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第12部

第六章 鬼才再び②

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 一流のメイドであるシャルロットは、愕然としていた。


「こ、これは……」


 静かに、喉を鳴らす。


「クラインから聞いてはいたが、想像を超えたセンスだな……」


 ゴクリ、と。
 歴戦の傭兵であるオトハも喉を鳴らした。
 そこは、クライン工房のキッチン。
 二人の女傑が見守る中、一通りの調理を終え、とある品が完成したところだった。


「……? 想像を超えたって?」


 白いキャミソールの上に、ピンク色のエプロンを纏うユーリィが小首を傾げる。
 彼女が今回の調理人であった。
 大きな皿に並べられたのは、サンドイッチだ。
 しかし、ただのサンドイッチではない。
 まず挟むトーストの色が凄い。赤、青、緑、銀色まである。


「(オ、オトハさま……)」


 シャルロットが、小声で話しかける。


「(ユーリィちゃんが使用したのは、市販のトーストですよね?)」

「(う、うむ)」


 オトハが頷く。


「(昨日、私が朝食用に買ってきたトーストだ)」

「(そ、そうですか)」


 シャルロットが青ざめた顔でオトハの顔を見つめた。


「(私、ちょっと、自分の腕に自信が無くなってきました。ユーリィちゃんの調理手順を見ていたはずなのに、何故色が変わったのか全く分かりませんでした)」

「(……それは私も同じだ)」


 シャルロットほどではないが、オトハも中々の料理の腕を持っている。
 料理に対する知識も豊富だ。しかし、それでも分からなかった。


「(どうして色が変わるんだ? それに……)」


 そこで、サンドイッチの具材にも目をやる。


(……う)


 少し頬が引きつってきた。
 そこには、焼かれた鶏の頭らしきものがはみ出していた。
 嘴もあって、舌らしきものが飛び出しているように見える。


「(鶏肉の類は一切使っていなかったはずだが……?)」

「(は、はい。どこから現れたのでしょうか? あの鶏は……)」


 シャルロットも息を呑む。
 他にも黒い蟲の脚らしきものも見える。
 ちなみに、レタスは紫色や黄色いものもあった。


「あ、あの、ユーリィさん」


 シャルロットは、思い切って話を切り出した。
 椅子の背もたれにエプロンをかけていたユーリィが振り向いた。


「なに?」

「そ、その、一つ頂いてもよろしいでしょうか?」

「……? 別に構わないけど」


 言って、ユーリィはサンドイッチを一つ掴んでシャルロットに手渡した。
 一瞬だけ、シャルロットの頬が強張った。


「ス、スコラ! お前!」


 オトハは唖然とする。
 シャルロットはオトハに目配せして、小声で告げた。


「(あるじさまのためです。ユーリィちゃんには悪いですが、毒見をさせて頂きます)」

「(お、お前、そこまでクラインのことを……)」


 オトハは少し感動した。
 同じ男を愛する女として敬意さえ抱く。
 シャルロットは真剣な眼差しで、さらに語る。


「(ご安心を。私には貴人を守るメイドとして毒見スキルがあります。危険と察したら、即座に吐き出します)」

「(……いや。それはそれで、エマリアの奴が泣くんじゃないか?)」

「(大丈夫です。分からないように吐き出しますから)」


 と、シャルロットは力強く首肯する。
 オトハは「……そうか」と呟いた。


「(分かった。任せよう。その、すまない。クラインのために)」

「(いえ。これはユーリィちゃんのためでもありますから)」


 シャルロットは、殉職者の笑みを浮かべた。


「(それに私はメイド。愛についてもですが、何より、あるじさまへの献身においては誰にも負ける訳にはいきません)」


 そう宣言してから、シャルロットは改めてサンドイッチに目をやった。
 それは、よりにもよって、蟲の脚のようなものがサンドしているものだった。
 トーストの色は銀色。レタスは紫色だ。


(う、ぐ)


 さしものシャルロットも内心で呻く。
 が、すぐに覚悟を決めて。
 ――カリッと。
 少し可愛らしい仕草で、サンドイッチを口にした。


(……え?)


 そして目を見開く。


(甘い。そして少し苦みがある。これは黒糖ベースのお菓子? トーストは焼いたもの? 絶妙な具合にカリッとしてる。けど、え?)


 シャルロットは、サンドイッチから口を離してユーリィに尋ねた。


「……ユーリィちゃん」

「……なに?」

「その、オーブンは使っていなかったですよね?」

「うん」


 ユーリィが小首を傾げてから頷く。
 シャルロットは言葉を失った。
 ……では、何がトーストを焼いたのか?
 そもそも黒糖は材料にさえなかったはずなのだが……。


(と、ともあれ)


 シャルロットは、もう一度サンドイッチを咀嚼して告げる。


「……見事な味です。これならばクライン君も満足するでしょう」


 純粋な味という点においては、そう判定するしかなかった。
 というより、これだけの味は、シャルロットでも簡単には作り出せない。


「うん。ありがとう」


 ユーリィは微笑んだ。オトハは唖然としている。
 そしてユーリィは、サンドイッチを、白いクロスを底に敷いたバケットの中に、崩れないように気をつけて入れていく。
 最後に魔法瓶の中へと、ケトルを使って液体を注いでいく。
 ――しゅわわわ。
 という音に、オトハとシャルロットはギョッとするが、ユーリィの方は満足げな顔であり、液体を充分注ぎ切ると、キュキュッと魔法瓶の蓋を締めた。


「準備は出来た。アッシュに言ってくる」


 言って、ユーリィは、一階にいるアッシュの元へと駆け出した。
 キッチンに残されたのは、オトハとシャルロットの二人だ。
 二人はしばし硬直していたが、


「オ、オトハさま」

「あ、うん」


 互いに頷くと、棚からコップを一つ取り出した。
 そしてケトルに残された液体を注いでみる。
 ――しゅわわわ。


「う、あ」

「これは……」


 思わず青ざめる二人。
 それは一言で述べると、気泡まみれのドス黒い液体だった。
 その色は、ブラックコーヒー並みの濃さである。
 しかし、匂いは全く違うものだ。キツイぐらいに甘い。


「で、では行きます!」

「ス、スコラ、いや待て! シャルロット!」


 ぐいっと未知の液体に口をつけるシャルロットの勇気に、思わず名前で呼ぶオトハ。
 彼女はギュッと目を瞑りながら、ゴクゴクと飲み始めた。
 どうやらかなり飲みにくい液体のようで、何度か口は離したが、それでも最後まで飲み干した。シャルロットは自分の口元を片手で押さえた。


「だ、大丈夫なのか? シャルロット」


 オトハが心配そうに声をかける。
 すると、シャルロットは一瞬、葛藤するように表情を歪めた。
 そして――。


「……美味しい」

「うそ!?」

「本当です。甘くて、凄く刺激的な味。けど、これってどうやって……」


 シャルロットは、コップを両手で持って、じいっと見つめた。
 しばしの沈黙。


「りょ、料理って……」


 シャルロットは、少し泣き出しそうな顔で振り向いた。
 そして尋ねる。


「何なのでしょうか?」
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