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ポンコツ美少女探偵が行く!②
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テストまであと十日。今日も雨がしとしとと降り続いている。
呉井さんの調子は戻らない。それでも彼女のえらいところは、授業には集中しているところだ。おそらく、彼女はテスト勉強も家でしているだろう。
俺?
俺もまぁ、ぼちぼち。英語と日本史は始めた。理数系は、そのうち。うん。
期末テストなので、保健体育や美術など、実技教科のペーパーテストもある。音楽の授業で言い渡されたテスト範囲を見て、たいした量じゃないじゃん、と思いながら、教室に戻った。
教材を机の中に閉まって、昼食の準備をする。柏木はとっくに弁当箱を持って、友達のところへ向かった。俺は基本的にぼっち飯だが、呉井さんもぼっちなので、なんとなく二人で食べている気分は出る。
が、呉井さんはなかなか戻ってこなかった。帰り際、音楽教師に呼び止められたという素振りもなかったはず。トイレに行った? それにしては時間がかかっている。早食いではない俺の弁当が、半分近く減っても、呉井さんは戻ってこない。
母親の作った弁当は、男子高校生の舌を信用していない。なので質より量である。作ってくれるだけありがたいと思え、とばかりに毎朝、あくび交じりに渡される。弁当はいつもと同じ味なのに、なんだか味気ない。
俺は一度、弁当箱の蓋を閉めた。呉井さんを探しに行こう。
席を立って廊下に出る。音楽室は一つ上の階だ。階段は二か所あるが、いつも使う方に向かえばいいだろう。
階段に差し掛かったところで、呉井さんが降りてきたところに出くわす。
「呉井さん。遅かったみたいだけど、何かあった?」
軽い気持ちで、俺はそう尋ねた。すると彼女は、なんだか困ったような表情を浮かべた。違うと信じたいけれど、何かを疑っている。そんな顔で、「明日川くん……」と途方に暮れた声を出す。
首を傾げながらも俺は、呉井さんの話をきちんと聞こうと決めていた。
クラスじゃ何も話してくれない呉井さんを見かねて、瑞樹先輩に連絡をした。すると当然、被服室に集合という話になり……仙川がいないわけもなく。
「どうやらわたくし、誰かに嫌われているみたいですの」
しゅんとして切り出した呉井さんに、仙川は一瞬、動きを止めた。人間って、驚きすぎると固まるよな。俺だって驚いているけれど、呉井さんがクラス内で浮いているのを知っているから、その中に誰か、強烈に彼女のことを嫌っている奴がいたとしてもおかしくない、と冷静に考えるだけの余裕がある。
仙川にとっては、たった一人のお嬢様だ。世界で一番のお姫様が嫌われているなど、信じがたい事実である。
……だからって、俺の肩を掴んで、ギリギリと絞めつける八つ当たりをするのはやめていただきたい。俺別に、肩こりで悩んでないので。
「ど、どこのどいつですか、円香様……」
ここのこいつじゃないことだけは確かなので、離してください。
「だから、『誰かに』です。わかりません」
呉井さんは、自分の身に先程起きたことを淡々と話した。まるで他人事のように。
「教室に戻ろうとしたところで、音楽室にペンケースを忘れたことに気がついたのです」
すぐに戻った呉井さんだったが、使っていた机の中には入っていなかった。忘れたこと自体が勘違いで、気づかぬうちに廊下に落としたのかもしれない。何度も往復して探したが、廊下には落ちていない。
誰かが拾ってくれたのだろうか、と職員室にも立ち寄った。しかし届けられておらず、呉井さんは昼休みになってもウロウロとペンケースを探し回っていた。
再び音楽室をよく探してみようと舞い戻り、机の近辺からピアノの辺りまでよく探して、彼女はようやく発見する。
「ゴミ箱の中から、ペンケースが見つかりました」
ぽんと置かれていたのではなく、上からぐしゃぐしゃの紙クズがかぶせられていたというのだから、事故ではない、故意だ。
呉井さんは悲しげな目で、捨てられていたペンケースを見つめる。女子高生にありがちなキャラ物でもなく、はさみや色ペンがいっぱい入っているのでもない。ワインレッドのシンプルな、最低限の文房具が入っているペンケースは、おそらく本革製のお高いものだ。
いや、高い安いの問題じゃないか。彼女はとにかく、今使っている筆箱を大切にしていて、ゴミ箱に捨てられてたことがショックだったのだ。
深く沈み込んでいる呉井さんとは対照的に、仙川はヒートアップしまくっている。ちょっと落ち着け。そう諫める隙すらなく、「どこの不届き者がー!」「こんなに美しくお優しいお嬢様を嫌うなんて以下略」と沸騰している。
「落ち着きなさい、恵美」
それでも愛するお嬢様の鶴の一声で、ぴたりと止まるのだからいやはや。
叱責の後、黙りこくった呉井さんを俺は見つめた。最近ずっと調子が悪そうに、ぼんやりとしていたのだが、今はどうだ。
明らかに敵対する意志のある者の存在を前に、彼女の目には強い力が宿る。キラキラでは足りず、ギラギラと闘争心に燃えていて、俺はそれがきれいだと思う。
彼女は真っ直ぐ前を向いているのが似合う。クレイジー・マッドと言われるほど暴走する呉井さんの方が、深窓の令嬢よろしく窓の外を物憂げに眺めているよりも、断然いい。
呉井さんが元気になってくれるなら、俺はおとなしく、彼女のなすがままに振り回されようと、ここ数日ですっかり受け入れてしまった。
長く細く、白い人差し指を、ほんのり色づく唇に当てて、彼女は考える。それから俺に向けて、宣言するのだ。
「犯人探しをいたしましょう」
転生先の職業として、探偵も楽しそうですわ。
華のように微笑んだ呉井さんに、俺は恭しく頷いた。
「仰せのままに」
呉井さんの調子は戻らない。それでも彼女のえらいところは、授業には集中しているところだ。おそらく、彼女はテスト勉強も家でしているだろう。
俺?
俺もまぁ、ぼちぼち。英語と日本史は始めた。理数系は、そのうち。うん。
期末テストなので、保健体育や美術など、実技教科のペーパーテストもある。音楽の授業で言い渡されたテスト範囲を見て、たいした量じゃないじゃん、と思いながら、教室に戻った。
教材を机の中に閉まって、昼食の準備をする。柏木はとっくに弁当箱を持って、友達のところへ向かった。俺は基本的にぼっち飯だが、呉井さんもぼっちなので、なんとなく二人で食べている気分は出る。
が、呉井さんはなかなか戻ってこなかった。帰り際、音楽教師に呼び止められたという素振りもなかったはず。トイレに行った? それにしては時間がかかっている。早食いではない俺の弁当が、半分近く減っても、呉井さんは戻ってこない。
母親の作った弁当は、男子高校生の舌を信用していない。なので質より量である。作ってくれるだけありがたいと思え、とばかりに毎朝、あくび交じりに渡される。弁当はいつもと同じ味なのに、なんだか味気ない。
俺は一度、弁当箱の蓋を閉めた。呉井さんを探しに行こう。
席を立って廊下に出る。音楽室は一つ上の階だ。階段は二か所あるが、いつも使う方に向かえばいいだろう。
階段に差し掛かったところで、呉井さんが降りてきたところに出くわす。
「呉井さん。遅かったみたいだけど、何かあった?」
軽い気持ちで、俺はそう尋ねた。すると彼女は、なんだか困ったような表情を浮かべた。違うと信じたいけれど、何かを疑っている。そんな顔で、「明日川くん……」と途方に暮れた声を出す。
首を傾げながらも俺は、呉井さんの話をきちんと聞こうと決めていた。
クラスじゃ何も話してくれない呉井さんを見かねて、瑞樹先輩に連絡をした。すると当然、被服室に集合という話になり……仙川がいないわけもなく。
「どうやらわたくし、誰かに嫌われているみたいですの」
しゅんとして切り出した呉井さんに、仙川は一瞬、動きを止めた。人間って、驚きすぎると固まるよな。俺だって驚いているけれど、呉井さんがクラス内で浮いているのを知っているから、その中に誰か、強烈に彼女のことを嫌っている奴がいたとしてもおかしくない、と冷静に考えるだけの余裕がある。
仙川にとっては、たった一人のお嬢様だ。世界で一番のお姫様が嫌われているなど、信じがたい事実である。
……だからって、俺の肩を掴んで、ギリギリと絞めつける八つ当たりをするのはやめていただきたい。俺別に、肩こりで悩んでないので。
「ど、どこのどいつですか、円香様……」
ここのこいつじゃないことだけは確かなので、離してください。
「だから、『誰かに』です。わかりません」
呉井さんは、自分の身に先程起きたことを淡々と話した。まるで他人事のように。
「教室に戻ろうとしたところで、音楽室にペンケースを忘れたことに気がついたのです」
すぐに戻った呉井さんだったが、使っていた机の中には入っていなかった。忘れたこと自体が勘違いで、気づかぬうちに廊下に落としたのかもしれない。何度も往復して探したが、廊下には落ちていない。
誰かが拾ってくれたのだろうか、と職員室にも立ち寄った。しかし届けられておらず、呉井さんは昼休みになってもウロウロとペンケースを探し回っていた。
再び音楽室をよく探してみようと舞い戻り、机の近辺からピアノの辺りまでよく探して、彼女はようやく発見する。
「ゴミ箱の中から、ペンケースが見つかりました」
ぽんと置かれていたのではなく、上からぐしゃぐしゃの紙クズがかぶせられていたというのだから、事故ではない、故意だ。
呉井さんは悲しげな目で、捨てられていたペンケースを見つめる。女子高生にありがちなキャラ物でもなく、はさみや色ペンがいっぱい入っているのでもない。ワインレッドのシンプルな、最低限の文房具が入っているペンケースは、おそらく本革製のお高いものだ。
いや、高い安いの問題じゃないか。彼女はとにかく、今使っている筆箱を大切にしていて、ゴミ箱に捨てられてたことがショックだったのだ。
深く沈み込んでいる呉井さんとは対照的に、仙川はヒートアップしまくっている。ちょっと落ち着け。そう諫める隙すらなく、「どこの不届き者がー!」「こんなに美しくお優しいお嬢様を嫌うなんて以下略」と沸騰している。
「落ち着きなさい、恵美」
それでも愛するお嬢様の鶴の一声で、ぴたりと止まるのだからいやはや。
叱責の後、黙りこくった呉井さんを俺は見つめた。最近ずっと調子が悪そうに、ぼんやりとしていたのだが、今はどうだ。
明らかに敵対する意志のある者の存在を前に、彼女の目には強い力が宿る。キラキラでは足りず、ギラギラと闘争心に燃えていて、俺はそれがきれいだと思う。
彼女は真っ直ぐ前を向いているのが似合う。クレイジー・マッドと言われるほど暴走する呉井さんの方が、深窓の令嬢よろしく窓の外を物憂げに眺めているよりも、断然いい。
呉井さんが元気になってくれるなら、俺はおとなしく、彼女のなすがままに振り回されようと、ここ数日ですっかり受け入れてしまった。
長く細く、白い人差し指を、ほんのり色づく唇に当てて、彼女は考える。それから俺に向けて、宣言するのだ。
「犯人探しをいたしましょう」
転生先の職業として、探偵も楽しそうですわ。
華のように微笑んだ呉井さんに、俺は恭しく頷いた。
「仰せのままに」
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