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第一話 行く川の流れの悲劇

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 私は性同一性障害。生まれた体と心が食い違う人間だ。令和の時代では呼称が違うけど、私が特に思い悩んでいた当時はそういう呼称だったし、こう呼ぶ方がわかりやすい気がするのでそう呼ぶことにする。私は男の体で生まれたが心は女。(当時も令和の今でも正式に診断された訳ではない。でもはるか未来にあたる今でもそう思っている。) ものすごくわかりやすく言えば、オカマだ。でもそういう呼称は令和の時代は公に使ってはいけないらしい。たとえ自虐であったとしても自分自身をなんと紹介するかまで気を使わなければいけないなんて、嫌な世の中になったもんだ。

これから語る物語は、時代が令和になるはるか前、平成中期の私が高校生の頃からの話だ。もちろんそれ以前から自分は女性であるという自覚はあった。でも私が幼少の頃、女になりたい…(そもそも「女になりたい」という表現は適切ではない。だって心は女なのだから既に女なのだ。心に合わせて体も女になりたいのだ。)…私が幼少の頃、女の体になりたい男の体の人は今ほど公ではないが体を女性に近づけようと女性ホルモンを投与したり手術をしていただろうと思う。だが、テレビでは「どれが本当は元男?」みたいにニューハーフと呼ばれていた人たちを見世物にしていたし、性同一性障害だけではなく同性愛者や両性愛者も、もし、自分が本当にセクシャルマイノリティ…(一般人のニューハーフがテレビで見世物にされている当時、この言葉は無かったし、ゲイもオカマも区別されていなかった。性同一性障害という言葉も無かった。)…自分が本当にセクシャルマイノリティであることがバレれば、親子の縁を切る勘当か一家離散という時代だった。働く場所も都会の水商売くらいしかなかった(と思う)。

だから私は子供の頃から自身の心の性を封印して生きてきた。でも友達は女の子が多かったし、恋愛として好きになる対象はいつも男性だった。(性同一性障害の心の性と好きになる恋愛対象の性は本来、関係は無い。純女と呼ばれる心も体も一般の女性と呼ばれる人が女性を恋愛対象として好きになるように性同一性障害で心が女性で女の体になりたい体が男の人でも女性を恋愛対象として好きになることがありうる。それでも性同一性障害の要件を満たしていればきちんと認められる。)

だが、なんとなく心に自分が女性であるという想いはあったものの、時代性(平成初期~中期)もあって、私はそれがバレれば自身や家族が不幸になると思い込み、自分の人生が自分の人生でないかのようにかなり控えめに生きていた。しかし、高校時代についに自分を偽って生き続けるのは限界だと悟った。自分自身を偽り続けて、果たして社会で上手く生きることはできるだろうか? 能力的にも精神的にも私はムリだと思ったし、そんな人生はイヤだと思った。(たとえ令和の時代でインターネットが成熟し、楽しみや生き方が多様化された時代でも自分を偽って生き続けるのはかなりの苦痛だろう。令和の世の中はセクマイに対して寛容になってきているためオープンにしやすいが、どこまでオープンにするかはともかく、自分自身でそれを認めないで生きることはおそらくできないだろう。)

…女になれば、女の体があればすべて上手く行く。そう短絡的に考えていた。細かく考えればそう単純なものではないのだが、根本的にはそうだろう。人生において苦難もあるし、勉強や努力、さまざまな経験は必要だ。しかし一番大きな足かせとなるのは性別だからだ。女の体が無いから悩んでいるのだから女の体になれば悩みは解決するだろう。

たとえばコミュニケーション。男の心が無いから男と男同士として心を通わすはできない。自分を偽って関わり続けるのは本当の友達とは言えない気がする。だからと言って、男の巨体ゆえに女の輪の中に入れない・入りづらい。(少なくとも私は。) 性同一性障害でも男同士、心を通わせるかのように人間関係を上手くやれる人もいる。男の体でもオネエキャラや心が乙女として女性に認められ、男の体のまま女の子と友達として関わり続ける人もいる。ただ私はそんなに有能でも器用でも無いし、優れたコミュニケーション力も無い。もちろん女の体になったからと言ってコミュニケーションが上手くいく訳じゃないし、かなり肉体や所作を女に近づけないとこの難題をクリアするには至らない。だが、まずは女の体を手に入れなければ、何も始まらない。少なくとも当時(平成中期)、私はそう思った。

でも性別移行や性転換の手術について当時、黎明期を少し過ぎたくらいのインターネットで調べていくうちに私は絶望した。(当時、『糸色望』(いとしきのぞむ)という主人公の漢字の名前を横にくっつけて書くな!と言う展開のアニメが流行っていたなぁ。) 私があまりに女とかけはなれ過ぎてどうしようも無い男の体だったこともあるが、体の性別を男から女に移行していくために、女性ホルモンを投与するのにおそらく最低でも毎月1万円ちょっとは必要。そして性転換手術(令和の今でも正式には性別適合手術と言う)はおそらく最低でも200万円くらいはかかる。しかも平成中期当時は外国でするのが一般的と言うか技術的にほぼ海外でやるものだった。その手配や詳しくどうするかについてもインターネット経由だが、令和のようにあらゆる情報が手に入る訳でもなく、わかりやすく書いてある訳でもなく、外国語の場合もあるため翻訳も必要で、自分で上手く探して組み合わせたりかみ砕いて考えたりしなければならず、ここも記憶力・理解力・思考判断力の無い私にはムリだった。女性らしさを少しでも維持するためにホルモン治療に毎月お金をかけつつ性別適合手術と渡航滞在費のために貯金をし、場合によっては完璧な女に見えるよう数百万円から一千万円くらいかけて全身整形し、一人外国へ行き、命をかけて手術をし、(しかも人によっては術後ものすごく痛いらしい。) そしてその後、何事も無かったかのように生まれながらに女として生きてきたかのようにふるまい就職する。(女だから女としてふるまえるだろうと思いがちだが、学生時代の流行った物など本当に生まれながらに体も女でないとわからない女同士の話題や体が男として生きてくると自然と身につかない女の所作や独自のマナーもある。) 私は心は明らかに女だと思っていたが、それを実行するのは私にはムリだろうと思った。

そもそも私は体が女でないゆえに幼少から人生をあきらめており、ともかく社会ではただ何事もなくなんとかひっそりと生きられればいいと思っていたため、中学生以後、性差がハッキリとしてくると誰かと真剣に関わることはあまり無いと言うか実質ほぼできず、結果的に勉強や努力を怠ることになってしまった。ゆえに性同一性障害を専門に取り扱うクリニックの門を叩いても医師に自身の心の性別が女であることを口頭でも文章でも証明することができなかった。それにやはり元の体がかなり男なのだから完全に女性の輪の中に適応するのは明らかにムリだろうと思った。

たとえ女性の局部をつくったとしてもその穴の部分を維持するために毎日数時間長期にわたってダイレーションと呼ばれる専用のスティックを入れる作業をしなければならない。その時間が許されるほど金銭に余裕があるとも思えないし、手術と療養の期間と毎日のダイレーションの拘束時間が許されるほどの会社に勤められると私は思えなかった。私は無能なのだ。

それに聞いた話だが、手術をして女性の局部を手に入れたとしても、年月と共にその局部に異常が生じて"お直し"が必要になる場合もあるらしく、自分でその異常にきちんと気づいて適切な対処ができるかも疑問だった。それにその時のおそらく海外での手術費・渡航費はどうするのか? ムリだ。

もし、体も女になって子供はさすがに産めないが(令和の技術なら産めるようになるかも?)美女なら情けない話だが、誰かしらお金のある男性にその再手術費等も含めて養ってもらってなんとか女として生ききることはできることもあるだろう。

でも私はそもそも性別移行したとしても女に見える容姿にはならないし、男には愛されないと思った。男に愛されるには、アンパンマンのように顔をまるごと取り替えるとか幅の広すぎるオベリスクの巨神兵のような肩の太い骨をぶった切って捨てるとかフランケンシュタインのようになってでも頭蓋骨を半分にするとかしないとダメだ。性転換の素質がまるで無い。

自分の体も無いし、力も学も金も愛も人脈も職も無い。
私は絶望した。

(第二話につづく)

※注意
このお話の"私"は性同一性障害の代表者ではありません。あくまで一患者としての一例です。異なる症状や考えを持つ人もいることもご了承ください。また、このお話で述べられている性同一性障害に関する情報は当時のものも含め、お話にするために簡略化して書いています。正確な詳細はご自身の手でご確認ください。
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