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第11部

第七章 真なる《悪竜》④

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(本当に強いな)


 オトハは、心から感心していた。
 アッシュの弟。
 コウタ=ヒラサカ。
《九妖星》との戦闘実績を持つという少年。
 並みの実力ではないと思っていたが、これほどとは――。
 あの《悪竜》がごとき機体の性能も合わせて、想像を超えるものだった。


(だがな、コウタ少年)


 オトハは、ふっと笑う。


(私を女にした男は、君の兄の力はその程度ではないぞ)


 この戦闘は、想いを伝える戦いだ。
 あの少年が、今日までずっと培ってきたもの。
 そのすべてを、兄に伝えるための――。


(不器用な兄弟だな)


 オトハは微笑む。
 容姿はあまり似ていないのに、本質はとてもよく似ている。
 何となくだが、あの少年もとんでもなくモテるのだろうな、と思った。


(まあ、それはいいか)


 彼女は、瞳を細める。
 そして――。


「今は存分に戦え。二人とも」


 オトハは、再び微笑んだ。


       ◆


 ――剛拳が唸る。
 悪竜の騎士は咄嗟に処刑刀の腹で受け止めるが、威力を殺せない。
 剣を軋ませて吹き飛び、両足で地面を削った。


『……ぐうッ!』


 零れ落ちる少年の呻き声。
 悪竜の騎士は、すぐさま体勢を整えようとする――が、


『――逃がさねえ!』


 アッシュは、そこまで甘くない。
《朱天》は掌底を繰り出した。
 同時に撃ち出される恒力の塊――《穿風》は、悪竜の騎士の装甲を打ち付けた。
 全身の炎を激しく揺らして、吹き飛ばされる悪竜の騎士。
 この好機に、《朱天》は《雷歩》で加速。
 一瞬で追いつくと、横殴りの拳を繰り出した。
 ――ズドンッ!
 重い拳が直撃。だが、それは処刑刀に、だ。
 悪竜の騎士は吹き飛ばされた不利な体勢であっても、防御を間に合わせてみせたのだ。
 だが、芯をぶち抜く威力は凄まじい。
 今度は横に大きく吹き飛ばされた悪竜の騎士は、どうにか空中で反転、両足で着地すると火線を引き、左手も地に突き立ててようやく威力を抑え込んだ。


『どうした?』


 ――ズシン、と。
《朱天》が、竜尾を揺らして歩み寄ってくる。


『少しバテて来たか?』


 そう告げるアッシュの声には、疲れの色は一切ない。


『……相変わらず』


 一方、若干息を切らせた少年が言う。


『全然バテないんですね。昔から思ってたけど、本当に凄いや』

『まあ、俺も色々あって、今も鍛えてるからな』


 アッシュは、ふっと笑う。
 その台詞にオトハが「いや、少しぐらいはバテろ。体力バカめ」と、少し頬を染めて呟いているが、アッシュにまでは聞こえない。


『そうですか。けど』


 少年は言葉を続ける。


『ボクも、このまま負けるつもりはありませんので』


 そう宣言するなり、悪竜の騎士は地を駆けた!
 ――いや、地を滑走した。
《天架》を使用したのだ。音もなく滑走する悪竜の騎士は、瞬時に《朱天》との間合いを詰めた。が、すでに《朱天》はカウンターの拳を固めている。


『――ふッ!』


 だが、その事自体は、少年も読んでいたのだろう。
 小さな呼気を吐き出すと、悪竜の騎士は地面を強く蹴り付けた。
 途端、雷音が轟く。
 ――《雷歩》を《朱天》の目の前で使用したのである。
 地面がひび割れ、土煙が二機の影を覆い尽くす。簡易の煙幕だ。


(何をする気だ)


 すぐさま体勢を整え直して、アッシュが眼光を鋭くする。
 唐突の煙幕。
 考えられるのは逃走か、不意打ちだ。
 だが、恐らくそんな真似はしない。
 この煙幕は、何かの準備――すなわち、切り札を使うための目眩ましと見た。
 アッシュは最大級の警戒をし、《朱天》の両拳に恒力を収束させた。
 そして――。


『アッシュ=クラインさん』


 土煙が徐々に晴れると共に少年が、告げる。


『これが、今のボクの切り札です』


 ――ズシン、と。
 悪竜の騎士が、姿を現わす。
 その姿を見て、アッシュは目を瞠った。
 悪竜の騎士の全身からは、炎が消えていた。
 ただ、その代わりに。
 竜頭の籠手を持つ右腕が、赤く、赤く染まっていたのだ。
 周辺の景色さえ歪める、その真紅の光は、まさか――。


(――《朱焰》だとッ!?)


 過剰な恒力による機体の高熱化。
 片腕だけという違いはあるが、《朱天》の切り札と同じ発光現象だった。
 悪竜の騎士は、ゆらりと右腕を掲げた。


(――ッ!)


 アッシュの背筋に悪寒が走る。
 主人の危機感に、《朱天》は瞬時に応えた。
 悪竜の騎士に近い左腕を突き出した。
 迎え撃つのは《十盾裂破》。十枚の盾を連続で叩きつける構築系闘技だ。
 その威力は《穿風》の比ではない。
 ひと度放てば、皇国の上級騎士の機体さえ容易く圧壊する威力だ。
 自身の闘技の中でも最強に次ぐ技。それを繰り出した。
 ――だが。



『――《残影虚心・顎門あぎと》』



 技の発動と同時に、少年は、厳かにその闘技の名を呟いた。
 そして、まるで空間を軋ませるような音が響く。
 ――ギイイイイイイイイィッッ!
《朱天》の左腕を中心に、怪音は続く。
 それは五秒か、十秒か。
 ようやく怪音が収まった時、アッシュは愕然とした表情で《朱天》の左腕を見た。
 愛機の左腕は、肘辺りまで無残に切り刻まれていた。
 まるで、魔竜のアギトにでも、食らいつかれたかのような損傷である。
 ――《十盾裂破》を放ったはずの腕が、この姿だ。


『《残影虚心・顎門》』


 少年が再び、闘技の名を告げた。


『二十四回の斬撃を瞬時に繰り出すボクの切り札です。だけど……』


 バキンッ……。
 不意に何かが折れる音。
 そしてズズン、と重い落下音。
 悪竜の騎士の処刑刀が、半ばから折れた音だ。


『《木妖星》の装甲を半分近く食い破った技なのに、剣を折られた上に、完全には腕を落とせないなんて……』


 少年が、無念そうに呟いた。
 アッシュは、改めて目を瞬かせた。
 まさか、《十盾裂破》が破られるとは――。
 と、その時だった。


「ここまでのようだな」


 不意に響く女性の声。
 ゆっくりと二機に近づく、オトハの声だった。


「片方は剣を。片方は左腕を失った。仕合はここまでだな」

『……そうですね』


 全力を出し切った少年が、同意する。
 彼は、まさしくすべてをアッシュに伝えていた。
 もうこれ以上、戦闘を続ける理由がなかった。
 だが、


『いや。待てオト』

「……? どうした? クライン?」


 オトハが小首を傾げる。


『まだだ。まだ決着はついてねえ』

「クライン?」


 オトハは、目を剥いた。
 少年の方も『……え?』と呟いている。


「何を言ってるんだ、クライン」オトハが眉をひそめて告げる。「もう充分だろう。この戦いの趣旨は、お前だって分かっているんだろう?」

『分かってるよ。けど、少し「欲」が出た』

「……『欲』?」


 オトハが眉をひそめる。と、


『見るのは、「今日までのこと」だけのつもりだった。けど、ここまで出来るとは思っていなかった。だから、見てみたくなったんだ』


 アッシュは、悪竜の騎士を――その中にいる弟を幻視した。
 直後、《朱天》のアギトが大きく開いた。
 次いで、四本の紅い角に鬼火が灯る。オトハ達が目を丸くする中、《朱天》の姿は真紅へと変わっていった。

 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!

 咆哮を上げる《朱天》。
 過去、《朱天》は、主人であるアッシュの感情に呼応して咆哮を上げた。
 時には怒り。時には憎しみ。時には哀しみもあった。

 だが、今日の咆哮は違った。
 アッシュの胸中にあるのは、強い喜びだ。
 それは、《朱天》にとって、初めてとなる歓喜の咆哮であった。

 ――嗚呼、幼かった弟はここまで強くなった。

 だからこそ、見てみたい。
 弟の未来を。

 純粋に、そう思った。
 オトハも悪竜の騎士も、ただ、呆然と真紅の鬼を見つめていた。


『お前のこれまでのことは充分に見せてもらった。はっきり伝わったよ。本当に、今日までずっと頑張って来たんだな。誇らしく思うぞ。だが』


 目を細める。


『これから試すのはお前の未来だ。お前がどれほどの可能性を秘めているのか。俺にそれを見せてみろ。――そう。今ここで』


 アッシュは、告げる。


『本気の俺を相手に、自分の限界を越えてみせろ』
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