふん、と鼻を鳴らす。
 が、すぐに皮肉気に笑って、


「けど、来ちまったのは仕方がねえ」


 アッシュは、ボルドに告げた。


「こっちに来いよ。菓子折りの礼に飯を奢ってやるよ」
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