高嶺のガワオタ

葉咲透織

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10 花道・オン・ステージ!

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「次郎、高岩さん……」

 待っていたのは、飛天とゆかりの深い二人だった。

 仏頂面の高岩は何を考えているのかわからない。怒っているのかもしれない。呆れて物が言えないのかもしれない。

 飛天は高岩がアクションを起こす前に、頭を下げた。すいません、の気持ちと、今までありがとうございました、の気持ちと。両方が織り交ざって、飛天は言葉が出ない。

 目を閉じると、この場所で高岩に徹底的にしごかれた記憶が鮮明に蘇る。怒鳴られて密かにムカッときたこともある。絞められて苦しんでいるのを笑われたときには、絶対にやり返してやると決めた。

 でも、この場所は暖かくて。飛天にとっては、家と同じか、それ以上に大切な場所で。

 やめたくない。

 飛天は鼻を啜った。涙が溢れてきた。

 まだ何も達成できていないのだ。最初は、映理のためでしかなかったヒーローになるという目標が、いつの間にか自分の夢に上書きされていた。

 アイドルにもなれず、役者の道も半ば、自分で閉ざしてしまった。ヒーローを目指せなくなったら、次の目標は果たして見つけられるだろうか。

「顔上げろ」

 高岩のぶっきらぼうな声は怖い。飛天は命令どおりにしようとしたが、身体が錆びついたようになかなか動かない。のろのろと緩慢な動作で、飛天は高岩を見上げた。

 怒っていないと態度で示すように、彼は両腕を開き、アピールしている。

「お前が品川飛天だってことは、こっちは最初から、百も承知なんだよ」

 一瞬息が止まる。ずっと啜り上げていたが、重力に逆らえずに鼻水が垂れた。さっとティッシュを横から差し出したのは、次郎だった。彼は飛天が鼻をかみ、落ち着くのを待って口を開いた。

「飛天にピンチヒッターを頼むときに、僕から説明してたんだよ」

 ある程度動けて、ヒーロースーツを身に着けても様になり、さらにすぐにでも駆けつけられるくらい暇な人間は、急には見つからない。

 特に最後の条件が厳しい。人は土日にプライベートの用事を入れるし、平日の疲れを癒すわずかな休日でもある。時間はあっても、なかなか首を縦に振る人間はいない。

 その点、当時の飛天はただのニートだった。暇なら持て余しているし、平日も休日も区別などない。

「慌てて電話して、来てくれるってなってから、はたと気づいたんだよね。飛天と特撮って、相性最悪だってこと」

 次郎は社長を始め、上司に相談した。

 日曜日に来てくれる人間は確保できたが、問題がある男である、と。

 無論、商売をしているフィールドに関わる世界の話だったから、みんな「品川飛天」という男の存在は知っていた。そしてそいつが、何をして、いったいどんな末路を辿ったのかまで。

「最初は反対した奴もいたが、金村が必死に説得したからな。品川飛天は、そんな奴じゃない。僕の大切な友達で、信頼できる男ですって」

「次郎……」

 そんな風に根回しをしていたとは知らなかった。飛天が驚きと感謝をもって次郎を見つめると、彼は照れ笑いした。

「ひーくんは、僕の親友だからね」

 一方的かもしれないけど。

 謙遜する次郎の肩を叩いて、お前だけじゃないと告げる。

 仲のいい奴は、次郎の他にもたくさんいた。けれど、道を分かった後も付き合いがあるのは、この気のいい幼なじみだけだった。他はみんな、徐々に離れていってしまった。

 次郎の熱心な説得に折れて、高岩たちは飛天を臨時の代役として迎え入れた。

「元アイドルだか役者だか知らねぇけど、それにしては陰気な奴だ。あんときついてた奴は、そう言ってたよ」

 初対面のときに失礼な言動はなかったか、記憶を掘り起こしていた飛天は、高岩の思い出し笑いに、ほっと胸を撫でおろした。陰気、というのは誉め言葉ではないが、生意気だとか調子に乗っているだとか、そう言われるよりは断然マシだ。

 正式にバイトとして勤務するようになってからも、飛天はあらゆる場面で値踏みされていた。

「適当なことをしたら、即追い出してやるつもりだった」

 飛天は、過去の己の言動を呪う。特撮を馬鹿にした発言は、ずっと飛天を見る目に、色眼鏡をかけさせていたのだ。

「でもお前は、真面目に練習もするし、身体も鍛え始めたし、なんか、思ってたのと違っていい奴だなってのが、俺たちの一致した見解だったよ」

 直接の知り合い以外は、炎上俳優という分厚い膜に覆われた姿でしか、飛天のことを知ることができない。

 高岩は次郎という接点があったから、飛天の人となりに触れることができた。膜を一枚一枚剥がしていって、残った「品川飛天」のことを、彼は評価してくれている。

 炎上に関わった人間全員と、一対一で話して理解し合うことは、不可能だ。

 それでも、たった一握りの特撮に関わる人に認めてもらうことができて、飛天は少しだけ、許されたような気がした。

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