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第11部

幕間一 想いはここに還る

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 思いの外、騒々しい街並みだった。
 ゆっくりと歩く。
 道筋には多くの店舗。青果店に鮮魚店。色とりどりの店たち。
 そこには、多くの人がいて賑わっていた。


(ここがアティス王国)


 サックを背負い直してシャルロットは思う。
 この国こそが、いま彼が住む街。


(……クライン君)


 思えば、ここまでの道程はとても長かった。
 お嬢さまは一人前の淑女になるまではと決めて、五年。
 ――そう。五年だ。
 あの幼かったユーリィが、あそこまで大きく、美しく成長する時間。
 それほどまでの時間を、ただの一度も再会することもなく、ずっと離ればなれになるとは思ってもいなかった。
 そう考えると、あの日、彼の後をついていく方が良かったのかも知れない。
 そんなことを思った日も幾度となくあった。
 だが、それも今日までだ。


(ようやく彼に……)


 トクン、トクンと鼓動が高鳴る。
 頬は徐々に赤みを帯びていた。
 今日、彼の元に訪れるのは重要な案件を伝えるためだ。
 恐らく、このことは、彼は一切知らないはず。
 だからこそ、明日のに備えて彼に伝えておくべきだった。
 いきなりすぎて、きっと彼も困惑するに違いないから。
 だが、それでもやはり嬉しい。
 ずっと、ずっと待ち望んでいたことが、ようやく訪れるのだから。


「………ふう」


 シャルロットは、街の中心から外れ始めているせいか、徐々に人通りが少なくなってきた大通りで一旦足を止めた
 サックも、その場に少し下ろす。


(それにしても、ユーリィちゃん)


 ユーリィは、本当に綺麗になっていた。幼い時点でもずば抜けて美しい少女だったが、成長することによって、ますます美しくなっている。


(サーシャ=フラムさま)


 抜群のプロポーションを持つ銀髪の少女。温和な顔つきに穏やかな性格。さぞかし彼の庇護欲をかき立てる少女だろう。


(アリシア=エイシスさま)


 絹糸の如く流れるような栗色の髪を持つ少女。やはり彼女も綺麗だった。勝気な様子が見て取れるが、最も彼を気遣っているのは彼女のような気がする。


(ルカ=アティスさま)


 エリーズ国滞在中に知り合った王女さま。エリーズ国にいた頃よりもさらに綺麗になったと感じたのは成長しただけではなく、恋を知ったおかげだろう。
 まさか、おっとりした彼女まで、この陣営に入っているとは思わなかった。
 それに加えて、ハウル公爵家の令嬢と、最も警戒すべき《彼女》。
 彼の傍には、想像以上に女性の姿が多かった。
 それも、自分はどうなのかはともかく、全員が美しい。


「……まったく。クライン君は」


 やはり傍から離れるべきではなかった。
 そんなことを考えつつ、シャルロットはサックを背負い直し、再び歩き出した。
 乗合馬車に乗る。
 そしてガタガタと揺れ続けて降車。
 再び歩く。クライン工房は停留所からさほど離れていない所にあった。
 シャルロットは工房から少し離れた場所で足を止めた。


(……なるほど。彼女がオトハ=タチバナさまですか)


 工房前に一人の女性の姿が見える。
 紫紺の髪に、サーシャにも劣らないプロポーション。店舗前を竹箒で掃除する彼女はとても家庭的で、名うての傭兵とは思えない。
 そして、やはり彼女も美しかった。


(……まったくもう。クライン君は。けど、あら?)


 そこでシャルロットは苦笑を零す。
 自分と《彼女》も加えると、これで丁度八人だ。
 かつて友人から言われた台詞が思い出される。


『同感スね。少なくとも八人ぐらいで迎え撃つのは必須ッス。まず、シャル姐さんは残る七人の同志ヨメを探さないといけないッス』


 曰く、体力が化け物の彼との夜の営みには、八人ぐらいの順番制が必須らしい。


(意外と、すでに全員揃っているのかも知れませんね)


 そんなことを思ってしまう。
 率直に言えば、シャルロットは別にそれでも構わないと思っている。仮に、彼にすでに恋人か妻がいたとしても、自分はすでに彼の女だ。それだけは変わらない。
 そして自分には世間体を気にする身内もいない。
 愛人だろうが、一夫多妻だろうが、ドンと来いだ。まあ、他のメンバーがどう思うか分からないし、無事合意できたとしても、自分は末席かも知れないが。
 大きなサックを背に抱えつつ、そんなことを考えていると、工房の開かれた作業場ガレージの奥からつなぎ姿の一人の青年が出てきた。


(……あ)


 シャルロットの心臓が、大きく跳ね上がった。
 青年の姿に、見覚えがあったからだ。
 あまりの懐かしさに、その場で涙ぐみそうになってしまう。
 すると、青年はシャルロットに気付いたようで、ゆっくりと近付いてくる。


「お客さん、いらっしゃい。何か御用……」


 そこで、青年の声が止まった。


「え? シャ、シャル? もしかして、シャルなのか?」


 青年が彼女の愛称を呼んでくれる。
 ただそれだけで、シャルロットは泣き出しそうになった。
 しかし、彼の前でそんな醜態は見せたくない。
 仮に見せるとしても、それは二人きりの時だけだ。例えばベッドの上とか。
 ともあれ、シャルロットは心の中で何度も深呼吸し、


「はい。お久しぶりです。クライン君」


 そして藍色の髪の乙女は、微笑んで告げた。


「お元気でしたか? 私の愛しきあるじさま」
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