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第11部

第六章 立合い②

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「お、おい! やめとけってコウタ!」


 ガラガラ、と揺れる馬車の中。
 エドワードは青ざめた顔で、新しい友人にそう忠告した。
 彼らは、再び馬車に乗っていた。
 だが、行き先は王都内ではない。
 門を越えて、今は草原の見える道を走っていた。


「……コウタ君。どうしてなの?」


 アリシアが困惑した顔で尋ねる。
 乗員のメンバーは、クライン工房に向かった時と同じだ。
 エドワード、ロック、アリシア、サーシャにルカ。
 そして、コウタ本人と鋼の巨人メルティア。
 ただ、ユーリィだけはいない。
 それぞれの持ち馬で平原に向かう、アッシュとオトハに同行していた。
 ユーリィは今、アッシュの後ろに乗ってしがみついている。
 アッシュとコウタのやり取り以降、彼女はアッシュから離れようとしない。
 どうも、強い不安を抱いているようだった。


(……ユーリィちゃんも、何か感じ取ってるのね)


 ただの仕合ではない。
 もちろん、稽古でもない。
 それは、空気から、嫌でも感じ取れた。
 ちらりと横を見ると、サーシャも緊張しているようだ。
 無言でコウタを見つめ、ギュッと手を膝の上で握りしめている。


(一体何が起きているの?)


 アリシアにしろ、サーシャにしろ、只ならぬ空気に困惑していた。


「……これは、ボクにとってずっと望んでいたことなんです」


 そんな中、コウタは語る。


「……ずっと」


 黒髪の少年は、自分の拳に目を落とした。


「ボクは、あの人にずっと憧れていた。それは今も変わらない。だからこそ……」

「い、いや、騎士を目指す者なら、師匠に憧れるのも分かるが……」


 ロックが腕を組んで、渋面を浮かべた。


「あの人の実力は本気で人外レベルなんだぞ。今朝も話しただろう」


 朝方。王城の渡り廊下でのことだ。
 ロックとエドワードは、コウタと話す機会があった。
 その際にアッシュのことを聞かれ、自分達の体験談などを語ったのだ。
 出会った時には空を飛ばされたとか、塵にされかけたエドワードの逸話など。
 それはもう恐ろしい実体験だ。
 ある意味、彼らは弟子のサーシャ以上に、アッシュの強さを知っている。
 そんな相手に、コウタは挑もうとしているのだ。


「せめて稽古に出来ないのか? 仕合など大仰すぎると思うのだが……」


 と、ロックが新しい友人の身を案じてそう告げるが、


「……ハルト先輩」


 その時、ルカがかぶりを振った。


「それじゃあ、コウ君にとって、意味がないんです。仮面さんにとっても」

「意味がない? どういう意味だ?」


 ロックが眉をしかめると、ルカは、


「ごめんなさい。今はまだ言えません。けど、これが終われば、すぐ、分かりますから」


 だけど、と呟く。
 ルカは、視線をコウタに向けた。


「ハルト先輩の言う通り、仮面さんは凄く強い人、です。多分、の《ディノス》だと、とても相手にもならないと思います」


 そう告げてから、ここまで沈黙を守っている鋼の巨人――師の方にも目をやった。
 ルカの師は、石像のように動かず佇んでいた。


「お師匠さまは、どうするのですか?」

『……私も、すでに覚悟は決めています』


 鋼の巨人は、ルカに視線を向けて答えた。


『そもそも私だけは、まだあの人にちゃんとした挨拶をしていません。あの人にだけは、この姿のままで挨拶するなんて失礼ですから、きちんと挨拶をするつもりです』

「……そう、ですか」


 ルカは微笑む。続けて嬉しそうに、ポンと柏手を打ち、


「分かりました。じゃあ、お師匠さまも、いずれ私のことを、ルカお姉ちゃんと呼んでくれるんですね」

『え? い、いえ、まあ、あなたの想いについては昨日、聞いていますし、確かにその可能性も……。ですが、お姉ちゃんですか?』


 と、言い淀む鋼の巨人。
 脈略のない二人の会話に、アリシア達が眉根を寄せた、その時だった。


「あ、少し馬車が遅くなったかも」


 サーシャが呟く。
 馬車の速度が、徐々に落ちくるのを感じたのだ。
 窓の外を見ると、王都から大分離れたのが分かる。ここら辺りなら多少無茶な仕合をしても問題ないだろう。
 サーシャは瞳を細めた。
 そして椅子に座るコウタに目をやる。


「……本当にやるんだね」

「はい。決めていたことですから」


 コウタの返事には迷いはない。
 サーシャは、沈黙した。
 覚悟を決めている者を、これ以上、止めるのも野暮だ。


「怪我だけはしないように気をつけてね」


 ただ、そう告げる。
 コウタは「はい」とだけ答えた。
 そうして馬車は、ゆっくりと停車した。
 二人の戦いの幕が、切って落とされるのも、目前だった。
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