22 / 25
22 帰還
しおりを挟む
冬の風が吹く。首筋がひやっとして、レイナールはぶるぶると身体を震わせた。短く切りそろえた白金の髪は防寒には頼りなく、カールが差し出したストールを、ぐるぐると巻きつけた。
「まだいらっしゃいませんよ。家の中でゆっくり待てばよいではないですか」
説得されるが、レイナールは首を横に振った。
帝国へ向かったジョシュアが、五体満足で帰ってくる。
その知らせが入ったのは、二週間前だった。皇帝への書状を超特急で届けたヴァンが、その脚でそのままこちらに、ジョシュアの無事を伝えてくれた。
彼が帰ってくる予定の日が、今日だった。何時、とまでは確約できなかったから、レイナールは朝から、食事の時間などを除いて、ずっと玄関先で待っていた。
「あなたに風邪を引かれたら、叱られるのは我々なんですよ!?」
「うん、ごめんね」
激怒されるのは確定事項だと、事前に謝罪をするレイナールに、カールは絶句した。そんな彼の肩を、ぽん、と叩いて宥めるのはアンディである。彼は温かい飲み物を淹れて持ってきてくれていた。
「もう諦めろ、カール。俺はとっくに、怒鳴られる覚悟はできているぞ」
「アンディ……いや、そんな覚悟しないでください!」
男らしく笑うアンディにほだされそうになって、カールは我に返り、キャンキャンと吠え始めた。騒がしい背後を一切気にすることなく、レイナールは淹れてもらった飲み物を啜り、まっすぐに道を見据えた。
早く会いたい。
ヴァンから知らせは受け取っていても、この目で彼の姿を確認しなければ、心から安心することはできない。
昼食を食べた後、レイナールは自分の部屋から鉢を持って、再び外に出た。国から持ってきた元々の花はすでに終わっていたが、ジョンに頼んで鉢を増やした。彼が戻ってきたときに、真っ先に見てもらいたかった。
冬の太陽は沈むのが早い。おやつの時間だぞ、とアンディが呼びに来たときには高かった日が、その二時間後にはもう落ちていた。
夕日が地平線に沈み、もうすぐ夜になる。
本当に、今日帰ってくるのだろうか。まさか、なんらかの予期せぬ出来事によって、帰宅が困難になっているのではないか。
日が落ちるにつれて、気温も下がっていく。冷え冷えとする空気に、いつしかレイナールの背中は丸まっていく。
地面に目を落としているときに、遠くから馬の足音が聞こえた気がした。
ハッとして顔を上げ、鉢は邪魔だと隣に置いた。そして、門扉から飛び出したレイナールを、交代で見守ってくれていたカールが呼び止めようとする。制止されても、止まれなかった。
音は次第に大きくなってくる。この時間に訪れる客はいない。この家に馬車が来るとすれば、それは。
「ジョシュア様!」
飛び出しかけたレイナールを、カールがすんでのところで手を引いて止める。危ないでしょう何考えてるんですか、と説教を始めようとしたカールも、動きを止めた。
馬車から降りてきた影に、レイナールは抱きついた。どんな勢いで突っ込んでいっても、彼だから絶対に受け止めてくれる。
「レイナール……!」
ようやく近くで見ることができたジョシュアは、急いで帰還したことで顔に疲労感は滲み出ていたが、抱き締めた身体は変わらずに逞しい。
安堵の溜息をつくレイナールに、ジョシュアもまた、無事に屋敷に帰ってこられたことを喜んでいると思いきや、彼は困惑した声を上げた。
「レイナール。お前、いったいどんな魔法を使ったんだ?」
死地に赴いたはずが、無事に帰され、それどころかきっと、ジョシュアは皇帝からあれこれと貢ぎ物をもらってきている。一緒に行った兵士がひとり着いてきて、御者と一緒に馬車の中からいくつもの箱を取り出している。
レイナールは悪戯っぽく微笑んで、ジョシュアの手を取り、屋敷の中へと誘導した。
「その話は、夕食を食べながらにしませんか?」
息を吐き出したジョシュアは、突如空腹を覚えたかのように押し黙り、「ああ、そうしよう」と、応えた。
「まだいらっしゃいませんよ。家の中でゆっくり待てばよいではないですか」
説得されるが、レイナールは首を横に振った。
帝国へ向かったジョシュアが、五体満足で帰ってくる。
その知らせが入ったのは、二週間前だった。皇帝への書状を超特急で届けたヴァンが、その脚でそのままこちらに、ジョシュアの無事を伝えてくれた。
彼が帰ってくる予定の日が、今日だった。何時、とまでは確約できなかったから、レイナールは朝から、食事の時間などを除いて、ずっと玄関先で待っていた。
「あなたに風邪を引かれたら、叱られるのは我々なんですよ!?」
「うん、ごめんね」
激怒されるのは確定事項だと、事前に謝罪をするレイナールに、カールは絶句した。そんな彼の肩を、ぽん、と叩いて宥めるのはアンディである。彼は温かい飲み物を淹れて持ってきてくれていた。
「もう諦めろ、カール。俺はとっくに、怒鳴られる覚悟はできているぞ」
「アンディ……いや、そんな覚悟しないでください!」
男らしく笑うアンディにほだされそうになって、カールは我に返り、キャンキャンと吠え始めた。騒がしい背後を一切気にすることなく、レイナールは淹れてもらった飲み物を啜り、まっすぐに道を見据えた。
早く会いたい。
ヴァンから知らせは受け取っていても、この目で彼の姿を確認しなければ、心から安心することはできない。
昼食を食べた後、レイナールは自分の部屋から鉢を持って、再び外に出た。国から持ってきた元々の花はすでに終わっていたが、ジョンに頼んで鉢を増やした。彼が戻ってきたときに、真っ先に見てもらいたかった。
冬の太陽は沈むのが早い。おやつの時間だぞ、とアンディが呼びに来たときには高かった日が、その二時間後にはもう落ちていた。
夕日が地平線に沈み、もうすぐ夜になる。
本当に、今日帰ってくるのだろうか。まさか、なんらかの予期せぬ出来事によって、帰宅が困難になっているのではないか。
日が落ちるにつれて、気温も下がっていく。冷え冷えとする空気に、いつしかレイナールの背中は丸まっていく。
地面に目を落としているときに、遠くから馬の足音が聞こえた気がした。
ハッとして顔を上げ、鉢は邪魔だと隣に置いた。そして、門扉から飛び出したレイナールを、交代で見守ってくれていたカールが呼び止めようとする。制止されても、止まれなかった。
音は次第に大きくなってくる。この時間に訪れる客はいない。この家に馬車が来るとすれば、それは。
「ジョシュア様!」
飛び出しかけたレイナールを、カールがすんでのところで手を引いて止める。危ないでしょう何考えてるんですか、と説教を始めようとしたカールも、動きを止めた。
馬車から降りてきた影に、レイナールは抱きついた。どんな勢いで突っ込んでいっても、彼だから絶対に受け止めてくれる。
「レイナール……!」
ようやく近くで見ることができたジョシュアは、急いで帰還したことで顔に疲労感は滲み出ていたが、抱き締めた身体は変わらずに逞しい。
安堵の溜息をつくレイナールに、ジョシュアもまた、無事に屋敷に帰ってこられたことを喜んでいると思いきや、彼は困惑した声を上げた。
「レイナール。お前、いったいどんな魔法を使ったんだ?」
死地に赴いたはずが、無事に帰され、それどころかきっと、ジョシュアは皇帝からあれこれと貢ぎ物をもらってきている。一緒に行った兵士がひとり着いてきて、御者と一緒に馬車の中からいくつもの箱を取り出している。
レイナールは悪戯っぽく微笑んで、ジョシュアの手を取り、屋敷の中へと誘導した。
「その話は、夕食を食べながらにしませんか?」
息を吐き出したジョシュアは、突如空腹を覚えたかのように押し黙り、「ああ、そうしよう」と、応えた。
101
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
婚約破棄と国外追放をされた僕、護衛騎士を思い出しました
カシナシ
BL
「お前はなんてことをしてくれたんだ!もう我慢ならない!アリス・シュヴァルツ公爵令息!お前との婚約を破棄する!」
「は……?」
婚約者だった王太子に追い立てられるように捨てられたアリス。
急いで逃げようとした時に現れたのは、逞しい美丈夫だった。
見覚えはないのだが、どこか知っているような気がしてーー。
単品ざまぁは番外編で。
護衛騎士筋肉攻め × 魔道具好き美人受け
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
孤独な王弟は初めての愛を救済の聖者に注がれる
葉月めいこ
BL
ラーズヘルム王国の王弟リューウェイクは親兄弟から放任され、自らの力で第三騎士団の副団長まで上り詰めた。
王家や城の中枢から軽んじられながらも、騎士や国の民と信頼を築きながら日々を過ごしている。
国王は在位11年目を迎える前に、自身の治世が加護者である女神に護られていると安心を得るため、古くから伝承のある聖女を求め、異世界からの召喚を決行した。
異世界人の召喚をずっと反対していたリューウェイクは遠征に出たあと伝令が届き、慌てて帰還するが時すでに遅く召喚が終わっていた。
召喚陣の上に現れたのは男女――兄妹2人だった。
皆、女性を聖女と崇め男性を蔑ろに扱うが、リューウェイクは女神が二人を選んだことに意味があると、聖者である雪兎を手厚く歓迎する。
威風堂々とした雪兎は為政者の風格があるものの、根っこの部分は好奇心旺盛で世話焼きでもあり、不遇なリューウェイクを気にかけいたわってくれる。
なぜ今回の召喚されし者が二人だったのか、その理由を知ったリューウェイクは苦悩の選択に迫られる。
召喚されたスパダリ×生真面目な不憫男前
全38話
こちらは個人サイトにも掲載されています。
生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。
【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。
釣った魚、逃した魚
円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。
王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。
王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。
護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。
騎士×神子 攻目線
一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。
どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。
ムーンライト様でもアップしています。
撫子の華が咲く
茉莉花 香乃
BL
時は平安、とあるお屋敷で高貴な姫様に仕えていた。姫様は身分は高くとも生活は苦しかった
ある日、しばらく援助もしてくれなかった姫様の父君が屋敷に来いと言う。嫌がった姫様の代わりに父君の屋敷に行くことになってしまった……
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる