上 下
23 / 44

ギャルは最強②

しおりを挟む
「ベッド、ふかふかだったな……」

「ああ……」

 ホテルのベッドみたいだった。思いきりダイブしたい気持ちをぐっと堪えていたら、山本が先に大の字になって、寝心地を検証していた。なので俺も、負けじと跳び込んだ。深呼吸して堪能したのち、居間に集合した。

「遅い! なんで女子より遅いの!」

 ぐあっと噛みついてきたのは柏木。早く座りなさいよ! と促され、開いている場所に座る。大きなソファセットがあって、仙川以外の人間が全員座っても、まだ余裕がある。思った以上に身体が深く沈み込んで、夏にこれなら、冬はもっと人をダメにする空間なんだろうと感じた。

「なぜ柏木が仕切る? この同好会は、呉井が部長だと聞いていたんだけど……」

 山本は俺にこそっと囁いた。柏木の耳には入らないように、最小限のボリュームに絞っている。がり勉優等生とギャルは、想像通りに相性がよろしくない。まぁ、山本が一方的にビビってるだけなんだけど。柏木は山本のことなんて、なんとも思っていないし。ついでに俺のことも。

 柏木が「これ回してー」と差し出してきたのは、手作りの「合宿のしおり」だった。表紙に描いてあるのは……なんだ、これ? 虫か?

「失礼ね! テニスをする桃様よ!」

 人間、だと……?

 桃様がわからない山本に、スマートフォンで画像を見せると、しおりのイラストと見比べて、目をパチパチさせている。そうだよな。百歩譲って、鬼かなんか、人型のバケモンだよな。

 柏木には画才はないことが判明したところで、パラっとめくってみる。

「タイムスケジュール……」

 対外試合なんてあるわけもないし、研究発表の機会もない。合宿の名を借りたただの小旅行に、どうしてこんなに気合いを入れたスケジュールが……って、おい。

「なんだよこのコスプレタイムってのは」

 これから夕食の時間まで、コスプレタイムになっていた。

 柏木はきらりと目を光らせると、部屋に持って行かなかったスーツケースを開き、お披露目した。

「じゃーん! みんなにしてほしい、コスプレ衣装を夏休み中に作ったんだ~!」

 これは呉井さんのね! と彼女の胸に押し付けたのは、誰がどう見ても、メイド服だった。

「お、お嬢様に使用人の服など……!」

 仙川や呉井さんの操縦方法を覚えた柏木は、「ちっちっちっ」と指を振った。

「転生先では、どんな身分になるかわかったもんじゃないでしょ? 貴族のご令嬢になればいいけど、誰かに仕えることになるかもしれない。そのときの練習だよ!」

「転生? 身分?」

 案の定、クラスでの呉井さんしか知らない山本が目を白黒させているので、「あとで教えてやるから」と肩を叩いた。

 呉井さんは、ぱぁ、と表情を輝かせる。

「そうですわよね! わたくしは、メイドらしい振る舞いを覚えておくべきですわ!」

 身体に当てている感じだと、ミニスカートではない。クラシカルなロング丈のシンプルなメイド服だ。ちぇ。あ、いや、呉井さんの脚が見たいとかそういう……見たいに決まってるだろ、そんなもん。言わないけど! 言ったら仙川に殺されるから、言わないけど!

 その仙川には、ドレスが宛がわれた。紫色でひらひらしていて、仙川の口元が引きつっている。

「わ、私もするのか……!?」

 当然だと胸を張る柏木は、どうやらかくれんぼをしていたときの仙川の女装(?)が、忘れられないらしい。ウィッグとメイク道具一式を手渡して、そのまま仙川の手を握って懇願する。

「ゴスロリもとてもよく似合ってたけれど、仙川先生にはシンプルでゴージャスなドレスが似合うと思う! あと単純に、主従逆転萌え!」

 本人たちに言うな、本人たちに! 

「まぁ……わたくしと恵美が、モエ、ですのね?」

 明らかに呉井さんがわかっていない発言をしている。新たな言葉と概念を入手する前にどうにかしなければ、と仙川は「早速これに着替えてまいりましょう!」と、彼女を引っ張って行った。

 これには瑞樹先輩も、苦笑いするしかない。

「それで? 僕はどんな仮装をすればいいのかな?」

 おっと意外とノリノリである。

「瑞樹先輩はですねぇ……明日川とニコイチでぇ……」

 おい俺を巻き込むな! だいたい俺にさせたいコスプレとか、すでにわかりきってんだよ! どうせ『スタ学』だろ! 『スターライト学園』! 俺がその世界から来たって、呉井さんが信じてるやつ!

 でへへー、と笑って柏木は俺たちに揃いの衣装を押しつけた。

「桃次郎様と、金三郎ちゃんのデビューイベントのときの衣装です!」

 だろうね! せめて学園にいるときの衣装だったら、学ランで済んだのに!

「ヘアメイクはあたしがやるんで、ちゃっちゃと着替えてきてください。ほら、明日川。あんたもよ!」

 衣装はなんちゃって軍服みたいな奴で、俺のが赤。先輩のが白。なんてめでたいカラーリングなんだ……って、キラキラしてんな、なんだ、コレ。手間と金がかかってるんじゃ? 呉井さんのシンプルイズベストなメイド服とはだいぶ違う。

「当然じゃない? だって桃様たちの衣装なのよ?」

 ふんぞり返るな。仙川に聞かれてたらお前、えらい目に遭ってるぞ。なぜお嬢様のものを一番に仕上げない、とかなんとか言って。

 溜息をつく俺。そして一人蚊帳の外にいる奴。

「……く、くだらない。僕はもう、部屋で勉強をさせてもらうよ」

「おい、逃げるなよ」

 とはいえ、「一人連れてくる」と言っただけで、それが山本だとは言っていない。よって柏木も、彼用のコスプレ衣装は用意していないはずなのだが……。

「まぁ確かに、服はないんだけどね。でも、呉井さんのオプションで用意してた奴が……」

 がさごそとスーツケースを漁ると、アイテムはすぐに出てきた。某青いロボットのように、「ねーこーみーみー」と振りかざす。

「なっ」

「これさえつければ、普段着なのに仮装気分を手軽に味わえる、最強のアイテムだよねえ~」

 ふっふっふ……と、怪しい笑みを浮かべて、柏木は山本に接近する。俺は彼女の意を汲んで、山本を羽交い絞めにする。

「お、おい離せ! 離せえぇぇぇ」

「諦めろ。……それとも俺が着る予定の衣装と交換するか?」

 囁けば、ぴたりと抵抗は止む。普通の顔の男が着る服じゃないよな。アイドルの服っていうのは、やっぱりそれにふさわしい人間が着るようにできているんだよ。俺だって、猫耳の方がいい。喜んで身に着けるのに。

「はい、かーわいー」

 一度も染めたことがない山本の黒髪に、黒い猫耳はしっくりきた。本人は「屈辱だ……」という表情をしている。

「ほら、とっとと着替えてきて!」

「へいへい……」

 そういえば。

「ところで柏木は、何の服に着替えるんだ?」

「あたし? 決まってんじゃん」

 最後にスーツケースから出てきたのは、セーラー服。うちの学校の制服に似ているが、生地がどう見ても安っぽい。明らかに既製品である。

「『スタ学』の主人公の制服!」

 おそらく、俺たちに着せるための衣装を製作していたら、自分のを作る時間がなくなったのだろう。そこまで楽しみにしていたんだったら、着てやらないわけにはいかないな。

 似合わなくても笑うなよ、とだけ念押しして、俺は一度部屋に戻った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

処理中です...