白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織

文字の大きさ
上 下
23 / 25

23 レイナールの魔法

しおりを挟む
 帝国には、過去、白金の王族が送り込まれていた。レイナールは、帝国にもヴァイスブルムの伝承が残っていることに賭け、皇帝に手紙を送った。

 帝国の歴史について、遠く離れたヴァイスブルム出身のレイナールが知ることは多くなかった。だが、他国に縁づくとその国を不幸に陥れるという迷信は、王族とともに渡った侍女や侍従たちの裏工作によるものだというジョシュアの推測が合っていれば、おそらく何かが起きたに違いない。決して帝国が他国に漏らさない歴史がある。

 レイナールはそこを突いた。皇帝は占い師に依存していることから、迷信や言い伝えのようなことには過敏になっているのは間違いない。

 できる限り遠回りをしていたジョシュアたち一行よりも早く、ヴァンが帝国に届けたレイナールからの書状は、狙ったとおりの結果を産んだ。

『……ジョシュア・グェインが、万が一貴国で命を落とした場合、私は彼が亡くなった土地に移り住み、御霊の弔いに残りの人生を捧げるつもりでおります。つきましては、貴国の神殿の……』

 シュニー家の封蝋と、レイナールが切り落とした白金の髪。その場に居合わせたヴァン曰く、皇帝は青い顔をして、「ひぃ!」と、髪を投げ出したと言う。

 まあ確かに、手紙だけならまだしも、長い髪は不気味だろうけれど。

 ジョシュアの部屋で酒を酌み交わしながら、レイナールは見たこともない皇帝が、ブルブルと震えて怯える光景を想像して笑った。

「レイナール。何か楽しいことがあったか?」

 食事をしながら、レイナールが取った奇策を聞き出したジョシュアも、唖然としていた。食べるために開けた口から、思わず肉を落としてしまったほどだ。

 ヴァンが皇帝に謁見をして翌日、ジョシュアがボルカノ王の宣戦布告文を読み上げようとしたところで、皇帝は「いいから早く帰ってくれ!」と、手振りつきで追い出しにかかった。まともに話をしたのは占い師の男の方だったが、

『そちらの国、先日まで他国と戦争してましたよね? うちと戦争する体力なんて残ってませんよね?』

 と、ボルカノの事情を突貫で調べた様子だった。占い師というからうさんくさく感じるが、彼は普通に有能な部下なのかもしれないと、ジョシュアは語った。

 占い師と一緒に、ボルカノ王への対処法をあれこれ協議し、さらには「絶対にあれをこちらに入国させないでくれ」と懇願され、宝石やら装飾品やらを渡されたのだった。

 ボルカノ王は、そもそも本気で戦争をしたかったわけではなく、ジョシュアが死ねばいいと思っていただけだから、実際に開戦したところで、勝利はありえない。ただただ消耗するだけだ。

 作戦成功の報が届くと同時に、アルバートと連名で、王宮に手紙を出した。宰相は、後始末について本気で悩んでいた。戦争がなくなり、さらに貢ぎ物を王家に献上する旨を伝えたので、彼らはグェイン家に大きな借りを作った。

「いえ。ジョシュア様が無事にお帰りになったのが、嬉しいのです」

 残りを飲み干して、杯を置く。ジョシュアの手を握り、胸に頭を押しつけて甘える。そうすると、彼の心音がはっきりと伝わってきて、レイナールは安心する。

 いくら触れ合っても足りなかった。ジョシュアが生きていることを実感したいという気持ちが勝つ。

 ジョシュアは器をテーブルに置き、レイナールのうなじを撫でた。毛先を摘まみ、何やら不満そうに息を吐く。

「……短い髪は、お嫌いですか?」

 レイナール自身は、特にこだわりがあって伸ばしていたわけではない。白金の髪はヴァイスブルムでは信仰の対象であったから、切るのが躊躇われただけの話だ。

 けれど、ジョシュアがもしも、長い髪の方が好きだと言うのなら、再び肩を過ぎるくらいまで伸ばすのも、やぶさかではない。

 レイナールの目に、ジョシュアはふと笑んだ。優しい、とも違う。楽しそう、とも違う。唇が曲がったのを見て、なんだかちょっと嫌らしいと思ってしまう。そう感じた自分の方がが嫌らしい存在に感じて、レイナールは頬を染め、視線を下に落とした。

「俺は……」

 ジョシュアはレイナールの首筋に、柔らかく噛みついた。

「っ」

 久しぶりの刺激に、レイナールは息を詰めた。おとぎ話の吸血鬼のように、ちゅう、と吸われて力が抜けていく。

「キスがしやすくなるから、短いのもいいと思う」

 そのままベッドに横たえられて、レイナールは感慨を持って、ジョシュアを見つめる。

 本当に、また会えてよかった。

「ジョシュア様」
「うん?」

 前髪を優しく掻き分けた指を掴み、口づける。

 別れのときに、ジョシュアは「幸せになれ」と言った。

「私の幸せには、ジョシュア様が必要です……」

 だから二度と、いなくならないで。

 唇に込めた願いを聞き入れた彼は、ぐっと顔を近づけてまっすぐに見つめてくる。

「だったらお前も、他の国に行くなんて二度と言うな」

 強く掴まれた手首を、シーツに押しつけられる。強い瞳に射貫かれて、レイナールの呼吸と心音は、速度を上げていく。

「はい」

 承諾の返事は、ジョシュアの唇によって、途中で飲み込まれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王様お許しください

nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。 気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。 性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

婚約破棄と国外追放をされた僕、護衛騎士を思い出しました

カシナシ
BL
「お前はなんてことをしてくれたんだ!もう我慢ならない!アリス・シュヴァルツ公爵令息!お前との婚約を破棄する!」 「は……?」 婚約者だった王太子に追い立てられるように捨てられたアリス。 急いで逃げようとした時に現れたのは、逞しい美丈夫だった。 見覚えはないのだが、どこか知っているような気がしてーー。 単品ざまぁは番外編で。 護衛騎士筋肉攻め × 魔道具好き美人受け

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

聖女ではないので、王太子との婚約はお断りします

カシナシ
BL
『聖女様が降臨なされた!』 滝行を終えた水無月綾人が足を一歩踏み出した瞬間、別世界へと変わっていた。 しかし背後の女性が聖女だと連れて行かれ、男である綾人は放置。 甲斐甲斐しく世話をしてくれる全身鎧の男一人だけ。 男同士の恋愛も珍しくない上、子供も授かれると聞いた綾人は早々に王城から離れてイケメンをナンパしに行きたいのだが、聖女が綾人に会いたいらしく……。 ※ 全10話完結 (Hotランキング最高15位獲得しました。たくさんの閲覧ありがとうございます。)

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...