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第12部

幕間一 それは、不確定な一つの未来

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「……ん」


 その時、彼女は不意に目を覚ました。
 時刻は深夜。ベッドの上だ。
 大きな窓からは、月明かりが射しこんでいる。
 全裸の彼女は、大きな胸を、たゆんっと揺らして上半身を上げた。
 美しい女性だった。歳は二十歳を少し越えたぐらいか。
 肌は白磁のごとく。
 大きな双丘に背反するかのように、くびれはキュッと細い。
 そして、背中辺りまで伸ばした銀の髪が、月明かりで輝いていた。


「う~ん」


 彼女は手を上に伸ばし、豊かな双丘を再び揺らした。
 それから窓の外を見やり、琥珀色の眼差しを細めた。
 とても懐かしい夢を見たような気がする。
 彼女は、自分の手で顔をこすった。
 すると、


「ん、ん……?」


 不意に声が聞こえた。
 目をやると、そこには一人の青年がいた。
 彼女の愛する青年だ。
 どうやら彼も目を覚ましたらしい。
 彼女は微笑んで告げる。


「おはよう」

「ん。おはよう。つうか、まだ夜みてえだな」


 少し寝ぼけた様子で、彼は大きな伸びをして上半身を起こした。
 ベッドの上で胡坐をかいて、ふわあ、と欠伸もする。
 彼は忙しい人間だ。まだ若いが、鎧機兵の店舗を幾つか経営している。その上、立場的に言えば当然なのだが、時折、王城に招かれるぐらい多忙な身だ。
 その上、遠い異国である皇国にまで出張しなければならない時もある。
 そんな忙しい日々の中で、昨日も夜遅くまで仕事をしていたのだが、それでも彼は、必ず彼女との時間だけは作ってくれる。
 まあ、正確に言えば、彼女達との時間だが。


「……ふふ」


 彼女は口元を押さえて笑った。
 すると、彼は彼女の腰を両手で掴む。
 次いで、ひょいと持ち上げると、彼女を自分の前に移動させた。
 どれほど忙しくても、今も鍛え続けている彼ならでは力強さだ。
 二人は正面から見つめ合う。
 青年は、彼女の銀の髪を指でゆっくりと梳かしていた。


「……ん?」


 ――と、そこで不思議そうに彼は尋ねてくる。


「どうしたんだ? なんか嬉しそうだな」

「……ふふ。少し昔のことを思い出したの」


 彼女は、微笑む。


「リノちゃんに初めて会った日のこと」

「……リノ嬢ちゃんか?」


 青年は、少し首を傾げた。
 それから「う~ん」と眉根を寄せる。


「あの日のことは俺もよく覚えているよ。リノ嬢ちゃんが初めて工房に来た日だろ? 発言からして無茶苦茶印象に残る出会いだったしな。つうか」


 青年は小さく嘆息した。


「お前ら、あの日、もしかしてリノ嬢ちゃんに何か言われたのか? 思えば、あの頃ぐらいから、お前らの態度が変わっていったような気が……?」

「あはは」彼女は笑う。「アドバイスを少しね」


 確かに、あの日の少女のアドバイス――むしろ訓示か?
 それを受けたおかげで、彼女の青年に対する積極性は変わったような気がする。
 それは彼女のみならず、彼女の幼馴染もそうだったのだろう。
 ただ、何だかんだで、幼馴染は彼女以上に初心だったのかもしれない。
 積極性にも、かなり躊躇いがあった。
 結果、当時、年少組と名乗っていた彼女達の中では一番出遅れることになったのだが、それでも、幼馴染もきちんと想いを遂げることが出来た。
 まあ、大分遅れたため、参入からまだ数か月しか経っていないのだが。


「……ふふ」


 彼女は、再び微笑む。
 青年はおもむろに彼女の頬に触れた。


「体の方は大丈夫か?」

「う、うん」


 彼女は頬を染めつつ頷いた。
 彼に見つめられると、いつも初めての夜の時のように胸が高鳴る。
 もう、何十回も夜を越えているというのに。
 ただ同時に不甲斐なさも感じる。


「……ごめんね。また気を失っちゃったんだよね」


 彼女は、悩ましげに溜息をついた。
 何かを耳元で囁かれたのは覚えているが、それ以降の記憶が途切れていた。
 これで何度目だろうか。もう数えきれないような気がする。


「気にすんなって。しんどいなら今日はもう寝ようぜ」


 そんな彼女に、青年は優しい笑顔を見せてくれる。
 彼は、今も昔も優しい。
 けれど、それに甘えていてはいけない。
 自分はもう、彼に教えを請うような立場ではないのだから。


「ううん、大丈夫だよ」


 彼女は、首を横に振った。
 銀色の長い髪が、月明かりで輝きながら大きく揺れる。


「私はあなたの奥さんなんだよ。これも奥さんの務めだもん。それに幼馴染が頑張っているのに私が甘えてられないよ」


 そもそも、今夜は彼を独り占めできる貴重な時間なのだ。
 特に、ここ数か月は皆で相談した結果、参入したばかりの幼馴染に、出来るだけ多くの順が回ってくるように、スケジュール調整している期間なのである。
 幼馴染は後れを取り戻すため、必死に頑張っている。
 日中など時々崩れそうになって、両足をカクカク震わせたりしているぐらいだ。ああ、あれは『そろそろ本気』を食らったな、と皆して同情した。
 けれど、同時に彼女は夜を越える度に、目に見えて美しくなっていた。
 疲労など覆いつくすほどに。
 愛をこの上なく注がれているのだから当然である。
 これは自分も負けていられない。呑気に寝てなどいられなかった。


「うん。大丈夫。私も頑張るから」


 グッと両の拳を固める彼女。


「……そっか」


 青年はそう呟くと、彼女を抱き寄せて口付けをした。
 彼女は「ん」と声を零して琥珀色の瞳を閉じた。
 十数秒の静寂。月明かりだけが輝く。
 そうして、二人は唇を離した。
 青年は笑う。


「けど、まだしんどいんだろ? なら少し昔話でもすっか」

「う、うん。そだね」


 彼女は、コクコクと頷いた。


「しかし、リノ嬢ちゃんかぁ。あの子って破天荒だよなぁ」

「うん。私も初めて会った日は結構呆気にとられたし」


 と、二人は語り出す。
 彼らの声は、とても弾んでいた。
 そうして夜は更けていく。

 ――これはまだ、確定していない未来の話。
 ただ、昔を懐かしんで語るその夜は、愛に包まれていた。
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