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第11部
第八章 そして再会③
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静寂が、草原に訪れる。
真紅の鬼と、悪竜の騎士は、静かに対峙していた。
ここに至っては、互いに小細工はしない。
最強の闘技をぶつけ合うのみだ。
そして――。
動き出したのは、悪竜の騎士の方だった。
重心をゆらりと落とし、無音の加速をする。《天架》の上を滑走し、真っ直ぐ《朱天》へと突き進む!
対し、《朱天》はさらに拳を固めた。
互いの距離は、十セージルも離れていない。
間合いは瞬時に重なった。
悪竜の騎士は滑走の勢いのまま、両腕を振るった。
繰り出す闘技は、《朱天》の左腕を奪った《残影虚心・顎門》だ。
それも、両腕による攻撃。四十八連に及ぶ斬撃だった。
双頭の魔竜がアギトを開き、同時に食らいついてくる。
その圧力は、空間さえも軋ませた。
一方、《朱天》は、とても静かだった。
猛々しい、真紅の姿は変わらない。
されど、その姿は清流を思わせるほどに、穏やかだった。
――ただ、静かに。
真紅の拳を前へと突き出した。
それは、まるで崩壊する星のようだった。
魔竜の牙と星が、正面から衝突する。
星の力場に触れた炎の剣は一瞬で粉砕された。しかし右が砕ければ左。左が砕ければ瞬時に再生させた右。魔竜の牙は幾度でも蘇る。
四十八の斬撃。それは瞬時に終わった。だが、悪竜の騎士の斬撃は止まらない。機体が火花を散らそうが、意志が続く限り連撃を繰り出した。
炎刃の嵐が吹き荒れる。
二つの力の激突は、凄まじい衝撃を生み出した。
人間など、立っていられないほどの衝撃波だ。
事実、遠く離れているサーシャ達でも驚きの声を上げていた。
この瞬間、一番危ういのは二機の近くにいるオトハなのだが、彼女は少し呻きつつも、しっかりと立っていた。
何故なら《朱天》の後方にいたからだ。
彼女自身が移動した訳ではない。
意図的にアッシュがこの位置になるように、配慮したのである。
そして《朱天》の巨体が防壁となって、衝撃から彼女を守っていた。
(……しまったな)
耳を劈くような衝撃の中、オトハは自嘲する。
正直、これほどの戦いになるとは考えてもいなかった。
このレベルの戦いに、生身のままで立会人をするなど迂闊としか言えない。
戦闘前に《鬼刃》に乗っていなかったのは、本当に失敗だったと反省する。
が、同時に。
(もう。まったく。お前ときたら)
こんな状況でも、彼女の身の安全を気遣い、忘れずにいてくれるアッシュの気持ちがとても嬉しかった。
(いずれにせよ、決着がつくな)
オトハは、目を細めた。
衝撃は、すでに収まりつつある。
オトハの瞳に映る《朱天》の背中に変化はない。
かといって、悪竜の騎士が吹き飛ぶような音もしなかった。
そうして――。
遂に、衝撃は止んだ。
《朱天》は、拳を突き出した状態で静止してた。
対する悪竜の騎士の方は――。
――ズシン、と。
両腕に持つ処刑刀の切っ先を、地に落とした。
炎は揺らぎ、消えていく。両腕の光もすでに消えていた。
肩を落とす悪竜の騎士は動かない。
もはや、身じろぎする余力さえもないようだ。
《朱天》の全身の光も、徐々に収まり、漆黒の機体に戻っていく。
『……これがお前の答えか』
アッシュは、愛機の右腕に目をやった。
最強の闘技――《虚空》を放った右腕には、二本の裂傷が刻まれていた。
双頭の、魔竜の牙の痕である。
『……うん。どうだったかな?』
と、悪竜の騎士が、尋ねてくる。
それは、あどけない少年の声だった。
(まさか、このレベルの《虚空》に食らいつくか)
全恒力の七割を収束させて放つ破壊の剛拳。それが《虚空》だ。
しかし、実際のところ、アッシュが全力で《虚空》を放つのは稀だった。
決戦後の戦闘や伏兵を警戒し、五割~六割程度に抑えているのである。
本当に七割――いや、それ以上にまで至ったのは、最近で言えば、聖骸化したユーリィと対峙した時ぐらいか。
そして、今回は、あえて六割強にまで引き上げたのだが――。
(まったく。大したもんじゃねえか)
愛機の右腕を、双眸を細めて見つめつつ、
『……ああ、確かに見せてもらったよ』
アッシュの操る《朱天》が、ゴツンと悪竜の騎士の頭部を軽く叩いた。
兄が弟に、そうするように。
『お前は、もっともっと強くなれる。俺が保証するぜ』
アッシュは、二カッと笑った。
が、すぐに申し訳なさそうに眉をひそめて。
『しかし、すまなかったな。メルティア嬢ちゃんには本当に悪いことをした。随分と怖い目に遭わせちまっただろう?』
『い、いえ。お気になさらないでください。お義兄さま』
悪竜の騎士の中から、少女の声がする。
『流石に《ディノス》がここまで追い込まれたのは初めてですが、その、こういったことは本当によくあることですから』
『……よくあるのか?』
アッシュがそう尋ねると、
『は、はい。これまでも、気付けば大体こんなことに……』
おどおどとした様子で、メルティアが答える。
アッシュは、う~んと呻く。
何とも共感できてしまう。
これもまた、血筋というものなのだろうか。
『いや、その、ボクも、色々と気をつけてはいるんだよ?』
『はは、それは分かるよ。俺も大概な人生だしな』
少年の声に、アッシュは苦笑した。
いずれにせよ、今度こそ仕合は終わりだ。
「クライン」
その時、オトハが声をかけてきた。
二機の近くで両腕を組む。
「今度こそ、終わりを宣告してもいいんだな?」
『おう。待たせて悪かった』
アッシュは、オトハに視線を向けた。
『なんか、昨日からオトには迷惑をかけっぱなしだな』
「……それは今さらだろう」
オトハは大きな胸を軽く揺らして、嘆息した。
昨夜は、それこそ身も心も捧げたのだ。
自分は名実ともに、すでにアッシュの女なのである。
今さら、この程度の迷惑など、些細なことだった。
ただ、次の台詞には流石に動揺した。
『ああ、そうだ。オトとのことは説明しねえとな。ユーリィにもちゃんと……』
「え」
一瞬、目を瞬かせる。
そして、
「いや待て!」
オトハは、青ざめた。
昨晩のことに、一切の後悔はない。
何度もしていた妄想よりもずっと激しくて、灼熱みたいに熱くて、とんでもなく消耗したが、長年望んでいたことだ。
――そう。遂に、願いが叶ったのである。
自分は今、アッシュに愛されていると自信を持って言える。
しかし、それに至ったことを、ユーリィ達に伝えるとなると……。
「それはとりあえず待て! しばらくは黙っていろ! 私にも色々あるんだ! タイミングは私が図る! ハウルの態度も気になるし!」
『……? それって、どういう意味だ?』
アッシュは、首を傾げた。悪竜の騎士の中で話を聞いている少年、少女も話の筋が分からず、不思議そうな雰囲気を出している。
「とりあえず黙れ! いいな!」
そう言い切り、オトハは片手を上げた。
「では、これにて!」
そして、少し赤い顔の彼女は宣言する。
「アッシュ=クラインと、コウタ=ヒラサカの立合いを終了する!」
真紅の鬼と、悪竜の騎士は、静かに対峙していた。
ここに至っては、互いに小細工はしない。
最強の闘技をぶつけ合うのみだ。
そして――。
動き出したのは、悪竜の騎士の方だった。
重心をゆらりと落とし、無音の加速をする。《天架》の上を滑走し、真っ直ぐ《朱天》へと突き進む!
対し、《朱天》はさらに拳を固めた。
互いの距離は、十セージルも離れていない。
間合いは瞬時に重なった。
悪竜の騎士は滑走の勢いのまま、両腕を振るった。
繰り出す闘技は、《朱天》の左腕を奪った《残影虚心・顎門》だ。
それも、両腕による攻撃。四十八連に及ぶ斬撃だった。
双頭の魔竜がアギトを開き、同時に食らいついてくる。
その圧力は、空間さえも軋ませた。
一方、《朱天》は、とても静かだった。
猛々しい、真紅の姿は変わらない。
されど、その姿は清流を思わせるほどに、穏やかだった。
――ただ、静かに。
真紅の拳を前へと突き出した。
それは、まるで崩壊する星のようだった。
魔竜の牙と星が、正面から衝突する。
星の力場に触れた炎の剣は一瞬で粉砕された。しかし右が砕ければ左。左が砕ければ瞬時に再生させた右。魔竜の牙は幾度でも蘇る。
四十八の斬撃。それは瞬時に終わった。だが、悪竜の騎士の斬撃は止まらない。機体が火花を散らそうが、意志が続く限り連撃を繰り出した。
炎刃の嵐が吹き荒れる。
二つの力の激突は、凄まじい衝撃を生み出した。
人間など、立っていられないほどの衝撃波だ。
事実、遠く離れているサーシャ達でも驚きの声を上げていた。
この瞬間、一番危ういのは二機の近くにいるオトハなのだが、彼女は少し呻きつつも、しっかりと立っていた。
何故なら《朱天》の後方にいたからだ。
彼女自身が移動した訳ではない。
意図的にアッシュがこの位置になるように、配慮したのである。
そして《朱天》の巨体が防壁となって、衝撃から彼女を守っていた。
(……しまったな)
耳を劈くような衝撃の中、オトハは自嘲する。
正直、これほどの戦いになるとは考えてもいなかった。
このレベルの戦いに、生身のままで立会人をするなど迂闊としか言えない。
戦闘前に《鬼刃》に乗っていなかったのは、本当に失敗だったと反省する。
が、同時に。
(もう。まったく。お前ときたら)
こんな状況でも、彼女の身の安全を気遣い、忘れずにいてくれるアッシュの気持ちがとても嬉しかった。
(いずれにせよ、決着がつくな)
オトハは、目を細めた。
衝撃は、すでに収まりつつある。
オトハの瞳に映る《朱天》の背中に変化はない。
かといって、悪竜の騎士が吹き飛ぶような音もしなかった。
そうして――。
遂に、衝撃は止んだ。
《朱天》は、拳を突き出した状態で静止してた。
対する悪竜の騎士の方は――。
――ズシン、と。
両腕に持つ処刑刀の切っ先を、地に落とした。
炎は揺らぎ、消えていく。両腕の光もすでに消えていた。
肩を落とす悪竜の騎士は動かない。
もはや、身じろぎする余力さえもないようだ。
《朱天》の全身の光も、徐々に収まり、漆黒の機体に戻っていく。
『……これがお前の答えか』
アッシュは、愛機の右腕に目をやった。
最強の闘技――《虚空》を放った右腕には、二本の裂傷が刻まれていた。
双頭の、魔竜の牙の痕である。
『……うん。どうだったかな?』
と、悪竜の騎士が、尋ねてくる。
それは、あどけない少年の声だった。
(まさか、このレベルの《虚空》に食らいつくか)
全恒力の七割を収束させて放つ破壊の剛拳。それが《虚空》だ。
しかし、実際のところ、アッシュが全力で《虚空》を放つのは稀だった。
決戦後の戦闘や伏兵を警戒し、五割~六割程度に抑えているのである。
本当に七割――いや、それ以上にまで至ったのは、最近で言えば、聖骸化したユーリィと対峙した時ぐらいか。
そして、今回は、あえて六割強にまで引き上げたのだが――。
(まったく。大したもんじゃねえか)
愛機の右腕を、双眸を細めて見つめつつ、
『……ああ、確かに見せてもらったよ』
アッシュの操る《朱天》が、ゴツンと悪竜の騎士の頭部を軽く叩いた。
兄が弟に、そうするように。
『お前は、もっともっと強くなれる。俺が保証するぜ』
アッシュは、二カッと笑った。
が、すぐに申し訳なさそうに眉をひそめて。
『しかし、すまなかったな。メルティア嬢ちゃんには本当に悪いことをした。随分と怖い目に遭わせちまっただろう?』
『い、いえ。お気になさらないでください。お義兄さま』
悪竜の騎士の中から、少女の声がする。
『流石に《ディノス》がここまで追い込まれたのは初めてですが、その、こういったことは本当によくあることですから』
『……よくあるのか?』
アッシュがそう尋ねると、
『は、はい。これまでも、気付けば大体こんなことに……』
おどおどとした様子で、メルティアが答える。
アッシュは、う~んと呻く。
何とも共感できてしまう。
これもまた、血筋というものなのだろうか。
『いや、その、ボクも、色々と気をつけてはいるんだよ?』
『はは、それは分かるよ。俺も大概な人生だしな』
少年の声に、アッシュは苦笑した。
いずれにせよ、今度こそ仕合は終わりだ。
「クライン」
その時、オトハが声をかけてきた。
二機の近くで両腕を組む。
「今度こそ、終わりを宣告してもいいんだな?」
『おう。待たせて悪かった』
アッシュは、オトハに視線を向けた。
『なんか、昨日からオトには迷惑をかけっぱなしだな』
「……それは今さらだろう」
オトハは大きな胸を軽く揺らして、嘆息した。
昨夜は、それこそ身も心も捧げたのだ。
自分は名実ともに、すでにアッシュの女なのである。
今さら、この程度の迷惑など、些細なことだった。
ただ、次の台詞には流石に動揺した。
『ああ、そうだ。オトとのことは説明しねえとな。ユーリィにもちゃんと……』
「え」
一瞬、目を瞬かせる。
そして、
「いや待て!」
オトハは、青ざめた。
昨晩のことに、一切の後悔はない。
何度もしていた妄想よりもずっと激しくて、灼熱みたいに熱くて、とんでもなく消耗したが、長年望んでいたことだ。
――そう。遂に、願いが叶ったのである。
自分は今、アッシュに愛されていると自信を持って言える。
しかし、それに至ったことを、ユーリィ達に伝えるとなると……。
「それはとりあえず待て! しばらくは黙っていろ! 私にも色々あるんだ! タイミングは私が図る! ハウルの態度も気になるし!」
『……? それって、どういう意味だ?』
アッシュは、首を傾げた。悪竜の騎士の中で話を聞いている少年、少女も話の筋が分からず、不思議そうな雰囲気を出している。
「とりあえず黙れ! いいな!」
そう言い切り、オトハは片手を上げた。
「では、これにて!」
そして、少し赤い顔の彼女は宣言する。
「アッシュ=クラインと、コウタ=ヒラサカの立合いを終了する!」
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