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陰キャに夏は似合わない②
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バイトバイトバイト、そしてコミケ!
稼いだ分の大半を薄い本と交換した俺は、そのうちの無害そうな小説本(表紙がいかにもなイラストじゃない奴な)を数冊鞄の中に入れ、合宿に出発した。
集合場所はわかりやすく学校。私服で学校に来るのって滅多にないから、なんだかワクワクするよな。五分前に着いたら、すでに呉井さんと瑞樹先輩、それから仙川がいた。
「待たせた?」
「いいえ。わたくしたちも来たばかりです」
呉井さんはふんわりした素材のブラウスの上に、日焼け防止のカーディガンを羽織っている。合宿なのにほとんど荷物を持っていない。背後に佇む仙川がスーツケースを持っているのを見て、納得する。
いやしかし、二泊三日の合宿でこんなに荷物、いるもんかね? キャンプなら荷物が増えるのもわかるけれど、別荘に宿泊するんだぞ……あ、いや、遠足であの荷物だったんだもんな。そうだよな。
集合時間から十分経過して、ようやくあと二人が来た。
「遅いぞ」
「ごめんごめん! 荷物の整理に手間取っちゃって!」
と言う柏木も、馬鹿でかいスーツケースだ……あれ? 別荘って海外なの? 俺そもそもパスポート持ってないんだけど……と、勘違いしそうな量である。大丈夫。行き先は国内。っていうかなんなら県境の高原だ。別荘というほどの別荘感はない。別宅、くらいの意味合いなのかもしれない。
「暑い……」
夏の日差しと青空が最も似合わない男が、青白い顔でふらふらとやってきた。俺は彼の肩を叩いて歓迎の意を表す。
「おーっす、山本!」
「うるさい、暑い……」
山本は俺の手を弱々しく払うと、うう、と呻くだけのゾンビと化している。
俺以上のインドア派、それは山本だった。
配られたそばから休み時間に夏休みの宿題を始めた山本に、俺は拝み倒した。
『うちの同好会の合宿に、お願いだからついてきてほしい』
山本は一度シャーペンの動きを止めて、俺を一瞥する。とても嫌そうな顔だ。うん、わかるよ……勉強第一のお前にお願いすることじゃないってのは。
『なんで』
『メンバーがみんな強引なので、ストッパーが俺だけじゃ足りない』
なんせクレイジー・マッドと愉快な仲間たち。呉井さんは言わずもがな、お嬢様命の仙川にマイペースの権化の瑞樹先輩。ギャルとオタクのハイブリッドの柏木と四人そろっていて、凡人オタクの俺に何ができようか。いやできない(反語)。
『基本的には勉強してくれてて構わないから……俺のツッコミのフォローをしてくださいお願いします。なんでもします』
犯罪とか悪いこと以外ならなんでもね。
『……でもその、彼女がいるんだろう?』
山本は呉井さんの席をちらりと見やる。幸い彼女は教室にはいなかった。
俺との間のわだかまりは解消された山本だったが、呉井さんに対しては、まだ微妙な感情を抱いている。結局一学期の期末テストも、呉井さんが一位だった。山本に順位は尋ねていないが、たぶん二位だったのだろう。
山本はすでに、遠足のときに呉井さんに突っかかっていった自分が悪いということを自覚している。慣れない登山という状況と、男女仲良く登っている俺たちへのイライラが募った結果だ。自分で言ってて悲しいことに、俺と呉井さんの間には一切何もないが。ただの世話係なので……。
呉井さんと仲直り、とまではいかなくてもいい。彼女のおかしなところを目の当たりにして(クレイジー・マッドとあだ名されているとはいえ、クラスの中ではそこそこまともなのだ)、ちょっとでも呆れたら、一位なんてものにこだわらなくて済むようになるかもしれない。
『大丈夫。呉井さんは別に、山本に対して怒ったりはしてないよ』
正確にいうと、少し違う。
山本のことなんか、なんとも思ってないよ、が正解だ。それをそのまま伝えるほど、俺はコミュ障ではない。
彼女は基本的に、同級生に対する感情が薄い。さすがに呉井さんを守って俺が怪我をしたときには心配してくれたけれど、彼女の中で最も大切な人は、たったひとりなのだ。
『なぁ、頼むよ』
俺の必死の懇願に折れて、山本は合宿に付き合ってくれることになった。日程も山本の夏期講習の時間割に都合を合わせて組んでもらった。俺たちは誰も、塾に通ってないからね。瑞樹先輩も苦手科目だけだし。
「あら、明日川くん、山本くんをお呼びになったの?」
デニム姿にポニーテールが新鮮だったか、山本が「く、呉井?」と詰まった。
「はい、呉井円香ですわ」
首を傾げた彼女に、俺は山本の参加を告げていなかった。怒っていないと山本には言ったけれど、呉井さんの本心なんて俺には皆目見当がつかないからだ。事前に知らせて、嫌な顔をされたら俺も、仲を取り持つことなんて不可能である。
ハラハラしたけれど、呉井さんはやっぱり、山本のことなんてなんとも思っていない様子だった。
「よろしくお願いいたしますね?」
にっこりと微笑まれて、山本はさらにゾンビ化が進む。
「う……あ……」
そろそろ助け舟を出さないと、蘇生ができなくなりそうだった。
「全員そろったから、そろそろ行こうよ」
「そうですわね。では、皆さんお乗りください」
呉井家の自家用車らしいそれは、お嬢様のイメージにはそぐわぬごつさのワゴン車である。運転席には仙川……お前が運転するのかよ。大丈夫なのかよ。
「それじゃ、しゅっぱーっつ!」
柏木のテンション高めの号令によって、俺たちは出発した。
稼いだ分の大半を薄い本と交換した俺は、そのうちの無害そうな小説本(表紙がいかにもなイラストじゃない奴な)を数冊鞄の中に入れ、合宿に出発した。
集合場所はわかりやすく学校。私服で学校に来るのって滅多にないから、なんだかワクワクするよな。五分前に着いたら、すでに呉井さんと瑞樹先輩、それから仙川がいた。
「待たせた?」
「いいえ。わたくしたちも来たばかりです」
呉井さんはふんわりした素材のブラウスの上に、日焼け防止のカーディガンを羽織っている。合宿なのにほとんど荷物を持っていない。背後に佇む仙川がスーツケースを持っているのを見て、納得する。
いやしかし、二泊三日の合宿でこんなに荷物、いるもんかね? キャンプなら荷物が増えるのもわかるけれど、別荘に宿泊するんだぞ……あ、いや、遠足であの荷物だったんだもんな。そうだよな。
集合時間から十分経過して、ようやくあと二人が来た。
「遅いぞ」
「ごめんごめん! 荷物の整理に手間取っちゃって!」
と言う柏木も、馬鹿でかいスーツケースだ……あれ? 別荘って海外なの? 俺そもそもパスポート持ってないんだけど……と、勘違いしそうな量である。大丈夫。行き先は国内。っていうかなんなら県境の高原だ。別荘というほどの別荘感はない。別宅、くらいの意味合いなのかもしれない。
「暑い……」
夏の日差しと青空が最も似合わない男が、青白い顔でふらふらとやってきた。俺は彼の肩を叩いて歓迎の意を表す。
「おーっす、山本!」
「うるさい、暑い……」
山本は俺の手を弱々しく払うと、うう、と呻くだけのゾンビと化している。
俺以上のインドア派、それは山本だった。
配られたそばから休み時間に夏休みの宿題を始めた山本に、俺は拝み倒した。
『うちの同好会の合宿に、お願いだからついてきてほしい』
山本は一度シャーペンの動きを止めて、俺を一瞥する。とても嫌そうな顔だ。うん、わかるよ……勉強第一のお前にお願いすることじゃないってのは。
『なんで』
『メンバーがみんな強引なので、ストッパーが俺だけじゃ足りない』
なんせクレイジー・マッドと愉快な仲間たち。呉井さんは言わずもがな、お嬢様命の仙川にマイペースの権化の瑞樹先輩。ギャルとオタクのハイブリッドの柏木と四人そろっていて、凡人オタクの俺に何ができようか。いやできない(反語)。
『基本的には勉強してくれてて構わないから……俺のツッコミのフォローをしてくださいお願いします。なんでもします』
犯罪とか悪いこと以外ならなんでもね。
『……でもその、彼女がいるんだろう?』
山本は呉井さんの席をちらりと見やる。幸い彼女は教室にはいなかった。
俺との間のわだかまりは解消された山本だったが、呉井さんに対しては、まだ微妙な感情を抱いている。結局一学期の期末テストも、呉井さんが一位だった。山本に順位は尋ねていないが、たぶん二位だったのだろう。
山本はすでに、遠足のときに呉井さんに突っかかっていった自分が悪いということを自覚している。慣れない登山という状況と、男女仲良く登っている俺たちへのイライラが募った結果だ。自分で言ってて悲しいことに、俺と呉井さんの間には一切何もないが。ただの世話係なので……。
呉井さんと仲直り、とまではいかなくてもいい。彼女のおかしなところを目の当たりにして(クレイジー・マッドとあだ名されているとはいえ、クラスの中ではそこそこまともなのだ)、ちょっとでも呆れたら、一位なんてものにこだわらなくて済むようになるかもしれない。
『大丈夫。呉井さんは別に、山本に対して怒ったりはしてないよ』
正確にいうと、少し違う。
山本のことなんか、なんとも思ってないよ、が正解だ。それをそのまま伝えるほど、俺はコミュ障ではない。
彼女は基本的に、同級生に対する感情が薄い。さすがに呉井さんを守って俺が怪我をしたときには心配してくれたけれど、彼女の中で最も大切な人は、たったひとりなのだ。
『なぁ、頼むよ』
俺の必死の懇願に折れて、山本は合宿に付き合ってくれることになった。日程も山本の夏期講習の時間割に都合を合わせて組んでもらった。俺たちは誰も、塾に通ってないからね。瑞樹先輩も苦手科目だけだし。
「あら、明日川くん、山本くんをお呼びになったの?」
デニム姿にポニーテールが新鮮だったか、山本が「く、呉井?」と詰まった。
「はい、呉井円香ですわ」
首を傾げた彼女に、俺は山本の参加を告げていなかった。怒っていないと山本には言ったけれど、呉井さんの本心なんて俺には皆目見当がつかないからだ。事前に知らせて、嫌な顔をされたら俺も、仲を取り持つことなんて不可能である。
ハラハラしたけれど、呉井さんはやっぱり、山本のことなんてなんとも思っていない様子だった。
「よろしくお願いいたしますね?」
にっこりと微笑まれて、山本はさらにゾンビ化が進む。
「う……あ……」
そろそろ助け舟を出さないと、蘇生ができなくなりそうだった。
「全員そろったから、そろそろ行こうよ」
「そうですわね。では、皆さんお乗りください」
呉井家の自家用車らしいそれは、お嬢様のイメージにはそぐわぬごつさのワゴン車である。運転席には仙川……お前が運転するのかよ。大丈夫なのかよ。
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