上 下
328 / 499
第11部

第二章 鋼の騎士、アティスに立つ④

しおりを挟む
「ミ、ミランシャさんが、どうしてここに……」


 アリシアが呆然と呟く。
 が、同時に一つ納得する。
 どおりで、目の前に停泊している鉄甲船に見覚えがあるはずだ。
 これは、アリシア達が、皇国に向かう時に乗せてもらった船なのだから。


「ふふ、色々あってね。けど、その前に……」


 ミランシャは一気に駆け出し、コウタの首を抱きしめた。


「もう! 先に行ったら寂しいじゃない! コウタ君ったら!」

「い、いえ、ミランシャさんにも準備があると思って」

「そんなの気遣わなくていいのよ。それより、アタシのことは、ミラお姉ちゃんって呼んでって言ってるじゃない!」


 言って、黒髪の少年を強く抱きしめる。
 控え目でも柔らかな胸を顔に押しつけられ、少年の顔を真っ赤だった。
 エリーズ側のメンバーは、どうも呆れているような様子なのだが、アリシア達、アティス側の人間は呆然とした。ミランシャが、アッシュ以外の異性に、ここまで愛情を込めてスキンシップする姿を初めて見たからだ。


「(え? ど、どういうこと!?)」


 アリシアが、愕然とした声で切り出した。


「(う、うむ。ミランシャさんのあんなデレた顔は初めて見るな)」

「(……う、うん。付き合いの長い私でも初めて見る)」


 ロック、ユーリィが困惑し、


「(え、えっと、単純に、コウタ君がアルフ君の友達とかじゃないかな?)」


 サーシャがフォローを入れるが、


「(ん? いや、もっと単純に)」


 エドワードが言葉を締める。


「(師匠から、あいつに乗り替えただけじゃねえの?)」

「「「…………………」」」


 全員が無言になった。
 特に女性陣は困惑している。
 その可能性はない。普段ならそうはっきりと言えるが、あの黒髪の少年への態度は紛れもなく強い愛情が込められていた。
 少年自身はかなり動揺しつつ、照れているようだが。


(……むう)


 一番ミランシャと付き合いが長いユーリィが呻く。
 恋敵――いや、今となってはそう呼ぶのも適切でない気もするが、後に起こる、たった一つの正妻の座を争う正妻戦争が待ち構えている今、敵が減るのは良いことだ。
 しかし、不思議なもので、自分の好きな人が乗り替えられたとなると、やはりいい気分ではなかった。それはアリシア、サーシャも同じ気持ちだろう。
 唯一、ミランシャと面識がないルカだけは首を傾げていたが。
 と、その時だった。


「ミランシャさま。あまりコウタ君に迷惑を掛けるのはいかがなものかと」


 またしても桟橋から声が響いた。
 どうやら、まだ乗船者がいたようだ。
 アリシア達の視線が、自然と桟橋に向けられる。


(……え?)


 ユーリィは、キョトンとして目を見開いた。


「(うわあ、また綺麗な人が出てきたわね)」

「(うん。ミランシャさんと同い歳ぐらいかな。綺麗なメイドさんだ)」


 アリシアとサーシャの……実に呑気な声が聞こえてくる。
 ロックとエドワードは「「おお!」」とメイドさんの美貌に感嘆していた。
 そんな中、ユーリィだけは、ゴシゴシと一度目を擦ってから、彼女を見つめ直した。
 大きなサックを背中に背負った、二十代半ばぐらいの女性。
 肩まで伸ばした藍色の髪と、深い蒼色の瞳。やや冷淡なイメージはあるが、充分に整った鼻梁。プロポーションもサーシャに劣らない美しい女性だ。


(……うん。他人の空似ってあるんだ)


 ユーリィは、そう思おうとした――が、


「あっ! さん! お久しぶりです!」


 ポン、と手を叩くルカの声が、ユーリィの希望を打ち砕いた。


「はい、お久しぶりです。ルカさま。そして――」


 メイドさんも、ユーリィに気付いていたようで微笑む。


「ユーリィちゃんも。本当に大きくなりましたね」

「ひ、ひゥ」


 ユーリィは、思わずルカのような呻き声を出してしまった。
 腰まで引けて、少し後ずさる。


「え? ユーリィちゃん? あの人と知り合いなの?」


 サーシャがそう尋ねてくるが、答えられない。
 ――と、その代わりにメイドさんが、コツコツと桟橋を降りてきた。


「初めまして」


 そして、サーシャ達の前で頭を下げる。


「レイハート家のメイドを務める、シャルロット=スコラと申します。皆さま方におかれましては以後、お見知りおきを」


 ……………………。
 ………………。
 ……数瞬の間。
 ――ズザザザッ!
 サーシャとアリシアは、いきなり後方に跳んで間合いを取った。
 二人の顔は、愕然としてた。


「え? え?」


 そして、一人だけ事態が飲み込めていないルカを置いてけぼりにして、幼馴染コンビはメイドさんを指差して叫んだ!


「「――た、戦うメイドさんだっ!」」

「……? まあ、戦うこともありますが」


 メイドさん――シャルロットは、粛々と答える。
 事情を全く知らないロック、エドワード、ガハルドなどは完全に困惑していた。


「おい。どういうことだよ。エイシス」

「え、えっと、それは……」


 エドワードに問われるも、アリシアには何も答えられなかった。
 なにせ、不測の事態が続きすぎる。
 今日はただ、ルカの友人達を迎えに来ただけなのに。
 いきなりのミランシャの来訪。
 さらには、警戒すべきと教えられた人物の襲来だ。
 混乱するなと言う方が無理である。
 その中でも、ユーリィの混乱は一際だった。


「ほ、本当にシャルロットさん、なの?」

「ええ。シャルロットです」


 渦中の人物の一人であるシャルロットは、堂々としたものだった。


「本当に久しぶりです。ユーリィちゃん。積もる話はありますが、まずは――」


 一拍の間。
 彼女は微笑んで尋ねた。


「クライン君は、お元気でしょうか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...